李同国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
李東国から転送)
移動先: 案内検索
李 同國 Football pictogram.svg
Lee Dong-Gook from acrofan.jpg
名前
愛称 ライオンキング[1]
カタカナ イ・ドングク
ラテン文字 LEE Dong-Gook
ハングル 이동국
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 1979年4月29日(36歳)
出身地 慶尚北道浦項市
身長 187cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 韓国の旗全北現代モータース
ポジション FW
背番号 20
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2002 韓国の旗 浦項スティーラース 75 (28)
2000-2001 ドイツの旗 ブレーメン (loan) 7 (0)
2003-2004 韓国の旗 光州尚武フェニックス 46 (12)
2005-2006 韓国の旗 浦項スティーラース 27 (10)
2006-2008 イングランドの旗 ミドルズブラFC 23 (0)
2008 韓国の旗 城南一和天馬 10 (2)
2009- 韓国の旗 全北現代モータース 156 (88)
代表歴2
1998- 韓国の旗 韓国 99 (31)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年12月3日現在。
2. 2014年10月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

李 同國(イ・ドングク、이동국1979年4月29日 - )は、韓国浦項市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。旧名は李 東國で、2007年に改名した[2]

来歴[編集]

1998年、高卒ルーキーとして浦項スティーラースに入団。フランスW杯韓国代表最終メンバーに選出され、同大会グループリーグ第2戦のオランダ戦にて途中出場を果たす。

その後、常に韓国代表に招集されるが、2002年の日韓W杯直前に最終メンバーから落選する。

2002年釜山アジア大会に出場するが、優勝できず、2003年から兵役で光州尚武に入隊。2005年4月に除隊後、浦項スティーラースへ高額年俸にて復帰を果たす。ドイツW杯アジア地区予選では3得点を挙げている。

2007年から2008年までプレミアリーグミドルズブラFCに在籍したが、リーグ戦で得点を挙げることは出来ず、デイリー・メール紙が選出する2007/08シーズンのワーストストライカーに選ばれた[3]

2008年夏より城南一和天馬に移籍し、Kリーグに復帰した。

2009年、全北現代モータースに移籍すると、初の得点王に輝き、チームも初のリーグ戦優勝を飾り、シーズンMVPにも選ばれた。

2012年、Kリーグでの117得点目を挙げ、禹成用が持つKリーグ通算最多得点記録を塗り替えた[4]

2014年、全北のKリーグクラシック優勝に貢献し、リーグ2位の13得点を記録、KリーグMVPを受賞した。

2015年4月22日、AFCチャンピオンズリーグ・グループリーグ第5戦の柏レイソル戦で2得点を記録し、同大会通算27得点目で、ナシル・アルシャムラニの持っていた個人通算得点記録を更新。またKリーグクラシックを連覇し、2年連続4度目のKリーグMVPを受賞した。

私生活[編集]

2005年にミスコリアハワイ出身の女性と結婚[5]。2007年に長女、次女(双生児)が誕生した[6]。2013年には三女、四女(双生児)が、2014年には長男が誕生[7]、一男四女の父親となった。2015年より、KBSのバラエティ番組スーパーマンが帰ってきた韓国語版に子どもたちと共に出演するようになった[7]

所属クラブ[編集]

エピソード[編集]

2002年制作の映画ロスト・メモリーズ中にて、日本代表選手の一員として李東國が登場するシーンがある。このシーンには李東國の写真画像を加工し、ユニフォームを日本代表のものに改めた画像が用いられた。李はこの話が入ってきた際に同作品のシナリオに目を通し、「国民の情緒上問題がない」と判断し、画像の加工に快く応じたが、インターネット上では「ワールドカップを控えた時期にこのようなシーンがあるのは受け入れがたい」という意見もあり、論争が起こった[8]

不祥事[編集]

AFCアジアカップ2007の開催期間中に、李雲在禹成用韓国語版金相植と共に無断で滞在先を抜け出して外出、外出先で飲酒した事が波紋となった。この件につき大韓サッカー協会より代表資格停止1年および協会主催大会出場停止2年の処分を受け、その結果2008年開催の北京オリンピック2010 FIFAワールドカップ・アジア予選3次予選へ出場する事ができなくなった[9]

個人タイトル[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]