酒井宏樹

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酒井 宏樹 Football pictogram.svg
名前
カタカナ サカイ ヒロキ
ラテン文字 SAKAI Hiroki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-04-12) 1990年4月12日(26歳)
出身地 長野県中野市
千葉県柏市育ち)
身長 185cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム フランスの旗 オリンピック・マルセイユ
ポジション DF (SB) / MF (SH)
背番号 2
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2012 日本の旗 柏レイソル 51 (2)
2012-2016 ドイツの旗 ハノーファー96 92 (2)
2016- フランスの旗 マルセイユ 18
代表歴2
2011-2012  日本U-23 14 (2)
2012-[1] 日本の旗 日本 32 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月21日現在。
2. 2016年11月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

酒井 宏樹(さかい ひろき、1990年4月12日 - )は、日本出身のプロサッカー選手リーグ・アンオリンピック・マルセイユ所属。ポジションはディフェンダーSB)、 ミッドフィールダーSH)。日本代表

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

長野県中野市で出生し、幼い頃に千葉県柏市に引越し、年の離れた2人の兄の影響でサッカーを始め、小学3年生の時に地元のクラブチームへ入団[2]。当時はフォワードを務めていた[2]

小学6年生の時、一度練習に参加したことがきっかけで、柏レイソルの下部組織で練習生としてプレーするようになり、2003年、中学入学と同時に柏レイソルU-15へ正式加入[2]

吉田達磨の指導の下、酒井、工藤壮人比嘉厚平山崎正登武富孝介仙石廉指宿洋史島川俊郎畑田真輝という計9名のプロ選手を輩出した柏レイソルユース「黄金世代」の一員として[3]、初めは右サイドハーフ、中学3年生頃から左サイドバックを担当[2]。吉田はディフェンスラインの裏へ出て行くタイミングの良さや、スペースへ入ってくる選手にクロスを合わせる独特の感覚を持っていた酒井の才能を見抜き、あえてオフェンス面には手を加えず、課題のあったディフェンス面やポジショニングを中心に指導を行った[3][4]

2006年、柏レイソルU-18へ昇格。同年、U-16日本代表に選出され、フランス遠征を経験した[5]

高校3年次の2008年、比嘉と共にトップチームの2種登録選手となったが[6]、公式戦出場はなかった。柏レイソルU-18の選手としては、第32回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会で準優勝を飾ったほか、ビジャレアル国際ユーストーナメントでは、リヴァプールアヤックスセルティックといった強豪を破って3位に輝いた[7]

柏レイソル時代[編集]

2009年、工藤、比嘉、山崎、武富、仙石と共にトップチームへ昇格[注 1]。同年6月、武富と共にサンパウロ州選手権1部・モジミリンECへ留学した[8]。モジミリンでは右サイドバック、センターバックとしてプレーし、特に守備面で大きな経験を得たが[9][10]、11月の帰国後も公式戦出場は叶わず、J2降格の憂き目に遭った。

2010年、J2第11節ヴァンフォーレ甲府戦で公式戦初出場。J2第32節水戸ホーリーホック戦で公式戦初得点を記録した。主にレギュラー不在時のバックアッパーとして[9][11]、リーグ戦9試合に出場し、クラブも1年でJ1へ復帰した。

2011年、右サイドバックとしてプレーした練習試合で2アシストを決めたことがきっかけとなり、J1第7節大宮アルディージャ戦に先発出場[11]。それまではセンターバックの選手と見做されていたが[11]、右サイドでレアンドロ・ドミンゲスと強力なコンビを形成してレギュラーに定着すると、一気に大ブレイク。同年5月、U-22日本代表に初選出され[12]、10月にはA代表にも初選出された[13]。最終的にリーグ戦27試合に出場し、Jリーグ史上初となる昇格初年度でのJ1優勝を達成。JリーグベストイレブンJリーグベストヤングプレーヤー賞を同時受賞した。2011 FIFAクラブワールドカップでも全4試合に出場し、サントスFC戦で得点を記録。同監督のムリシ・ラマーリョから称賛を受けたほか[14]FIFA公式サイト上で茨田陽生と共に「柏の誇るヤングスター」と紹介された[15]

2012年、前年の活躍により、FIFA公式サイト上でチアゴ・アルカンタラユリアン・ドラクスラーらと共に「2012年注目の若手選手13人」として取り上げられ[16]ボルシア・ドルトムントなど7、8の海外クラブから獲得オファーが舞い込む争奪戦となったが[17][18]、最も獲得に熱心だったドイツ・ブンデスリーガハノーファー96への移籍を決断[18]。柏でのラストゲームとなったJ1第16節ガンバ大阪戦を6-2の圧勝で締め括り[19]、ドイツへ渡った。

ハノーファー時代[編集]

2012年7月1日、移籍金約100万ユーロ(1億円)でハノーファー96へ移籍[20]。契約期間は3年間、プラス1年のオプション付き[20]。入団直後にクラブを離れて参加したロンドン五輪では、初戦スペイン戦で左足首を捻挫[21]。1次リーグ2試合を欠場した後、決勝トーナメントからスターティングメンバーに復帰し[22]、ベスト4まで勝ち進んだが、惜しくもメダル獲得を逃した。

2012-13シーズンUEFAヨーロッパリーグ予選プレーオフ第2戦シロンスク・ヴロツワフ戦で移籍後公式戦初出場。ブンデスリーガ第4節ホッフェンハイム戦でブンデスリーガ初出場を果たした。ロンドン五輪参加のためシーズン前のキャンプに参加できなかったことに加え、ブンデスリーガのプレースピードの速さや、柏時代とは大きく異なるチーム戦術への適応に苦しみ[23]、試合に出られない時期が続いたが、シーズン終盤には出場機会を増やし、右サイドハーフとして先発した第33節レバークーゼン戦でブンデスリーガ初アシストを記録した[24]

2013-14シーズンスティーブ・チェルンドロの負傷離脱もあり、開幕から右サイドバックの定位置を確保。第11節ヴェルダー・ブレーメン戦でゴール正面約30メートルの距離から強烈な無回転シュートをネットに沈め、ブンデスリーガ初得点を記録した[25]。冬のリーガ中断期間に期限付き移籍で加入したチェコ代表フランティシェク・ライトラルにもポジションを譲らず、右膝蓋腱炎を抱えながら出場を続けていたが[26]、チームの1部残留確定後は休養した。

2014-15シーズン、一時期控えに回ることもあったが、シーズン終盤はスタメンに復帰し存在感を見せた。

2015-16シーズン、26試合に出場し、第31節のインゴルシュタット戦では得点を挙げたが[27]、チームは降格となった[28]

マルセイユ時代[編集]

2016年6月24日、フランスリーグ・アンオリンピック・マルセイユへの完全移籍が発表された[29]。8月14日に行われたトゥールーズFCとの開幕戦でデビュー戦をフル出場で飾った[30]

日本代表[編集]

2012年5月23日キリンチャレンジカップアゼルバイジャン戦で国際Aマッチ初出場[1]。その後は同じ右サイドバックを務める内田篤人と出場機会を分け合いながら[31][32]2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選FIFAコンフェデレーションズカップ2013などに出場した。2013年11月19日に開催された国際親善試合ベルギー戦では、得意のクロスボールから柿谷曜一朗の先制点をアシストし、3-2の勝利に貢献した[33][34]2014 FIFAブラジルワールドカップのメンバーにも選出されたが[35]、本大会での出場機会はなかった。

2015年3月27日、キリンチャレンジカップチュニジア代表戦で代表復帰。

プレースタイル[編集]

スピーディーかつダイナミックなオーバーラップと、右足から放たれる鋭利な高速クロスが持ち味のサイドアタッカー[4]2011 FIFAクラブワールドカップにおけるプレーは、FIFA公式サイト上で「日本版ダニエウ・アウヴェス[15]、イタリア紙ガゼッタ・デロ・スポルトからは「右サイド版長友」と喩えられた[36]

185cmの長身で、サイドバックとしては恵まれた体躯を持ち、外国人選手との激しいフィジカルコンタクトにも屈しない[4]。高い身体能力は、柏レイソル時代のフィジカルコーチであるカルロス・アルベルト・ピメンテウから「アジリティー、パワー、スピード、持久力、どれもパーフェクトに近い。どんなフィジカルコーチでも、ああいう選手と仕事をしたいと思うだろうね」と絶賛されている[18]

高速クロス[編集]

つま先を外側に開き、膝を高く上げる独特のフォームから放たれる高速のクロスボールは、しばしば彼の代名詞として語られる[37]。ユース時代のチームメイトである工藤壮人は「酒井はあのクロスをジュニアユースの頃から蹴っていた」と証言している[4]

高速クロスを上げる際は、本人曰く「人に合わせるよりもスペースに出すような」イメージで、右足のインサイドでボールの側面をこすり上げ、内側に回転をかけている[37]。回転のかかったボールは相手ゴールキーパーから逃げるようにカーブの軌道を描き、ゴール前で急速に落ちていく[38]

また、振り抜かれる右足のモーションが小さく、対面する相手をかわし切る前でも自分の間合いに持ち込めば蹴ることが出来るため、ブロックを受けにくい点も特長である[38][39]

人物・エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2009 30 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2010 J2 9 1 - 3 0 12 1
2011 4 J1 27 0 2 0 2 0 31 0
2012 15 1 - - 15 1
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 DFBポカール 期間通算
2012-13 ハノーファー 4 ブンデス1部 13 0 - 1 0 14 0
2013-14 26 1 - 2 0 28 1
2014-15 27 0 - 2 0 29 0
2015-16 26 1 - 2 0 28 1
フランス リーグ戦 F・リーグ杯 フランス杯 期間通算
2016-17 マルセイユ 2 リーグ・アン
通算 日本 J1 42 1 2 0 2 0 46 1
日本 J2 9 1 - 3 0 12 1
ドイツ ブンデス1部 92 2 - 7 0 99 2
フランス リーグ・アン
総通算 143 4 2 0 12 0 157 3
  • 2008年は2種登録選手としての出場は無し

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2011 4 - 4 1
2012 7 2 -
UEFA UEFA EL UEFA CL
2012-13 ハノーファー 4 2 0 -
通算 AFC 7 2 4 1
通算 UEFA 2 0 0 0

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

クラブ[編集]

日本の旗 柏レイソル

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 32試合 0得点(2012年 - )[1]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2012 7 0
2013 7 0
2014 5 0
2015 6 0
2016 7 0
通算 32 0

脚注[編集]

注釈
  1. ^ ユースから6人がトップチームへ昇格したのは、2013年現在、クラブ史上最多。
出典
  1. ^ a b c d “酒井 宏樹”. サッカー日本代表データベース. http://www.japannationalfootballteam.com/players_sa/hiroki_sakai.html 
  2. ^ a b c d e 『試合に出られなくても腐らないことが大事』酒井宏樹(柏レイソル) - サカイク 2011年11月3日
  3. ^ a b 史上初の「兄弟対決」が示した明るい未来 柏レイソルのクラブコンセプト - スポーツナビ 2012年9月12日
  4. ^ a b c d 酒井宏樹が魅せる、アーリークロスの原点【鈴木潤】 - Soccer Journal 2012年6月23日
  5. ^ a b U-16日本代表フランス遠征メンバーに柏レイソルU-18から4選手 - 柏レイソル公式サイト 2006年4月4日
  6. ^ 柏レイソルU-18 比嘉厚平選手、酒井宏樹選手がトップチーム選手登録内定 - 柏レイソル公式サイト 2007年12月7日
  7. ^ 柏ユースがスペインのファンを魅了 - サポティスタ 2008年8月17日
  8. ^ 酒井宏樹選手、武富孝介選手がブラジル留学 - 柏レイソル公式サイト 2009年6月12日
  9. ^ a b 【インタビュー】柏レイソル・酒井宏樹「チームの成績がいいから、五輪代表でも自信を持ってプレイできる」 - web Sportiva 2011年8月28日
  10. ^ 酒井宏樹(柏レイソル)<前編>「自信が生み出す高速クロス」 - 二宮清純責任編集 SPORTS COMMUNICATIONS 2011年11月8日
  11. ^ a b c 『試合に出る選手は、出られない選手の思いや責任も背負っている』酒井宏樹(柏レイソル) - サカイク 2011年11月4日
  12. ^ 大津祐樹選手、酒井宏樹選手が『U-22日本代表』に選出 - 柏レイソル公式サイト 2011年5月27日
  13. ^ 酒井宏樹選手が『日本代表』に選出 - 柏レイソル公式サイト 2011年10月3日
  14. ^ サントス監督が酒井を絶賛「将来的に花咲く選手」/ クラブW杯 - サッカーキング 2011年12月14日
  15. ^ a b FIFAが酒井をバルサの名手に例えて紹介「柏の誇るヤングスター」 - サッカーキング 2011年12月10日
  16. ^ U23酒井 12年FIFA注目の若手13人に! - Sponichi Annex 2012年1月14日
  17. ^ U-23・酒井、ドルトムントなど8クラブが争奪戦…代表合宿最終日 - スポーツ報知 2012年4月26日
  18. ^ a b c d 一気に世界まで駆け抜けた酒井宏樹。柏レイソル関係者の証言で綴る足跡。 - Number Web 2012年6月22日
  19. ^ J1第16節 : 柏が6得点勝利で酒井のラストマッチ飾る - Goal.com 2012年6月30日
  20. ^ a b 酒井 独1部ハノーバー移籍が正式発表! 移籍金は1億円 - Sponichi Annex 2012年6月14日
  21. ^ 大津は打撲、酒井宏は捻挫 スペイン戦で足首負傷、診断 - 朝日新聞デジタル 2012年7月27日
  22. ^ 酒井、3試合ぶり復帰 失点ゼロに貢献 男子サッカー - 朝日新聞デジタル 2012年8月5日
  23. ^ 【日本代表】酒井宏樹「ドイツは、想像以上にレベルが高かった」 - web Sportiva 2013年1月19日
  24. ^ ハノーバー酒井宏 移籍後リーグ戦で初アシスト - Sponichi Annex 2013年5月11日
  25. ^ 酒井宏、初ゴールは豪快30m弾/ブンデス - 日刊スポーツ 2013年11月5日
  26. ^ 酒井宏、残留決定で休養か - Goal.com 2014年4月29日
  27. ^ 酒井宏&清武が起死回生のアベック弾…ハノーファー、ドローで今節の降格回避soccerking 2016年4月24日
  28. ^ ハノーファー降格決定。清武弘嗣、酒井宏樹、山口蛍はどうなる?soccerking 2016年4月26日
  29. ^ 酒井宏樹が仏の名門マルセイユに移籍…中田浩二氏に次ぐ日本人2人目に - サッカーキング 2016年6月24日
  30. ^ マルセイユ酒井宏 新天地でフル出場!開幕戦ドローも手応え - スポニチ 2016年8月16日
  31. ^ 内田篤人が開幕戦で完璧なスタート!酒井宏樹と切磋琢磨し更なる高みへ。 - Number Web 2012年8月29日
  32. ^ [【日本代表】酒井宏樹 「僕は、(内田)篤人くんのようなプレイはできない」] - web Sportiva 2013年1月20日
  33. ^ 柿谷の同点ゴールを演出した酒井宏樹のクロスのメカニズムを徹底分析 - フットボールチャンネル 2013年11月20日
  34. ^ 1アシストの酒井宏「今は(失点を)引っ繰り返せる攻撃陣がいる」 - サッカーキング 2013年11月20日
  35. ^ 2014FIFAワールドカップブラジル キリンチャレンジカップ2014 vsキプロス代表(5/27@埼玉) SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー - 日本サッカー協会公式サイト 2014年5月12日
  36. ^ 酒井に伊紙注目!「右の長友、フィジカルは上」 - Sponichi Annex 2011年12月16日
  37. ^ a b NHK サンデースポーツ 2011年9月18日放送回”. gooテレビ (2011年9月18日). 2015年8月31日閲覧。
  38. ^ a b 規格外の超高速クロス。DF酒井宏樹が得た自信と教訓 - Sports Times 2011年6月20日
  39. ^ 元日本代表の波戸康広氏が分析する、“ブレイク予備軍”酒井宏樹の課題。 - Number Web 2012年2月9日
  40. ^ テリー伊藤 対談 北嶋秀朗 (2) クラブW杯で得たものは? - アサ芸プラス 2012年1月25日
  41. ^ a b NHK アスリートの魂 2013年2月13日”. gooテレビ (2013年2月13日). 2015年8月31日閲覧。
  42. ^ ワールドカップ特集8”. ライジング釧路 (2014年6月14日). 2015年8月31日閲覧。
  43. ^ 日本代表DF酒井宏樹が一般女性と結婚 - デイリースポーツ 2014年8月24日
  44. ^ 酒井宏樹が結婚!「勝てて伝えることができてよかった」 - Sponichi Annex 2014年8月24日
  45. ^ 酒井宏に第1子誕生!チームから特別休暇もらい帰国中 - Sponichi Annex 2015年1月14日
  46. ^ 酒井宏樹に第一子が誕生…祝福した田中順也にアドバイスを求める - サッカーキング 2015年1月15日
  47. ^ 柏レイソル、酒井宏樹選手が『日本プロスポーツ大賞授賞式』で表彰 - 柏レイソル公式サイト 2011年12月20日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]