ダニエウ・アウヴェス

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ダニエウ・アウヴェス Football pictogram.svg
Dani Alves- Scotland vs Brazil Mar10.jpg
名前
本名 ダニエウ・アウヴェス・ダ・シウヴァ
愛称 ダニ
ラテン文字 DANIEL ALVES
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
スペインの旗 スペイン
生年月日 1983年5月6日(32歳)
出身地 バイーア州の旗バイーア州ジュアゼイロ
身長 173cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 FCバルセロナ
ポジション DF(RSB)
背番号 22
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2002
2002-2008
2008-
ブラジルの旗 バイーア
スペインの旗 セビージャ
スペインの旗 バルセロナ
25 (1)
175 (11)
186 (14)
代表歴2
2006- ブラジルの旗 ブラジル 75 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年5月8日現在。
2. 2014年6月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダニエウ・アウヴェス・ダ・シウヴァDaniel Alves da Silva, 1983年5月6日 - )はブラジル出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダーミッドフィールダー

登録名やユニフォームに記された名前はダニ・アウヴェスである。

経歴[編集]

クラブ[編集]

ブラジル時代

少年時代はフォワードやミッドフィールダーとしてプレーしていたが、1996年、兄がプレーしていたジュアゼイロSCのU-13チームに加入し、サイドバックに転向した[1]。1997年にはジュアゼイロSCの監督とともにECバイーアの下部組織に移り、バイーアのU-17チームではマルセロ・シャムスカペリクレス・シャムスカの弟)からも指導を受けた[1]。18歳でプロ契約を果たし、2001年11月のパラナ・クルーベ戦でデビューすると、PKを獲得して勝利に貢献した。2002年シーズンには19試合に出場し、ブラジル全国選手権初得点も決めている。

セビージャ

南米ユース選手権の活躍が認められ[2]、2003年1月にセビージャFCに移籍した。すぐさま主力として活躍し、2005-06シーズンのUEFAカップでは優勝を果たしてMVPを獲得した。2006-07シーズンは、リーグ戦開幕前に行われたUEFAスーパーカップFCバルセロナと対戦。相対するロナウジーニョの裏のスペースを激しく突く動きを繰り返し、チームの勝利に大きく貢献した。(この試合を観戦したイビチャ・オシムは、「ダニエウ・アウヴェスの動きがセビージャ勝利の要因となった」と発言している[3]

また、そのシーズンはリーグ戦でも11アシストを記録し、ダビド・ビジャと共にアシスト王に輝いた。

2006-07シーズン終了後、多くのビッグクラブが獲得に動くも、交渉はまとまらずに残留。移籍騒動が長期化したこともあり、2007-08シーズンの公式戦初出場はリーガ・エスパニョーラ開幕直後に行われたUEFAスーパーカップACミラン戦からとなった。キャプテンのハビ・ナバーロが全休したこともあり、キャプテンマークを巻き、チームのUEFAチャンピオンズリーグベスト16入りを支えた。

バルセロナ
ルビン・カザン戦でのアウヴェス(右)

2008年7月2日FCバルセロナに移籍した。移籍金は2900万+600万ユーロとされる。この金額はバルセロナ史上歴代3番目に高い移籍金で、この夏の移籍市場でもロビーニョレアル・マドリードマンチェスター・シティFC)に次ぎ2番目に高い移籍金であり、サイドバックの選手としては当時史上最高額の移籍金だった。セビージャFCを離れる際の記者会見では涙を見せ、再び戻ってくることを誓った。

8月13日のUEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦のヴィスワ・クラクフ戦でデビューを飾り、8月31日のヌマンシア戦でリーグデビューを飾った[4]。2008-09シーズンはレギュラーとしてリオネル・メッシとともに右サイドから攻撃を展開。自己最多となる5ゴールを挙げるなど、バルセロナのリーガ・エスパニョーラ、UEFAチャンピオンズリーグ、コパ・デル・レイの3冠獲得に貢献した。ただし、UEFAチャンピオンズリーグ決勝のマンチェスター・ユナイテッドFC戦には累積警告により出場できなかった。

2013-14シーズンから退団した親友のエリック・アビダルに捧げる為、背番号を2番から22番に変更[5]

2014年4月27日に行われたビジャレアル対バルセロナ戦で、コーナーキックに向かうダニエウ・アウベスに対して、観客席からバナナが投げ込まれた。まぎれもない人種差別的行為に、アウベスは実にユニークな対抗策を見せた。なんとピッチ上に落ちたバナナを拾い上げ、皮をむいてそのまま口に放り込んで食べてしまったのだ。何事もなかったかのようにプレーに戻り、アウベスはすぐさまコーナーキックに移る。これを受けてブラジル人チームメイトのネイマールも続けざまにアクションを起こす。試合後、息子と一緒にバナナを食べる写真をソーシャルメディア上で投稿。これがリーグや国籍を超えて瞬く間に拡散される。世界の有名サッカー選手が、バナナを食べるポーズを次々と投稿し、グローバルレベルの大きな反響を呼んだ。この世界中のサッカーファンを席巻したムーブメント、実はブラジルのマーケティング会社が仕掛けたキャンペーンだった[6]

2015年6月9日、バルセロナとの2年間の契約延長で合意に至ったと、クラブ公式サイトで発表した[7]。2014-15シーズン限りでバルセロナとの契約満了を迎えるアウヴェスは、以前からクラブとの不仲により退団の噂が絶えなかった。しかし状況は一転。2015年6月30日に契約切れが迫る中、2017年までの2年間に加え、1年の延長オプションが付いた契約でバルセロナと合意している。

代表[編集]

ブラジル代表でのアウヴェス
南アフリカW杯決勝トーナメント1回戦、チリ戦)

ECバイーアのU-17チーム所属時代にU-17ブラジル代表に選ばれた[1]セビージャFC移籍直後の2003年にはFIFAワールドユース選手権に出場し、決勝ではMFアンドレス・イニエスタやFWセルヒオ・ガルシアなどがいたスペイン代表を下して優勝した。

ドゥンガ監督の下、2006年10月7日アル・クウェートとの非公式戦でブラジル代表デビューすると、エクアドルとの親善試合で公式戦初出場。コパ・アメリカ2007のメンバーにも名を連ね4試合に出場した。決勝のアルゼンチン戦では代表初得点となるゴールとアシストを記録する活躍を見せ、ブラジルの連覇に貢献した。ドゥンガ監督のもとではマイコンが起用されることが多かったが、FIFAコンフェデレーションズカップ2009準決勝の南アフリカ戦では途中出場ながらフリーキックで値千金の決勝ゴールを挙げるなど結果を残している。

南アフリカワールドカップ後、マノ・メネーゼス新監督が就任して初となるアメリカ戦にはわずか4人のワールドカップ出場組のひとりとして招集され、後半の45分間はキャプテンマークを巻いた[8]

2015年6月10日にブラジルサッカー連盟は、コパ・アメリカ2015に出場するブラジル代表メンバーから、FCポルトのDFダニーロが外れ、ダニエウ・アウヴェスを追加招集することを発表した[9]ダニーロは、2015年6月7日に行われた国際親善試合のメキシコ代表戦に先発出場。しかし、試合中に右足首を捻挫した模様で、ハーフタイムに途中交代を強いられていた。なお、ブラジル代表にとってはGKジエゴ・アウヴェス、DFマルセロ、MFルイス・グスタヴォに続く4人目の離脱者となった。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

スペインの旗 セビージャFC
スペインの旗 FCバルセロナ

代表[編集]

FIFAコンフェデレーションズカップ2013でのアウヴェス
ブラジルの旗 U-20ブラジル代表
ブラジルの旗 ブラジル代表

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「笑顔に隠されたストイックさ」ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2009年12月3日号、78-79頁
  2. ^ 「激闘の向こう側」、ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2007年5月17日号、14-16頁
  3. ^ 杉山茂樹『4-2-3-1』
  4. ^ Numancia 1-0 BarcelonaESPN Soccernet、2008年8月31日
  5. ^ アビダル、D・アウベスの背番号変更に感謝GOAL 2013年7月27日
  6. ^ 実はPR戦略だったアウベスの“バナナを食べる”ジェスチャー。マーケティング会社が反差別へ込めた意図とは?footballchannel 2015年5月5日
  7. ^ 退団濃厚から一転…D・アウヴェスがバルサと2年間の契約延長soccerking 2015年6月9日
  8. ^ 「新生ブラジルが変わるべきこと、変わらざるべきこと」footballista、ソルメディア、2010年8月25日号、20-21頁
  9. ^ ブラジル代表、ダニーロが負傷離脱でD・アウヴェスがW杯後初招集ゲキサカ 2015年6月11日

外部リンク[編集]