セルヒオ・ラモス

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セルヒオ・ラモス Football pictogram.svg
Sergio Ramos Confederations Cup 2013 (cropped).jpg
名前
本名 セルヒオ・ラモス・ガルシア
愛称 カマスの王(el Faraón de Camas
ターザンTarzán[1]
ラテン文字 Sergio Ramos García
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 1986年3月30日(29歳)
出身地 アンダルシア州の旗アンダルシア州 セビリア県セビリア
身長 183cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・マドリード
ポジション DF (CB, RSB)
背番号 4
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2004 スペインの旗 セビージャ B 26 (2)
2004-2005 スペインの旗 セビージャ 39 (2)
2005- スペインの旗 レアル・マドリード 314 (40)
代表歴2
2002 スペインの旗 スペイン U-17 1 (0)
2004 スペインの旗 スペイン U-19 6 (0)
2004 スペインの旗 スペイン U-21 6 (0)
2005- スペインの旗 スペイン 128 (10)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年5月9日現在。
2. 2015年6月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

セルヒオ・ラモス・ガルシアSergio Ramos García, 1986年3月30日 - )は、スペインセビリア出身のサッカー選手リーガ・エスパニョーラレアル・マドリード所属。スペイン代表。ポジションはディフェンダー

フィジカルやスピードを活かして高い守備力を発揮し、予測、タックル、戦術眼、攻撃参加した味方のカバーなどに優れた能力を持つ。またDF離れした攻撃力を併せ持ち、セットプレー、ヘディングなどでも強さを見せる[2][3][4]。右サイドバック、センターバックのポジションを高いレベルでこなすほかMFとしてもプレーすることができる[5]。プロ入り前にはストライカーとしてプレーしていたこともあって得点力は高く、レアル・マドリード移籍後の4シーズンで20得点以上を決めている。

来歴[編集]

クラブ[編集]

セビリア、カマスにて3人兄妹の次男として生まれる。幼少期には友人と共に近所の広場で木や石をゴールに見立ててサッカーをしていた。6歳でカマスのチームでスタートし、8歳で提携していたセビージャFCに入団した[6]

セビージャの下部組織ではヘスス・ナバスアントニオ・プエルタらと一緒にプレーした。ベルント・シュスターに風貌が似ていたことから、少年時代には「シュスター」というあだ名があった。2004年2月、デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦でトップチームデビューを果たし、その年の9月には初得点を記録した。2004-05シーズンには、ドン・バロン・アワードのブレイクスルー選手に選ばれた。セビージャのトップチームに在籍したのはわずか2シーズンのみで、2005年夏にはスペインの10代選手としては最高記録となる2700万ユーロ[7]の移籍金でレアル・マドリードに移籍した。

レアル・マドリードではフェルナンド・イエロの背番号4を譲り受けた。2005年12月6日UEFAチャンピオンズリーグオリンピアコスFC戦で移籍後初得点を決めた。2005-06シーズンは主にセンターバックとしてプレーし、チーム事情によっては守備的ミッドフィールダーとして起用されることもあった。2006-07シーズンはファビオ・カンナヴァーロが加入したが、ポジションは守った2007年夏にセンターバックのクリストフ・メッツェルダーペペが加入した後はミチェル・サルガドに変わって右サイドバックとして起用された。

2008年5月4日CAオサスナ戦の試合終了間際にゴンサロ・イグアインのゴールをアシストし、31度目のリーグタイトル獲得を決めた。レバンテUDとのリーグ最終戦では2得点を決め、リーグ戦の得点を5とした。2008年にはFIFAUEFAの両方の年間ベストイレブンに選ばれ、2007-08シーズンにはFIFProのベストイレブンに選ばれた。バロンドール投票では21位にランクインした[8]。2008-09シーズンのスーペルコパ・デ・エスパーニャセカンドレグでは2試合合計で同点となる貴重な得点を決め、タイトル獲得に貢献した。

2009-10シーズンはクラブの第4キャプテンを務め、ペペの負傷によりシーズンの大半をセンターバックとしてプレーした[9] [4]。2010年2月21日のビジャレアルCF戦でレアル・マドリード移籍後公式戦200試合出場・リーグ戦150試合出場を達成した。

レアル・マドリードでプレーするラモス

2010-11シーズンは、ラウル・ゴンサレスグティの退団により、副キャプテンを任されたが、当初からあまり調子が上がらず、2010年11月20日アスレティック・ビルバオ戦で、クリスティアーノ・ロナウドからPKを譲ってもらいシーズン初得点を決めた。11月23日のUEFAチャンピオンズリーググループリーグアヤックス戦では、4-0でリードした後半終了間際にシャビ・アロンソが遅延行為で退場した後、ラモスも同じようにして退場となった[10]。この行為に関してUEFAの調査が入り[11]、2万ユーロの罰金が科せられた[12]

2010年11月29日カンプ・ノウで行われたFCバルセロナとのエル・クラシコでは、リオネル・メッシに対して激しいタックルを行い、その後抗議に来たカルレス・プジョルを突き飛ばして主審からレッドカードを受けた。レアル・マドリードに移籍して以来5度目の退場処分であり、175試合にしてイエロの持つ退場数のクラブ記録と並んでしまった[注 1]

12月15日レアル・サラゴサ戦にラモスは右足靭帯を負傷して出場することが出来なかったが、右サイドバックでアルバロ・アルベロアを起用したジョゼ・モウリーニョが「アルベロアはレギュラーとなる予定だった。彼は右サイドバックのポジションを勝ち取っていたんだ。この決定にセルヒオの負傷は関係していない」と発言[13]。モウリーニョとの確執がメディアで騒がれた[14]が、本人が会長と面談して監督批判をしていないと否定したほか、ツイッターにも「何かしらの亀裂が生じていると誰かが言ったとしても、それは嘘だ。偉大なグループ、偉大な団結がここにはある」と書いてチーム内不和を完全に否定した[15]

2011年4月20日コパ・デル・レイ決勝ではセンターバックとして出場し、1-0で優勝した。その優勝パレードの最中、優勝カップをバスから落としてしまった[16]

2011-12シーズンはリカルド・カルヴァーリョの負傷などもあって主にセンターバックとしてプレーし、チームの4シーズンぶりの優勝に貢献した。同シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝バイエルン・ミュンヘン戦において、2試合合計3-3でのPK戦となった際に4人目のキッカーを務めた。しかし、1人目であったクリスティアーノ・ロナウド、2人目のカカと同じくPKに失敗し、レアル・マドリードは準決勝で姿を消した。

2013-14シーズンもリーガ・エスパニョーラでは4ゴールと相変わらずの得点力を示した。UEFAチャンピオンズリーグでは準決勝のバイエルン・ミュンヘン戦では、フースバル・アレナ・ミュンヘン[17]で前半に立て続けに2得点を記録して勝利を大きく引き寄せ、アトレティコ・マドリードと対戦した決勝では、1点を追う後半のアディショナルタイム3分にルカ・モドリッチのコーナーキックにヘディングで合わせて同点。チームを敗戦の危機から救い、クラブのラ・デシマ(10度目のチャンピオンズリーグ制覇)に貢献した。決勝では、ファンの選ぶ最優秀選手となった[18]

2014年のFIFAクラブワールドカップでは、守備面での貢献に加えクルス・アスル戦、サン・ロレンソ戦でセットプレーから先制点を奪い、得点王になると共に[注 2]ゴールデンボールを受賞した[19]

2015年夏にイケル・カシージャスFCポルトへ移籍したことにより、2015-16シーズンからはキャプテンを務める。

代表[編集]

2005年3月26日中国との親善試合でスペイン代表デビューし、過去55年での最年少出場記録を更新した。この記録はその後、セスク・ファブレガスが更新している。デビュー戦の7ヶ月後のサンマリノ戦で代表初得点を含む2得点を決め、6-0で快勝した。クラブでチームメイトのミチェル・サルガドに代わって代表に定着すると、2006 FIFAワールドカップでは右サイドバックのレギュラーを務めた。

UEFA EURO 2012フランス戦でのラモス

2007年8月に親友のアントニオ・プエルタが亡くなってからは、プエルタが代表デビューした際の背番号15を着用している。UEFA EURO 2008予選では11試合に出場して2得点し、スウェーデンを抑えての本大会出場を決めた。オーストリアスイスで共催された本大会では攻守両面にて質の高いプレーを見せ、ドイツとの決勝戦ではルーカス・ポドルスキを抑え込んだ。優勝決定後には、アントニオ・プエルタの顔写真と「いつも一緒に」というメッセージが描かれたTシャツを着て優勝を祝った[20] [21]。試合終了のホイッスルと共に蹴り上げられたボールを持ち帰ったため、決勝戦で使用されたボールのうちの1つは現在彼が所有している。

2009年FIFAコンフェデレーションズカップ2009にもレギュラー右サイドバックとして臨んだが、準決勝でアメリカに敗れて3位に終わった。その後の韓国戦では初めて代表キャプテンを務めた。2010 FIFAワールドカップ・南アフリカ大会では全ての試合に右サイドバックとして先発出場して優勝に貢献し、FIFA選出のベストイレブンに選ばれた[4]。大会参加選手中もっとも多くのシュートを放ったディフェンダーであった[4]。優勝セレモニーでは記念ユニフォームの上にプエルタへのメッセージが書かれたシャツを重ね着し、「この優勝は亡きアントニオ・プエルタに捧げる」とのコメントを残した[22]。また、大会スポンサーであるカストロールが選んだ大会最優秀選手に選ばれた[23]。南アフリカW杯後、ユニセフの親善大使の一環として視察のためセネガルを訪れた[24]

UEFA EURO 2012予選のリトアニア戦で、スペイン代表70試合出場の最年少記録を達成した[25]。EURO 2012本戦ではジェラール・ピケとセンターバックのコンビを組み、スペインの優勝に貢献。大会優秀選手に選ばれ、カストロールEDGEインデックスにおいて最優秀選手となった[26]

2013年3月のフィンランド戦で、代表史上最年少での100試合出場を達成し、自身も1得点したが、試合には引き分けた[27]

2014 FIFAワールドカップ・ブラジル大会においてはグループリーグ3試合すべてにフル出場し、オーストラリア戦ではキャプテンを務めた。しかしスペインは1勝2敗でグループリーグ突破はならず、大会を後にした。

人物[編集]

セビージャFCの下部組織出身であり、セビージャ出身であることに誇りを感じている[2]フロレンティーノ・ペレス第1期政権下で獲得された初めてのスペイン人選手であり[28]、唯一のスペイン人選手だった。19歳だったラモスに巨額の投資をしたペレス会長には恩義を感じており、「できればペレス会長のためにもっと働きたい」と語り、ペレスが会長復帰を懸けた2009年の選挙戦の際は支持を表明した[29]

同じくセンターバック、サイドバックの両ポジションでプレーしていたパオロ・マルディーニからは引退前に後継者として指名され[30]、かつてマルディーニのいるACミランを率いたカルロ・アンチェロッティも、「個性、技術、ピッチ内外でのリーダーシップ。マルディーニが持っていたもの全てを兼ね備えている」とマルディーニと比較して賞賛した[31]。ラモス自身も、手本としていた選手としてフェルナンド・イエロのほかにマルディーニの名前を挙げている[32]

フラメンコ闘牛ファッションを好み、サッカー以外にもテニスゴルフを楽しんでいる[2]

2014年5月6日、恋人との間に第一子となる男児が生まれた[33]

個人成績[編集]

シーズン クラブ ディビシオン リーグ カップ戦1 UEFA CL 他UEFA2 その他 シーズン通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
2002-03 セビージャB セグンダB 1 0 - - - - - - - - - -
2003-04 25 2 - - - - - - - - 25 2
2003-04 セビージャ プリメーラ 7 0 - - - - - - - - 7 0
2004-05 31 2 5 0 - - 5 1 - - 42 3
2005-06 1 0 - - - - - - - - 1 0
セビージャ通算 39 2 5 0 - - 5 1 - - 49 3
2005-06 レアル・マドリード プリメーラ 33 4 6 1 7 1 - - - - 46 6
2006-07 33 5 3 0 6 1 - - - - 42 6
2007-08 33 5 5 1 7 0 - - - - 45 6
2008-09 32 4 2 1 8 1 - - - - 42 6
2009-10 33 4 - - 7 0 - - - - 40 4
2010-11 31 3 7 1 8 - - - - - 46 4
2011-12 34 3 6 0 11 1 - - - - 51 4
2012-13 26 4 5 0 9 1 - - - - 40 5
2013-14 32 4 8 0 11 3 - - - - 51 7
2014-15 27 4 4 1 8 0 1 0 2 2 42 7
レアル・マドリード通算 314 40 46 5 82 8 1 0 2 2 445 55
プリメーラ通算 353 43 51 5 82 8 6 1 2 2 494 58

1コパ・デル・レイスーペルコパを含む.

2UEFAカップUEFAスーパーカップを含む.

代表歴[編集]

代表国 出場 得点
2006  スペイン 7 2
2006 13 0
2007 10 2
2008 15 0
2009 11 0
2010 15 1
2011 10 1
2012 16 2
2013 17 1
2014 10 1
通算 124 10

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 スコア 結果 試合概要
1. 2005年10月13日 サンマリノの旗セラヴァッレオリンピコ サンマリノの旗 サンマリノ 0–3 0–6 2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
2. 0–4
3. 2007年10月13日 デンマークの旗オーフスアトレティオン デンマークの旗 デンマーク 0–2 1–3 UEFA EURO 2008予選
4. 2007年11月17日 スペインの旗マドリードサンティアゴ・ベルナベウ スウェーデンの旗 スウェーデン 3–0 3–0 UEFA EURO 2008予選
5. 2010年3月3日 フランスの旗サン=ドニスタッド・ド・フランス フランスの旗 フランス 0–2 0–2 親善試合
6. 2011年9月6日 スペインの旗ログローニョラス・ガウナス リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン 4–0 6–0 UEFA EURO 2012予選
7. 2012年10月16日 スペインの旗マドリード、ビセンテ・カルデロン フランスの旗 フランス 1–0 1–1 2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
8. 2012年11月14日 パナマの旗パナマ市ロンメル・フェルナンデス パナマの旗 パナマ 0–4 1–5 親善試合
9. 2013年3月22日 スペインの旗ヒホンエル・モリノン フィンランドの旗 フィンランド 1–0 1–1 2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
10. 2014年9月8日 スペインの旗バレンシアメスタージャ マケドニア共和国の旗 マケドニア 1–0 5–1 UEFA EURO 2016予選

タイトル[編集]

クラブ[編集]

2007-08シーズンのリーグ優勝を祝福するラモス
スペインの旗 レアル・マドリード

代表[編集]

プエルタの写真がプリントされたシャツを着用してEURO2012優勝を祝福するラモス(右)
スペインの旗 U-19スペイン代表
スペインの旗 スペイン代表

個人[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ フェルナンド・イエロは439試合で5度の退場処分を受けた。
  2. ^ レアル・マドリードのガレス・ベイル、クルス・アスルのヘラルド・トラードも大会2得点を挙げて得点王となっている。

出典[編集]

  1. ^ REAL MADRID: Sergio Ramos cumplirá ante el Espanyol su centenar de encuentros con la elástica blanca”. noticias.info (2007年10月18日). 2012年9月27日閲覧。
  2. ^ a b c DF 4 セルヒオ・ラモスrealmadrid.jp
  3. ^ REAL MADRID レアル・マドリー セルヒオ・ラモスOCNスポーツ
  4. ^ a b c d Goal.com 50:セルヒオ・ラモス(24位)Goal.com、2010年7月25日
  5. ^ セルヒオ・ラモスGoal.com、2011年2月25日
  6. ^ インタビュー:レアル・ラモスrealmadrid.jp、2011年2月25日
  7. ^ レアル・マドリードの補強資金総額が10億ユーロを突破Total Football、2010年8月10日
  8. ^ 2008年バロンドール全順位livedoorスポーツ、2008年12月3日
  9. ^ CLを見据えるセルヒオ・ラモスレアル・マドリード日本語公式サイト、2010年2月16日
  10. ^ Masterful Madrid take top spot in styleuefa.com、2010年11月23日
  11. ^ 【サッカー】故意に退場処分? UEFAがR・マドリー2選手調査へsearchina news、2010年11月24日
  12. ^ モウリーニョ監督に処分 1試合資格停止と罰金47news.jp、2010年12月1日
  13. ^ モウリーニョ:「アルベロアはポジションを勝ち取った」Goal.com、2010年12月13日
  14. ^ S・ラモスを不快に思うモウリーニョlivedoor.com、2010年12月16日
  15. ^ マドリー会長、S・ラモスに確執の真相を尋ねる”. goal.com (2011年1月24日). 2012年2月4日閲覧。
  16. ^ 優勝レアル、前代未聞の大失態、パレードで国王杯を落下→破壊産経ニュース、2011年4月22日
  17. ^ UEFA主催試合では命名権名称であるアリアンツ・アレーナの名称は使用できない。
  18. ^ http://jp.uefa.com/uefachampionsleague/season=2014/matches/round=2000483/match=2011883/postmatch/report/index.html”. UEFA. 2014年5月30日閲覧。
  19. ^ Ramos outshines the restFIFA.com、2014年12月20日
  20. ^ セルヒオ・ラモス、プエルタに捧げる優勝サポティスタ、2008年7月1日
  21. ^ Ramos pays tribute to Antonio Puertaレアル・マドリード公式サイト、2008年6月30日
  22. ^ S・ラモス、亡き友人プエルタに捧げる世界一Total Football、2010年7月12日
  23. ^ Castrol Index Top 10FIFA.com
  24. ^ セネガル:ワールドカップでスペインを優勝に導いたラモス選手。子どもたちに夢と勇気をunicef.or.jp、2010年7月20日
  25. ^ セルヒオ・ラモス、A代表70試合に最年少で到達 (欧州通信)infoseek.co.jp、2010年10月9日
  26. ^ 総合ランキング1位はラモスUEFA.com、2012年7月2日
  27. ^ スペイン、S・ラモス記念弾もフィンランドにまさかのドロー”. goal.com (2012年3月23日). 2012年3月23日閲覧。
  28. ^ R・マドリー、セビージャ間でセルヒオ・ラモスの移籍合意へlivedoorスポーツ、2005年9月1日
  29. ^ セルヒオ・ラモス 「セルヒオ・ラモスのマドリディスモ向上委員会」 『WORLD SOCCER DIGEST No.287』 第15巻第6号、日本スポーツ企画出版社、2009年、80-81頁。雑誌 29893-3/19
  30. ^ マルディーニ、「私の後継者は彼しかいない!」livedoorスポーツ、2008年1月25日
  31. ^ アンチェロッティ:10度目のタイトルはサイクルの始まりrealmadrid.jp、2014年6月4日
  32. ^ レアルのS・ラモス「マルディーニとイエロを手本にしてきた」soccer king、2014年9月9日
  33. ^ セルヒオ・ラモスに男の子レアル・マドリードCF公式サイト、2014年5月7日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]