マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウヴァ・ジュニオル

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はヴィエイラ第二姓(父方の)はダ・シウヴァです。
マルセロ Football pictogram.svg
20180610 FIFA Friendly Match Austria vs. Brazil Marcelo 850 1622.jpg
ブラジル代表でのマルセロ (2018年)
名前
本名 マルセロ・ヴェレイラ・ダ・シルヴァ・ジュニオール
Marcelo Vieira da Silva Júnior
ラテン文字 MARCELO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1988-05-12) 1988年5月12日(30歳)
出身地 リオデジャネイロ市
身長 174cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・マドリード
ポジション DF (LSB) / LMF
背番号 12
利き足 左足
ユース
2002-2005 ブラジルの旗 フルミネンセ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2006 ブラジルの旗 フルミネンセ 30 (6)
2007- スペインの旗 レアル・マドリード 320 (23)
代表歴2
2005 ブラジルの旗 ブラジル U-17 3 (1)
2007 ブラジルの旗 ブラジル U-20 4 (0)
2008-2012 ブラジルの旗 ブラジル U-23 12 (1)
2006- ブラジルの旗 ブラジル 58 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年7月29日現在。
2. 2018年7月29日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウバ・ジュニオール(Marcelo Vieira da Silva Júnior、1988年5月12日 - )は、ブラジルリオデジャネイロ出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダーリーガ・エスパニョーラレアル・マドリード所属。ブラジル代表。過去にブラジル代表、レアル・マドリードでプレーしたロベルト・カルロスの後継者と呼ばれる[1]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

リオデジャネイロ、カテテで消防士の父と教師の母の元に生まれる[2]。マルセロは9歳の頃にフットサルを始め、13歳でフルミネンセFCのユースチームに加入。当初はミッドフィールダーとしてプレーしていたが、よりスピードを生かすために当時の監督はマルセロのポジションを下げた。フベニールに所属していた時に貰った初めての給料は、全て祖父に渡した[2]

クラブ[編集]

2005年フルミネンセFCのトップチームに加わった。代表デビュー後にCSKAモスクワセビージャFCユヴェントスFCなど多くのクラブからオファーを受け取り、フルミネンセはセビージャへの移籍で合意に至っていた[3]。しかし、本人の希望で2007年1月移籍金600万ユーロでレアル・マドリードに移籍し、7日のデポルティーボ・ラ・コルーニャに途中出場。翌節のラシン・サンタンデール戦で、ファビオ・カペッロはマルセロをスタメンで起用した。その年にクラブはスペインリーグを制覇した。

2009年、監督にファンデ・ラモスが就任してからは守備の不安もあってガブリエル・エインセが左サイドバックの位置で使われたため、左サイドハーフでプレーする機会が増加。怪我人等でやむを得ない場合や攻撃重視のシステムを用いる場合を除き、左サイドハーフで出場するようになった。マヌエル・ペジェグリーニが監督就任してからも変わらず、主にミッドフィールダーとして出場した。そのシーズンはゴールキーパーのイケル・カシージャスに次ぐ出場試合数、出場時間であり[4]グティと並んでクラブトップタイ、リーグ全体でも4位となる9アシストを記録した。

翌シーズンは再びレフトバックの位置でプレーし、2010-11シーズン前のプレシーズンマッチ、エルクレスCF戦ではキャプテンを務めた。その後、新たに監督に就任したジョゼ・モウリーニョの指導もあって、長らくの課題とされてきた守備を大幅に向上させ信頼を獲得[5]ディエゴ・マラドーナからは「メッシクリスティアーノと別として、現状でマルセロがリーガで最高の選手だと思う」との賛辞を受けた[6]。また、マアマドゥ・ディアッラASモナコ移籍後は、イケル・カシージャスセルヒオ・ラモスに次ぐ第3キャプテンとなった。2011年3月16日のUEFAチャンピオンズリーグ 決勝トーナメント第1戦のオリンピック・リヨン戦2ndレグでは先制点を挙げると共に2点目の起点となり、レアル・マドリードの7年ぶりのベスト8進出に大きく貢献[7]前年の雪辱を果たした。

レアル・マドリードでのマルセロ(2015年)

2015年7月10日、レアル・マドリードとの契約を2020年6月30日まで延長したことをクラブ公式HPで発表した[8]。また、同年夏の移籍市場にてカシージャスが移籍したことにより、レアル・マドリードの副キャプテンに就任した。

2016-17シーズン、レアル・マドリードでの公式戦400試合出場を達成した[9]

2017年9月14日、レアル・マドリードとの契約を2022年6月30日まで延長したことが発表された[10]

代表[編集]

W杯クロアチア戦でのマルセロ(2014年)

ブラジル代表として2005 FIFA U-17世界選手権2007 FIFA U-20ワールドカップに招集され、2006年に行われたブラジル対ウェールズの親善試合にて代表でもトップチームデビューし、強力なミドルシュートで代表初ゴールを決めて見せた。

2008年に行われた北京オリンピックでは銅メダルを獲得した。2012年にもロンドンオリンピックにオーバーエイジ枠として出場し、準優勝の銀メダルに貢献した。

2014年に行われた自国開催となった2014 FIFAワールドカップのブラジル代表に選出される。開幕戦のクロアチア戦で先発出場するも、前半11分に相手のイヴィツァ・オリッチの入れたクロスボールが自陣ゴール前にいた自身の足に当たり、オウンゴールを決めてしまう。大会初のゴールがオウンゴールとなったのはこれがワールドカップ史上初である[11]。マルセロのオウンゴールで先制点を許してしまったが、その後巻き返して開幕戦はブラジルが勝利を挙げた。優勝候補と言われたブラジル代表は準決勝でドイツに大敗してしまい、4位で終えた。

2015年に行われたコパ・アメリカ2015は一度はメンバーに招集されたが、腰痛のため参加を辞退した[12]

エピソード[編集]

  • 自宅から10分の距離にある練習場でさえ音楽を聴きながらでないと行けないというほど音楽を好んでいる[2]ヒップホップを特に好んで聴き、iPodにも多くの曲をいれている[13]
  • 自身のアイドルとしてロベルト・カルロスの他にフットサル選手のマノエル・トビアス、同じくブラジル代表左サイドバックのブランコを挙げている[13](ロベルト・カルロスも、自身のアイドルとしてブランコを挙げている)。
  • 幼馴染で元モデルのクラリス・アウヴェスと2008年に結婚、翌年9月には第一子エンツォ・ヴィエイラが誕生している。2017年にはエンツォがレアル・マドリードの下部組織に入団したことが報じられている[14]
  • 中盤でのプレー機会があることや攻撃が評価されることが多いことからポジションのコンバートを問われることがあるが本人は「後方からパスを受けた方が試合展開を読める。自分のスタイルはサイドバック。」とコメントしている[15]
  • ブラジル人であること、またその風貌と攻撃で目立つことから守備が軽いとみられることも多かったが、当初そのように評価していたモウリーニョは実際にマルセロを起用していく上で、守備力の高さについても高い評価を行った[16]
  • 2017年5月、ESPN世界で最も有名なアスリート100人を発表し、45位に選出された。サッカー選手としては16位[17]
  • 2017年11月に親善試合で日本代表と対戦、その試合では2点目となるミドルシュートを決め、試合後には日本代表のサイドバック長友佑都がそのテクニックをアンドレス・イニエスタに喩え、称賛するコメントを残した[18]

個人成績[編集]

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クラブ リーグ シーズン リーグ戦 カップ戦 国際試合 その他 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
フルミネンセFC セリエA 2005 12 2 0 0 0 0 0 0 12 2
2006 18 4 0 0 0 0 0 0 18 4
通算 30 6 0 0 0 0 0 0 30 6
レアル・マドリード プリメーラ・ディビシオン 2006-07 6 0 0 0 0 0 0 0 6 0
2007-08 24 0 2 0 6 0 0 0 32 0
2008-09 27 4 2 0 5 0 0 0 34 4
2009-10 35 4 2 0 6 0 0 0 43 4
2010-11 32 3 6 0 12 2 0 0 50 5
2011-12 32 3 5 0 7 0 0 0 44 3
2012-13 14 0 3 0 2 1 0 0 19 1
2013-14 28 1 4 0 7 1 0 0 39 2
2014-15 34 2 5 1 11 1 3 0 53 4
2015-16 30 2 0 0 11 0 0 0 41 2
2016-17 30 2 3 1 11 0 3 0 47 3
2017-18 8 1 2 0 3 0 1 0 14 1
通算 300 22 34 2 81 5 7 0 422 29
総通算 330 28 34 2 81 5 7 0 452 35

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 58試合 6得点(2006年- )


ブラジル代表国際Aマッチ
出場得点
2006 1 1
2007 1 0
2008 2 0
2009 2 0
2010 0 0
2011 2 1
2012 8 2
2013 12 0
2014 9 0
2015 5 0
2016 3 0
2017 5 2
2018 8 0
通算 58 6

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

レアル・マドリード

代表[編集]

U-23ブラジル代表
ブラジル代表

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 世界最高のSBReal Madrid C.F. “レアル・マドリード公式 DF 12 マルセロ”. 2010年9月10日閲覧。
  2. ^ a b c インタビュー:レアル・マルセロrealmadrid.jp、2011年4月9日
  3. ^ マルセロ:「セビージャに行く可能性もあった」Goal.com、2011年4月9日
  4. ^ Real Madrid C.F (2010年4月19日). “マルセロ:チームアシスト王”. 2010年10月16日閲覧。
  5. ^ “モウリーニョ、マルセロの評価を一変”. Goal.com. (2010年10月8日). http://www.goal.com/jp/news/73/スペイン/2010/10/08/2156084/モウリーニョマルセロの評価を一変 2010年10月16日閲覧。 
  6. ^ “マラドーナがアグエロの未来を予言?”. Goal.com. (2011年2月24日). http://www.goal.com/jp/news/73/スペイン/2011/02/24/2367080/マラドーナがアグエロの未来を予言 2011年3月6日閲覧。 
  7. ^ 時事ドットコム (2011年3月17日). “7季ぶりに壁破ったレアル=脇役DFが引っ張る-サッカー欧州CL”. 2011年3月17日閲覧。
  8. ^ マルセロがレアルと2020年まで契約延長…在籍年数の長さはクラブ3位soccerking 2015年7月11日
  9. ^ サッカーキング (2017年5月17日). “レアルの選手たち愛用の腕時計が判明…DFマルセロは日本のブランド”. 2017年12月12日閲覧。
  10. ^ マルセロ、契約延長にサイン Realmadrid公式サイト 2017年9月14日
  11. ^ 大会初ゴールは史上初のオウンゴール nikkansports.com 2014年6月13日
  12. ^ マルセロはコパ・アメリカ欠場へ…腰痛のためブラジル代表を辞退ゲキサカ 2015年5月30日
  13. ^ a b ワールドサッカーマガジン 2007年1月18日 Vol.148より
  14. ^ マルセロの息子がカンテラで密かに話題に…デビュー戦で衝撃ハットトリック SoccerKING 2017年11月14日
  15. ^ マルセロ:国王杯決勝はファンとチームの意欲が高まった
  16. ^ モウリーニョ、マルセロの評価を一変 - Goal.com
  17. ^ ESPN World Fame 100 ESPN.com 2017年6月10日閲覧。
  18. ^ 長友「マルセロ別次元やった」 ブラジル代表戦で驚嘆 サンスポ 2017年11月11日
  19. ^ FIFA World Cup Fan Dream Team”. FIFA.com. 2018年7月23日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]