パオロ・マルディーニ

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パオロ・マルディーニ Football pictogram.svg
Paolo Maldini press conference in Tehran.jpg
2012年のマルディーニ
名前
本名 Paolo Cesare Maldini
愛称 パオリーノ
カタカナ パオロ・チェーザレ・マルディーニ
ラテン文字 Paolo MALDINI
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1968-06-26) 1968年6月26日(48歳)
出身地 ロンバルディア州の旗ロンバルディア州
ミラノ県ミラノ
身長 186cm
体重 85kg
選手情報
ポジション DF (LSB, CB)
利き足 右足
ユース
1978–1985 イタリアの旗 ACミラン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1985-2009 イタリアの旗 ACミラン 647 (29)
代表歴
1986-1988 イタリアの旗 イタリア U-21 12 (5)
1988-2002[1] イタリアの旗 イタリア 126 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パオロ・チェーザレ・マルディーニ(Paolo Cesare Maldini, 1968年6月26日 - )は、イタリアミラノ出身の元サッカー選手。元イタリア代表選手。セリエAACミランに所属していた。ポジションはディフェンダー(サイドバック、センターバック)。

史上最高の左サイドバックと評され、ミランの象徴とまで呼ばれた選手[2] [3] [4] [5]。 そのサッカー人生の全てをACミランに捧げ、25年間という長きにもわたりミランのバンディエラ(旗手)としてチームを支え続けた。イタリア代表ではFIFAワールドカップ4大会連続出場を果たし、1998年フランス大会2002年日韓大会では主将も務めた。マルディーニが積み立ててきたサッカー人生は、やがて『セリエA歴代最多出場試合数(647試合)、W杯史上最多出場時間(2217分)、W杯最多フル出場試合数(23試合)』という金字塔を打ち立て、幾多のタイトルと共に(後述)、今日のサッカー史にその名が刻まれている[3][4][6][7]

彼がACミランでつけていた背番号3は、2005年10月18日に彼の父親のチェーザレ・マルディーニから始まる親子3代のACミラン入りとなった、長男クリスティアン・マルディーニ(Christian Maldini, 1996年6月14日 - )が引き継がない限り、フランコ・バレージのつけていた背番号6と同様に永久欠番となる。

経歴[編集]

ACミランでのマルディーニ(2008年)

父親のチェーザレ・マルディーニは、息子と同じくACミランのキャプテンを務め、1962-63シーズンのUEFAチャンピオンズカップ優勝を成し遂げ、ミラン、イタリア代表監督を共に務め挙げた存在。必然的にパオロはその下で幼少期よりサッカーに親しんでいった。

ニルス・リードホルム監督の下16歳の若さでセリエAにデビューしたのち、以降25年間に亘り第一線でプレイし続けることになる驚異的な存在となる。イタリア代表でも史上最多の126というキャップ数(後にファビオ・カンナバーロが更新)を記録した他、2004年にセリエA単一クラブ最多出場記録を更新。2005年にはディノ・ゾフが持っていたセリエA最多出場記録570試合を更新している。2007年2月20日にはチャンピオンズリーグの対セルティック戦においてチャンピオンズリーグ通算100試合出場を達成、更に同年3月11日には史上初となるセリエAのリーグ通算600試合出場を達成した。奇しくもこの日の試合はライバル、インテル・ミラノとのミラノ・ダービーであったが白星を飾ることはできなかった。2008年2月16日、セリエA第23節のパルマFC戦に途中出場しクラブ、U-21代表、A代表での公式戦現役合計出場1000試合を達成した。

長年一線級で活躍し、一時代を築いてきた彼は進退に対して注目されることも多かった。 とはいえ、セリエAはもとより世界に於いてトップクラスの資質を保ち続けたこと、平均年齢が高齢化したミランのディフェンダー陣再構築が遅々として進んでいなかったこと、また精神的支柱としての立場を考慮し、シルヴィオ・ベルルスコーニ会長らクラブ首脳陣は慰留を続けた。

度重なる膝の怪我に悩まされ、2004年には引退をほのめかしたことがある。サイドバックとしてのスピードの衰えを指摘された彼は、本格的にセンターバックにポジションを変え、代表チームを引退し「2足の草鞋」を脱いでクラブでのプレーに専念することで、再び世界トップレベルのDFとして復活した。

また、左膝の怪我や故障から、アレッサンドロ・コスタクルタと共に2007年7月末の契約満了をもって現役引退を示唆したシーズンには、チャンピオンズリーグ 2006-07の決勝で優勝を決めた後「今度はクラブW杯をとりたい。」と語り、翌シーズンもプレーする意思を表明した。膝の怪我を手術した影響で2007-08シーズンは出場機会が限定されたものの、FIFAクラブワールドカップ2007では長年のキャリアで数々の栄光を勝ち取った本職の左サイドバックとして準決勝に途中出場、決勝でもフル出場し優勝に貢献した。 その後も契約を延長し、40歳を迎えてなおもプレーする姿はファンはもとより選手の間からも尊敬を集めた。

2009年に現役引退を発表。一部のミラニスタとは険悪な関係であり、ホームでの現役最後の試合では、マルディーニを批判するメッセージが掲げられたが[8]、 現役最後の試合となったアウェー・フィオレンティーナ戦ではロスタイムにフィオレンティーナの選手がわざとボールを外に出しマルディーニの為だけの時間を作った。敵味方関係なくその場にいたすべての人がスタンディングオベーションでマルディーニを称えた[5]

プレースタイル・評価[編集]

果敢な攻撃参加、1対1での強さ、状況判断の良さ、優れた戦術理解能力[4]、 さらにフランコ・バレージより受け継いだキャプテンシーを駆使し[4]、 現役時代は10年以上世界最高の左サイドバックの座を守り続けた[9]。 その間にUEFAチャンピオンズリーグ優勝5回(1988-89, 89-90シーズンは連覇)を筆頭に、セリエA優勝7回(1991-92, 92-93, 93-94シーズンは3連覇)、インターコンチネンタルカップFIFAクラブワールドカップ含む)優勝3回を含む、通算26個のタイトルと栄光をクラブにもたらす。

そして、いつしか『グランデ・ミラン』(偉大なミラン)と呼ばれる様になる、クラブを象徴するバンディエラの1人となった[5]

1999年12月、イギリスの大手サッカー専門誌『ワールドサッカー』が、読者による投票ポイントによってランキング化したのをまとめた20世紀の偉大なサッカー選手100人を発表し、総合21位に選ばれた[10]。 これは当時の現役選手としては、ロナウドの13位、ロベルト・バッジョの16位に次ぐ3番目の順位であり、サイドバックの選手としてはOB・現役を含め最高位という快挙であった。

彼の功績と評価は引退後の現在も変わることはなく、2013年7月、『ワールドサッカー』誌が、世界各国の記者や監督、元選手の投票で各ポジションの歴代最高選手を選出した際に、左サイドバックのポジションとして選出された[11]。 尚、イタリア人から選ばれたのは唯一マルディーニのみである。そして全体の得票数では、フランツ・ベッケンバウアーディエゴ・マラドーナヨハン・クライフペレに次いで5番目の得票数であった[12]

元ブラジル代表のロナウドは現役時代に対戦したDFの中で最高のDFはマルディーニだと述べている[13]

エピソード[編集]

タイトル[編集]

チャンピオンズリーグの優勝トロフィーを掲げるマルディーニ(2002-03シーズン)
国内タイトル
1987-88, 1991-92, 1992-93, 1993-94, 1995-96, 1998-99, 2003-04
2002-03
1988, 1992, 1993, 1994, 2005
国際タイトル
1988-89, 1989-90, 1993-94, 2002-03, 2006-07
1989, 1990, 1994, 2003, 2007
1989, 1990, 2007
個人タイトル

個人成績[編集]

クラブ シーズン 背番号 国内リーグ 国内カップ1 国際カップ2 その他3 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ACミラン 1984–85 3 1 0 1 0
1985–86 27 0 6 0 6 0 1 0 40 0
1986–87 29 1 7 0 13 0 37 1
1987–88 26 2 1 0 2 0 29 2
1988–89 26 0 7 0 7 0 40 0
1989–90 30 1 6 0 8 0 3 0 47 1
1990–91 26 4 3 0 4 0 2 0 35 4
1991–92 31 3 7 1 38 4
1992–93 31 2 8 0 10 1 1 0 50 3
1993–94 30 1 2 0 10 1 4 0 46 2
1994–95 29 2 1 0 11 0 2 0 43 2
1995–96 30 3 3 0 8 0 41 3
1996–97 26 1 3 0 6 0 1 0 36 1
1997–98 30 0 7 0 37 0
1998–99 31 1 2 0 33 1
1999–00 27 1 4 0 6 0 1 0 38 1
2000–01 31 1 4 0 14 0 49 1
2001–02 15 0 4 0 19 0
2002–03 29 2 1 0 19 0 49 2
2003–04 30 0 9 0 3 0 42 0
2004–05 33 0 13 1 1 0 47 1
2005–06 14 2 9 0 23 2
2006–07 18 1 9 0 27 1
2007–08 17 1 4 0 2 0 23 1
2008–09 30 0 2 0 32 0
キャリア通算 647 29 72 1 161 3 22 0 902 33

1 コッパ・イタリアイタリア・スーパーカップを指す
2 UEFAチャンピオンズリーグUEFAカップUEFAインタートトカップUEFAスーパーカップを指す
3 インターコンチネンタルカップFIFAクラブワールドカップを指す

脚注・出典[編集]

  1. ^ “Paolo Maldini - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/maldini-intl.html 
  2. ^ 歴代最強欧州CLベストイレブン Qoly football web magazine 2012年10月21日
  3. ^ a b カカ、マルディーニを語る「パオロは伝説だよ」 livedoor NEWS スポーツ 2006年12月4日
  4. ^ a b c d パオロ・マルディーニ|ゲキサカ(講談社) パオロ・マルディーニ|ゲキサカ(講談社)
  5. ^ a b c プランデッリ監督:「マルディーニは最後のバンディエラ」 Goal.com 2009年5月30日
  6. ^ サネッティが大記録…セリエA歴代3位の570試合出場 livedoor NEWS スポーツ 2012年4月12日
  7. ^ FIFAワールドカップにおける記録
  8. ^ 去るタイミング。 ~“バンディエラ”マルディーニの 寂しき引退~ Number Web 2009年5月29日
  9. ^ キャラガー、マルディーニを称賛 キャラガー、マルディーニを称賛 UEFA.com 2007年5月24日
  10. ^ World Soccer 100 Players of the Century
  11. ^ 英メディアの歴代ベストイレブン、現役選手はメッシのみ livedoor NEWS スポーツ、2013年7月4日
  12. ^ The Greatest: – how the panel voted
  13. ^ http://news.livedoor.com/article/detail/10913820/ 元ブラジル代表FWロナウド、最強のDFを暴露「無条件でマルディーニ」]
  14. ^ ワールドサッカーマガジン 2007年4月5日 Vol.153より
  15. ^ 3冠のグアルディオラ、マルディーニを称賛”. asahi.com (2009年5月28日). 2009年10月16日閲覧。
  16. ^ ハリルはなぜ森重真人を指名した?代表キャプテンを巡る、歴史と個性。(Number Web)より
  17. ^ マルディーニ氏の息子たちがミラン下部組織で注目 Goal.com 2014年11月30日
  18. ^ 元イタリア代表のネスタ氏が米で監督に…盟友マルディーニ氏とタッグ SoccerKing 2015年9月1日