ウェイン・ルーニー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ウェイン・ルーニー Football pictogram.svg
Wayne-Rooney-2015-10-21.jpg
マンチェスター・ユナイテッドでのルーニー(2015年)
名前
本名 ウェイン・マーク・ルーニー
Wayne Mark Rooney
愛称 Wazza
カタカナ ウェイン・ルーニー
ラテン文字 Wayne ROONEY
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス (イングランドの旗 イングランド)
生年月日 1985年10月24日(30歳)
出身地 マージーサイド州リヴァプール
身長 178cm[1]
体重 86kg[2]
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFC
ポジション FW (CF, WG, ST)
MF (OMF, SMF, CMF, DMF)
背番号 10
利き足 右足
ユース
1996-2002 イングランドの旗 エヴァートン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2004 イングランドの旗 エヴァートン 67 (15)
2004- イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 368 (178)
代表歴2
2000-2001 イングランドの旗 イングランド U-18 4 (2)
2001-2002 イングランドの旗 イングランド U-19 12 (7)
2002-2003 イングランドの旗 イングランド U-20 1 (0)
2003- イングランドの旗 イングランド 115 (53)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年6月4日現在。
2. 2016年6月27日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ウェイン・マーク・ルーニーWayne Mark Rooney1985年10月24日 - )は、イギリス (イングランド)・マージーサイド州リヴァプール出身のサッカー選手プレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドFC所属。イングランド代表。ポジションはフォワードミッドフィルダー

5度のリーグ優勝の他、UEFAチャンピオンズリーグおよびFIFAクラブワールドカップでも優勝を経験している。マンチェスター・ユナイテッドFCの現主将であり、同クラブの歴代通算得点ランクではボビー・チャールトンに次いで2位である(2016年1月2日現在)。2014年からはイングランド代表でも主将を務め、代表の歴代通算最多得点記録保持者である。

クラブ経歴[編集]

エヴァートン[編集]

リヴァプール北東部に位置するクロクステスの出身[3]1995年に地元のサッカークラブのエヴァートンFCの下部組織に入団し[4]2002年8月17日プレミアリーグの開幕戦に16歳と298日でトップデビューする[5]。同年10月2日リーグカップレックスハムAFC戦で初ゴール(2ゴール)を挙げ、当時のエヴァートンFCの最年少得点記録を16歳と342日で更新した[6]。17日後の同年10月19日、プレミアリーグアーセナルFC戦でもゴールを挙げ、当時のプレミアリーグ最年少得点記録を16歳と360日で更新するとともに[7](2か月後の同年12月28日にジェイムズ・ミルナーが(当時16歳と309日)、2005年4月10日にジェームズ・ヴォーンが(当時16歳と271日)それぞれ記録を更新している[8])、アーセナルFCの無敗記録を30試合でストップさせている[9]。同年11月3日リーズ・ユナイテッドAFC戦でもゴールを決め、チームのリーズのホームでの50年ぶりの勝利に貢献[10]。同年12月26日バーミンガム・シティFC戦では初のレッドカードをもらっている[11](ちなみに、この時、イエローカードは累計で4枚貯まっている[12])。同時期にBBCスポーツによる2002年度の最優秀新人スポーツ選手に選ばれた[13]2003年1月にプロ契約を結ぶ[14](それまでは練習生であった)。2002-03シーズンは公式戦37試合に出場し8得点を記録[12]

2003-04シーズン、26試合に先発出場し9得点を記録した。しかしシーズン中にデイヴィッド・モイーズ監督との関係が悪化したためシーズン終了後の退団を決意し[15]2004年8月31日移籍金2,560万ポンド、契約期間6年間の契約の下、マンチェスター・ユナイテッドFCに移籍した[16]

マンチェスター・ユナイテッド[編集]

2004-05シーズンUEFA EUROでの怪我の影響によりシーズン序盤戦の試合は欠場を余儀なくされたが、2004年9月28日UEFAチャンピオンズリーグオールド・トラッフォードでのフェネルバフチェSK戦に先発出場し、ハットトリックおよびアシスト1回を記録する活躍を見せてチームの勝利に貢献した[17]。この日のゴールにより、チャンピオンズリーグの最年少ハットトリック記録を18歳と335日で更新した[18]他、これ以後ルーニーがゴールを決めるとユナイテッドは必ず勝つというジンクスが1年4か月続くこととなった。19歳の誕生日となる10月24日には、無敗記録を再び49試合にまで伸ばしていたアーセナルFCとのリーグ戦にてPKおよび試合終了間際の1得点を決め、再度アーセナルの無敗記録を止めた[15]2005年5月21日FAカップの決勝戦にてマンチェスター・ユナイテッドFCはアーセナルFCを相手にPK戦の末敗れるも、ルーニー自身はMVPを受賞した[19]。このシーズンはイエローカードを累計で17回提示されるなどフェアプレーの観点からは課題が残ったが、個人成績の面ではチーム内で最多の通算17得点を記録し、PFA年間最優秀若手選手賞も受賞した[15]

2005-06シーズン、チームはリーグカップで優勝し、ルーニーは決勝戦のウィガン・アスレティックFC戦で2ゴールを挙げマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた(また自身初のタイトル獲得となった)[20]。プレミアリーグ終盤の4月29日チェルシーFCとの試合でパウロ・フェレイラと接触し右足第4中足骨ほか複数個所を骨折してシーズンを終えた[21][15]。チーム最多の18ゴール、10アシストの成績を残し、再度PFA年間最優秀若手選手賞を受賞した。

2006-07シーズン、リーグに35試合出場し14得点13アシストを記録した。ルーニーはクリスティアーノ・ロナウドらとともに若手世代の中心選手として活躍し、世代交代の影響から数年間リーグ戦での無冠が続いていたチームに4年ぶりのリーグタイトルをもたらした。

2007-08シーズン背番号を8番から10番へ変更した。前年に続いてリーグ2連覇を達成した他、UEFAチャンピオンズリーグでは決勝戦でチェルシーFCを破り優勝を果たした。

2008-09シーズンは12月に行われたFIFAクラブワールドカップガンバ大阪戦で2ゴール、LDUキト戦で決勝ゴールを挙げるなど3得点を記録し、大会得点王とMVPを獲得した。リーグ線でもリーグ6位タイの12ゴールを挙げリーグ3連覇に貢献した。UEFAチャンピオンズリーグでは2年連続で決勝に進出したが、FCバルセロナに破れ準優勝に終わった。

2009-10シーズンには開幕戦で得点を挙げ、プレミアリーグ通算100得点を達成した。またウィガン戦でもゴールを決め、ユナイテッドでの公式戦100ゴールをマークした。しかしUEFAチャンピオンズリーグ準決勝1stレグのバイエルン・ミュンヘン戦で負傷し、ファーガソン監督は完治しないまま2ndレグでもルーニーを起用。チームはアウェーゴールの差で敗退し、自身の怪我も悪化してしまった。リーグ戦では31節までに26ゴールを記録していたが、その後は1ゴールも決めることができず、得点王もチェルシーのディディエ・ドログバに譲った。

2010-2011シーズンは開幕から出遅れ、一時は移籍願望を表明していたものの[22]、直後の2010年10月22日に2015年まで契約を延長した[23]。2011年2月12日のマンチェスター・シティとのホームでのダービーマッチにて、1-1の後半33分、右からのクロスに跳び上がってオーバーヘッドキック。ゴール右隅に蹴り込んだ。ファーガソン監督は「素晴らしいゴールは他にもあったが、見事さでは並ぶものがない」と絶賛し、ルーニーも「蹴った瞬間に自分の最高の得点になると分かった」と、自画自賛した[24]。このゴールはプレミアリーグ20周年を記念したベストゴール投票で1位に選ばれた[25]。4月2日のウェストハム戦でハットトリックを挙げ、ユナイテッド移籍後のプレミアリーグ通算100得点を達成した[26]

2011-12シーズンは開幕戦からゴールをあげ、3節のアーセナル戦ではFK2本とPKでハットトリックを達成し、8-2の大勝を導いた。直後のボルトン戦でもハットトリックを達成した。ルーニーはこのシーズン2009-10シーズンに記録した26ゴールを更新する自己最多の27ゴールを挙げた。

2012-13シーズンのホーム最終戦のスウォンジー戦後、今シーズン限りで退団が決定したアレックス・ファーガソン監督がルーニーの移籍志願を明かした[27]

2013-14シーズンは、新監督にデイヴィッド・モイーズが就任することが発表され、移籍の噂に拍車がかかり[28]。、多くのビッグクラブが獲得を打診するコメントを残した[29][30]。しかし、最終的にクラブへの残留が決定した。2014年2月にユナイテッドとの契約を2019年6月まで延長したことを発表[31]。2014-15シーズンからチームの主将に就任決定[32]。移籍の噂があったがロビン・ファン・ペルシラダメル・ファルカオが移籍して残留するかたちになった。

2016年1月2日のスウォンジー戦で自身プレミアリーグ通算188得点を記録し、プレミアリーグ歴代得点ランキング2位に浮上する[33]。2016年1月17日に行われたリヴァプールFC戦でゴールを記録し、ユナイテッドでのリーグ戦通算ゴール数が、元アーセナルのティエリ・アンリ氏が保持していた、単一クラブでのプレミアリーグ最多ゴール記録を塗り替える快挙を達成している。

代表経歴[編集]

イングランド代表でのルーニー

2003年2月12日にA代表に初招集され、2月17日オーストラリア代表との親善試合で17歳と111日でA代表デビューした。マイケル・オーウェンの持つ18歳と59日での代表最年少出場記録を更新したが、2006年5月30日セオ・ウォルコットが17歳と75日でその記録を更新した。同年9月6日に行われたEURO2004予選、アウェーでのマケドニア戦で17歳と317日で初ゴールを決め、イングランド代表最年少得点記録を更新した。

2004年ポルトガルで開催されたEURO2004のイングランド代表メンバーに選出される。フランス戦、スイス戦、クロアチア戦でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたが、準々決勝のポルトガル戦で足を骨折、チームも敗退した。[34]同大会ベストイレブンに選出されている[35]

2006年ドイツW杯2005-06シーズン終盤に負った怪我の影響により6月10日の初戦に出遅れるも、6月15日トリニダード・トバゴ戦に途中出場、6月20日スウェーデン戦に先発出場し、無得点に終わるもチームは2勝1分でBグループを首位通過。マイケル・オーウェンの膝十字靭帯の断裂により、以後1トップに固定される。7月1日の準々決勝、EURO2004で敗退を喫したポルトガルとの試合で、後半17分にリカルド・カルヴァーリョの股間を踏みつけたとして主審オラシオ・エリソンドから退場処分を受ける。試合は延長戦まで持ち込まれ、チームはPK戦の末に3対1で敗退した。

2010年 南アフリカ大会では、大会前のシーズンで自己最多26得点をあげたことや、10番を託されたこともあり大きな期待を寄せられたが、大会中は不振に悩まされ結局2大会連続無得点に終わった。また、グループリーグアルジェリア戦に引き分けた直後、ブーイングをしていたサポーターに対して「ブーイングしてくれてうれしいね。これが忠実なサポートというもんだ」と吐き捨てた[36]

2011年10月7日EURO2012予選G組の対モンテネグロ戦(モンテネグロ)にて、相手選手を蹴り一発退場処分を受けた[37]。これを受けてUEFA10月13日、ルーニーに対してEURO2012本大会一次リーグ3試合全てを対象とする出場停止処分を科した[38]。12月8日、UEFAはこの処分に異議を申し立てていたルーニーの聴聞会を開き、出場停止処分を3試合から2試合に軽減した[39]UEFA EURO 2012では出場停止が明けたグループリーグ第3戦のウクライナ戦で先発出場し、決勝点を挙げイングランドの首位通過に貢献した[40]

2014 FIFAワールドカップではイタリア戦でアシスト、ウルグアイ戦でゴールをそれぞれ記録し、チームの全2ゴールに貢献した。

2014年11月15日のUEFA EURO 2016予選スロベニア戦で、イングランド代表史上9人目となる通算100試合出場を、史上最年少で達成した[41][42]。またこの試合で代表通算44得点目となる同点ゴールを挙げ、得点数ではイングランド代表史上3位タイとなった[42]

2015年9月5日のUEFA EURO 2016予選、サンマリノ戦でPKによる得点で代表通算49得点目となる先制ゴールを上げ、ボビー・チャールトンの持つイングランド代表の得点記録に並んだ[43]。またこの試合はチャールトンの通算出場数と同じ106試合目の出場であり、チャールトンと同じペースで得点を挙げたこととなった[43]。続く9月8日、UEFA EURO 2016予選のスイス戦でPKによる得点を挙げ、イングランド代表の通算得点記録を更新した[44]。試合後のロッカールームでは監督のロイ・ホジソンから記念のユニフォームが贈られた[45]

2016年、UEFA EURO 2016本大会ではフォワードではなく、4-3-3のインサイドハーフとして出場。

選手としての特徴・評価[編集]

プレミアリーグで時速21.74マイル(約35キロメートル)を記録したことがある。この記録はそのシーズンにおけるプレミアリーグ最速記録である[46]

イングランド代表の監督を務めるロイ・ホジソンは「サー(ボビー・チャールトン)とウェイン・ルーニーというイングランド史上最も優れた選手2人について語っているわけだが、そのうちの1人が現役で彼を起用することができるなんて、私は非常に幸運な監督だ」と述べている[45]

チームメイトであるアンデル・エレーラもルーニーについて「イングランド史上最高の選手」と評している[47]

リオネル・メッシはルーニーについて「1世代に1人しか生まれないような選手」「他の選手と比べようがないほどに素晴らしい」「特別な選手というのはたくさんいるが、ルーニーには抜きん出た質の高さとテクニックがある」「僕が対戦した選手の中でも抜群の運動量を誇っている強い選手だ」などと称賛している[48]

植毛について[編集]

2010年に投票で「最も醜いサッカー選手」に選ばれた[49]ルーニーの外見上の特徴の一つとして、頭髪の薄さが挙げられる。クリスティアーノ・ロナウドリオ・ファーディナンドウェズ・ブラウンらに連日のように薄毛をからかわれ、ルーニーの誕生日にかつらをプレゼントされる、マイケル・オーウェンTwitterで「顔は12歳児のようだけど、髪の毛は60歳」とつぶやかれる[50]など、チームメイトから日常的にネタにされていたという。

2011年6月にロンドンの有名医院にて植毛手術を行ったことをTwitterにて報告。植毛を行った理由について「25歳でハゲるつもりはなかったから」と語った[51]。植毛手術には1万ポンド(約138万円)を費やし、さらに手術後にはフォロワーに対して整髪用ジェルに関する意見を募った[52]。 このルーニーの植毛には世界中が注目し、カミングアウトした勇気を讃えるメディア、オフ期間にサッカー以外の話題で注目を浴びることへの懐疑的な意見を持つメディアのほか、この件をさらにネタにするメディアなど、反応は賛否両論であった[53]。イギリス紙ザ・サンは、「Hair we grow!(here we go!をもじったもの)」という見出しをつけて大きく報じた[54]。 余談であるが、ルーニーが植毛手術を行った直後に同じマンチェスター・ユナイテッドのライアン・ギグスが2009年に植毛手術を行ったことが明らかになった[55]

人物[編集]

妻のコリーン(2006年10月)

個人成績[編集]

クラブ[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2002-03 エヴァートン 18 プレミア 33 6 3 2 1 0 37 8
2003-04 34 9 3 0 3 0 40 9
2004-05 マンチェスター・U 8 29 11 2 0 6 3 37 14
2005-06 36 16 4 2 3 0 43 18
2006-07 35 14 1 0 7 5 43 19
2007-08 10 27 12 0 0 4 2 31 14
2008-09 30 12 1 0 2 1 33 13
2009-10 32 26 3 2 1 0 36 28
2010-11 28 11 0 0 2 1 29 12
2011-12 34 27 0 0 1 2 35 29
2012-13 27 12 1 0 3 3 31 15
2013-14 29 17 2 0 0 0 31 17
2014-15 33 12 0 0 4 2 37 14
2015-16 28 8 2 1 5 2 35 11
通算 イングランド プレミア 435 193 22 7 42 21 499 221
総通算 435 193 22 7 42 21 499 221

代表[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 110試合 52得点(2003年- )

代表国 出場 得点
2003  イングランド 9 3
2004 11 6
2005 8 2
2006 8 1
2007 4 2
2008 8 5
2009 9 6
2010 11 1
2011 5 2
2012 5 4
2013 10 6
2014 13 8
2015 8 5
2016 6 2
通算 115 53

記録[編集]

  • イングランド代表 代表デビュー 17歳111日 歴代2位
  • イングランド代表 最年少得点記録 17歳317日 歴代1位
  • イングランド代表 出場数 110試合 歴代 5位
  • イングランド代表 得点数 52得点 歴代 1位

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFC

個人[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ Wayne Rooney”. Official Website of the Premier League. 2011年3月12日閲覧。
  2. ^ Wayne Rooney”. UEFA.com. 2012年5月23日閲覧。
  3. ^ Wayne Rooney” (英語). 2011年9月14日閲覧。
  4. ^ Is Rooney the new Pele?” (英語). 2004年6月23日閲覧。
  5. ^ Tottenham 17/08/2002 15:00” (英語). 2002年8月17日閲覧。
  6. ^ Wrexham 0-3 Everton” (英語). 2002年10月2日閲覧。
  7. ^ Arsenal 19/10/2002 15:00” (英語). 2002年10月19日閲覧。
  8. ^ Rooney joins Ton Up club” (英語). 2010年2月2日閲覧。
  9. ^ Rooney ends Arsenal's run” (英語). 2002年10月19日閲覧。
  10. ^ Rooney sinks Leeds” (英語). 2002年11月3日閲覧。
  11. ^ Rooney off in stalemate” (英語). 2002年12月26日閲覧。
  12. ^ a b Games played by Wayne Rooney in 2002/2003” (英語). 2011年4月6日閲覧。
  13. ^ Rooney voted top youngster” (英語). 2002年12月8日閲覧。
  14. ^ Rooney quietly joins the big time” (英語). 2003年1月18日閲覧。
  15. ^ a b c d e ウェイン・ルーニー 『悪童自伝:物語は始まったばかり』 西竹徹・田島大、ランダムハウス講談社2007年ISBN 978-4-270-00227-8
  16. ^ Manchester United plc Report & Accounts 2005” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  17. ^ Man Utd 6-2 Fenerbahce” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  18. ^ Michael Owen is three and easy with his third Champions League treble – here's Sportsmail's list of hat-trick heroes, including Alan Shearer, Andy Cole and Mike Newell” (英語). 2013年7月2日閲覧。
  19. ^ Arsenal 0-0 Man Utd (aet)” (英語). 2013年7月2日閲覧。
  20. ^ Man Utd ease to Carling Cup glory” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  21. ^ Curse of the metatarsal: John Terry set to join Wayne Rooney and David Beckham on long list of England's broken foot victims” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  22. ^ ファーガソン:「ルーニーは移籍を望んでいる」 新天地はマンCかチェルシー?Livedoorスポーツ 2010年10月20日
  23. ^ 退団希望のルーニー、一転して契約延長Livedoorスポーツ 2010年10月23日
  24. ^ ルーニー「生涯最高」のスーパーゴール! マンUがダービー制すLivedoorスポーツ 2011年2月13日
  25. ^ ルーニーのオーバーヘッドがプレミア史上のベストゴールに選ばれるサッカーキング 2012年5月4日
  26. ^ マン・U、エース3発で逆転勝ちGoal.com 2011年4月2日
  27. ^ ルーニーはやはり移籍を希望、ファーガソンが認めるGoal.com 2013年5月13日
  28. ^ ファン・ペルシーとウェルベックが2点ずつを挙げ、マンチェスター・Uが開幕戦勝利! 香川は出場せずゲキサカ
  29. ^ チェルシーがルーニー獲得オファーを認めるゲキサカ
  30. ^ ベンゲル:「ルーニーの給料は払える」ゲキサカ
  31. ^ いろいろ言われましたが…ルーニーが契約延長に合意ゲキサカ
  32. ^ http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/08/13/kiji/K20140813008736910.html スポニチ Sponichi Annex 2014年8月13日
  33. ^ ルーニーが通算188得点目を記録! プレミアの歴代得点ランキング2位に浮上フットボールチャンネル(2016年1月3日) 2016年1月16日閲覧
  34. ^ EURO 2016スター候補:ウェイン・ルーニー”. UEFA.com (2016年1月15日). 2016年5月26日閲覧。
  35. ^ 2004年 伏兵ギリシャに栄冠”. UEFA.com. 2016年5月26日閲覧。
  36. ^ ルーニーがブーイングに反発 イングランドのエースFW 中日スポーツ 2015年9月2日閲覧
  37. ^ ルーニー退場「大きなミス」/欧州選手権 日刊スポーツ 2011年10月8日閲覧
  38. ^ ルーニー、1次リーグ全3試合出場停止 日刊スポーツ 2011年10月14日閲覧
  39. ^ ルーニーの出場停止が2試合に軽減”. 2012年4月6日閲覧。
  40. ^ ルーニー:「イングランドと対戦したいチームはない」”. Goal.com (2012年6月20日). 2012年6月20日閲覧。
  41. ^ ルーニーが100キャップ到達…9人目の快挙に「素晴らしい気分」”. サッカーキング (2014年11月16日). 2014年11月16日閲覧。
  42. ^ a b サッカー=イングランド代表ルーニー、最年少で100試合出場”. ロイター (2014年11月16日). 2014年11月16日閲覧。
  43. ^ a b ルーニーがイングランド代表最多得点数に並ぶ…45年ぶりの更新に王手”. SOCCER KING (2015年9月6日). 2015年9月6日閲覧。
  44. ^ 初ゴールから12年…最多得点記録更新のルーニー「夢が叶った」”. SOCCER KING (2015年9月9日). 2015年9月10日閲覧。
  45. ^ a b ホジソン監督が新記録達成のルーニーに賛辞「英国史上最高の選手」”. SOCCER KING (2015年9月9日). 2016年5月26日閲覧。
  46. ^ 今季プレミアのスピード王は? 昨季は時速35kmのルーニーがトップ”. SOCCER KING (2016年1月21日). 2016年5月26日閲覧。
  47. ^ 30歳の誕生日を迎えるルーニー 同僚は「英国史上最高の選手」と絶賛”. サッカーマガジンゾーンウェブ (2015年10月19日). 2016年5月26日閲覧。
  48. ^ 偉業達成のルーニーをメッシが称賛「彼のような選手は他にいない」”. SOCCER KING (2015年9月11日). 2016年5月26日閲覧。
  49. ^ 「最も醜いサッカー選手」はルーニー?W杯投票サイト”. AFPBB News(日本語) (2010年7月8日). 2011年6月7日閲覧。
  50. ^ ルーニー、やっぱり気にしていた!”. nikkansports.com (2011年5月9日). 2011年6月7日閲覧。
  51. ^ 頭髪の薄さが悩みのルーニーが激白「みんな、植毛をしたぜ」”. SOCCER KING (2011年6月4日). 2011年6月4日閲覧。
  52. ^ ルーニー植毛手術138万円!写真近日公開”. nikkansports.com (2011年6月6日). 2011年6月7日閲覧。
  53. ^ ルーニーが植毛成功頭をツイッターで公開”. nikkansports.com (2011年6月7日). 2011年6月7日閲覧。
  54. ^ ルーニー植毛成功「Hair we grow!」”. AFPBB.com (2011年6月5日). 2011年6月7日閲覧。
  55. ^ ギグス、2年前に植毛手術受けていた”. サンケイスポーツ (2011年6月10日). 2011年6月11日閲覧。
  56. ^ ルーニー マクローリンさんとジェノバで挙式”. AFPBB News(日本語) (2008年6月13日). 2009年6月23日閲覧。
  57. ^ Coleen Rooney gives birth to boy” (英語). BBC Sport (2009年11月2日). 2010年1月24日閲覧。
  58. ^ ルーニーに第2子が誕生”. APF BBニュース (2013年5月22日). 2013年5月22日閲覧。
  59. ^ サッカー八百長疑惑、W杯予選も捜査 日本の試合も監視 朝日新聞 2013年02月11日閲覧
  60. ^ ルーニー、喫煙&路上放尿…カペロご立腹”. サンケイスポーツ (2010年8月7日). 2010年10月8日閲覧。
  61. ^ The World's Highest-Paid Athletes Forbes.com 2014年6月発表。
  62. ^ The World Cup Reminds Everyone That Soccer Players Are The Most Popular Athletes HUFF POST 2014年6月30日閲覧。
  63. ^ ルーニー、14歳の時にサッカーを辞めようとしていた。翻意のきっかけは恩師の言葉「またフットボールを愛せるようになった」 フットボールチャンネル 2015年1月26日閲覧。
  64. ^ MAN UTD'S ROONEY: BOXING BACKGROUND HELPS ME tribal football 2015年1月26日閲覧。
  65. ^ ルーニー、自宅キッチンでのボクシングでKO? 友人撮影のビデオが流出 Goal.com 2015年9月2日閲覧
  66. ^ ルーニーのノックダウン、バーズリー夫人は「ふりをしていた」と明かす フットボールチャンネル 2015年9月2日閲覧
  67. ^ 米経済誌発表のスポーツ選手長者番付…C・ロナウドがサッカー界のトップに

関連項目[編集]

外部リンク[編集]