ゲーリー・リネカー

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ゲーリー・リネカー Football pictogram.svg
Gary Linekar.jpg
名前
本名 ゲーリー・ウィンストン・リネカー
Gary Winston Lineker
愛称 リンクス(山猫)
ラテン文字 Gary LINEKER
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1960-11-30) 1960年11月30日(56歳)
出身地 County Flag of Leicestershire.pngレスターシャー州レスター
身長 177cm
体重 74kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 右足
ユース
1976-1978 イングランドの旗 レスター・シティ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1978-1985 イングランドの旗 レスター・シティ 194 (95)
1985-1986 イングランドの旗 エヴァートン 41 (30)
1986-1989 スペインの旗 バルセロナ 103 (42)
1989-1992 イングランドの旗 トッテナム 105 (67)
1992-1994 日本の旗 名古屋グランパスエイト 18 (4)
代表歴
1984-1992[1] イングランドの旗 イングランド 80 (48)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ゲーリー・ウィンストン・リネカー OBE(Gary Winston Lineker OBE, 1960年11月30日 - )は、イングランドレスター出身の元イングランド代表サッカー選手。ポジションはフォワード。ガリー・リネカー、ギャリー・リネカーと表記されることも多い。

略歴[編集]

青果商の息子として生まれ、1974年に地元のクラブチーム・レスター・シティに入団。1984年5月26日スコットランド戦にてイングランド代表に初招集された。1986年ワールドカップ・メキシコ大会では直前に手首をケガしギプスをつけた状態で出場、一次リーグ最終戦のポーランド戦で前半だけでハットトリックを達成するなど6得点を挙げて得点王に輝き、1990年ワールドカップ・イタリア大会でも4得点を挙げ、その大会以降はブライアン・ロブソンの後を継ぎ主将をつとめた。

イングランド代表通算歴代2位の48得点で迎えた1992年5月17日に行われたブラジルとの親善試合では自ら得たPKを外し、歴代1位のボビー・チャールトンの代表49得点に並ぶことはできなかった。直後に行われたUEFA EURO '92でも得点を記録できないままにイングランド代表から引退した。イングランド代表通算80キャップ48得点。ワールドカップ通算12試合出場10得点。現役通算333得点。

1984-85シーズンはレスター・シティで24得点、1985-86シーズンはエヴァートンで30得点、1989-90シーズンはトッテナムで24得点と得点王を3度獲得。全て異なるクラブでの記録であった。

1993年Jリーグ開幕時に名古屋グランパスエイトに移籍。当時のJリーグ最高年俸(3億円)だった。しかし、Jリーグでは周囲が期待するほどの活躍ができないまま2年目の1994年シーズン終了後をもって現役を引退した(リーグ戦通算18試合出場4得点)[2]

20年間の現役生活において一度もレッドカードはおろかイエローカードすらもらったことがなく、1990年の「FIFAフェアプレー賞」を受賞している。

1999年ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で36位に選出された。

2003年にはイングランドサッカー栄誉の殿堂 (English Football Hall of Fame)入りを果たした。

現在はイギリス・BBCのサッカー番組「Match of the Day (en:Wikipedia)」(1964年から続くサッカーのニュース番組、以下「MOTD」)の司会を務める他、新聞などのコメンテーターとして活躍中。洒脱な語り口と紳士的な人柄から同国民に大変人気があるが、労働者階級の一部からは違和感を指摘されることもある[要出典]

古巣のレスター・シティへの想いは今なお強く、2002年に同チームが経営破綻した際には私財を提供し救った。また2015-16シーズンのレスターの快進撃の最中、同年12月には自身のtwitterで「もしレスターが優勝したら、次シーズン初回の『MOTD』にパンツ一丁で出演する」と宣言[3]。結果的にレスターは周囲の予想を裏切り、快進撃そのままにリーグ優勝を達成。「パンツ一丁」発言が現実のものとなるか注目を浴びたが、2016-17シーズンが開幕してすぐの2016年8月13日のMOTDで、宣言通りレスターのエンブレム入りのトランクス姿で番組に登場。「新シーズン、新オープニング、新監督、新戦力。その他はほぼ例年通り」とユーモアを飛ばし、普段通りの司会ぶりを披露するとともに、多くの視聴者を大いに喜ばせた[4]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
1978-79 レスター・シティ FL2部 7 1
1979-80 19 3
1980-81 FL1部 9 2
1981-82 FL2部 39 17
1982-83 40 26
1983-84 FL1部 39 22
1984-85 41 24
1985-86 エヴァートン 41 30
スペイン リーグ戦 国王杯 オープン杯 期間通算
1986-87 バルセロナ プリメーラ 37 22
1987-88 36 16
1988-89 26 6
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
1989-90 トッテナム FL1部 38 24
1990-91 32 15
1991-92 35 28
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
1993 名古屋 - J 7 1
1994 11 3
通算 イングランド FL1部 235 145
イングランド FL2部 105 47
スペイン プリメーラ 99 44
日本 J 18 4
総通算 457 240

脚注[編集]

  1. ^ “Gary Lineker - Goals in International Matches” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/lineker-intlg.html 
  2. ^ 後に2006 FIFAワールドカップイングランド代表の主将であったベッカムが、翌年アメリカのクラブチームに移籍する際には、自身の日本でのキャリアになぞらえて、「それは半引退に等しいね。僕もキャリアの最後には日本に行って同じようなことをした。日本人にサッカーを広めて金を稼ぐことは面白い経験だったよ」と半ば自虐的とも取れる辛辣な発言を残している[要出典]
  3. ^ Gary Lineker states he will present Match of the Day in his underwear... but only if Leicester City win the Premier League! - DailyMail・2015年12月14日
  4. ^ http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160815-00018216-sdigestw-socc

外部リンク[編集]