フランク・ランパード

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フランク・ランパード Football pictogram.svg
Frank Lampard v PSG 2014.jpg
チェルシーFC時代 (2014年)
名前
本名 フランク・ジェームズ・ランパード・ジュニア OBE
Frank James Lampard Jr.OBE
愛称 鉄人、ランプス
ラテン文字 Frank LAMPARD
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1978-06-20) 1978年6月20日(39歳)
出身地 ロンドン
身長 184cm
体重 88kg
選手情報
ポジション MF (CMF)
利き足 右足
ユース
1994-1995 イングランドの旗 ウェストハム・ユナイテッドFC
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1995-2001 イングランドの旗 ウェストハム・ユナイテッドFC 148 (34)
1995-1996 ウェールズの旗 スウォンジー・シティAFC (loan) 9 (1)
2001-2014 イングランドの旗 チェルシーFC 429 (147)
2014-2015 イングランドの旗 マンチェスター・シティFC 32 (6)
2015-2016 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク・シティFC 29 (15)
通算 647 (193)
代表歴2
1997-2000 イングランドの旗 イングランド U-21 19 (9)
1998 イングランドの旗 イングランド B 1 (0)
1999-2014 イングランドの旗 イングランド[1] 106 (29)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年2月1日現在。
2. 2014年8月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フランク・ランパードFrank James Lampard Jr.OBE, 1978年6月20日 - )は、イギリスの首都ロンドン出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。愛称はランプス

経歴[編集]

少年期[編集]

1978年6月20日フランク・ランパード・シニアの息子として生まれる。裕福な家庭に育ち、学業も優秀であった。一般に0.1%しかいないと言われる150を超えるIQの持ち主である[2]。またクリケットでも地元の代表チームに選抜されている。パブリックスクールであるブレントウッド・スクールを卒業。

クラブ経歴[編集]

チェルシーでのランパード(2007年)

1995年ウェストハムでプロ生活を始める。その後スウォンジー・シティにレンタル移籍する。復帰後はあまり活躍できずにいたが徐々に頭角を現し、1998-99シーズンは全試合に出場する。1999年にイングランド代表に招集され着実に成長していく。しかし、ウェストハムでは数シーズンに渡って経験を積むが、伯父のハリー・レドナップが監督、父親のフランク・ランパード・シニアがコーチであったために、調子が悪い時には批判の対象となっていた。ファンから愛されず、またレドナップ、フランク・シニアが不明確な理由でクラブから解雇されてしまい、自身の環境転換の為に2001年夏に移籍金1100万ポンド(約24億円)でチェルシーへ移籍。移籍後はセンターハーフとしてすぐにレギュラーを獲得。毎シーズン10得点以上記録するなど、中心選手として活躍。2005年にはバロンドールFIFA最優秀選手賞共にロナウジーニョに次ぐ第2位の得票数を獲得。イングランド代表の同僚でリヴァプールスティーヴン・ジェラードと並び、世界最高のセンターハーフの1人とも評された。

イングランド代表GKのデイビッド・ジェームズが保持していたプレミアリーグの連続試合出場記録を更新。2005年12月28日マンチェスター・シティ戦でウィルス性疾患のため欠場するまで、164試合連続出場という記録を残した。この期間、ランパードはミッドフィールダーという消耗の激しいポジションで怪我をしなかっただけでなく、累積警告による出場停止もなかった。

モウリーニョ監督の「国内選手にクラブを引っ張ってほしい」との方針から、チェルシーでは副キャプテンを務める。2006-07シーズンは故障がちなジョン・テリーに代わって、多くの試合でキャプテンマークを巻いた。

2008年のシーズンオフにはモウリーニョ率いるインテルへの移籍が噂されたが、最終的にはチェルシー残留を選んで5年契約を結び、チェルシーでキャリアを終える意向を明らかにした[3]

2010年3月27日アストン・ヴィラ戦で4得点を記録し、チェルシーでのプレミアリーグ通算100得点を達成した。2009-10シーズンはMFのプレミアリーグ史上最多得点となる22得点を挙げ、5年連続でシーズン20得点を記録。チェルシーの4シーズンぶりのプレミアリーグ制覇に貢献した。

2012年4月9日に行われたフラム戦で1得点を挙げ、このゴールでプレミアリーグ通算150得点を記録。これはプレミアリーグのミッドフィルダーでは史上初の記録である[4]。また、2月26日に行われたボルトン戦の得点でプレミアリーグ連続2桁得点記録を9に伸ばしている。

2013年2月2日ニューカッスル戦でプレミアリーグ10季連続2桁得点を達成。3月17日ウェストハム戦では、チェルシーでの通算200得点目を記録。さらに5月11日アストン・ヴィラ戦で2得点を決め、チェルシー歴代最多得点記録となる通算203得点を達成した。

2014年6月、2013-14シーズン限りで13年間所属したチェルシーを退団する事を発表。

2014年7月24日、2015年からメジャーリーグサッカーに創設されるニューヨーク・シティFCへの加入が決定[5]。8月5日にマンチェスター・シティFCへシーズン開幕までの間、レンタル移籍することが発表された[6]

ランパードはマンチェスター・シティFCプレミアリーグでの生活を締めくくった。(2015年)


2014年9月13日、エミレーツスタジアムでのアーセナル戦に先発し、移籍後初出場。前半のみでの途中交代となった。9月21日に行われたチェルシー戦では途中出場し、貴重な同点ゴールをあげたが、古巣への敬意から喜びの表情は見せなかった[7]

2014年12月31日ペジェグリーニ監督の希望より、ニューヨークシティFCと本人とのシーズン終了までのレンタル延長が合意した。

2015年1月8日、ニューヨーク・シティと契約を交わした上で、レンタルの形でマンチェスター・シティに加わったとされていたが、プレミアリーグの出した声明により、ランパードはニューヨーク・シティと契約を交わしていなかったことが明らかになった[8]。夏の移籍市場で正式にニューヨークシティFCの移籍が決定した。

2015年6月、大英帝国勲章OBEを受ける。

2016年11月14日、2016年シーズンの契約満了をもって、ニューヨーク・シティを退団することを発表[9]

2017年2月2日、自身のFacebookで現役を引退することを発表した[10]

代表経歴[編集]

1999年10月10日ベルギー戦でデビューを果たす。デビュー後しばらくは目立った活躍をすることはできず、2002年日韓ワールドカップではメンバー選考から外れた。しかし、チェルシーの躍進と共に自身もコンスタントに出場機会を得るようになると、EURO2004ではレギュラーとして出場し、準々決勝で敗退するが、自身は3得点を挙げ、大会ベスト11にも選出された。

2006年ドイツワールドカップ予選では5得点を挙げ、イングランドの本大会出場に貢献。

2010年南アフリカワールドカップ決勝トーナメント1回戦の対ドイツ戦では、1点リードされて迎えた前半38分に放ったシュートがクロスバーに当たりゴールラインを越えたがゴールと認められず、1-4でイングランドは敗戦。「幻の同点ゴール」と言われ[11]、科学的な判定の導入を求めた[12]。イングランドは1966年イングランドワールドカップ決勝戦で起こった「疑惑のゴール」とは逆の「誤審」を味わうこととなり、英メディアの憤激を呼び起こした[13]他、たまたま開催中だった2010年サミットの合間に共にテレビ観戦していたアンゲラ・メルケル独首相デーヴィッド・キャメロン英首相に謝罪する一幕もあった[11]2014年8月26日、代表引退を表明したことを発表した。ランパードは、「代表引退を決めた。ワールドカップ以降、深く考えてきたし、すごくタフな決断だった。国を代表することはいつも、すごく誇らしいことだったし、振り返れば、イングランドのシャツを着ている時はいつでも楽しかった」とコメントしている。

私生活[編集]

ランパード(2007年)

エピソード[編集]

  • 2008年4月、母親が病に倒れ、リーグ戦を欠場して看病にあたっていたランパードだったが、24日に母は他界。その精神的なショックから、30日のチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグのリヴァプール戦を欠場するとの見方もされていたが、練習に復帰して気丈に振る舞うとクラブ初のファイナル進出をかけた重要な一戦に出場、先制点につながるスルーパスや、延長戦でのPKを決めるなど見事なパフォーマンスを見せた。PKを沈めた瞬間には左腕の袖下に隠していた喪章に口づけし、感極まった表情で天国の母にゴールを捧げた[16]。以降、ゴールを挙げた際には両手で空を指差すパフォーマンスを行っている。

獲得タイトル[編集]

クラブ
ウエストハム・ユナイテッド
チェルシーFC

個人成績[編集]

所属クラブ シーズン 所属リーグ リーグ FAカップ リーグカップ UEFA主催 期間通算
出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点
スウォンジー 1995-96 ディヴィジョン2 9 1 0 0 0 0 0 0 9 1
ウェストハム 1995-96 プレミアリーグ 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0
1996-97 13 0 1 0 2 0 0 0 16 0
1997-98 31 5 6 1 5 4 0 0 42 10
1998-99 38 5 1 0 2 1 0 0 41 6
1999-00 34 7 1 0 4 3 10 4 49 14
2000-01 30 7 4 1 3 1 0 0 37 9
チェルシー 2001-02 37 5 8 1 4 0 4 1 53 7
2002-03 38 6 5 1 3 0 2 1 48 8
2003-04 38 10 4 1 2 0 14 4 58 15
2004-05 38 13 2 0 6 2 12 4 58 19
2005-06 35 16 5 2 1 0 9 2 50 20
2006-07 37 11 7 6 6 3 12 1 62 21
2007-08 24 10 1 2 3 4 12 4 40 20
2008-09 37 12 8 3 2 2 6 3 53 20
2009-10 36 22 6 3 1 0 7 1 50 26
2010-11 24 10 3 3 0 0 4 0 31 13
2011-12 30 11 5 2 2 0 12 3 49 16
2012-13 29 15 4 2 3 0 10 0 46 17
2013-14 26 6 1 0 1 0 11 1 39 6
マンチェスター・シティ 2014-15 32 6 2 0 1 2 3 0 38 8
ニューヨーク・シティ 2015 メジャーリーグサッカー 10 3 0 0 0 0 0 0 10 3
2016 19 12 0 0 1 0 0 0 20 12
スウォンジー通算成績 9 1 0 0 0 0 0 0 9 1
ウェストハム通算成績 148 24 13 2 16 9 10 4 187 39
チェルシー通算成績 429 147 58 26 34 12 117 25 637 210
マンチェスター・シティ通算成績 32 6 2 0 1 2 3 0 38 8
ニューヨーク・シティ通算成績 29 15 0 0 1 0 0 0 30 15
キャリア通算成績 647 192 73 28 52 23 130 29 902 272

脚注[編集]

  1. ^ “Frank James Lampard - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/lampard-intlg.html 
  2. ^ Frank Lampard has 'higher IQ than Carol Vorderman'”. Daily Telegraph. 2009年3月5日閲覧。
  3. ^ Lampard agrees new Chelsea deal
  4. ^ Chelsea midfielder Frank Lampard's 150 Premier League goals a hollow landmark after Fulham draw
  5. ^ ランパード、ニューヨーク・シティ加入が正式決定
  6. ^ ランパードのシティ移籍が正式発表
  7. ^ [1] Goal.com 2014年9月22日閲覧
  8. ^ 代理人:「ランパードは7月にニューヨークへ行く」 Goal.com 2015年1月9日閲覧
  9. ^ “サッカー=ランパード、MLSニューヨークシティー退団へ”. ロイター. (2016年11月15日). http://jp.reuters.com/article/mls-idJPKBN13A09F 2016年11月15日閲覧。 
  10. ^ Officiel : Frank Lampard annonce sa retraite !”. footmercato.net (2017年2月2日). 2017年2月2日閲覧。
  11. ^ a b “「幻のゴール」独首相、英首相に「申し訳ない」” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/etc/news/20100628-OYT1T00373.htm 2010年6月28日閲覧。 
  12. ^ “誤審?当事者ランパード「科学判定導入」求める” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/tournament/news/20100628-OYT1T00404.htm 2010年6月28日閲覧。 
  13. ^ “誤審「へまな審判見落とした」英メディア怒り” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/tournament/news/20100628-OYT1T00433.htm 2010年6月28日閲覧。 
  14. ^ Frank Lampard tells Elen Rivas ‘don’t use children in reality TV show’ (英語) メトロ 2011.2.20付記事
  15. ^ Jessica Satherley and Lis Thomas Christine Bling-ley! Frank Lampard's new fiancée shows off engagement ring as they arrive back in London (英語) デイリー・メール 2011.6.18付記事
  16. ^ Frank Lampard has grown up

外部リンク[編集]