スティーヴ・ブルース

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スティーヴ・ブルース Football pictogram.svg
Steve Bruce pre-season Germany 2004.jpg
名前
本名 スティーブン・ロジャー・ブルース
愛称 スティーヴ
ラテン文字 Stephen Roger Bruce
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1960年12月31日(55歳)
出身地 ノーサンバーランド
身長 183cm
選手情報
ポジション DF
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

スティーヴ・ブルースSteve Bruce, 1960年12月31日 - )は イングランド出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはDF

息子のアレックス・ブルースもプロサッカー選手。

経歴[編集]

父はイングランド人で母は北アイルランド人。少年時代はニューカッスル・ユナイテッドのファンであった。

選手時代

ジリンガムでキャリアをスタートさせ、200を超える試合に出場する。1979年にはイングランド代表のユースチームにも選ばれる。その後、ノリッジ・シティで3年間過ごし、フットボールリーグカップを獲得する。そしてマンチェスター・ユナイテッドへと移籍し、1992-93, 1993-94, 1995-96シーズンでFAプレミアリーグを制した他、いくつものタイトルを獲得する。晩年には1996年バーミンガム・シティの一員となり、1998年7月からシェフィールド・ユナイテッドプレイングマネージャーとして1年間プレーした後現役を引退。その後は監督としての道を歩んでいる。

指導者時代

1998年7月にシェフィールド・ユナイテッドFCの選手兼監督に就任すると、1998-99シーズン終了まで指揮を執った。その後、正式に現役引退し、1999年5月にハダースフィールド・タウンFCの監督に就任したが、2000-01シーズン途中にクラブの経営難により解任された。2001年4月、ウィガン・アスレティックFC監督に途中就任し、シーズン終了までクラブを率いた。6月にクリスタル・パレスFC監督に就任したが、18試合を指揮しただけで11月に監督の座を退いた[1]

2001年、FLチャンピオンシップ(2部)のバーミンガム監督に就任すると、2002年にプレミアリーグ昇格を達成し、攻撃意欲旺盛なチームを作り上げた[1]。2006年に降格したが、1シーズンで再昇格を果たした。2007-08シーズン途中にウィガン・アスレティックFC監督に就任すると、最下位争いをしていたチームを14位に引き上げた。2008-09シーズンはFWアムル・ザキの活躍で一時は7欧州カップ戦出場を狙える位置に付けたが、MFウィルソン・パラシオスとFWエミール・ヘスキーを冬の移籍期間に引き抜かれ、11位でシーズンを終えた。ウィガンでの在職中には、幼少時代からの最愛のクラブであるニューカッスル・ユナイテッドFCから監督就任のオファーを受けたが、シーズン途中であるということで断った[1]

2009年6月3日、サンダーランドAFC監督に就任した。2011年11月30日に解任された。

2012年6月8日、ハル・シティAFC監督に就任した。

所属クラブ[編集]

現役時代[編集]

指揮者時代[編集]

獲得タイトル[編集]

監督成績[編集]

クラブ 就任 退任 記録
試合 勝ち 分け 負け 勝率 %
シェフィールド・ユナイテッド 1998年7月2日 1999年5月17日 55 22 15 18 40.00
ハダースフィールド・タウンFC 1999年5月24日 2000年10月16日 66 25 16 25 37.88
ウィガン・アスレティックFC 2001年4月4日 2001年5月29日 8 3 2 3 37.50
クリスタル・パレスFC 2001年5月31日 2001年11月2日 18 11 2 5 61.11
バーミンガム・シティ 2001年12月12日 2007年11月19日 270 100 70 100 37.04
ウィガン・アスレティックFC 2007年11月26日 2009年6月3日 68 23 17 28 33.82
サンダーランドAFC 2009年6月3日 2011年11月30日 98 29 28 41 29.59

脚注[編集]

  1. ^ a b c footballista #141、ソルメディア、2009年11月4日号

外部リンク[編集]