マンチェスター・ユナイテッドFC

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マンチェスター・ユナイテッドFC
原語表記 Manchester United Football Club
愛称 The Red Devils, The Reds
クラブカラー    
創設年 1878年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン マンチェスター
ホームスタジアム Old Trafford inside 20060726 1.jpgオールド・トラッフォード
収容人数 75,653
代表者 アメリカ合衆国の旗 グレイザー家
監督 オランダの旗 ルイ・ファン・ハール
(※2015-2016シーズンまで)
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

マンチェスター・ユナイテッド・フットボール・クラブ英語:Manchester United Football Club、イギリス英語発音[ˈmænʧistə juːˈnaitid ˈfutˌbɔːl klʌb] ンチスタ・ユーイティドゥ・トゥボール・クブ)は、イングランドマンチェスターをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。愛称は赤い悪魔(The Red Devils)もしくはレッズ(The Reds)。

概要[編集]

世界を代表するビッグクラブの一つであり、G-14(現・欧州クラブ協会)設立時からの構成クラブである。リバプールFCと並び、国内外のコンペティションにおいてイングランドのフットボール史上最も成功を収めてきたクラブとして知られている。1968年サー・マット・バスビー監督の指揮の下、イングランドのクラブとして初めてUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)のトロフィーを獲得したクラブであり、その後、1999年2008年と通算3回の優勝を経験した。また近年では1986年から2013年までクラブを率いたサー・アレックス・ファーガソン監督の下、13回のプレミアリーグ優勝と2回のUEFAチャンピオンズリーグ優勝を含む20以上の主要なタイトルを獲得し、長きにわたってイングランドのフットボールをリードしてきた。2016年1月現在、イングランドのトップリーグで歴代最多となる20回の優勝を経験している[1]

世界屈指の人気・規模を誇るクラブであり、2012年に大手市場調査会社であるカンター社により、ファンの数が世界人口のおよそ11人に1人にあたる6億5,900万人との推定が発表され、フットボールに限らず全てのスポーツクラブの中で世界一ファンの多いクラブであるとの報告が発表された。2014年アメリカの経済誌『フォーブス』が発表したクラブの資産価値では、同クラブの資産価値が28億1000万ドルと算定されており、世界のサッカークラブの中ではレアル・マドリードFCバルセロナに次ぐ第3位である[2]。2012-13シーズンのクラブ収入は4億2380万ユーロと算定されており、レアル・マドリード、FCバルセロナ、バイエルン・ミュンヘンに次ぐ第4位である[3]

アメリカMLBニューヨーク・ヤンキースと業務提携を結んでいる。経済的優良クラブの典型とされてきたが、アメリカNFLタンパベイ・バッカニアーズのオーナーであるマルコム・グレーザーによって買収され、物議を醸している。マルコム・グレーザーによるクラブ支配に反対するサポーターの一部は、クラブの負債が3億2,000万ポンドに達していることに懸念し、新クラブFCユナイテッド・オブ・マンチェスターを結成した。

同じ市内にあるマンチェスター・シティとの「マンチェスター・ダービー」は、「マージーサイド・ダービー」(リヴァプールエヴァートン)、「ノース・ロンドン・ダービー」(アーセナルトッテナム)と並ぶ3大ダービーの一つに数えられ、世界でも有名なダービーマッチの一つである。また伝統的にライバル関係にあるとされるリバプールとの試合は、ノースウェスト・ダービーイングランド・ダービー、あるいはナショナル・ダービーと呼ばれ、世界中に数多く存在する「伝統の一戦」の一つに数えられており、白熱した試合が繰り広げられてきた。

伝統的に背番号7は特別な番号として扱われており、「栄光の7番」と言われている。ジョージ・ベストスティーヴ・コッペルブライアン・ロブソンエリック・カントナデビッド・ベッカムクリスティアーノ・ロナウドマイケル・オーウェンアンヘル・ディ・マリアなど、人気や実力においてその時代のチームを代表する選手がこの番号を付けてプレーしてきた。

クラブの一般的な略称は複数存在し、ユナイテッド(United)の他、英語圏ではニューカッスル・ユナイテッドFCなどチーム名に「ユナイテッド」が含まれる他のクラブと区別する為、マンチェスターをマンと略し「マン・ユナイテッド(Man United, Man Utd)」などと呼称・表記される。また主に英語圏のサポーターコミュニティにおいては、チームカラーである赤色にちなんで「レッズ(Reds, The Reds)」とも呼称される。その他、日本においては新聞やフットボール専門雑誌等のスポーツ報道における呼称として「マンユー(マンU, ManU)」などと呼称される場合もある。

1974-75シーズンを例外として、1938年からこれまで一貫してイングランドのトップリーグに属している。また、1964-65シーズンからの6シーズン以外はイングランドのクラブでは最多の平均観客動員数を誇ってきた[要検証 ]


歴史[編集]

マット・バスビー
アレックス・ファーガソン

マンチェスター・ユナイテッドは現在でこそイングランドを代表する名門として認識され、世界中に多数のサポーターを抱えるクラブとなっているが、その歴史自体は長いイングランドのフットボールの歴史と比較するとさほど古いものではない。また近年の成功とは対照的に、このクラブは数々の苦難を経験してきた。

創立[編集]

マンチェスターの鉄道員が中心となり、ニュートン・ヒース・ランカシャー&ヨークシャー・レイルウェイズFC (Newton HeaYR FC)として1878年に創立。初めの数年は殆ど公式試合はせず、チーム内のメンバー同士で試合を行う以外は専ら他の鉄道会社のチームと非公式に対戦していた。1882年から1883年の間に26試合の親善試合をした記録が残っている。翌年、地元のカップ戦であるランカシャーカップに出場するも、1回戦で昨年のFAカップ覇者のブラックバーン・オリンピックのリザーブチームに7-2で敗戦した。1885年プロサッカークラブへと転向し、1892年にはニュートン・ヒース (Newton Heath FC)へと名称を変更し、運営を行っていたが、当時のオーナーの方針で観客から入場料を取らなかったことやグラウンド移転費用が嵩んだこと等の事情が影響し、1902年に一旦破産した。その後、地元マンチェスターの醸造業主のジョン・ヘンリー・デイヴィスが500ポンドをクラブに投資してオーナーに就任し、クラブ再建に着手した。その後、1902年にチーム名が変更され、マンチェスター・ユナイテッドとなった。名称変更前の2日間だけマンチェスター・セルティック (Manchester Celtic)という名称であった。

2日間だけではあるが、セルティックと名乗ったことでこのクラブがローマ・カトリック系であると思われることが多いが、このクラブはローマ・カトリック教会とは全くの無縁である。

草創期に2度のリーグ優勝後、1910年代から1950年頃までは低迷。第二次世界大戦時には空襲でオールド・トラフォードが被災し、戦後も資金不足から修復できず、マンチェスター・シティの本拠地(メイン・ロード)を拝借するといった有様だった。

マット・バスビー時代の二度の栄光[編集]

1950年代に入り、マット・バスビーを監督としてチームの大改革を行い、復活を遂げたかに見えたが、その矢先ミュンヘンの悲劇で主力の多数を失った。これにより英国(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)のクラブチームとして初のヨーロッパでの栄光はスコットランドセルティックに譲ることになってしまう。ボビー・チャールトンデニス・ロージョージ・ベストらを擁して栄光を勝ち取る1960年代後半の後、1970年代に入り、世代交代に失敗。1974年には(1シーズンだけ)2部落ちの憂き目にも遭っている。ちなみに、マット・バスビーは当時からチームの愛称となっていたレッド・デビルスという名をクラブの商標や、エンブレムに使用した先駆者でもある。

アレックス・ファーガソン時代の栄光[編集]

長い低迷期を終わらせたのは、スコットランド人監督、アレックス・ファーガソンである。1986年に就任した彼は若手の育成と、暴れ馬と呼ばれた選手たちの融合に見事成功。現在に至る常勝軍団の系譜をスタートさせる。

FAプレミアリーグの優勝回数は13回で、最多優勝クラブ。旧フットボールリーグ・ファーストディビジョン時代を通じても、優勝20回は歴代1位。その他に、FAカップで11回、カーリングカップで2回、UEFAチャンピオンズリーグで3回、UEFAカップウィナーズカップで1回のタイトルを勝ち取っている。

中でも1998-99シーズンはクラブにとって特筆すべきシーズンである。ファーガソン監督の下、ユース時代から育て上げられたデビッド・ベッカムガリー・ネヴィルポール・スコールズライアン・ギグスら、いわゆる「ファーギーズ・フレッジリングス(アレックス・ファーガソンの雛鳥)」と呼ばれた選手達を中心に、UEFAチャンピオンズリーグ決勝では、バイエルン・ミュンヘンを劇的な逆転で下しヨーロッパ覇者となった(カンプ・ノウの奇跡)。さらにこのシーズンはリーグ優勝とFAカップ優勝を合わせたトレブル(三冠)を達成。ヨーロッパのサッカーシーンに「赤い悪魔」の名を轟かせた。このカンプ・ノウの奇跡の試合と、FAカップでライアン・ギクスが見せたハーフライン付近からのドリブルしてのゴールは今でもサポーターの中では語り継がれている。

ヨーロッパフットボール史において、他にUEFAチャンピオンズリーグ(旧UEFAチャンピオンズカップ時代を含む)、国内リーグ、国内カップを制し、3冠を成し遂げたのは、1966-67シーズンのセルティック、1971-72シーズンのアヤックス、1987-88シーズンのPSV、2008-09シーズンのバルセロナ、2009-2010シーズンのインテル、2012-2013シーズンのバイエルン・ミュンヘンである。

1995年には、イプスウィッチ戦でリーグレコードの9-0の大差で勝利。2005年10月29日ミドルスブラ戦でクリスティアーノ・ロナウドがマンチェスター・ユナイテッドとしてのイングランド・プレミアリーグの通算1,000ゴール目を記録。これはプレミア最速記録でもある。

このようにプレミアシップ発足後も高い実力と人気を兼ね備え、アーセナルとともに2強と呼ばれた。しかし2002-03シーズン以降はアーセナル(2003-04シーズンの無敗優勝)、チェルシー(2004-05、2005-06シーズンにかけての2連覇)からの王座奪還を目標としていた。そして、2006-07シーズンではリーグ2連覇をしていたチェルシーとの激闘を制し、2002-03シーズン以来4年ぶりのリーグ優勝を果たした。

2012-2013シーズンの基本フォーメーション。

ファーガソン監督の退任から現在まで[編集]

2013年5月、27年間監督を務めたファーガソン監督が退任[4]、後任はエヴァートンFCを11年にわたり率いたデイヴィッド・モイーズが就任したが[5]スウォンジー・シティに史上初めてホームで敗戦を喫したり、プレミアリーグ以前も含めて史上初となるマージーサイド・ダービーの2強(エヴァートンとリヴァプール)に揃って2連敗するといった、記録的な敗戦も含めて成績が低迷しチャンピオンズリーグ出場権を逃した事(1994-95シーズン以来)により2014年4月22日、同シーズン限りでの解任が発表され[6]、2013-14シーズンの残りについてはライアン・ギグス(兼任コーチ)が暫定監督に就任すると発表した[7]。そしてチームは7位で終了。25年ぶりにヨーロッパのカップ戦を逃すこととなった。

2014年5月18日、オランダ代表を率いているルイ・ファン・ハールワールドカップ後の就任が決定した[8]。暫定監督を務めたライアン・ギグスは選手を引退しアシスタントコーチへの就任が決定。

2014年夏の移籍市場において、選手の補強費用に約260億円を投じた。ワールドカップブラジル大会で準優勝に輝いたアルゼンチン代表DFマルコス・ロホとMFアンヘル・ディ・マリアを、ファン・ハール監督のオランダ代表監督時代の教え子のダレイ・ブリントアスレティック・ビルバオからアンデル・エレーラサウサンプトンFCからルーク・ショー、移籍期限ギリギリになって、ASモナコからラダメル・ファルカオを獲得した。

2016年5月21日のFAカップ決勝でクリスタル・パレスを延長戦で破り、12大会ぶり12度目の優勝を飾ったが、その3日後、成績不振により契約を1年残してルイ・ファン・ハール監督の解任を発表。同月27日、2016-17シーズンの新監督にジョゼ・モウリーニョが就任することを発表。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • フットボールリーグ・セカンドディビジョン:2回
    • 1935-36, 1974-75
  • FAカップ:12回
    • 1909, 1948, 1963, 1977, 1983, 1985, 1990, 1994, 1996, 1999, 2004, 2016
  • コミュニティーシールド:20回
    • 1908, 1911, 1952, 1956, 1957, 1965*, 1967*, 1977*, 1983, 1990*, 1993, 1994, 1996, 1997, 2003, 2007, 2008, 2010, 2011, 2013 (*印はタイトル共有)

国際タイトル[編集]

親善大会(非公式大会)[編集]

現所属メンバー[編集]

2015-16シーズン 基本フォーメーション

Soccer.Field Transparant.png

デ・ヘア
# 1
ダルミアン
# 36
スモーリング
# 12
ブリント
# 17
ロホ
# 5
シュネデルラン
# 28
エレーラ
# 21
マタ
# 8
リンガード
# 35
マルシャル
# 9
ラッシュフォード
# 39
2016年1月24日現在
No. Pos. 選手名
1 スペインの旗 GK ダビド・デ・ヘア
4 イングランドの旗 DF フィル・ジョーンズ
5 アルゼンチンの旗 DF マルコス・ロホ
7 オランダの旗 FW メンフィス・デパイ (Flag of Ghana.svg)
8 スペインの旗 MF フアン・マタ
9 フランスの旗 FW アントニー・マルシャル
10 イングランドの旗 FW ウェイン・ルーニー (Captain sports.svg)
11 ベルギーの旗 MF アドナン・ヤヌザイ (Flag of Kosovo.svg)
12 イングランドの旗 DF クリス・スモーリング
16 イングランドの旗 MF マイケル・キャリック (副主将)
17 オランダの旗 MF デイリー・ブリント
18 イングランドの旗 MF アシュリー・ヤング (Flag of Jamaica.svg)
20 アルゼンチンの旗 GK セルヒオ・ロメロ (Flag of Italy.svg)
21 スペインの旗 MF アンデル・エレーラ
23 イングランドの旗 DF ルーク・ショー
25 エクアドルの旗 MF アントニオ・バレンシア
No. Pos. 選手名
27 ベルギーの旗 MF マルアン・フェライニ (Flag of Morocco.svg)
28 フランスの旗 MF モルガン・シュネデルラン
30 ウルグアイの旗 DF ギジェルモ・バレラ
31 ドイツの旗 MF バスティアン・シュヴァインシュタイガー
33 北アイルランドの旗 DF パディ・マクネア
35 イングランドの旗 MF ジェシー・リンガード
36 イタリアの旗 DF マッテオ・ダルミアン
37 スコットランドの旗 DF ドナルド・ラブ (Flag of England.svg)
39 イングランドの旗 FW マーカス・ラッシュフォード
43 イングランドの旗 DF キャメロン・ボースウィック=ジャクソン
44 ブラジルの旗 MF アンドレアス・ペレイラ (Flag of Belgium.svg)
47 イングランドの旗 MF ジェームス・ウィアー
48 イングランドの旗 FW ウィル・キーン (Flag of Ireland.svg)
49 イングランドの旗 DF ジョー・ライリー
50 イングランドの旗 GK サム・ジョンストン
51 オランダの旗 DF ティモシー・フォス=メンサー (Flag of Ghana.svg)

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

就任予定監督[編集]

退任予定監督[編集]

ローン移籍[編集]

out
No. Pos. 選手名
19 イングランドの旗 FW ジェイムズ・ウィルソン (ブライトン)
22 イングランドの旗 MF ニック・パウエル (ハル・シティ)
No. Pos. 選手名
-- イングランドの旗 DF タイラー・ブラケット (セルティック)
-- スペインの旗 GK ビクトル・バルデス (スタンダール・リエージュ)


リザーブ・アカデミー[編集]

歴代監督[編集]

氏名 国籍 期間
アルフレッド・ハロルド・アルバット イングランドの旗 イングランド 1892 - 1900
ジェームス・ウエスト イングランドの旗 イングランド 1900 - 1903
ジェームス・アーネスト・マングノール イングランドの旗 イングランド 1903 - 1912
ジョン・ベントレー イングランドの旗 イングランド 1912 - 1914
ジョン・ロブソン イングランドの旗 イングランド 1914 - 1921
ジョン・チャップマン イングランドの旗 イングランド 1921 - 1926
ラル・ヒルディッチ イングランドの旗 イングランド 1926 - 1927
ハーバート・バムレット イングランドの旗 イングランド 1927 - 1931
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1931 - 1932
スコット・ダンカン スコットランドの旗 スコットランド 1932 - 1937
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1937 - 1945
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1945 - 1969
ウィルフレッド・マクギネス イングランドの旗 イングランド 1969 - 1970
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1970 - 1971
フランク・オファレル アイルランドの旗 アイルランド 1971 - 1972
トミー・ドハーティー スコットランドの旗 スコットランド 1972 - 1977
デーブ・セクストン イングランドの旗 イングランド 1977 - 1981
ロン・アトキンソン イングランドの旗 イングランド 1981 - 1986
アレックス・ファーガソン スコットランドの旗 スコットランド 1986 - 2013
デイヴィッド・モイーズ スコットランドの旗 スコットランド 2013 - 2014
ライアン・ギグス(暫定) ウェールズの旗 ウェールズ 2014
ルイ・ファン・ハール オランダの旗 オランダ 2014 - 2016
ジョゼ・モウリーニョ ポルトガルの旗 ポルトガル 2016 -

歴代在籍選手[編集]

練習場[編集]

トラッフォード・トレーニング・センター英語版。2000年にザ・クリフ英語版から当地に移転。現在は、スポンサー名を冠しAon Training Complexが正式名称。また、単に施設所在地の地名からキャリントンとも呼ばれている。

スポンサー[編集]

年度 メーカー 胸 スポンサー
1945–1975 Umbro none
1975–1980 Admiral
1980–1982 Adidas
1982–1992 SHARP
1992–2000 Umbro
2000–2002 Vodafone
2002–2006 Nike
2006–2010 AIG
2010–2014 Aon
2014–2015 Chevrolet
2015- Adidas

公式パートナー[編集]

  • 東芝メディカルシステムズ(2013)

関連項目[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]

公式