マンチェスター・シティFC

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マンチェスター・シティFC
原語表記 Manchester City Football Club
愛称 City, The Citizens, The Sky Blues
クラブカラー     水色
創設年 1880年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン マンチェスター
ホームスタジアム Etihad Stadium.jpg
エティハド・スタジアム
収容人数 55,097
運営法人 シティ・フットボール・グループ
代表者 アラブ首長国連邦の旗 カルドゥーン・アル・ムバラク英語版
監督 スペインの旗 ジョゼップ・グアルディオラ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

マンチェスター・シティ・フットボール・クラブ英語: Manchester City Football Club, イギリス英語発音[ˈmænʧistə ˈsiti ˈfutˌbɔːl klʌb])は、イングランドマンチェスターをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

1880年に創立した。ホームタウンはマンチェスターである。プレミアリーグ有数の強豪クラブであり、2011-12シーズンにはマンチェスター・ユナイテッドを僅差で凌ぎ、44シーズンぶりにリーグ制覇を果たし、現在4回のリーグ優勝をしている。世界規模、全国区のマンチェスター・ユナイテッドに対し「真のマンチェスター市民のクラブ」といわれている。ユナイテッドとの試合は「マンチェスター・ダービー」と呼ばれ、マージーサイド・ダービーノース・ロンドン・ダービーと並び3大ダービーの1つである。サポーターはクラブの愛称をもじりCityzensと呼称されている。[1]著名人のファンとしてはオアシスのギャラガー兄弟(ノエル・ギャラガーリアム・ギャラガー)が有名。かつてシティが財政難の際はスポンサーとして出資したりするなどかなりの熱狂的なファン。2011年にはリアムが、2012年にはノエルがユニフォームのモデルを務めた[2]。チーム自体が、かなりオアシスと綿密な関係を維持しており度々公式ホームページにコメントを寄せたり、スタジアムでの入場曲にロール・ウィズ・イットワンダーウォールを使用している。

近年、急速に下部組織の強化を図っており、各年代毎にカテゴライズされたユースチームはそれぞれの年代でリーグ優勝するなどイングランドの中でも1、2を争う集団となっている。

2008年にはマンチェスター・シティを中心としてシティ・フットボール・グループを創設して、メルボルン・シティFCニューヨーク・シティFCといったシティブランドを立ち上げた。

2017年1月、世界4大会計事務所である『デロイト』の調査によると、2015-16シーズンのクラブ収入は5億2490万ユーロ(約640億円)であり、世界のサッカークラブの中で5位、プレミアリーグ内ではマンチェスター・ユナイテッドFCに次いで2位である[3]。また、イギリスメディアが2012年に公表した調査によると、平均年俸は約740万ドルであり、FCバルセロナレアル・マドリードに次いで、世界で三番目に高いクラブであることが判明した。これはアメリカのスポーツチームで最も平均年俸が高いロサンゼルス・レイカーズニューヨーク・ヤンキースを上回る給与水準である[4]

歴史[編集]

創設[編集]

1880年より活動していたゴートン・アスレティックが1887年にウエスト・ゴートン (West Gorton) と合併し、プロ組織としてアーディックAFC (Ardwick Association Football Club) が結成された。1894年に現在のクラブ名になる。

1904年にはボルトン・ワンダラーズFCを下しFAカップを制しクラブ初のタイトルを手にし、更に当時使用していたハイド・ローズ・スタジアムにイングランド史上初めて王室が訪れるなど中心的なクラブとして存在していた。しかし、1923年、火事によりハイド・ロード・スタジアムが全焼。85000人規模のメイン・ロードに本拠地を移す事となった。

チームは1部と2部を行き来しながらも、リーグ優勝1回、FAカップ優勝2回、準優勝3回と強豪の一角として存在した。

低迷と国際タイトルの獲得[編集]

シティは1930年代を最後に、長きに渡りタイトルから遠ざかり1部と2部を行き来するクラブになっていた。1955年にはFAカップ決勝に進出しニューカッスル・ユナイテッドFCに敗れるも、翌年再び決勝に進出しバーミンガム・シティFCを3-1で破り3度目の優勝を果たした。しかしクラブは低迷し3部に落ちる事もあった。しかし1968年、ニューカッスル・ユナイテッドFCを破りFAコミュニティ・シールドを制し、翌年にはレスター・シティFCを破り4度目のFAカップ優勝を遂げる。1970年には当時、欧州で最も権威のあったUEFAカップウィナーズカップを初優勝。更に国内でもフットボールリーグカップを制しダブルを達成した。1976年には再び、フットボールリーグカップを制した。

1979年には当時の移籍金記録を破る1450万ポンドでスティーブ・ダーリーを獲得するなど積極的に補強するもリーグでは全く優勝できなかった。

長きに渡る暗黒時代[編集]

80年代に入るとシティはかつてない暗黒時代に突入する事になる。これまでの強みだったカップ戦でも優勝する事ができなくなりチームは2部、3部と落ちていった。隣の宿敵マンチェスター・ユナイテッドFCが長い低迷の後、アレックス・ファーガソンを招聘し世界的な強豪になっていくのを3部から見ているだけとなった。2003年には約80年に渡りメインスタジアムとして使用していたメインロードからシティ・オブ・マンチェスター・スタジアムへ移る事となった。

新オーナーによる投資[編集]

2007年7月6日に、クラブの公式サイトで 前イングランド代表監督スヴェン・ゴラン・エリクソンの監督就任とタイ前首相のタクシン・チナワットの会長就任を発表。8月には月間最優秀監督賞を受賞するなど上々のスタートを切ったが、後半失速し9位でシーズンを終えると、2008年6月2日成績不振によりエリクソンを解任。マーク・ヒューズを新監督に迎え、同年夏の移籍市場ではジョーヴァンサン・コンパニショーン・ライト=フィリップスらを獲得した。

2008年9月1日、タクシン・チナワット会長がオーナー権をUAEの投資グループのアブダビ・ユナイテッド・グループ・フォー・デベロップメント・アンド・インベストメント英語版(ADUG) へ売却。更に同年夏の移籍市場最終日となった同日、レアル・マドリードからロビーニョを獲得し、翌2009年冬の移籍市場では当時史上最高額ともいわれる移籍金でACミランからカカの獲得を試み失敗するも、あり余る資金力を背景にウェイン・ブリッジシェイ・ギヴンクレイグ・ベラミーなどの実力者達を獲得。しかし、最終的に2008-09シーズンはプレミアリーグを10位、UEFAカップをベスト8で終えることとなり期待された結果とは程遠いものだった。

2009年夏の移籍市場では再び巨額を投じ、カルロス・テベスエマニュエル・アデバヨールコロ・トゥーレらプレミアリーグで実績を残している選手達を中心に大規模な選手補強を行い、これまでキャプテンを務めていたリチャード・ダンや主力であったエラーノを放出してチームを編成し直した。2009-10シーズンは開幕から連勝を重ねて序盤は首位争いを演じるも、リーグ戦7戦連続引き分けるなど徐々に調子を落とし、2009年12月21日にヒューズは解任され、前インテル監督のロベルト・マンチーニを新監督として招聘した。2010年冬の移籍市場ではパトリック・ヴィエラアダム・ジョンソンらを獲得。一方で負傷などによって調子を落としていたロビーニョをサントスFCにレンタル移籍で放出した。マンチーニ監督就任後は守備を重視した戦術を浸透させ失点が減少、結果的には5位でのシーズン終了となりUEFAチャンピオンズリーグは逃したものの、UEFAヨーロッパリーグの出場権を獲得した。

2010年代[編集]

2010-11

2010年夏の移籍市場ではダビド・シルバヤヤ・トゥーレジェイムズ・ミルナーらを獲得。一方でスティーヴン・アイルランド、ロビーニョらを放出した。更に2011年冬の移籍市場ではエディン・ジェコを獲得し、アデバヨールら余剰戦力となっていた選手らをレンタル移籍させた。2010-11シーズンは1968-69シーズン以来35季ぶりとなるFAカップ優勝を果たしたほか、プレミアリーグを3位で終えてクラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。

2011-12

2011年夏の移籍市場ではセルヒオ・アグエロサミル・ナスリガエル・クリシーらを獲得。更にアブダビ政府所有の航空会社エティハド航空と1億5千万ポンドと噂される額で10年間のスポンサー契約を締結。改修予定中のスタジアム名称をエティハド・スタジアムと変更した。

2011-12シーズンは序盤から圧倒的な攻撃力を維持し、無敗をキープして迎えた9節のオールド・トラッフォードでのマンチェスター・ダービーでは1-6での歴史的勝利を挙げ、その実力を世界的に知らしめた。

その後も両チームはデットヒートを繰り広げ、4月にはマンチェスター・ユナイテッドとの勝ち点差8とまで広がり2位に甘んじるも、ユナイテッドが終盤に入り勝ち点を取りこぼし、一方のシティはCLのバイエルン戦で交代出場の指示を拒否したとして戦力外扱いになっていたが、マンチーニ監督と和解したカルロス・テベスが無断帰国から復帰してチームに合流。息を吹き返したシティは連勝を重ね、マンチェスター・ダービー前には勝ち点3にまで差を詰めて迎えた第36節のユナイテッドとのマンチェスター・ダービーをヴァンサン・コンパニのヘディングシュートで1-0で制し、27節以来の首位に立った。そして最終節のQPR戦は勝てば得失点差でシティの優勝がほぼ決まる状況だったが、後半途中で相手が1人少なくなったにもかかわらず、やはり勝てばプレミア残留が決まるQPRの前に2点を奪われ、1-2で逆転を許した。しかしアディショナルタイム (AT) に入り、まずジェコのヘディングシュートで同点とし、最後はアグエロのシュートが決まり、3-2の逆転勝利で劇的な44シーズンぶりのリーグ制覇を果たした。シティ戦がATに入った時点で同時刻KOだったサンダーランド vs マンチェスター・ユナイテッド戦はユナイテッドが0-1で先に勝利したため、シティは引き分けでも優勝を逃すという状況だった。

また、初出場となったUEFAチャンピオンズリーグでは、バイエルン・ミュンヘンSSCナポリビジャレアルCFと同組の「死の組」に入り、3勝2敗1分けの勝ち点10を奪ったが、ナポリに競り負け惜しくも3位となり、UEFAヨーロッパリーグに回ることになった。 そのヨーロッパリーグでも決勝トーナメント1回戦でFCポルトには勝利したが、2回戦でスポルティングCPにアウェーゴールの差で敗退し、欧州の舞台で輝きを放つことはできなかった。

2012-13[編集]

2012-13シーズンはコミュニティシールドでは優勝したもののリーグ戦はユナイテッドに独走を許してしまい、早々に優勝を決めさせてしまう(最終結果はユナイテッドと勝ち点11差の勝ち点78で2位)。

チャンピオンズリーグではレアル・マドリードボルシア・ドルトムントアヤックスと同組という極めて困難なグループで1勝もできずに3分け3敗であえなく敗退した。

タイトル獲得への最後の頼みとなったFAカップでは決勝まで進出するが、圧倒的有利と言われたウィガン・アスレティックに後半終了間際の決勝ゴールを決められまさかの敗戦。これで無冠が確定したことにより決勝直後にマンチーニはシーズン終了を待たずして解任された。後任監督にはマヌエル・ペジェグリーニが就任。

2013-14[編集]

2013年夏の移籍市場では、カルロス・テベスらを放出する一方、アルバロ・ネグレドヘスス・ナバスフェルナンジーニョステヴァン・ヨヴェティッチを獲得した。

2013-14シーズンは序盤は1試合平均3点を越すようなハイペースで得点を重ねる一方、アウェイでの戦いでは格下相手に不覚を取るなど好不調の差が目立った。しかし徐々に安定感が増していき、勝ち点を積み重ね続ける。4月13日に行われたリヴァプールとのプレミア頂上決戦は一時は2点差を追いつきながらも2-3で惜敗し、その後第26節の延期分サンダーランド戦にも2-2で何とか引き分け、自力優勝はおろか2位の可能性も一度は消滅したものの、リヴァプールが控えメンバー主体のチェルシーにアンフィールドで0-2で敗れた事で自力優勝の可能性が復活。諦めずにサンダーランド戦以降の5戦は全勝し、2シーズンぶりにプレミアリーグの覇権を奪回した。シティがこのシーズン首位に立ってた期間はわずか14日であった。(これはキャピタルワンカップで決勝まで勝ち進んだことによってリーグ戦が延期され、常に消化試合数がリヴァプールやチェルシーやアーセナルに比べて少なかったのが大きい。)またリーグカップも決勝でサンダーランドを3-1で下し二冠を達成した。また、チャンピオンズリーグでは初めてグループステージを突破したものの、トーナメント一回戦でFCバルセロナにホームでの第1戦で膠着状態の後半にマルティン・デミチェリスリオネル・メッシに犯した微妙な位置でのファールがPK&デミチェリスの退場と判定されたのが大きく響き、2試合合計1-4で破れベスト16に終わった。

2014-15[編集]

2014-15シーズンの基本フォーメーション

夏の移籍市場では長年の補強ポイントであったセンターバックにエリアカン・マンガラを補強したのをはじめ、バカリ・サニャフランク・ランパードとリーグ内の実力者らを補強した。冬の移籍市場までに2位につけたがFWに負傷者が出たため、コートジボワール代表ウィルフリード・ボニーを獲得した。チャンピオンズリーグではグループステージでASローマバイエルン・ミュンヘンと同グループとなり、前半戦は苦戦を強いられるものの後半に巻き返し2シーズン連続で決勝トーナメント進出。決勝トーナメントではFCバルセロナと2シーズン連続での対戦となり、ジョー・ハートが幾度もビッグセーブを見せるものの合計スコア1-3で敗れ、ベスト16で敗退した。 さらにリーグ戦でも後半戦開始直後から劇的に調子を落とし始め、チェルシーの独走を許し安泰に見えた二位の座はおろか、一時はCLストレートインの条件である三位からも脱落してしまう。 しかし最終盤にかけてはアグエロの好調もあって調子を取り戻し、最終的には二位の座を奪還し、CLストレートインを決めた。 終盤故障したチェルシーのジエゴ・コスタや大ブレイクのトッテナム・ハリー・ケインを抑えアグエロが自身初の得点王に輝いた。

2015-16[編集]

例年にも増して積極的な補強を展開。イングランド代表であるラヒーム・スターリングファビアン・デルフをはじめ、前シーズンスペインリーグ最高のCBとも評されたニコラス・オタメンディを獲得。そして移籍市場最終盤でクラブの移籍金最高額を拠出しケヴィン・デ・ブライネを獲得。ホームグロウン対策、DF層の充実、シルバ依存からの脱却といった課題を解決する意志を示した。 一方で昨季からレンタルで放出していたネグレド、昨季トップチームでも出場した若手のホセ・アンヘル・ポソ、同じく若手のマルコス・ロペスを完全移籍で、出番を減らしていたヨベティッチ、ジェコをレンタルで放出。 リーグでは開幕から勝ち星を重ね、開幕5連勝を達成した時点で昨シーズンからの連勝を10に伸ばしクラブ記録を更新した。 代表戦でシルバやアグエロが負傷したのをはじめ負傷者が相次ぎ、若手のケレチ・イヘアナチョマヌー・ガルシアらが複数試合にわたりベンチ入りするなど苦しい状態が続いたが、イヘアナチョはトップチーム初ゴールでチームに勝ち点3をもたらし、ガルシアにもカップ戦で初ゴールが生まれるなどピンチをチャンスに変える活躍が目立ち、序盤は首位を走っていた。

しかし、中盤以降になると例年のごとく負傷者が続出。アグエロ、シルバが厳しいマークから離脱を余儀なくされ、時を同じくして旋風を巻き起こすレスター・シティに首位の座を明け渡す。 さらにコンパニの離脱で今シーズンもCB問題が表面化。前年から不安視されたマンガラ、デミチェリスがプレミア初挑戦のオタメンディをフォローしきれず、そのオタメンディも軽い対応やスピードで振り切られる場面が目立つなど、リーガ時代の輝きを発揮しきれない状態が続いた。 さらに2月初め、未だ勢いの止まらないレスターとの天王山を目の前に頼みのデ・ブライネが負傷離脱。シルバ、アグエロのラインが封じられた場合のアイデアを失ったまま臨んだ決戦は一時は3点差をつけられ、初出場のベルサント・セリーナのクロスにアグエロが合わせ一矢を報いたものの、本拠地で1-3と無残な結果に終わった。 一方CLではクラブ初のグループリーグ首位通過を果たし、壁となっていたベスト16ではディナモ・キエフを下し、クラブ史上初のベスト8へ駒を進めた。 ベスト8では同じく中東資本で急成長を遂げたパリ・サンジェルマンと激突する。 しかし、ダービーの直前に行われたキエフ戦セカンドレグでコンパニ、オタメンディが1試合で同時に負傷するという悪夢がチームを襲う。両者ともに間に合わず迎えたダービーでは 0-1で三年ぶりにホームで敗戦を喫した。CLベスト8のパリ・サンジェルマン戦では2試合合計スコア3-2でシティが勝利し、クラブ史上初のベスト4(準決勝)に名を連ねた。準決勝ではレアル・マドリードと対戦、ホームでは互いに決め手を欠き、0-0で折り返したが、アウェイでは前半開始早々にコンパ二が負傷交代を余儀なくされると、前半20分にオウンゴールで失点、その後も点を奪う事が出来ず、0-1で敗北、レアル・マドリードに決勝進出を許した。

2016-17[編集]

バイエルン・ミュンヘンで指揮をしていたペップ・グアルディオラが新監督に就任。夏の移籍市場ではセルタ・デ・ビーゴからスペイン代表のノリート、指揮官が昨シーズンまで指揮を執ったブンデスリーガからはドルトムントのイルカイ・ギュンドアンシャルケ04レロイ・サネを獲得。さらに貴重な国産大型CBのジョン・ストーンズをチェルシーらライバルクラブとの争奪戦を制しイングランドのDF史上最高額で獲得した。クラブの生え抜きであり象徴でもあったGKジョー・ハートの去就問題は、サポーターからの大反発などで大きく揺れたが、FCバルセロナからクラウディオ・ブラーボを獲得し終止符が打たれた。(最終的にハートはセリエA・トリノへ1年間の期限付き移籍。現役イングランド代表が国外でプレーするという極めて珍しいケースとなった。)

開幕戦のサンダーランド戦では新戦力のノリートがスタメンに名を連ね、コンバートされたコラロフがCBで出場した。ボール支配率は常に7割を超えるというイングランドでは驚異的な数字を記録し2-1で新指揮官の初戦を勝利で飾るも、戦術の浸透が完全ではなく、コラロフが失点に絡むなどチームの成熟の途上段階にある部分も垣間見える初戦となった。

なお、その後の移籍市場では前政権時代から今一つ信頼を掴み切れなかったボニー(→ストーク)、マンガラ(→バレンシア)がそれぞれ期限付きで放出され、さらに11-12シーズンの優勝をはじめ、チームの躍進に大いに貢献したナスリが監督の慰留を固辞し、セビージャへの期限付き移籍の形で一旦チームを去ることになった。

昨シーズン大混戦だったリーグの影響を受けプレーオフからの参戦となったCLはステアウア・ブカレストを敵地で5-0で下すなど格の違いを見せつけ無事本戦進出を決めた。

グループリーグではFCバルセロナボルシア・メンヒェン・グラードバッハセルティックと組み込まれたグループCを戦った。

セルティックFCと引き分けるなど厳しい状況に追い込まれるも、FCバルセロナをホームに迎えた第4節、ケヴィン・デ・ブライネの直接FKや、イルカイ・ギュンドアンの2得点で見事3-1で勝利を収めた。クラブがFCバルセロナ相手に勝利したのは初めての事だった。

リーグ戦ではシーズン開幕から公式戦10連勝を飾るも、グアルディオラ監督の率いるチームを通して言われていたカウンターに対する脆さが、プレミア独特のダイレクトな展開の中で浮き彫りになる形で徐々に失速。さらに「ハートよりも繋げるキーパー」であったブラーボがフィジカルを生かすリーグスタイルに大苦戦。クリシー、フェルナンド、コラロフが挑んだCBでの起用もコラロフ以外は実用には至らず、そのコラロフもやはり不慣れな部分が多く苦戦、と徐々にチーム変化が裏目に出だし、最終的にシーズン折り返しを4位で迎える。

年明け初戦となったアウェーでのエヴァートン戦では、支配率が70%を超えながらも1点も奪うことができず、4本しか打たせなかったシュートはすべてゴールマウスに収まり0-4と監督史上最も大きな点差で敗れるなど、監督のスタイルとリーグカラーの差を埋められない中盤戦となっている。

後半戦に向けた冬の市場では夏の移籍市場でSEパルメイラスから争奪戦の末に獲得したサッカーブラジル代表ガブリエル・ジェズスが2017年1月に正式に加入した。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • FAカップ:5回
    • 1903-04, 1933-34, 1955-56, 1968-69, 2010-11

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

シーズン ディビジョン FAカップ リーグカップ 欧州カップ / その他 最多得点者 得点
リーグ 試合数 得点 失点 勝ち点 順位
1988-89 ディビジョン2 46 23 13 10 77 53 82 2位 4回戦敗退 4回戦敗退 フルメンバーズカップ 2回戦敗退 ポール・モールデン 17
1989-90 ディビジョン1 38 12 12 16 43 52 48 14位 3回戦敗退 4回戦敗退 フルメンバーズカップ 2回戦敗退 クライヴ・アレン 11
1990-91 ディビジョン1 38 17 11 10 64 53 62 5位 5回戦敗退 3回戦敗退 フルメンバーズカップ 4回戦敗退 ナイアル・クイン 21
1991-92 ディビジョン1 42 20 10 12 61 48 70 5位 3回戦敗退 4回戦敗退 フルメンバーズカップ 2回戦敗退 デビッド・ホワイト 21
1992-93 プレミア 42 15 12 15 56 51 57 9位 準々決勝敗退 3回戦敗退 デビッド・ホワイト 19
1993-94 プレミア 42 9 18 15 38 49 45 16位 4回戦敗退 4回戦敗退 ナイアル・クイン
マイク・シェロン
6
1994-95 プレミア 42 12 13 17 53 64 49 17位 5回戦敗退 5回戦敗退 ウーヴェ・ロスラー 22
1995-96 プレミア 38 9 11 18 33 58 38 18位 5回戦敗退 3回戦敗退 ウーヴェ・ロスラー 13
1996-97 ディビジョン1 46 17 10 19 59 60 61 14位 5回戦敗退 2回戦敗退 ウーヴェ・ロスラー 16
1997-98 ディビジョン1 46 12 12 22 56 57 48 22位 4回戦敗退 1回戦敗退 ポール・ディコフ 9
1998-99 ディビジョン2 46 22 16 8 69 33 82 3位 3回戦敗退 2回戦敗退 フットボールリーグトロフィー 1回戦敗退 ショーン・ゴーター 22
1999-2000 ディビジョン1 46 26 11 9 78 40 89 2位 4回戦敗退 2回戦敗退 ショーン・ゴーター 29
2000-01 プレミア 38 8 10 20 41 65 34 18位 5回戦敗退 5回戦敗退 ショーン・ゴーター 11
2001-02 ディビジョン1 46 31 6 9 108 52 99 1位 5回戦敗退 4回戦敗退 ショーン・ゴーター 32
2002-03 プレミア 38 15 6 17 47 54 51 9位 3回戦敗退 3回戦敗退 ニコラ・アネルカ 14
2003-04 プレミア 38 9 14 15 55 54 41 16位 5回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップ 2回戦敗退 ニコラ・アネルカ 24
2004-05 プレミア 38 13 13 12 47 39 52 8位 3回戦敗退 3回戦敗退 ロビー・ファウラー
ショーン・ライト=フィリップス
11
2005-06 プレミア 38 13 4 21 43 48 43 15位 準々決勝敗退 2回戦敗退 アンディ・コール
ダリウス・ヴァッセル
10
2006-07 プレミア 38 11 9 18 29 44 42 14位 準々決勝敗退 2回戦敗退 ジョーイ・バートン 7
2007-08 プレミア 38 15 10 13 45 53 55 9位 4回戦敗退 準々決勝敗退 エラーノ 10
2008-09 プレミア 38 15 5 18 58 50 50 10位 3回戦敗退 2回戦敗退 UEFAカップ 準々決勝敗退 ロビーニョ 15
2009-10 プレミア 38 18 13 7 73 45 67 5位 5回戦敗退 準決勝敗退 カルロス・テベス 29
2010-11 プレミア 38 21 8 9 60 33 71 3位 優勝 3回戦敗退 ヨーロッパリーグ ベスト16 カルロス・テベス 23
2011-12 プレミア 38 28 5 5 93 29 89 1位 3回戦敗退 準決勝敗退 コミュニティ・シールド 準優勝 セルヒオ・アグエロ 30
チャンピオンズリーグ GS敗退
ヨーロッパリーグ ベスト16
2012-13 プレミア 38 23 9 6 66 34 78 2位 準優勝 3回戦敗退 コミュニティ・シールド 優勝 エディン・ジェコ 14
チャンピオンズリーグ GS敗退
2013-14 プレミア 38 27 5 6 102 37 86 1位 準々決勝敗退 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト16 セルヒオ・アグエロ 28
2014-15 プレミア 38 24 7 7 83 38 79 2位 4回戦敗退 ベスト16 コミュニティ・シールド 準優勝 セルヒオ・アグエロ 26
チャンピオンズリーグ ベスト16
2015-16 プレミア 38 19 9 10 71 41 66 4位 5回戦敗退 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト4 セルヒオ・アグエロ 24

現所属メンバー[編集]

プレミアリーグ2016-2017 後半戦基本フォーメーション

Soccer.Field Transparant.png

カバジェロ
# 13
ストーンズ
# 24
サニャ
# 3
コラロヴ
# 11
クリシー
# 22
ヤヤ・トゥーレ
# 42
デ・ブライネ
# 17
シルバ
# 21
スターリング
# 7
サネ
# 19
ガブリエル・ジェズス
# 33
2017年1月1日現在
No. Pos. 選手名
1 チリの旗 GK クラウディオ・ブラーボ (Flag of Spain.svg)
3 フランスの旗 DF バカリ・サニャ (Flag of Senegal.svg)
4 ベルギーの旗 DF ヴァンサン・コンパニ (Captain sports.svg) (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
5 アルゼンチンの旗 DF パブロ・サバレタ (Flag of Spain.svg)
6 ブラジルの旗 MF フェルナンド (Flag of Portugal.svg)
7 イングランドの旗 MF ラヒーム・スターリング (Flag of Jamaica.svg)
8 ドイツの旗 MF イルカイ・ギュンドアン (Flag of Turkey.svg)
9 スペインの旗 FW ノリート
10 アルゼンチンの旗 FW セルヒオ・アグエロ (Flag of Spain.svg)
11 セルビアの旗 DF アレクサンダル・コラロヴ
13 アルゼンチンの旗 GK ウィリー・カバジェロ (Flag of Spain.svg)
15 スペインの旗 MF ヘスス・ナバス
17 ベルギーの旗 MF ケヴィン・デ・ブライネ
No. Pos. 選手名
18 イングランドの旗 MF ファビアン・デルフ (Flag of Guyana.svg)
19 ドイツの旗 MF レロイ・サネ (Flag of France.svg)
21 スペインの旗 MF ダビド・シルバ
22 フランスの旗 DF ガエル・クリシー (Flag of Martinique.svg)
24 イングランドの旗 DF ジョン・ストーンズ
25 ブラジルの旗 MF フェルナンジーニョ
30 アルゼンチンの旗 DF ニコラス・オタメンディ
33 ブラジルの旗 FW ガブリエル・ジェズス
42 コートジボワールの旗 MF ヤヤ・トゥーレ (副主将) ★
53 イングランドの旗 DF トシン・アダラビオヨ
54 イングランドの旗 GK アンガス・ガン
72 ナイジェリアの旗 FW ケレチ・イヘアナチョ
75 スペインの旗 MF アレイシ・ガルシア・セラーノ

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

※23番はマルク=ヴィヴィアン・フォエを偲んで永久欠番。

監督

ローン移籍[編集]

out
No. Pos. 選手名
1 イングランドの旗 GK ジョー・ハート (トリノ)
8 フランスの旗 MF サミル・ナスリ (セビージャ)
14 コートジボワールの旗 FW ウィルフリード・ボニー (ストーク・シティ)
20 フランスの旗 DF エリアカン・マンガラ (バレンシア)
24 オーストラリアの旗 MF アーロン・ムーイ (ハダースフィールド・タウン)
26 オーストラリアの旗 MF ルーク・ブラッタン (メルボルン・シティ)
27 イングランドの旗 FW パトリック・ロバーツ (セルティック)
28 ベルギーの旗 DF ジェイソン・デナイヤー (サンダーランド)
29 オーストラリアの旗 MF アンソニー・カセレス (メルボルン・シティ)
No. Pos. 選手名
35 ウクライナの旗 MF オレクサンドル・ジンチェンコ (PSVアイントホーフェン)
36 アルゼンチンの旗 MF ブルーノ・スクリーニ (エラス・ヴェローナFC)
50 スペインの旗 DF パブロ・マフェオ (ジローナ)
-- スペインの旗 DF パブロ・マリ (ジローナ)
-- イングランドの旗 DF シェイ・ファシー (ニューヨーク・シティ)
-- スペインの旗 DF アンヘリーノ (ジローナ)
-- コロンビアの旗 FW マルロス・モレノ (デポルティーボ)

リザーブ&アカデミー[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]


DF[編集]


MF[編集]


FW[編集]


練習場[編集]

ホームスタジアムのエティハドスタジアムに隣接する場所に、16.5面のサッカーピッチ、ユースチーム向けのスタジアム、最先端トレーニングセンターや宿泊施設がある。

スポンサー[編集]

シーズン メーカー 胸 スポンサー
2007-08 le coq Thomas Cook
2008-09
2009-10 umbro ETIHAD
2010-11
2011-12
2012-13
2013-14 Nike
2014-15
2015-16
2016-17

クラブパートナー[編集]

  • ETIHAD
  • Nike
  • etisalat
  • Abu Dhabi
  • aabar
  • NISSAN
  • HAYS
  • LG
  • EA SPORTS
  • QNET
  • ion
  • FX PRIMUS
  • T.M.Lewin

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公式
ニュース
その他