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ポール・スコールズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ポール・スコールズ
現役時代のスコールズ (2008年)
名前
愛称 ジンジャー・プリンス[1]
スコールジー
ラテン文字 Paul Scholes
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1974-11-16) 1974年11月16日(51歳)
出身地 サルフォード
身長 168cm[2]
体重 70kg
選手情報
ポジション MF (OMF、CMF)
利き足 右足
ユース
1991-1992 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-2011 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 466 (102)
2012-2013 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 33 (5)
2018 イングランドの旗 ロイトン・タウン 2 (0)
通算 501 (107)
代表歴
1993  イングランド U-18 4 (1)
1997-2004 イングランドの旗 イングランド[3] 66 (14)
監督歴
2011-2012 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド(コーチ)
2015 イングランドの旗 サルフォード・シティ(監督代行)
2019 イングランドの旗 オールダム
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ポール・スコールズPaul Scholes, 1974年11月16日 - )は、イギリスイングランド)・サルフォード出身の元サッカー選手、現サッカー指導者・解説者。ポジションはミッドフィールダー。元イングランド代表

1994年にデビューして以降マンチェスター・ユナイテッドFCに2013年まで在籍していた。イングランド代表選手として、1998年2002年に開催されたワールドカップEURO2000EURO2004に出場している。

マンチェスター・ユナイテッドでは公式戦で650試合以上に出場し、歴代4位の出場記録数を誇っている。キャリアを通して120枚以上のイエローカードを提示されており、10度の退場処分を受けている[4][5][6]

生い立ち

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スコールズは、グレーター・マンチェスターに位置するサルフォードにある、ホープ・ホスピタルでステュワートとマリナの元に生を受けた。スコールズが18ヶ月の時に家族はグレーター・マンチェスターに位置するミドルトンのラングレイ地区に移った[7]オールダム・アスレティックのサポーターであったが、初めてプレイしたクラブは、ラングレイ・ファロウズであった。また、クリケットでも優れた才能を発揮していた。14歳からマンチェスター・ユナイテッドFCでトレーニングを受け始め、1991年の夏にクラブと練習生契約を結んだ[8]

クラブ経歴

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スコールズは、デビッド・ベッカムニッキー・バットガリー・ネヴィルライアン・ギグスらと異なり、1992年のFAユースカップ優勝メンバーではないが、フィリップ・ネヴィルと同様、翌シーズンのFAユースカップ決勝に進んだメンバーの一人である[9]1993年7月23日にプロ契約を結んだが、チームでブレイクしたのは、1994-95シーズンであり、リーグ戦で17試合に出場し、5得点を挙げた。トップチームデビューとなったのは、1994年9月21日に行われたリーグカップポート・ヴェイルFC戦であり、その3日後に行われたイプスウィッチ・タウンFC戦でプレミアリーグデビューを果たした。チームは2-3で敗れたが、スコールズは初得点を記録した。1995年のFAカップ決勝には交代で出場したが、チームは0-1でエヴァートンFCに敗れた。

1994-95シーズンを最後にマーク・ヒューズチェルシーFCに去り、スコールズは多くの出場機会を得るようになった。エリック・カントナが長期の出場停止を受けていたため、シーズン序盤の2ヶ月は、アンディ・コールと組み、フォワードとして出場した。公式戦を通して、14得点を挙げ、ユナイテッドは、イングランドのクラブで初めてダブルを2度達成したクラブとなった[10]。翌シーズンもリーグタイトルを獲得したが、3ゴールに留まった。

1997-98シーズンは、ロイ・キーンが9月の終わりに膝を負傷し、チームを離脱したため、代わりに中盤でプレイしたが、ユナイテッドはメジャータイトルを一つも獲得することなくシーズンを終えた。これは、1990年代で2度しかないことだった[11]

1998-99シーズンは、プレミアリーグFAカップチャンピオンズリーグのトレブルを達成したシーズンであるが、スコールズは中心選手の一人であった。ニューカッスル・ユナイテッドFCとのFAカップ決勝では、得点を決め、チャンピオンズリーグ準々決勝のインテル戦では、アウェイゴールを挙げるなどの活躍をしたが、決勝戦は累積警告で出場停止となった[12]

2002-03シーズンは、リーグ戦で自己最多の14得点を挙げた。翌シーズンはリーグ戦での得点数は減ったものの、FAカップでは自己最多の4得点を挙げた。2005年のFAカップでは、チームの決勝進出に貢献したが、決勝のPK戦でイェンス・レーマンに止められてしまい、アーセナルFCに敗れた。2005-06シーズンは、シーズンの後半を目が霞むという症状の視力障害のために棒に振ってしまった。原因が不明であり、現役を引退しなければならない恐れもあったが、克服しシーズン最終戦のチャールトン・アスレティック戦に出場を果たした。しかし、完全には回復しなかったと伝えられている[13]

2006年10月22日の2-0で勝利したリヴァプールFC戦に出場し、リーグカップのポート・ヴェイル戦でデビューしてから、12年目で公式戦500試合出場を達成した9人目の選手となり、サー・ボビー・チャールトンビル・フォルケスデニス・アーウィン、そして、チームメイトのガリー・ネヴィルライアン・ギグスと言った選手たちの仲間入りを果たした。スコールズは、500試合目の出場となったリヴァプール戦でゴールを挙げた[14]

1-0で勝利した2007年3月3日のリヴァプール戦では、シャビ・アロンソに対して腕を振り、退場処分となった。これは、2005年4月以来の出来事であった[15]。1ヶ月後のチャンピオンズリーグ準々決勝ファーストレグのASローマ戦でも退場となった。8月23日には、イングランドサッカー殿堂の候補に選ばれた。

2008年2月10日マンチェスター・シティ戦に敗れた後のスコールズとオーウェン・ハーグリーヴス

2007年10月23日のディナモ・キーウ戦を前にした練習中に膝の靭帯を損傷してしまい、2008年1月まで、チームを離脱することになり、FAカップ4回戦のトッテナム・ホットスパーFC戦で途中出場し、復帰を果たした。2008年4月23日のFCバルセロナ戦でチャンピオンズリーグ通算100試合出場を達成し、セカンドレグではチームを決勝進出に導く唯一のゴールを挙げたが[16]、その後のリーグ戦でクロード・マケレレと接触し、負傷してしまった。チェルシーとの同国対決となった決勝戦で復帰を果たし、試合中に鼻骨を骨折したがライアン・ギグスと87分に交代するまで出場した。PK戦の末にチームは6-5で勝利し、クラブは3度目となるチャンピオンズリーグ優勝を果たした[17]

2008年9月、スコールズは殿堂入りを果たした[18][19]。2008年12月の『デイリー・ミラー』に掲載されたインタビューでは、2年以内に引退するつもりだと明かした[20]

2009年1月24日のFAカップのトッテナム戦でシーズン初得点を挙げ[21]、2月8日のフラムFC戦でリーグ戦初得点を挙げた[22]。2-0で勝利した4月22日のポーツマスFC戦で公式戦通算600試合出場を果たした[23]

2010年2月16日に行われたチャンピオンズリーグのACミラン戦でゴールを決め、3-2で勝利したが、ミラン相手にアウェイゴールを奪ったのはクラブにとって初めてのことであり、スコールズは、サン・シーロミラノを本拠地とするインテルとミランからチャンピオンズリーグの試合でゴールを決めた初めての選手となった[24]2010年3月6日に行われたウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC戦でこの試合唯一となるゴールを挙げ、100得点を記録したプレミアリーグ史上19人目の選手となった[25]2010年4月16日に契約を一年延長し、2010-11シーズン終了後までクラブに留まることになった[26]

2010-11シーズンは、2010年8月8日に行われたコミュニティー・シールドのチェルシー戦でマン・オブ・ザ・マッチに選出され[27]、開幕戦となったニューカッスル・ユナイテッドFC戦では2ゴールをアシストした[28]。8月22日に行われたフラム戦でクラブでの公式戦通算150ゴールを達成し[29]、2010年8月の月間最優秀選手に選出された[30]2011年4月16日に行われたFAカップ準決勝のマンチェスター・シティFC戦では退場処分を受け、チームも0-1で敗れた[31]

2011年5月31日に現役引退を表明。翌2011-12シーズンはコーチとしてクラブに留まることになった[32]

引退から約半年後の2012年1月8日、現役復帰することが発表された[33]。同日のFAカップのマンチェスター・シティ戦でベンチ入りし、64分から出場した。

2012年9月15日ウィガン戦で公式戦通算700試合出場を達成。自身もゴールを飾り試合は4-0で勝利している。

2013年5月12日に二度目の現役引退を表明[34]

代表経歴

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A代表デビューは、1997年オールド・トラッフォードで行われ、2-0で勝利した、南アフリカとの親善試合である。1998 FIFAワールドカップのメンバーにも選ばれ、初戦のチュニジア戦では、終了間際にゴールを決めた。

ワールドカップ終了後も代表に選出され続け、1999年3月27日のポーランド戦ではハットトリックを決めた。EURO2000予選のスコットランドとのプレイオフでは、ファーストレグで2ゴールを挙げる活躍を見せ、合計得点2-1で勝利し、チームを本大会出場へ導いた。6月のスウェーデンとの親善試合で退場処分となり、ウェンブリー・スタジアムで行われた国際試合で退場した、最初で最後のイングランドの選手となった。

代表でも中心選手となり2002 FIFAワールドカップにも出場し、アルゼンチン戦ではマンオブザマッチに輝くが、大会終了後のスヴェン=ゴラン・エリクソンの中では、中盤をスティーヴン・ジェラードフランク・ランパードで構成しようとしており、スコールズは左サイドハーフで起用されるなど、地位が下がってしまった[35]。2004年8月に、家族との生活とマンチェスター・ユナイテッドでのプレイを優先させるため、代表からは引退すると宣言した[36]。新しく監督に就任にした、スティーブ・マクラーレンから、代表に復帰するよう説得されたが断っている[37]

2010年5月にはマクラーレンに続いてファビオ・カペッロからも2010 FIFAワールドカップに向けて復帰するよう話を受けたが、家族と過ごしたいとの理由で断った[38]。しかし、2010年7月27日にスコールズは、プレイしないという選択を取ったことを後悔していると明かした[39]

指導者経歴

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2011年の引退後、そのままマンチェスター・ユナイテッドのコーチに就任したが、2012年1月に現役復帰した。2013年の二度目の引退後は解説者・評論家に転身、イギリスの衛星放送局「BT Sport」などに出演し、辛口の評論が人気を博した。また2014年には親友であるギグス、ネヴィル兄弟、バットとともに地元のクラブ、サルフォード・シティ(当時7部)の株式をそれぞれ10%ずつ取得して共同オーナーとなり(2019年には最後の一人であるベッカムも加わり、6人で60%のクラブ株式を保有)、それが縁で2015年には一時、サルフォードの監督代行を務めた。

2019年2月11日、少年時代にサポーターであったフットボールリーグ2(4部)のオールダム・アスレティックAFC監督に就任したことが発表された。契約期間は1年6ヵ月。なお就任に当たってはリーグ戦を主催するフットボールリーグ(EFL)の規則では、同一人物による複数のクラブへの関与を認めていないため、スコールズがサルフォードの取締役になっていることが問題視されたが、最終的にサルフォードの取締役を辞任することで解決に至った[40][41]。就任直後の初戦を勝利で飾るなど幸先の良いスタートと思われたが、以降6試合は勝利から見放され、チームは14位に低迷していた中の3月15日、スコールズはオールダム首脳陣に違約があったことを理由にわずか37日で電撃辞任した[42]

私生活

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スコールズは、気管支喘息を患っている[43]。彼は、妻のクレアと3人の子ども、アーロン[44][45]、アリシア、アイデン[46]オールダムサドルワース・ムーアで生活している[47]

評価

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ジネディーヌ・ジダンは、「最も手強かった相手? スコールズだ。迷うことなく彼は彼の世代で最も素晴らしい選手だ」と述べ、ティエリ・アンリは、「疑うまでもなく、プレミアシップで最も素晴らしい選手はスコールズだ。彼はなんでも出来る」と話した[48]ジョゼップ・グアルディオラは、「ユナイテッドのすべての選手の中では、スコールズを選びたい。彼はあの世代の最高のMFなんだ。私も彼と一緒にプレーしてみたかったよ」と語っている[49]。また、シャビ・エルナンデスアンドレス・イニエスタもスコールズのファンである事を公言しており、イニエスタはUEFAチャンピオンズリーグ 2010-11決勝戦後にスコールズとユニフォーム交換をしている。マンチェスター・ユナイテッドとイングランドの英雄であるボビー・チャールトンはスコールズについて、「ポールは常に正確なパスでゲームを支配している。見ていてとても美しい選手だよ」と、話し[50]マルチェロ・リッピは、「豊かな才能と個性を備えたオールラウンドなミッドフィールダーだ」と、述べた[19]BBCの解説者でかつてはリヴァプールの選手であったアラン・ハンセンは、「これまでプレミアリーグでプレイした選手の中でも3本か5本の指に入る選手だ。彼のパスや動き、テクニックは誰にとっても手本となるよ」と、話している[51]

個人成績

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所属クラブ シーズン 背番号 リーグ FAカップ リーグカップ CL[52] その他[53] 期間通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
マンチェスター・ユナイテッド 1993-94 24 000000000000
1994-95 17530322000257
1995-96 22 2610211221003114
1996-97 18 24322214010336
1997-98 318201072104210
1998-99 3166110124105111
1999-00 319-00113304512
2000-01 3260000126104512
2001-02 358200013110519
2002-03 33143163102005220
2003-04 289640051104014
2004-05 339632070104912
2005-06 20200007100273
2006-07 306400011100457
2007-08 24130007100342
2008-09 21221306030353
2009-10 28300217310387
2010-11 22130007010321
2011-12 22 17420002000214
2012-13 16130002000211
通算 499107491321913426150718155

代表歴

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出場大会

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1998年 - 1998 FIFAワールドカップ(ベスト16)
2000年 - UEFA EURO 2000(グループステージ敗退)
2002年 - 2002 FIFAワールドカップ(ベスト8)
2004年 - UEFA EURO 2004(ベスト8)

試合数

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  • 国際Aマッチ 66試合 14得点(1997年-2004年)[54][55]
イングランド代表国際Aマッチ
出場得点
199753
199891
199965
2000101
2001103
2002110
200380
200471
通算6614

得点

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#開催日開催地対戦国スコア結果大会
11997年6月4日フランスの旗 ナントスタッド・ドゥ・ラ・ボージョワールイタリアの旗 イタリア2-02-0親善試合
21997年9月10日イングランドの旗 ロンドンウェンブリー・スタジアムモルドバの旗 モルドバ1-04-01998 FIFAワールドカップ・予選
31997年11月15日イングランドの旗 ロンドン、ウェンブリー・スタジアムカメルーンの旗 カメルーン1-02-0親善試合
41998年6月15日フランスの旗 マルセイユスタッド・ヴェロドロームチュニジアの旗 チュニジア2-02-01998 FIFAワールドカップ
51999年3月27日イングランドの旗 ロンドン、ウェンブリー・スタジアムポーランドの旗 ポーランド1-03-0UEFA EURO 2000予選
62-0
73-1
81999年11月13日スコットランドの旗 グラスゴーハムデン・パークスコットランドの旗 スコットランド1-02-0UEFA EURO 2000予選
92-0
102000年6月12日オランダの旗 アイントホーフェンフィリップス・スタディオンポルトガルの旗 ポルトガル1-02-3UEFA EURO 2000
112001年3月28日アルバニアの旗 ティラナケマル・スタファ・スタジアムアルバニアの旗 アルバニア2-03-12002 FIFAワールドカップ・予選
122001年5月25日イングランドの旗 ダービープライド・パーク・スタジアムメキシコの旗 メキシコ1-04-0親善試合
132001年6月6日ギリシャの旗 アテネアテネ・オリンピックスタジアムギリシャの旗 ギリシャ1-02-02002 FIFAワールドカップ・予選
142004年6月21日ポルトガルの旗 リスボンエスタディオ・ダ・ルスクロアチアの旗 クロアチア1-14-2UEFA EURO 2004

獲得タイトル

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クラブ
代表

イングランド U-18

個人

脚注

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  1. さようなら、スコールズ。マンU、1999年の三冠組は今?
  2. Paul Scholes Profile.
  3. “Paul Aaron Scholes - International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation
  4. UEFA Championship League / All Time / Most Bookings
  5. Roy's record and getting shirty
  6. Scholes must pass more and tackle less if he is to be remembered as a great
  7. BBC Radio Manchester Features
  8. Simply the best
  9. Old Trafford band of brothers prepare for split
  10. Spccoer Milestones
  11. Club Trophy Room, ManUtd.com
  12. Champions League final: Paul Scholes deserves European Cup success, says David Beckham
  13. Papers: Scholes still troubled
  14. Man Utd 2-0 Liverpool
  15. Liverpool 0-1 Man Utd: O'Shea stuns Anfield
  16. Man Utd 1-0 Barcelona (agg 1-0)
  17. Man Utd earn dramatic Euro glory
  18. Paul Scholes Hall of Fame Profile
  19. 1 2 Why Scholes is Man Utd's talisman
  20. Paul Scholes reveals he plans to retire from Manchester United in two years
  21. Man Utd 2-1 Tottenham
  22. Man Utd 3-0 Fulham
  23. Man Utd 2-0 Portsmouth
  24. AC Milan 2-3 Man Utd
  25. Wolverhampton 0-1 Man Utd
  26. Paul Scholes signs new one-year contract with Man Utd
  27. Man Utd boss Alex Ferguson praises Paul Scholes display
  28. Man Utd 3-0 Newcastle
  29. Fulham 2-2 Man Utd
  30. Scholes is Barclays Player of the Month
  31. Man City 1-0 Man Utd
  32. Scholes retires - but stays at OT
  33. ユナイテッド、スコールズが現役復帰goal.com 2012年1月8日
  34. スコールズが2度目の引退を表明goal.com 2013年5月12日
  35. Retirement of Scholes adds to England woe
  36. Scholes quits England
  37. Scholes's England U-turn
  38. Fabio Capello makes surprise England World Cup choices
  39. Paul Scholes hints at England World Cup regret
  40. スコールズ監督招へいを目座す英4部のオールダムに障壁…超WORLDサッカー!、2019年2月7日
  41. 英4部でスコールズ監督が誕生! サルフォードの取締役辞任でEFL規則をクリアニコニコニュース、2019年2月12日
  42. スコールズ監督、わずか「37日」で辞任!なにがあった…Qoly、2019年3月15日
  43. Athletes with asthma
  44. Manchester United fans have two years to savour Paul Scholes
  45. New goals for Scholes
  46. The War of the WAGSKIS: The real battle for Moscow
  47. Paul Scholes: 'I know there isn't much time left so I have to enjoy it'
  48. Scholes has his moment in the spotlight - it's 600 up for the red-top talisman
  49. ペップ:「マン・Uから選ぶならスコールズ」
  50. Football Hall of Fame: Paul Scholes
  51. Alan Hansen's column
  52. 1995-96シーズンは、UEFAカップ
  53. その他とはコミュニティーシールド, UEFAスーパーカップ, インターコンチネンタルカップ, FIFAクラブワールドカップのこと。
  54. ポール・スコールズ - National-Football-Teams.com
  55. WorldFootball.net

外部リンク

[編集]