ルカ・モドリッチ

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ルカ・モドリッチ Football pictogram.svg
Shahter-Reak M 2015 (10).jpg
レアル・マドリードでのモドリッチ(2015年)
名前
本名 Luka Modrić
愛称 el Cruyff de los Balcanes(バルカンクライフ[1]
ラテン文字 Luka Modrić
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
生年月日 1985年9月9日(31歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア クロアチア
ザダル郡ザダル
身長 174cm[2]
体重 65kg[2]
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・マドリード
ポジション MF (CMF)
背番号 19
利き足 右足
ユース
1996–2001 クロアチアの旗 ザダル
2002-2003 クロアチアの旗 ディナモ・ザグレブ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2008 クロアチアの旗 ディナモ・ザグレブ 112 (31)
2003-2004 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ズリニスキ (loan) 22 (8)
2004-2005 クロアチアの旗 ザプレシッチ (loan) 18 (4)
2008-2012 イングランドの旗 トッテナム・ホットスパー 127 (13)
2012- スペインの旗 レアル・マドリード 115 (7)
代表歴2
2001 クロアチアの旗 クロアチアU-15 2 (0)
2001 クロアチアの旗 クロアチアU-17 2 (0)
2003 クロアチアの旗 クロアチアU-18 7 (0)
2003-2004 クロアチアの旗 クロアチアU-19 11 (1)
2004-2005 クロアチアの旗 クロアチアU-21 15 (2)
2006- クロアチアの旗 クロアチア 94 (11)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年6月12日現在。
2. 2016年11月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルカ・モドリッチLuka Modrić; クロアチア語発音: [lûːka mǒːdrit͡ɕ]1985年9月9日 - )は、クロアチアザダル出身、レアル・マドリード所属の同国代表サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー

地元クラブであるNKザダルのユース出身。国内の強豪クラブであるディナモ・ザグレブにてプロキャリアをスタートさせた。2008年からはプレミアリーグに活躍の場を移し、トッテナム・ホットスパーFCではスコット・パーカーガレス・ベイルらとチームを牽引した[3]。2013年、レアル・マドリードへ移籍。

経歴[編集]

クラブ[編集]

クロアチア時代[編集]

幼少期はユーゴスラビア紛争真っただ中で、祖父をセルビア軍に殺害されるなど過酷な環境で過ごす[4]。7歳から本格的にサッカーを始め、地元クラブのNKザダルの下部組織に入団。16歳でディナモ・ザグレブの下部組織に移籍する。

18歳でトップチームに昇格するものの、同じポジションにニコ・クラニチャールが居たため、HŠKズリニスキ・モスタルレンタル移籍。ここで年間MVPの活躍を見せるものの、ディナモへの復帰は叶わず、翌年NKインテル・ザプレシッチに再びレンタルに出され、年間最優秀若手選手賞を受賞[4]

転機が訪れたのはクラニチャールがハイデュク・スプリトに移籍してから。2005年1月に急きょ呼び戻されると、ヨジップ・クゼ監督の下、エドゥアルド・ダ・シルヴァヴェドラン・チョルルカオグニェン・ヴコイェヴィッチらとともに、リーグ優勝を達成。モドリッチもチーム内で確固たる地位を築き、リーグ3連覇に貢献。2007年にはリーグ年間最優秀選手に選出された。

トッテナム・ホットスパー[編集]

トッテナム時代のモドリッチ(2010年)

2008年5月30日トッテナム・ホットスパーFCへ同クラブの当時史上最高額となる移籍金2300万ユーロ(37億6000万円)で移籍[5]

8月16日のミドルスブラFCとの開幕戦でプレミアリーグデビュー[6]ファンデ・ラモス監督の下では中盤の底で司令塔としての役割を求められたものの、プレミアリーグに適応できない中での不慣れなポジションでのプレーとあり、また膝の怪我もあり低調なパフォーマンスが続いた[7][8]。しかし10月末にファンデ・ラモスが解任されハリー・レドナップが就任すると、セントラルハーフや左サイドでプレーするようになり、レギュラーに定着。2008年12月18日のUEFAカップFCスパルタク・モスクワ戦で移籍後初得点を挙げると[9]、その3日後にはニューカッスル・ユナイテッドFC戦でプレミアリーグ初得点を挙げた[10]。移籍初年度から計44試合に出場し、5得点を挙げた。

2009-10シーズンもレギュラーとしてスタートしたものの、2009年8月29日のバーミンガム・シティFC戦でリー・ボウヤーと接触し右足の腓骨を骨折[11]。当初は6週間の離脱とみられたが[12]復帰は遅れ、12月にようやく戦列に復帰した[13]。復帰後はトッテナム躍進の原動力となり、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献した[7]。シーズン終了後、トッテナムと新たに6年契約を結んだ[14]

2010-11シーズンは自身初めてチャンピオンズリーグ本戦に進んだ。2010年9月29日のグループリーグ第2節、ホームでのFCトゥウェンテ戦でチャンピオンズリーグ初出場を果たし、ガレス・ベイルの得点を導くなど4-1の大勝に貢献[15]。続く10月20日のアウェーでのインテル戦ではゴメスの退場により前半11分で交代となるも[16]、11月2日のホームでのインテル戦ではラファエル・ファン・デル・ファールトの先制点をアシストし、3-1での勝利に貢献[7]。続く11月24日のヴェルダー・ブレーメン戦ではチャンピオンズリーグ初得点を挙げた[17]。チャンピオンズリーグでは8試合に出場し、グループリーグ首位通過と初のベスト8進出に貢献した。プレミアリーグでは32試合に出場し、パス成功数とインターセプト数でリーグベスト3に入る活躍をみせた[7]。トッテナムは2シーズン連続のチャンピオンズリーグ出場権獲得は逃したものの5位につけ、UEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。これらの活躍により、プレミアリーグで最もクリエイティブな選手の1人という評価を得た[18]

2012年夏の移籍市場では、トッテナムとパートナーシップ契約を結ぶレアル・マドリードがモドリッチへ強い関心を示した。モドリッチ自身も移籍を希望し、練習の欠場やアメリカ遠征を辞退した[19]。プレシーズンツアーに参加しなかったモドリッチに対し、クラブは罰金を課した[20]

レアル・マドリード[編集]

レアル・マドリードでのモドリッチ(2015年)

2012年8月27日にレアル・マドリードへの移籍を発表した。契約は5年間で、移籍金は推定3500万ユーロ+出来高700万ユーロ。8月29日FCバルセロナとのスーペルコパ・デ・エスパーニャ第2戦で途中出場し、レアル・マドリードデビューした。試合は2-1でレアル・マドリードが勝利し、移籍後およそ36時間後にスペインでの初タイトルを手にした。しかし、移籍1年目はマルカ読者によりシーズン最悪の補強に選ばれるなど、不本意なシーズンとなった[21]

2013年カルロ・アンチェロッティが監督に就任すると先発の地位を確立[22]、翌シーズンにはLFPアワードのリーグ最優秀MFに選ばれるなど[23]重要な選手の1人となった[24]。レアル・マドリードでの100試合目となるUEFAチャンピオンズリーグバイエルン・ミュンヘン戦ではアシストを記録して4-0での大勝に貢献し、決勝においてもコーナーキックからセルヒオ・ラモスの同点ゴールをアシストした。チャンピオンズリーグの優勝を祝ってトレードマークでもあった長髪を切り、エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウでのセレモニーでは短髪で姿を表した[25]

2014年夏の移籍市場では中盤で共にプレーをしていたアンヘル・ディ・マリアシャビ・アロンソが揃って移籍し、入れ替わるようにトニ・クロースが加入。アンチェロッティは10番タイプであるモドリッチとクロースを中盤の底で併用した[26]。前シーズンにチャンピオンズリーグ優勝の立役者の一人となったモドリッチだが、11月に行われたEURO予選イタリア戦で大腿部を負傷したことによってFIFAクラブワールドカップに参加することは出来なかった。2015年3月10日チャンピオンズリーグシャルケ04戦で戦線復帰[27]。チャンピオンズリーグ準々決勝となったアトレティコ・マドリード戦前、アトレティコのディエゴ・シメオネ監督は「モドリッチの復帰によりチームの中盤はアグレッシブかつダイナミックになる。彼はレアル・マドリードの物凄いポテンシャルを一段と高めることができる」と影響力の高さに言及した[28]。しかし、4月18日マラガCF戦で靭帯を損傷したことにより再び長期離脱を強いられた[29]。チャンピオンズリーグ決勝に向けての復帰を目指していたが、チームはベスト4で敗退しシーズン中の復帰は叶わなかった。

2015-16シーズンは2年ぶりとなるチャンピオンズリーグ優勝を手にし、FIFProからは2015年のベストイレブンに選出された。

2016年10月19日、レアル・マドリードとの契約を2020年まで契約を延長したことが発表された。

クロアチア代表[編集]

代表でのモドリッチ(2013年)

各世代の代表に選出後、2006年3月1日のアルゼンチンとの親善試合でフル代表デビュー。ドイツワールドカップのメンバーにも選出されるが、同じポジションのニコ・クラニチャールも選出されたため、グループリーグの日本戦とオーストラリア戦に途中出場したのみに終わった。

監督がスラヴェン・ビリッチに交代すると、それまでより1列下がったポジションを任され、代表のレギュラーに定着。ニコ・クラニチャールとの共存にも成功する。ワールドカップ後最初の試合となった、世界王者のイタリアとの親善試合で代表初得点を記録。EURO2008予選で全試合に出場し、アウェーでのイングランド戦ではドリブルで数々のチャンスを作り出しクロアチアの本戦出場に貢献するとともに、イングランドを予選敗退に追い込んだ[4]

EURO2008ではグループリーグ初戦の開催国オーストリア戦でPKにより決勝点を記録[30]。グループリーグ第2戦のドイツ戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選ばれる活躍で金星に貢献。準々決勝のトルコ戦では延長後半14分にイヴァン・クラスニッチの先制点をアシストしたものの直後に同点とされ、PK戦では最初のキッカーとして失敗し、チームはベスト8で敗退した[31]。しかし「EURO2008最大の収穫」と評される活躍により、自身はUEFA選定大会優秀選手に選ばれた[32]

UEFA EURO 2012予選では全ての試合に出場し、本大会出場権を獲得する。グループリーグ初戦のアイルランド戦では勝利するも、第2戦イタリア戦で引き分け、最終戦であるスペイン戦で敗れた。その結果、イタリアと勝ち点1差でグループリーグ敗退となった。2年後のワールドカップにおいても、開幕戦でブラジルに敗れるなど1勝2敗となり、グループリーグ突破はならなかった。

EURO2016では、初戦となるトルコ戦でボレーシュートを決めるなどグループステージ突破に貢献。しかし、決勝トーナメントでは延長の末ポルトガルに敗れた。

プレースタイル[編集]

攻撃的MFとして年代別代表でプレーしていたが、20代半ばよりボランチとして新境地を開拓。両足で精度の高いボールコントロールが可能で、ボールを散らしたりFWへの楔のパスなど鮮やかなキックを持つほか、オフ・ザ・ボールの動きも良い[7]。小柄で線は細いが的確な読みと激しい寄せで守備にも優れ、2010-11シーズンのプレミアリーグでパス成功数とインターセプト数の両方でベスト3に入り、スペインリーグでもトップクラスのインターセプト数を記録するなど攻守に高いレベルでプレーができる[7][22]

ハリー・レドナップはモドリッチを「模範的で、違うレベルのプレーヤー」と表現し[7]、そのプレーやサッカーへの真面目な姿勢、プロ意識を高く評価するなどガレス・ベイルらとともに「代えの利かない売却不可能な選手」であるとしている[33][34][35]ダレン・アンダートンはモドリッチがトッププレーヤーであり、ポール・スコールズの完璧な後継者となり得ると賞賛[36]ライアン・ギグスもまた、スコールズの真の後継者としてモドリッチを指名した[37]ジョン・テリーはモドリッチを「対戦するのが難しいワールドクラスのプレイヤーで、機敏な素晴らしいフィニッシャー」と賞賛した[38]。かつてNKディナモ・ザグレブレアル・マドリードでプレーした同郷のロベルト・プロシネチキは「テクニックと判断力を兼ね備えたうえ、強い意志を持った本物のミッドフィルダー」と評している[39]ズボニミール・ボバンEURO 2012でのイタリア戦前に「イタリアにおけるピルロのように極めて重要な選手であり、モドリッチ抜きのクロアチアは想像できない。試合を読む力が素晴らしく、チームリーダーとしての自覚も高い」と語った[40]

HŠKズリニスキ・モスタル時代にプレミイェル・リーガ特有の激しくダーティなプレーの中で、心身の強さを培った[4]。モドリッチ自身も「ボスニアでプレーしたなら世界のどこでもプレーできる」と語っている[7]。そのプレーや容姿、背番号「14」からヨハン・クライフと比較される[4]。憧れの選手として、母国の選手であるボバンのほかフランチェスコ・トッティの名を挙げている[41]

個人成績[編集]

クラブ[編集]

クラブ シーズン 国内リーグ 国内カップ 欧州カップ 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ズリニスキ・モスタル 2003-04 22 8 0 0 0 0 22 8
通算 22 8 0 0 0 0 22 8
インテル・ザプレシッチ 2004-05 18 4 0 0 0 0 18 4
通算 18 4 0 0 0 0 18 4
ディナモ・ザグレブ 2004-05 7 0 1 0 0 0 8 0
2005-06 32 8 1 0 0 0 33 8
2006-07 30 6 8 2 6 0 44 8
2007-08 25 13 8 1 10 3 43 17
通算 94 27 18 3 16 3 128 33
トッテナム・ホットスパー 2008-09 34 3 6 1 4 1 44 5
2009-10 25 3 7 0 0 0 32 3
2010-11 32 3 2 0 9 1 43 4
2011-12 36 4 2 0 2 1 40 5
通算 127 13 17 1 15 3 159 17
レアル・マドリード 2012-13 33 3 9 0 11 1 53 4
2013-14 34 1 6 0 11 1 51 2
2014-15 16 1 2 0 7 0 25 1
2015-16 32 2 0 0 12 1 44 3
通算 115 7 17 0 41 3 173 10
総通算 376 58 52 4 72 9 500 71

代表[編集]

代表国 出場 得点
2006  クロアチア 12 2
2007 10 1
2008 11 3
2009 3 1
2010 8 0
2011 9 1
2012 9 0
2013 10 0
2014 11 2
2015 4 0
2016 4 1
通算 91 11
クロアチア代表での得点
# 日時 場所 対戦相手 スコア 最終結果 大会
1. 2006年8月16日 イタリアの旗 スタディオ・アルマンド・ピッキリヴォルノ イタリアの旗 イタリア
0-2
0-2
親善試合
2. 2006年10月7日 クロアチアの旗 スタディオン・マクシミールザグレブ アンドラの旗 アンドラ
7-0
7-0
UEFA EURO 2008予選
3. 2007年2月7日 クロアチアの旗 スタディオン・カントゥリダリエカ ノルウェーの旗 ノルウェー
2-0
2-1
親善試合
4. 2008年6月8日 オーストリアの旗 エルンスト・ハッペル・シュターディオンウィーン オーストリアの旗 オーストリア
1-0
1-0
UEFA EURO 2008
5. 2008年9月6日 クロアチアの旗 スタディオン・マクシミール、ザグレブ カザフスタンの旗 カザフスタン
2-0
3-0
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
6. 2008年10月15日 クロアチアの旗 スタディオン・マクシミール、ザグレブ アンドラの旗 アンドラ
3-0
4-0
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
7. 2009年6月6日 クロアチアの旗 スタディオン・マクシミール、ザグレブ ウクライナの旗 ウクライナ
2-2
2-2
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
8. 2011年9月6日 クロアチアの旗 スタディオン・マクシミール、ザグレブ イスラエルの旗 イスラエル
1-0
3-1
UEFA EURO 2012予選
9. 2014年9月9日 クロアチアの旗 スタディオン・マクシミール、ザグレブ マルタの旗 マルタ
1-0
2-0
UEFA EURO 2016予選
10. 2014年10月13日 クロアチアの旗 スタディオン・グラドスキ・ヴルトオシエク アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン
5-0
6-0
UEFA EURO 2016予選
11. 2016年6月12日 フランスの旗 パルク・デ・プランスパリ トルコの旗 トルコ
0-1
0-1
UEFA EURO 2016

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

クロアチアの旗ディナモ・ザグレブ
  • プルヴァHNL:2005-06, 2006-07, 2007-08
  • クロアチアカップ:2007, 2008
  • クロアチアスーパーカップ:2006
スペインの旗 レアル・マドリード

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Luca Modric: el Cruyff de los Balcanes abc.com 2012年6月7日
  2. ^ a b Player Profile”. realmadrid.com. 2012年11月27日閲覧。
  3. ^ 勝ち試合を落とす“優勝争い初心者”、トッテナムに立ちふさがる二強の壁。NumberWeb 2012年2月2日
  4. ^ a b c d e EURO2008紙面連載「ニュースター候補生」第5回 ルカ・モドリッチ(クロアチアMF22歳)EURO2008 nikkan sports.com 2008年6月5日
  5. ^ http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/teams/t/tottenham_hotspur/7368463.stm
  6. ^ Middlesbrough 2–1 TottenhamBBC Sport 2008年8月16日
  7. ^ a b c d e f g h Goal.com50:ルカ・モドリッチ(27位)Goal.com 2011年8月6日
  8. ^ Luka Modric puts war years behind him at SpursThe Daily Telegraph 2008年12月19日
  9. ^ Tottenham 2–2 Spartak MoscowBBC Sport 2008年12月18日
  10. ^ Newcastle 2–1 TottenhamBBC Sport 2008年12月21日
  11. ^ 好調トッテナムに打撃、司令塔モドリッチが骨折FootballWeekly 2009年8月30日
  12. ^ Spurs suffer Modric injury blow.BBC Sport 2009年8月30日
  13. ^ Luka's back!Tottenhamhotspur.com 2009年12月8日
  14. ^ モドリッチ、トッテナムと6年契約FootballWeekly 2010年5月30日
  15. ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - トッテナム-トウェンテUEFA.com 2010年9月29日
  16. ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - インテル-トッテナムUEFA.com 2010年10月20日
  17. ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - トッテナム-ブレーメンUEFA.com 2010年11月24日
  18. ^ ついにモドリッチのレアル移籍が決定! 「ここでレギュラーを取りたい」skyperfectv 2012年8月28日
  19. ^ モドリッチ、トッテナムのアメリカ遠征に参加せずGoal.com 2012年7月21日
  20. ^ ツアー不参加のモドリッチが練習復帰へ…トッテナム指揮官は罰金処分を明言soccer-king 2012年7月24日
  21. ^ 今季レアル・マドリーのベストプレーヤーは?Goal.com 2014年5月20日
  22. ^ a b クロアチアMFモドリッチ、的確な読みと激しい寄せ日本経済新聞 2014年5月31日
  23. ^ Luka Modrić, 'Best Midfielder in the 2013-14 Liga BBVA'lfp.es 2014年10月27日
  24. ^ Modric is Carlo's fifth most used playerGoal.com 2013年12月12日
  25. ^ レアルMFモドリッチ、CL優勝祝って断髪式…ロングヘアーをバッサリSoccerKing 2014年5月26日
  26. ^ レアル・マドリー番記者「新監督ベニテスがもたらす3つの変化」yahoo.com 2015年6月12日
  27. ^ 負傷から約4カ月ぶりの復帰…モドリッチ「全ての人に感謝したい」soccer-king 2015年3月11日
  28. ^ モドリッチを警戒するシメオネ監督「レアルの潜在能力を一段と高める」SoccerKing 2015年4月4日
  29. ^ モドリッチ、検査結果は右ひざじん帯の損傷 今季中の復帰は絶望的Goal.com 2015年4月19日
  30. ^ Austria 0 - 1 CroatiaUEFA.com 2008年6月8日
  31. ^ Croatia 1 - 1 TurkeyUEFA.com 2008年6月20日
  32. ^ EURO2008のトップ10プレーヤー発表Livedoorスポーツ 2008年6月30日
  33. ^ レドナップ:「1億ポンドでもモドリッチは売らない」Goal.com 2011年2月21日
  34. ^ モドリッチ移籍話を一笑に付すレドナップGoal.com 2011年6月8日
  35. ^ モドリッチの態度を絶賛するレドナップ「偉大なプロだ」Goal.com 2011年7月24日
  36. ^ 「モドリッチはスコールズの完璧な後継者」Goal.com 2011年6月2日
  37. ^ ギグス氏、クロアチア代表モドリッチを「スコールズの真の後継者」に指名SANSPO.com 2016年10月21日
  38. ^ モドリッチの獲得を望むテリー「ワールドクラスのプレーヤー」SOCCER KING 2011年7月20日
  39. ^ 元R・マドリードのプロシネチキ氏「モドリッチはX・アロンソの将来的な後継者」SOCCER KING 2012年8月28日
  40. ^ 【ニュース】元クロアチア代表ボバン氏「我々にとってのモドリッチはイタリアにとってのピルロだ」wowow.com 2012年6月14日
  41. ^ モドリッチ:世界で一番のクラブに入団出来たことは誇りrealmadrid.com 2012年8月28日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]