ルカ・モドリッチ
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|---|---|---|---|---|---|---|
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FIFAワールドカップでのモドリッチ(2018年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| 愛称 | el Cruyff de los Balcanes(バルカンのクライフ)[1] | |||||
| ラテン文字 | Luka Modrić | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1985年9月9日(33歳) | |||||
| 出身地 |
| |||||
| 身長 | 172cm[2] | |||||
| 体重 | 65kg[2] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | MF (CMF) | |||||
| 背番号 | 10 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1996–2001 |
| |||||
| 2002-2003 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2003-2008 |
| 112 | (31) | |||
| 2003-2004 |
→ | 22 | (8) | |||
| 2004-2005 |
→ | 18 | (4) | |||
| 2008-2012 |
| 127 | (13) | |||
| 2012- |
| 181 | (9) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2001 |
| 2 | (0) | |||
| 2001 |
| 2 | (0) | |||
| 2003 |
| 7 | (0) | |||
| 2003-2004 |
| 11 | (1) | |||
| 2004-2005 |
| 15 | (2) | |||
| 2006- |
| 118 | (14) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月14日現在。 2. 2018年12月14日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ルカ・モドリッチ(Luka Modrić; クロアチア語発音: [lûːka mǒːdrit͡ɕ]、1985年9月9日 - )は、クロアチア・ザダル出身、レアル・マドリード所属の同国代表サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。主にセントラルミッドフィールダーとしてプレーする。
地元クラブであるNKザダルのユース出身で、2002年に国内の強豪クラブであるディナモ・ザグレブへ移籍。HŠKズリニスキ・モスタル、NKインテル・ザプレシッチへのレンタル移籍を経て2005年にディナモ・ザグレブのトップチームデビューした。
2008年からはプレミアリーグに活躍の場を移し、トッテナム・ホットスパーFCではスコット・パーカーやガレス・ベイルらとチームを牽引した[3]。2013年にレアル・マドリードへ移籍、UEFAチャンピオンズリーグ優勝などのタイトルを獲得した。
2006年にクロアチア代表デビュー。2016年からは代表キャプテンを務め、黄金世代と呼ばれた2010年代後半のクロアチア代表はモドリッチ世代とも称される[4][5]。2018 FIFAワールドカップではクロアチアを初の準優勝に導き、大会MVPにあたるゴールデンボールを受賞した[6]
2018年9月モドリッチは脱税容疑の疑いで禁錮8カ月の罪を認め、罰金を払うことで収監を免れた。
クロアチア年間最優秀選手賞に最多となる7度選出されているほか、2015年にFIFA/FIFProワールドイレブン、2016年にはUEFAチーム・オブ・ザ・イヤーにクロアチア人で初めて選ばれた。2018年、東ヨーロッパ出身選手で初めてUEFA欧州最優秀選手賞、FIFA最優秀選手賞を受賞し、クロアチア人初となるバロンドールにも選ばれた
目次
クラブ経歴[編集]
クロアチア時代[編集]
1985年、旧ユーゴスラビアのザダル郊外にあるモドリッチという名前の村で生まれた[7]。1991年、クロアチアが独立を宣言し、クロアチア紛争が始まると故郷は戦場となり、祖父をセルビア軍に殺害された[7]。一家はザダルへ逃れ、難民が暮らすホテルで仮住まいを始め、6歳のモドリッチ少年はホテルの駐車場でサッカーに熱中した[8]。
10歳の頃にハイドゥク・スプリトのトライアルを受けるも、華奢で力がなさすぎるという理由から不合格となり[9]、その後地元クラブのNKザダルの下部組織に入団した。16歳でディナモ・ザグレブの下部組織に移籍する。
18歳でトップチームに昇格し10年間のプロ契約を結ぶが、同じポジションにニコ・クラニチャールが居たため、HŠKズリニスキ・モスタルにレンタル移籍。ここでは18歳ながらキャプテンを務め年間MVPの活躍を見せるものの、ディナモへの復帰は叶わず、翌年NKインテル・ザプレシッチに再びレンタルに出された。ザプレシッチではタイトル争いに大きく貢献し[9]、最終的にクラブをリーグ2位へ導くと年間最優秀若手選手賞を受賞した[10]。
転機が訪れたのはクラニチャールがハイデュク・スプリトに移籍してから。2005年1月にディナモへ急きょ呼び戻されると、ヨジップ・クゼ監督の下、エドゥアルド・ダ・シルヴァ、ヴェドラン・チョルルカ、オグニェン・ヴコイェヴィッチらとともに、リーグ優勝を達成。モドリッチもチーム内で確固たる地位を築き、リーグ3連覇に貢献。2007年にはリーグ年間最優秀選手に選出された。
トッテナム・ホットスパー[編集]
2008年5月30日にトッテナム・ホットスパーFCへ同クラブの当時史上最高額となる移籍金2300万ユーロ(37億6000万円)で移籍[11]。
8月16日のミドルスブラFCとの開幕戦でプレミアリーグデビュー[12]。ファンデ・ラモス監督の下では中盤の底で司令塔としての役割を求められたものの、プレミアリーグに適応できない中での不慣れなポジションでのプレーとあり、また膝の怪我もあり低調なパフォーマンスが続いた[13][14]。しかし10月末にファンデ・ラモスが解任されハリー・レドナップが就任すると、セントラルハーフや左サイドでプレーするようになり、レギュラーに定着。2008年12月18日のUEFAカップ、FCスパルタク・モスクワ戦で移籍後初得点を挙げると[15]、その3日後にはニューカッスル・ユナイテッドFC戦でプレミアリーグ初得点を挙げた[16]。移籍初年度から計44試合に出場し、5得点を挙げた。
2009-10シーズンもレギュラーとしてスタートしたものの、2009年8月29日のバーミンガム・シティFC戦でリー・ボウヤーと接触し右足の腓骨を骨折[17]。当初は6週間の離脱とみられたが[18]復帰は遅れ、12月にようやく戦列に復帰した[19]。復帰後はトッテナム躍進の原動力となり、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献した[13]。シーズン終了後、トッテナムと新たに6年契約を結んだ[20]。
2010-11シーズンは自身初めてチャンピオンズリーグ本戦に進んだ。2010年9月29日のグループリーグ第2節、ホームでのFCトゥウェンテ戦でチャンピオンズリーグ初出場を果たし、ガレス・ベイルの得点を導くなど4-1の大勝に貢献[21]。続く10月20日のアウェーでのインテル戦ではゴメスの退場により前半11分で交代となるも[22]、11月2日のホームでのインテル戦ではラファエル・ファン・デル・ファールトの先制点をアシストし、3-1での勝利に貢献[13]。続く11月24日のヴェルダー・ブレーメン戦ではチャンピオンズリーグ初得点を挙げた[23]。チャンピオンズリーグでは8試合に出場し、グループリーグ首位通過と初のベスト8進出に貢献した。プレミアリーグでは32試合に出場し、パス成功数とインターセプト数でリーグベスト3に入る活躍をみせた[13]。トッテナムは2シーズン連続のチャンピオンズリーグ出場権獲得は逃したものの5位につけ、UEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。これらの活躍により、プレミアリーグで最もクリエイティブな選手の1人という評価を得た[24]。
2012年夏の移籍市場では、レアル・マドリードがモドリッチへ強い関心を示した。モドリッチ自身も移籍を希望し、練習の欠場やアメリカ遠征を辞退した[25]。プレシーズンツアーに参加しなかったモドリッチに対し、クラブは罰金を課した[26]。
レアル・マドリード[編集]
2012年8月27日にレアル・マドリードへの移籍を発表した。契約は5年間で、移籍金は推定4200万ユーロ。モドリッチ移籍と同じタイミングでトッテナムとレアル・マドリードが提携契約を締結、レアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長は「我々両クラブの強固で親密な関係が、長期的なパートナーシップの締結とルカ・モドリッチの移籍につながった。ルカを歓迎し、今後トッテナムと密接に協力していくことを楽しみにしている」と語り、トッテナムのダニエル・レヴィ会長は「ルカは我々にとって素晴らしい選手だった。彼を手放すのは本望ではないが、移籍先がマドリーであることに満足している。また、マドリーと長期的かつ生産的なパートナーシップを共有することを楽しみにしている」と語った[27]。
8月29日、FCバルセロナとのスーペルコパ・デ・エスパーニャ第2戦で途中出場し、レアル・マドリードデビューした。試合は2-1でレアル・マドリードが勝利し、移籍後およそ36時間後にスペインでの初タイトルを手にした。しかし、移籍初年度はマルカ読者によりシーズン最悪の補強に選ばれるなど、厳しい批判に晒される不本意なシーズンとなった[28]。
2013年にカルロ・アンチェロッティが監督に就任すると先発の地位を確立[29]、翌シーズンにはリーグ最優秀ミッドフィールダーに選ばれるなど[30]重要な選手の1人となった[31]。レアル・マドリードでの100試合目となるUEFAチャンピオンズリーグのバイエルン・ミュンヘン戦ではアシストを記録して4-0での大勝に貢献し、決勝においてもコーナーキックからセルヒオ・ラモスの同点ゴールをアシストした。チャンピオンズリーグの優勝を祝ってトレードマークでもあった長髪を切り、エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウでのセレモニーでは短髪で姿を表した[32]。
2014年夏の移籍市場では中盤で共にプレーをしていたアンヘル・ディ・マリアとシャビ・アロンソが揃って移籍し、入れ替わるようにトニ・クロースが加入。アンチェロッティは10番タイプであるモドリッチとクロースを中盤の底で併用した[33]。前シーズンにチャンピオンズリーグ優勝の立役者の一人となったモドリッチだが、11月に行われたEURO予選のイタリア戦で大腿部を負傷したことによってFIFAクラブワールドカップに参加することは出来なかった。2015年3月10日、チャンピオンズリーグのシャルケ04戦で戦線復帰[34]。チャンピオンズリーグ準々決勝となったアトレティコ・マドリード戦前、アトレティコのディエゴ・シメオネ監督は「モドリッチの復帰によりチームの中盤はアグレッシブかつダイナミックになる。彼はレアル・マドリードの物凄いポテンシャルを一段と高めることができる」と影響力の高さに言及した[35]。しかし、4月18日のマラガCF戦で靭帯を損傷したことにより再び長期離脱を強いられた[36]。チャンピオンズリーグ決勝に向けての復帰を目指していたが、チームはベスト4で敗退しシーズン中の復帰は叶わなかった。
2015-16シーズンは2年ぶりとなるチャンピオンズリーグ優勝を手にした。自身2度目となるリーグ最優秀MFに選ばれたほか、FIFProからは2015年のベストイレブンに選出された。
2016年10月18日、レアル・マドリードとの契約を2020年まで契約を延長したことが発表された[37]。
FIFAクラブワールドカップでも2試合連続で先発出場し、大会シルバーボールに選ばれた[38]。2016年には2年連続となるFIFProベストイレブンに選ばれたほか、UEFAチーム・オブ・ザ・イヤーにも初選出された。2016-17シーズンはプリメーラ・ディビシオン制覇、前年に続きチャンピオンズリーグ連覇に貢献した。その活躍により、チャンピオンズリーグの大会最優秀MFに選ばれた。
2017年7月、ハメス・ロドリゲスの後を継ぎ10番を着用することが決定[39]。レアル・マドリードにおける10番は、ハメスのほかロビーニョやヴェスレイ・スナイデル、ラッサナ・ディアッラ、メスト・エジルとルイス・フィーゴ以降着用した選手が期待外れもしくは不本意な形で退団しており、呪われた背番号とも言われている。モドリッチは19番へ愛着を持ちながらも「10番が空くことが分かった時、このチャンスを逃す訳にはいかないと思った。なぜなら、自分が最も好きな番号だからだ」と語った[40]。
8月13日に行われたスーペルコパ第1戦は、3年前の同大会でレッドカードを受けたことから出場することができなかった[41]。シーズン途中に発表されたザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズでは6位、バロンドールでは5位に入り、それぞれ自己最高位且つミッドフィールダー最高位となった。同シーズンのUEFAチャンピオンズリーグにおいても優勝、チームメイトのクリスティアーノ・ロナウド、クロース、ラモス、マルセロらとともに3年連続で優秀選手に選ばれるなどレアル・マドリードのUEFAチャンピオンズリーグ3連覇に貢献した。
モドリッチはスペインの税務局から、ルクセンブルクに妻ヴァンニャ名義で設立したペーパーカンパニーを通じて、2013年から2014年にかけて合計87万728ユーロを脱税したと告発されていた。 モドリッチは禁錮8カ月の罪を認めて、脱税額の40%となる34万8291ユーロの罰金を支払うことで検察当局と合意した。また、ほかの選手と同様に禁固1日につき250ユーロ、合計6万ユーロを支払うことで収監を免れた[42]。
UEFAチャンピオンズリーグ3連覇やFIFAワールドカップ準優勝が評価され、同年のUEFA欧州最優秀選手賞、FIFA最優秀選手賞を受賞したほか、長年ロナウドとリオネル・メッシの独占状態にあったバロンドールにおいても、2007年のカカ以来11年ぶりとなる2選手以外の受賞者となった[43]。その他、クロアチアのスポーツ記者によるクロアチア年間最優秀アスリートや、ブルガリア通信社が主催するバルカン半島年間最優秀スポーツ選手にも選ばれた[44][45]。
代表経歴[編集]
各世代の代表に選出後、2006年3月1日のアルゼンチンとの親善試合でフル代表デビュー。ドイツワールドカップのメンバーにも選出されるが、同じポジションのニコ・クラニチャールも選出されたため、グループリーグの日本戦とオーストラリア戦に途中出場したのみに終わった。
監督がスラヴェン・ビリッチに交代すると、それまでより1列下がったポジションを任され、代表のレギュラーに定着。ニコ・クラニチャールとの共存にも成功する。ワールドカップ後最初の試合となった、世界王者のイタリアとの親善試合で代表初得点を記録。EURO2008予選で全試合に出場し、アウェーでのイングランド戦ではドリブルで数々のチャンスを作り出しクロアチアの本戦出場に貢献するとともに、イングランドを予選敗退に追い込んだ[10]。
EURO2008ではグループリーグ初戦の開催国オーストリア戦でPKにより決勝点を記録[46]。グループリーグ第2戦のドイツ戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選ばれる活躍で金星に貢献。準々決勝のトルコ戦では延長後半14分にイヴァン・クラスニッチの先制点をアシストしたものの直後に同点とされ、PK戦では最初のキッカーとして失敗し、チームはベスト8で敗退した[47]。しかし「EURO2008最大の収穫」と評される活躍により、自身はUEFA選定大会優秀選手に選ばれた[48]。
UEFA EURO 2012予選では全ての試合に出場し、本大会出場権を獲得する。グループリーグ初戦のアイルランド戦では勝利するも、第2戦イタリア戦で引き分け、最終戦であるスペイン戦で敗れた。その結果、イタリアと勝ち点1差でグループリーグ敗退となった。2年後のワールドカップにおいても、開幕戦でブラジルに敗れるなど1勝2敗となり、グループリーグ突破はならなかった。
EURO2016では、初戦となるトルコ戦でボレーシュートを決め、スペイン戦ではセルヒオ・ラモスのキックの癖をダニエル・スバシッチに伝えPK阻止に導くなど[49]グループステージ突破に貢献。しかし、決勝トーナメントでは延長の末ポルトガルに敗れた。大会終了後に代表を引退したダリヨ・スルナに代わって、2016年以降はクロアチア代表のキャプテンに就任した[50]。
2017年10月6日、2018年W杯予選のフィンランド戦にて代表100試合出場を達成した。
2018年W杯本戦では、グループリーグ初戦ナイジェリア戦、2戦目のアルゼンチン戦と2試合連続で得点を奪うなど勝利に貢献し、2試合連続でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。決勝トーナメント第1戦となるデンマーク戦では1-1で迎えた延長線終盤にアンテ・レビッチへのスルーパスからPKを獲得するも、カスパー・シュマイケルに阻まれた。その後のPK戦では3人目のキッカーを務めると、ゴール正面へのシュートを決めて成功させた[51]。出場した7試合中3試合でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなどクロアチア代表を牽引し、代表を史上最高位となる準優勝に導くとともに大会最優秀選手にも選ばれた。
UEFAネーションズリーグ第1回大会となる2018-19シーズンでも引き続きキャプテンを務めた。初戦のスペイン戦では6-0と敗戦を喫すると、4戦で1勝2敗1分でリーグBに降格となった。
人物[編集]
プレースタイル[編集]
攻撃的MFとして年代別代表でプレーしていたが、20代半ばよりボランチとして新境地を開拓。高いボールテクニックを持ち両足で精度の高いボールコントロールが可能で、長短織り交ぜたパスでボールを散らしたりFWへの楔のパスなど鮮やかなキックを持つほか、オフ・ザ・ボールの動きも良い[13]。高いパス成功率もさることながら運ぶドリブルにも優れ、ボールを確実に前に動かしてチームに有利な状況を生み出す中盤の羅針盤の役割を果たす[52][53][54]。
小柄で線は細いが的確な読みと激しい寄せで守備にも優れる。2010-11シーズンのプレミアリーグでパス成功数とインターセプト数の両方でベスト3に入り、スペインリーグでもトップクラスのインターセプト数を記録するなど、巧さとしぶとさを兼ね備え攻守に高いレベルでプレーができる[13][29][55]。2016-17シーズン、カンプ・ノウでのエル・クラシコにおいて中盤の底のポジションで起用されたモドリッチは、守備の名手で知られるエンゴロ・カンテ以上とも称えられるプレーを披露した[56]。
HŠKズリニスキ・モスタル時代にプレミイェル・リーガ特有の激しくダーティなプレーの中で、心身の強さを培った[10]。モドリッチ自身も「ボスニアでプレーしたなら世界のどこでもプレーできる」と語っている[13]。
評価[編集]
クロアチア代表でキャプテンを務めるほか、所属年数でキャプテンが決定するレアル・マドリードにおいても腕章を巻かないものの言動やプレーで周囲を引っ張り、ガレス・ベイルやクリスティアーノ・ロナウドらスターが相手でも躊躇なく注意を喚起するなどキャプテンシーが強い。フロレンティーノ・ペレスからの信頼も厚く、同じくクロアチア代表マテオ・コヴァチッチの獲得もモドリッチによる進言から実現した[54]。
ハリー・レドナップはモドリッチを「模範的で、違うレベルのプレーヤー」と表現し[13]、そのプレーやサッカーへの真面目な姿勢、プロ意識を高く評価するなどベイルらとともに「代えの利かない売却不可能な選手」であるとしている[57][58][59]。ダレン・アンダートンはモドリッチがトッププレーヤーであり、ポール・スコールズの完璧な後継者となり得ると賞賛[60]。ライアン・ギグスもまた、スコールズの真の後継者としてモドリッチを指名した[61]。ジョン・テリーはモドリッチを「対戦するのが難しいワールドクラスのプレイヤーで、機敏な素晴らしいフィニッシャー」と賞賛した[62]。かつてNKディナモ・ザグレブやレアル・マドリードでプレーした同郷のロベルト・プロシネチキは「テクニックと判断力を兼ね備えたうえ、強い意志を持った本物のミッドフィルダー」と評している[63]。ズボニミール・ボバンはEURO 2012でのイタリア戦前に「イタリアにおけるピルロのように極めて重要な選手であり、モドリッチ抜きのクロアチアは想像できない。試合を読む力が素晴らしく、チームリーダーとしての自覚も高い」と語った[64]。
そのプレーや容姿、背番号「14」からヨハン・クライフと比較される[10][65]。憧れの選手として、母国の選手であるボバンのほかフランチェスコ・トッティの名を挙げている[66]。
個人成績[編集]
クラブ[編集]
| クラブ | シーズン | 国内リーグ | 国内カップ | リーグカップ | 欧州カップ | 通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||
| ズリニスキ・モスタル | 2003-04 | 22 | 8 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 22 | 8 | |
| インテル・ザプレシッチ | 2004-05 | 18 | 4 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 18 | 4 | |
| ディナモ・ザグレブ | 2004-05 | 7 | 0 | 1 | 0 | - | 0 | 0 | 8 | 0 | |
| 2005-06 | 32 | 8 | 1 | 0 | - | 0 | 0 | 33 | 8 | ||
| 2006-07 | 30 | 6 | 8 | 2 | - | 6 | 0 | 44 | 8 | ||
| 2007-08 | 25 | 13 | 8 | 1 | - | 10 | 3 | 43 | 17 | ||
| 通算 | 94 | 27 | 18 | 3 | - | 16 | 3 | 128 | 33 | ||
| トッテナム・ホットスパー | 2008-09 | 34 | 3 | 6 | 1 | 0 | 0 | 4 | 1 | 44 | 5 |
| 2009-10 | 25 | 3 | 7 | 0 | 0 | 0 | - | 32 | 3 | ||
| 2010-11 | 32 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 9 | 1 | 43 | 4 | |
| 2011-12 | 36 | 4 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 40 | 5 | |
| 通算 | 127 | 13 | 17 | 1 | 0 | 0 | 15 | 3 | 159 | 17 | |
| レアル・マドリード | 2012-13 | 33 | 3 | 9 | 0 | - | 11 | 1 | 53 | 4 | |
| 2013-14 | 34 | 1 | 6 | 0 | - | 11 | 1 | 51 | 2 | ||
| 2014-15 | 16 | 1 | 2 | 0 | - | 7 | 0 | 25 | 1 | ||
| 2015-16 | 32 | 2 | 0 | 0 | - | 12 | 1 | 44 | 3 | ||
| 2016-17 | 25 | 1 | 2 | 0 | - | 14 | 0 | 41 | 1 | ||
| 2017-18 | 26 | 1 | 3 | 0 | - | 14 | 1 | 43 | 2 | ||
| 通算 | 166 | 9 | 22 | 0 | 0 | 0 | 69 | 4 | 257 | 13 | |
| 総通算 | 427 | 60 | 57 | 4 | 0 | 0 | 100 | 10 | 584 | 74 | |
代表[編集]
| 年 | ワールドカップ | 欧州選手権 | その他 | 通算 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合数 | 得点数 | 試合数 | 得点数 | 試合数 | 得点数 | 試合数 | 得点数 | |
| 2006 | 2 | 0 | 4 | 1 | 6 | 1 | 12 | 2 |
| 2007 | 0 | 0 | 8 | 0 | 2 | 1 | 10 | 1 |
| 2008 | 4 | 2 | 3 | 1 | 4 | 0 | 11 | 3 |
| 2009 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 3 | 1 |
| 2010 | 0 | 0 | 3 | 0 | 5 | 0 | 8 | 0 |
| 2011 | 0 | 0 | 7 | 1 | 2 | 0 | 9 | 1 |
| 2012 | 4 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 9 | 0 |
| 2013 | 7 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 10 | 0 |
| 2014 | 3 | 0 | 4 | 2 | 4 | 0 | 11 | 2 |
| 2015 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 |
| 2016 | 2 | 0 | 3 | 1 | 3 | 0 | 8 | 1 |
| 2017 | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | 1 |
| 2018 | 7 | 2 | 0 | 0 | 8 | 0 | 15 | 2 |
| 通算 | 38 | 6 | 39 | 6 | 40 | 2 | 118 | 14 |
| # | 日時 | 場所 | 対戦相手 | スコア | 最終結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年8月16日 | 親善試合 | ||||
| 2. | 2006年10月7日 | UEFA EURO 2008予選 | ||||
| 3. | 2007年2月7日 | 親善試合 | ||||
| 4. | 2008年6月8日 | UEFA EURO 2008 | ||||
| 5. | 2008年9月6日 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||||
| 6. | 2008年10月15日 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||||
| 7. | 2009年6月6日 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||||
| 8. | 2011年9月6日 | UEFA EURO 2012予選 | ||||
| 9. | 2014年9月9日 | UEFA EURO 2016予選 | ||||
| 10. | 2014年10月13日 | UEFA EURO 2016予選 | ||||
| 11. | 2016年6月12日 | UEFA EURO 2016 | ||||
| 12. | 2017年11月9日 | 2018 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選プレーオフ | ||||
| 13. | 2018年6月17日 | 2018 FIFAワールドカップ | ||||
| 14. | 2018年6月21日 | 2018 FIFAワールドカップ |
獲得タイトル[編集]
クラブタイトル[編集]
- ディナモ・ザグレブ
- プルヴァHNL:3回 (2005-06, 2006-07, 2007-08)
- クロアチアカップ:2回 (2007, 2008)
- クロアチアスーパーカップ:1回 (2006)
- レアル・マドリード
- プリメーラ・ディビシオン:1回 (2016-17)
- コパ・デル・レイ:1回: (2013-14)
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ:2回 (2012, 2017)
- UEFAチャンピオンズリーグ:4回 (2013-14, 2015-16, 2016-17, 2017-18)
- UEFAスーパーカップ:3回 (2014, 2016, 2017)
- FIFAクラブワールドカップ:4回 (2014, 2016, 2017, 2018)
個人タイトル[編集]
- プレミイェル・リーガ最優秀選手:2003
- クロアチア年間最優秀若手選手:2004
- プルヴァHNL年間最優秀選手:2007
- クロアチア年間最優秀選手:2007, 2008, 2011, 2014, 2016, 2017, 2018
- UEFA欧州選手権大会優秀選手:2008
- トッテナム・ホットスパーFCシーズン最優秀選手:2010-11
- リーガ最優秀ミッドフィールダー:2013-14, 2015-16
- UEFAチャンピオンズリーグ チーム・オブ・ザ・シーズン:2013-14, 2015-16, 2016-17, 2017-18
- FIFA/FIFProワールドイレブン:2015, 2016, 2017, 2018
- UEFAチーム・オブ・ザ・イヤー:2016, 2017, 2018
- FIFAクラブワールドカップゴールデンボール:2017
- FIFAクラブワールドカップシルバーボール:2016
- UEFAチャンピオンズリーグ最優秀MF:2016-17, 2017-18
- FIFAワールドカップゴールデンボール:2018
- FIFAワールドカップ ドリームチーム:2018[67]
- UEFA欧州最優秀選手賞:2018
- FIFA最優秀選手賞:2018
- バロンドール:2018
その他[編集]
- クロアチア年間最優秀アスリート:2018
- バルカン半島年間最優秀スポーツ選手:2018
脚注[編集]
- ^ Luca Modric: el Cruyff de los Balcanes abc.com 2012年6月7日
- ^ a b “Player Profile”. realmadrid.com. 2012年11月27日閲覧。
- ^ 勝ち試合を落とす“優勝争い初心者”、トッテナムに立ちふさがる二強の壁。NumberWeb 2012年2月2日
- ^ 「モドリッチ世代」で挑む最後のW杯。新指揮官により進化を遂げたクロアチア【ロシアW杯出場全32チーム紹介】フットボールチャンネル 2018年1月7日
- ^ 「僕らは自信に満ちている」 “クロアチア黄金世代”の主将モドリッチ、20年ぶりの快挙をめざす!サッカーダイジェスト 2018年7月1日
- ^ クロアチア・モドリッチ最優秀選手賞 ケーン得点王 - 日刊スポーツ、2018年7月16日
- ^ a b “クロアチア主将・モドリッチ 難民出身、手榴弾の中でプレーしたその生い立ちとは”. ハフィントンポスト日本版. (2018年7月11日) 2018年7月14日閲覧。
- ^ “苦しい時には必ずモドリッチがいる。旧ユーゴ内戦を乗り越えた男の本性”. Web Sportiva. 集英社 (2018年7月14日). 2018年7月14日閲覧。
- ^ a b “【ルカ・モドリッチの物語】不合格のひ弱な少年が世界最高のMFになるまで”. goal.com (2017年11月17日). 2017年11月18日閲覧。
- ^ a b c d EURO2008紙面連載「ニュースター候補生」第5回 ルカ・モドリッチ(クロアチアMF22歳)EURO2008 nikkan sports.com 2008年6月5日
- ^ http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/teams/t/tottenham_hotspur/7368463.stm
- ^ Middlesbrough 2–1 TottenhamBBC Sport 2008年8月16日
- ^ a b c d e f g h Goal.com50:ルカ・モドリッチ(27位)Goal.com 2011年8月6日
- ^ Luka Modric puts war years behind him at SpursThe Daily Telegraph 2008年12月19日
- ^ Tottenham 2–2 Spartak MoscowBBC Sport 2008年12月18日
- ^ Newcastle 2–1 TottenhamBBC Sport 2008年12月21日
- ^ 好調トッテナムに打撃、司令塔モドリッチが骨折FootballWeekly 2009年8月30日
- ^ Spurs suffer Modric injury blow.BBC Sport 2009年8月30日
- ^ Luka's back!Tottenhamhotspur.com 2009年12月8日
- ^ モドリッチ、トッテナムと6年契約FootballWeekly 2010年5月30日
- ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - トッテナム-トウェンテUEFA.com 2010年9月29日
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- ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - トッテナム-ブレーメンUEFA.com 2010年11月24日
- ^ ついにモドリッチのレアル移籍が決定! 「ここでレギュラーを取りたい」skyperfectv 2012年8月28日
- ^ モドリッチ、トッテナムのアメリカ遠征に参加せずGoal.com 2012年7月21日
- ^ ツアー不参加のモドリッチが練習復帰へ…トッテナム指揮官は罰金処分を明言soccer-king 2012年7月24日
- ^ モドリッチのマドリー移籍が確定UEFA.com 2012年8月27日
- ^ 今季レアル・マドリーのベストプレーヤーは?Goal.com 2014年5月20日
- ^ a b クロアチアMFモドリッチ、的確な読みと激しい寄せ日本経済新聞 2014年5月31日
- ^ Luka Modrić, 'Best Midfielder in the 2013-14 Liga BBVA'lfp.es 2014年10月27日
- ^ Modric is Carlo's fifth most used playerGoal.com 2013年12月12日
- ^ レアルMFモドリッチ、CL優勝祝って断髪式…ロングヘアーをバッサリサッカーキング、2014年5月26日
- ^ レアル・マドリー番記者「新監督ベニテスがもたらす3つの変化」サッカーダイジェスト 2015年6月12日
- ^ 負傷から約4カ月ぶりの復帰…モドリッチ「全ての人に感謝したい」サッカーキング、2015年3月11日
- ^ モドリッチを警戒するシメオネ監督「レアルの潜在能力を一段と高める」サッカーキング、2015年4月4日
- ^ モドリッチ、検査結果は右ひざじん帯の損傷 今季中の復帰は絶望的Goal.com 2015年4月19日
- ^ “レアル・マドリー、モドリッチとの契約延長を発表 新契約は2020年まで”Goal、2016年10月18日
- ^ “C・ロナウド、大会MVP&得点王のW受賞…柴崎がブロンズボールに”サッカーキング、2016年12月19日
- ^ “レアル・マドリーが新シーズンの背番号発表、呪われた10番はモドリッチが付けることに”Goal、2017年7月22日
- ^ “レアルの新10番となったモドリッチ「このチャンスを逃す訳にいかなかった」”サッカーキング、2017年7月27日
- ^ レアルの新10番モドリッチ、3年前の処分でバルセロナ戦出場停止にLivedoorニュース 2017年8月10日
- ^ “W杯MVPのモドリッチ、脱税認め禁固8ヶ月で合意。罰金支払いで収監は回避”. livedoor.com. (2018年9月22日) 2018年12月14日閲覧。
- ^ “「説明できないほどの感動が…」今年のバロンドールはモドリッチに決定! メッシとC・ロナウドのマッチレースに終止符”. SOCCER DIGEST Web. (2018年12月4日) 2018年12月4日閲覧。
- ^ “モドリッチ クロアチアの年間最優秀アスリートに選ばれる”. livedoor.com. (2018年12月27日) 2018年12月28日閲覧。
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- ^ Austria 0 - 1 CroatiaUEFA.com 2008年6月8日
- ^ Croatia 1 - 1 TurkeyUEFA.com 2008年6月20日
- ^ EURO2008のトップ10プレーヤー発表Livedoorスポーツ 2008年6月30日
- ^ モドリッチwowow.co.jp
- ^ モドリッチがクロアチア代表の新キャプテンに就任「非常に誇りに思う」soccer-king 2016年8月30日
- ^ あわや悲劇の主人公! 英雄モドリッチが明かした意外な新事実「ずっと朝からPKを…」サッカーダイジェスト 2018年7月2日
- ^ イニエスタも敵わないテクニック!? クロアチア代表DFが思う”世界最高のMF”は「彼こそベスト」the WORLD 2017年2月8日
- ^ “CL連覇狙うレアルの本質は中盤だ。 クロース&モドリッチ、最強の2人。”. NumberWeb. (2017年6月1日) 2017年6月19日閲覧。
- ^ a b 【現地発】C・ロナウドにも臆せず叱咤! モドリッチはマドリーの「影のリーダー」だLivedoorニュース 2017年10月3日
- ^ “「守備的MF」とは名ばかり。W杯を席巻するピッチ上の監督たち”. livedoor.com. (2014年5月18日) 2018年4月15日閲覧。
- ^ “アルゼンチンの崩壊はなぜ? モドリッチこそ世界最高、“メッシ依存症”より深刻な欠陥【ロシアW杯】”. YAHOO!JAPAN ニュース. (2018年6月22日) 2018年6月24日閲覧。
- ^ レドナップ:「1億ポンドでもモドリッチは売らない」Goal.com 2011年2月21日
- ^ モドリッチ移籍話を一笑に付すレドナップGoal.com 2011年6月8日
- ^ モドリッチの態度を絶賛するレドナップ「偉大なプロだ」Goal.com 2011年7月24日
- ^ 「モドリッチはスコールズの完璧な後継者」Goal.com 2011年6月2日
- ^ ギグス氏、クロアチア代表モドリッチを「スコールズの真の後継者」に指名SANSPO.com 2016年10月21日
- ^ モドリッチの獲得を望むテリー「ワールドクラスのプレーヤー」SOCCER KING 2011年7月20日
- ^ 元R・マドリードのプロシネチキ氏「モドリッチはX・アロンソの将来的な後継者」SOCCER KING 2012年8月28日
- ^ 【ニュース】元クロアチア代表ボバン氏「我々にとってのモドリッチはイタリアにとってのピルロだ」wowow.com 2012年6月14日
- ^ 背番号ストーリー クライフやモドリッチはなぜ「14番」を背負ったのか⁉YAHOO!JAPAN ニュース 2018年9月24日
- ^ モドリッチ:世界で一番のクラブに入団出来たことは誇りrealmadrid.com 2012年8月28日
- ^ “FIFA World Cup Fan Dream Team”. FIFA.com. 2018年7月23日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- realmadrid.jp - 公式ウェブサイト (日本語)
- ルカ・モドリッチ - UEFA主催大会成績
- ルカ・モドリッチ – FIFA主催大会成績 (アーカイブ)
- ルカ・モドリッチ - Soccerbase
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- クロアチアのサッカー選手
- サッカークロアチア代表選手
- NKディナモ・ザグレブの選手
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- NKインテル・ザプレシッチの選手
- トッテナム・ホットスパーFCの選手
- レアル・マドリードの選手
- FIFAワールドカップクロアチア代表選手
- 2006 FIFAワールドカップ出場選手
- 2014 FIFAワールドカップ出場選手
- 2018 FIFAワールドカップ出場選手
- UEFA EURO 2008出場選手
- UEFA EURO 2012出場選手
- UEFA EURO 2016出場選手
- FIFAクラブワールドカップ2016出場選手
- FIFAクラブワールドカップ2017出場選手
- FIFAセンチュリークラブ
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- ザダル出身の人物
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