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サッカーウルグアイ代表

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サッカーウルグアイ代表
国または地域 ウルグアイの旗 ウルグアイ
協会 ウルグアイサッカー協会
FIFAコード URU
愛称 La Celeste (空色)
Los Orientales (東方人)
Los Charrúas (先住民チャルーア族に由来する、頑強で不屈な魂)
監督 ウルグアイの旗 ディエゴ・フォルラン
キャプテン フェデリコ・バルベルデ
最多出場選手 ディエゴ・ゴディン(161試合)
最多得点選手 ルイス・スアレス(69得点)
ホームスタジアム エスタディオ・センテナリオ
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 ウルグアイ 0-6  アルゼンチン
モンテビデオ, 1902年7月20日)
最大差勝利試合
 ウルグアイ 9-0  ボリビア
リマ, 1927年11月6日)
最大差敗戦試合
 ウルグアイ 0-6  アルゼンチン
モンテビデオ, 1902年7月20日)
FIFAワールドカップ
出場回数 15回(初出場は1930
最高成績 優勝 (1930, 1950)
コパ・アメリカ
出場回数 46回
最高成績 優勝15回 (1916, 1917, 1920, 1923, 1924, 1926, 1935, 1942, 1956, 1959, 1967, 1983, 1987, 1995, 2011)

サッカーウルグアイ代表(サッカーウルグアイだいひょう、西: Selección nacional de fútbol de Uruguay)は、ウルグアイサッカー協会(AUF)によって構成される、ウルグアイサッカーナショナルチームである。

愛称は、代表チームのユニフォームカラーから「セレステ」など。ホームスタジアムは、首都モンテビデオにあるエスタディオ・センテナリオ

歴史

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前史

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第1回FIFAワールドカップ大会で優勝したウルグアイ代表

ウルグアイ代表による最初の試合は1901年5月16日のアルゼンチン戦であったが、この試合はウルグアイサッカー協会が主催したものではなく、ウルグアイ最古のクラブチームであるアルビオンFCが主催したもので公式戦とはみなされていない。この試合ではウルグアイ側は9人がアルビオンから、残りがナシオナル・モンテビデオの選手が召集された。ウルグアイ代表が初めて公式戦を行ったとされる試合は、1902年7月20日に行われたアルゼンチン戦だった。ウルグアイは約8,000人の観客の前で0-6で敗れた[1][2]

20世紀前半において世界屈指の強豪国として君臨し、1924年1928年オリンピックで連覇。ワールドカップでは1930年に憲法発布100周年を記念し開催された地元での第1回大会、1950年のブラジル大会で優勝。コパ・アメリカではブラジルを抑えてアルゼンチンに次ぐ15回の優勝を誇る。

1970年代以降はワールドカップでは度々南米予選で敗退するようになり、国際タイトルからも1995年のコパ・アメリカを最後に遠ざかるなど長きに渡り低迷していた。一方で、選手個人では欧州トップリーグで活躍する選手を多く輩出していたため、「古豪」と紹介されることが多かった。

2010年代

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2010年のワールドカップ南アフリカ大会でも、予選では大陸間プレーオフで出場権を手にするなど苦戦したが、本大会ではディエゴ・フォルランルイス・スアレスエディンソン・カバーニらの活躍もあり、開催国南アフリカも含むグループAを2勝1分かつ無失点で突破し、決勝トーナメントでは韓国ガーナを下すも準決勝でオランダに2-3で競り負けて決勝進出はならず、さらに3位決定戦でもドイツに2-3で競り負け4位に終わったが、下馬評を覆して40年ぶりのベスト4入りを果たす。フォルランは、ウルグアイ代表初の大会得点王とMVPに輝いた。古豪の復活をたたえ、帰国後の凱旋パレードではおよそ50万人の国民が出迎えた。

2011年の南米ユース選手権(U-20の大会)では準優勝し、2011 FIFA U-20ワールドカップへの出場権を得ると同時に、1928年に優勝した以来84年ぶり(18大会ぶり)にオリンピック本大会へ出場[注釈 1]2012年ロンドンオリンピックのサッカー競技も参照)。さらに同年のコパ・アメリカ2011ではグループリーグを2位通過すると準々決勝でアルゼンチンを下し、決勝でもパラグアイに3-0で勝利。6大会ぶり15度目の優勝を果たし、強豪国としての地位を取り戻しつつある[3][4][5]

2014年ブラジルW杯イングランド戦のウルグアイサポーター

2014年のワールドカップブラジル大会では前回同様予選では苦戦し、2002年の日韓大会から4大会連続で大陸間プレーオフに回るも[注釈 2]ヨルダンを下して本大会出場権を獲得。GLではイタリアイングランドといった強豪国を下しグループ2位で突破したが、決勝トーナメント1回戦でハメス・ロドリゲスらを擁する同じ南米コロンビアに敗れた。

オーストリアとの親善試合(2017年)

2018年のワールドカップロシア大会では、南米予選第17節の時点で2位(最低5位で大陸間プレーオフ確定)につけていたがチリ(第17節終了時点で3位)、コロンビア(第17節終了時点で4位)、ペルー(第17節終了時点で5位)、アルゼンチン(第17節終了時点で6位)、パラグアイ(第17節終了時点で7位)と本大会出場を争う混戦となっていた。最終節でボリビアを逆転で下して予選2位をキープし、本大会出場を果たした[6]。本大会では開催国ロシアのほか、サウジアラビアエジプトと同じグループAに入り、3勝0敗で首位通過及び唯一無失点のまま決勝トーナメント進出を決めた。決勝トーナメント1回戦ではポルトガルと対戦しカバーニの2ゴールで2-1で勝利したものの、カバーニがポルトガル戦途中で左足脹脛を負傷して退場、準々決勝ではそのカバーニを怪我で欠いたこともあり、フランスに0-2で敗れ2010年大会以来となる準決勝進出を逃した。

2020年代

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2021年から2022年にかけて開催された2022 FIFAワールドカップ予選では、第14節のボリビア代表戦で0-3と完敗した後に15年以上代表を率いていたオスカル・タバレス監督を解任し、ディエゴ・アロンソを新監督に据えた。その結果、就任後の3試合で全勝したことで、残り1節を残してワールドカップ本大会出場を確定させた[7]。前任者のタバレスはA代表だけでなく、ユース世代の代表強化にも力を入れた。タバレスの就任以降、将来有望な若手選手には必ずU-20世代別代表を通してからA代表へと招集するようになった[8]

14回目のW杯となったカタール大会では、ポルトガル韓国、そして2010年の南アフリカ大会でスアレスのハンドが影響してウルグアイに敗れたガーナと同じグループHに組み分けされた。本大会ではスアレスの他、カバーニやゴディンといったベテランとヌニェスバルベルデペリストリら若手をバランス良く招集[9]。初戦の韓国戦ではお互い攻撃的な展開となったが、2度のポストに嫌われるなど決め手を欠いて得点を奪えず0-0のスコアレスドローで勝ち点を分け合った[10]。続くポルトガル戦ではブルーノ・フェルナンデスに2得点を挙げられ0-2で敗れた[11]。2試合無得点未勝利のグループ最下位で迎えたガーナ戦では、GKのセルヒオ・ロシェがPKストップを含むファインセーブを連発。攻撃面でもジョルジアン・デ・アラスカエタが2ゴールを決めて4大会連続でグループステージを突破するかと思われた。しかし、同時開催していたポルトガル代表と韓国代表の試合で韓国が試合終盤に逆転勝利したことで、状況が一変。韓国に対して勝ち点と得失点差で並ぶも総得点が「2」少なかったことにより、ガーナに2-0で勝利したが、3位でのグループステージ敗退が決まった[12][13]。アロンソはカタール大会後に監督を退任したが後継が決まらぬまま2023年3月24日の日本代表戦を迎えたため、同試合はU-20代表監督のマルセロ・ブロリが代行で務めることとなった[14]

15回目のW杯となった北中米大会は初戦でサウジアラビアと対戦した。前半41分にアブドゥレラー・アル=アムリに先制点を奪われ、80分にマクシミリアーノ・アラウホが同点ゴールを決めて追いつくも逆転できず引き分けとなった。第2戦は今回が初のW杯となるカーボベルデと対戦した。前半21分にケヴィン・ビナ英語版に先制点を奪われてW杯初得点を献上するも、終了間際に立て続けに2点を奪って一時は逆転するも61分に同点に追いつかれ勝ち越しゴールは生まれず2試合連続の引き分けに。勝利しないと敗退が決まる最終戦は南アフリカ大会優勝のスペインというW杯優勝経験国同士の対戦となった。前半42分にアレックス・バエナに先制点を奪われるも、後半はスペイン陣内に押し込む時間が増えて同点ゴールを目指していく。だが最後まで同点に追いつくことはできずそのまま0-1で逃げ切られ3位でグループステージ敗退。初代W杯優勝国が史上初めて2大会連続でグループステージ敗退という惨憺たる結果となった。また、W杯で1勝もできずに敗退したのは日韓大会以来実に24年ぶりの出来事であった[15]

ユニフォームとロゴ

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ホーム用ユニフォームには突き抜けるような空色が伝統的に使用されており、これが代表の愛称「セレステ」(スペイン語で空色の意)の由来となっている[16]。アウェイ用のメインカラーは主に白であるが、赤・もしくはオレンジをメインカラーとして使用されることもある。ロゴ上には4つの星が付けられているが、これは2度のワールドカップ制覇とW杯開催前の2度のオリンピック制覇を合わせて記している。

A代表の成績

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 赤枠 は自国開催

FIFAワールドカップ

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開催国 / 年 成績
ウルグアイの旗 1930優勝4400153 +12
イタリア王国の旗 1934不参加
フランスの旗 1938
ブラジルの旗 1950優勝4310155 +10
スイスの旗 19544位5302169 +7
スウェーデンの旗 1958予選敗退
チリの旗 1962グループリーグ敗退310246 -2
イングランドの旗 1966ベスト8412125 -3
メキシコの旗 19704位621345 -1
西ドイツの旗 1974グループリーグ敗退301216 -5
アルゼンチンの旗 1978予選敗退
スペインの旗 1982
メキシコの旗 1986ベスト16402228 -6
イタリアの旗 1990411225 -3
アメリカ合衆国の旗 1994予選敗退
フランスの旗 1998
日本の旗大韓民国の旗 2002グループリーグ敗退302145 -1
ドイツの旗 2006予選敗退
南アフリカ共和国の旗 20104位7322118 +3
ブラジルの旗 2014ベスト16420246 -2
ロシアの旗 2018ベスト8540173 +4
カタールの旗 2022グループリーグ敗退3111220
カナダの旗アメリカ合衆国の旗メキシコの旗 2026302134-1
モロッコの旗ポルトガルの旗スペインの旗アルゼンチンの旗ウルグアイの旗パラグアイの旗 2030出場決定
合計出場15回/優勝2回622515229280 +12

FIFAコンフェデレーションズカップ

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コパ・アメリカ

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サッカー南米選手権/コパ・アメリカ
開催国 / 年 成績
アルゼンチンの旗 1916優勝321061
ウルグアイの旗 1917330090
ブラジルの旗 1919準優勝321074
チリの旗 1920優勝321092
アルゼンチンの旗 19213位310234
ブラジルの旗 1922421131
ウルグアイの旗 1923優勝330061
ウルグアイの旗 1924321081
アルゼンチンの旗 1925不参加
チリの旗 1926優勝4400172
ペルーの旗 1927準優勝3201153
アルゼンチンの旗 19293位310246
ペルーの旗 1935優勝330061
アルゼンチンの旗 19373位52031114
ペルーの旗 19392位4301135
チリの旗 19414301101
ウルグアイの旗 1942優勝6600212
チリの旗 19454位6303146
アルゼンチンの旗 19465203119
エクアドルの旗 19473位7502218
ブラジルの旗 19496位72141420
ペルーの旗 19533位6312156
チリの旗 19554位52121212
ウルグアイの旗 1956優勝541093
ペルーの旗 19573位64021512
アルゼンチンの旗 19595位62041514
エクアドルの旗 1959優勝4310131
ボリビアの旗 1963不参加
ウルグアイの旗 1967優勝5410132
19754位210113
1979グループリーグ敗退412155
1983優勝8521126
アルゼンチンの旗 1987220020
ブラジルの旗 1989準優勝7403113
チリの旗 1991グループリーグ敗退413043
エクアドルの旗 1993ベスト8412155
ウルグアイの旗 1995優勝6420114
ボリビアの旗 1997ベスト8310222
パラグアイの旗 1999準優勝612349
コロンビアの旗 20014位622277
ペルーの旗 20043位63211210
ベネズエラの旗 20074位622289
アルゼンチンの旗 2011優勝633093
チリの旗 2015ベスト8411223
アメリカ合衆国の旗 2016グループリーグ敗退310244
ブラジルの旗 2019ベスト8422072
ブラジルの旗 2021ベスト8522142
アメリカ合衆国の旗 20243位6321114
合計出場46回/優勝15回2111154056421225

パンアメリカン競技大会

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
アルゼンチンの旗 1951不参加
メキシコの旗 1955
アメリカ合衆国の旗 1959
ブラジルの旗 19634位410346
カナダの旗 1967不参加
コロンビアの旗 1971
メキシコの旗 1975グループリーグ敗退201112
プエルトリコの旗 1979不参加
ベネズエラの旗 1983優勝440051
アメリカ合衆国の旗 1987不参加
キューバの旗 1991
アルゼンチンの旗 1995
カナダの旗 1999グループリーグ敗退401329
ドミニカ共和国の旗 2003不参加
ブラジルの旗 2007
メキシコの旗 20113位521268
カナダの旗 2015優勝540182
合計6/1724113102628

世代別代表の成績

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オリンピック

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FIFA U-20ワールドカップ

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
チュニジアの旗 19774位531165
日本の旗 19793位6411103
オーストラリアの旗 1981ベスト8430162
メキシコの旗 1983421175
ソビエト連邦の旗 1985予選敗退
チリの旗 1987
サウジアラビアの旗 1989
ポルトガルの旗 1991グループリーグ敗退301207
オーストラリアの旗 1993ベスト8421165
カタールの旗 1995予選敗退
マレーシアの旗 1997準優勝7421146
ナイジェリアの旗 19994位722378
アルゼンチンの旗 2001予選敗退
アラブ首長国連邦の旗 2003
オランダの旗 2005
カナダの旗 2007ベスト16411246
エジプトの旗 2009421175
コロンビアの旗 2011グループリーグ敗退302112
トルコの旗 2013準優勝7421103
ニュージーランドの旗 2015ベスト16412133
大韓民国の旗 20174位734073
合計14/21693121178863

歴代監督

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現招集メンバー

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No. Pos. 選手名 生年月日(年齢) 出場数 ゴール 在籍クラブ
2 DF ホセ・ヒメネス (1995-01-20) 1995年1月20日(31歳) 58 8 スペインの旗 アトレティコ・マドリード
18 DF セバスティアン・コアテス (1990-10-07) 1990年10月7日(35歳) 39 1 ポルトガルの旗 スポルティングCP
17 DF ディエゴ・ラクサール (1993-02-07) 1993年2月7日(33歳) 24 0 イタリアの旗 インテル・ミラン
DF ガストン・シルバ (1994-03-05) 1994年3月5日(32歳) 19 0 アルゼンチンの旗 CAインデペンディエンテ
DF マティアス・ビーニャ (1997-11-09) 1997年11月9日(28歳) 6 0 ブラジルの旗 パルメイラス
DF ロナルド・アラウホ (1999-03-07) 1999年3月7日(27歳) 0 0 スペインの旗 バルセロナB
15 MF マティアス・ベシーノ (1991-08-24) 1991年8月24日(34歳) 41 3 イタリアの旗 インテル
MF ナイタン・ナンデス (1995-12-28) 1995年12月28日(30歳) 31 0 イタリアの旗 カリアリ
6 MF ロドリゴ・ベンタンクール (1997-06-25) 1997年6月25日(29歳) 29 0 イングランドの旗 トッテナム
10 MF ジョルジアン・デ・アラスカエタ (1994-06-01) 1994年6月1日(32歳) 25 3 ブラジルの旗 フラメンゴ
15 MF フェデリコ・バルベルデ (1998-07-22) 1998年7月22日(28歳) 20 2 スペインの旗 レアル・マドリード
MF ガストン・ペレイロ (1995-06-11) 1995年6月11日(31歳) 10 4 イタリアの旗 カリアリ
MF ブリアン・ロサノ英語版 (1994-02-23) 1994年2月23日(32歳) 8 0 メキシコの旗 サントス・ラグナ
MF ブリアン・ロドリゲス (2000-05-20) 2000年5月20日(26歳) 6 3 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス
MF マウロ・アランバリ (1995-09-30) 1995年9月30日(30歳) 0 0 スペインの旗 ヘタフェ
MF ディエゴ・ニコラス (1997-06-01) 1997年6月1日(29歳) 0 0 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート
FW ホナタン・ロドリゲス (1993-07-06) 1993年7月6日(33歳) 20 3 メキシコの旗 クルス・アスル
FW ダルウィン・ヌニェス (1999-06-24) 1999年6月24日(27歳) 1 1 スペインの旗 アルメリア

歴代選手

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W杯の大会メンバー

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主な代表選手

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歴代記録

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出場数ランキング

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2026年6月26日現在
  水色は現役代表選手
順位名前出場得点期間
1ディエゴ・ゴディン16182005-2022
2ルイス・スアレス143692007-2024
3フェルナンド・ムスレラ13702009-2026
4エディンソン・カバーニ136582008-2022
5マクシ・ペレイラ12532005-2018
6マルティン・カセレス11642007-2022
7ディエゴ・フォルラン112362002-2014
8クリスティアン・ロドリゲス110112003-2018
9ホセ・マリア・ヒメネス9982013-
10ディエゴ・ルガーノ9592003-2014

得点数ランキング

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2026年6月26日現在
  水色は現役代表選手
順位名前得点出場期間
1ルイス・スアレス691432007-2024
2エディンソン・カバーニ581362008-2022
3ディエゴ・フォルラン361122002-2014
4エクトル・スカローネ31511917-1930
5アンヘル・ロマーノ28691913-1927
6オスカル・ミゲス27391950-1958
7セバスティアン・アブレウ26701996-2012
8ペドロ・ペトローン24281923-1930
9カルロス・アルベルト・アギレラ22641982-1997
フェルナンド・モレナ531971-1983

エピソード

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脚注

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注釈

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  1. 1936年ベルリン大会および、1976年モントリオール大会においても南米予選を突破していたものの、出場を辞退した。RSSSFによる記録 ベルリン大会予選モントリオール大会予選
  2. 2006年のワールドカップドイツ大会南米予選では5位に終わり、大陸間プレーオフでオーストラリアと対戦、お互いホームでの1-0勝利、2戦合計で1-1のため、PK戦での決着となったが2-4で敗れ本大会出場を逃した。

出典

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  1. "Historia del Fútbol Uruguayo" at Deportes en Uruguay”. 2021年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月1日閲覧。
  2. Historias, curiosidades y estadísticas de la Selección, tras sus "primeros" 900 partidos Archived 16 April 2021 at the Wayback Machine., El Gráfico, 4 July 2012
  3. 決勝へ向けひとつの形が完成したウルグアイ -スポーツナビ: 2011年7月21日
  4. 23年前の記憶を呼び覚ますファイナルの舞台 -スポーツナビ: 2011年7月26日
  5. ウルグアイ、南米を制した偉大なチームの可能性 -スポーツナビ: 2011年7月29日
  6. アルゼンチンが逆転突破、ウルグアイらも本戦へ…チリは敗退/W杯南米予選サッカーキング 2017年10月11日
  7. Chizuru de Garcia (2022年3月29日). ウルグアイとバルベルデの変貌。W杯“大逆転”出場を実現させたアロンソのアイディア、タバレスのレガシー”. footballista. 2022年4月3日閲覧。
  8. Chizuru de Garcia (2022年8月2日). ファクンド・ペリストリ(ウルグアイ):「とにかく恥知らずなプレーをする」リケルメ&フォルラン絶賛の“真珠”【W杯注目の新星⑥】”. footballista. 2022年8月3日閲覧。
  9. Se confirmó la lista de convocados para la Copa Mundial de Catar 2022 (スペイン語). AUF (2022年11月10日). 2022年11月12日閲覧。
  10. 2度ポストに救われた韓国代表、W杯ドロー発進。ウルグアイ代表と0-0で勝ち点1奪取”. Goal.com (2022年11月24日). 2022年12月3日閲覧。
  11. 「C・ロナウドの得点と思ったから、そのように喜んだ」B・フェルナンデスが得点者で混乱生んだ先制点に言及”. Goal.com (2022年11月29日). 2022年12月3日閲覧。
  12. 韓国代表、後半ATの劇的弾でポルトガルに大金星! 勝ち点&得失点で並んだウルグアイを総得点数で上回る、3大会ぶり決勝Tへ”. Goal.com (2022年12月3日). 2022年12月3日閲覧。
  13. ウルグアイ代表FWスアレスがW杯敗退後に判定などへの不満爆発「FIFAはいつも僕たちに反対している」”. Goal.com (2022年12月3日). 2023年6月10日閲覧。
  14. “ウルグアイ代表暫定監督は日本代表の躍進に驚き「年を追うごとに飛躍的な成長」”. サンケイスポーツ. 2023年3月23日. 2023年3月24日閲覧.
  15. 「無価値」――スペインに敗れW杯夢絶たれた後、マルセロ・ビエルサがウルグアイ代表監督としての自身を痛烈批判”. Goal.com (2026年6月27日). 2026年7月7日閲覧。
  16. <5分で分かるウルグアイ代表>前線は世界屈指の破壊力、充実のタレントで復権を果たした古豪 soccer king 2013年8月12日
  17. takabu (2015年10月10日). “【アニメ漫画キャラの魅力】プライド高き日系人ストライカー!ジャパニーズボンバー「火野竜馬」の魅力とは?”. キャラペディア. 2022年1月11日閲覧.
  18. “キャプテン翼 海外激闘編 IN CALCIO 日いづる国のジョカトーレ”. マンガペディア. 2020年5月24日時点のオリジナルよりアーカイブ.

関連項目

[編集]

外部リンク

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