サッカーアンドラ代表

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サッカーアンドラ代表
国または地域 アンドラの旗 アンドラ
協会 アンドラサッカー連盟
監督 アンドラの旗 コルド・アルバレス・デ・エウラーテ
最多出場選手 オスカル・ソネジー(95試合)
最多得点選手 イルデフォンス・リマ(7得点)
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 アンドラ 1-6 エストニア 
(1996年11月13日)
最大差勝利試合
 アンドラ 2-0 ベラルーシ 
(2000年4月26日)

 アンドラ 2-0 アルバニア 
(2002年4月17日)
最大差敗戦試合
 アンドラ 1-8 チェコ 
(2005年6月4日)

 アンドラ 0-7 クロアチア 
(2006年10月7日)
FIFAワールドカップ
出場回数 0回
UEFA欧州選手権
出場回数 0回

サッカーアンドラ代表カタルーニャ語: Selecció de futbol d'Andorra)は、アンドラサッカー連盟(Federació Andorrana de Futbol)によって編成されるアンドラ公国サッカーのナショナルチームである。

ジブラルタル(人口2.8万人、面積6.5km2)、サンマリノ(人口3.0万人、面積61km2)、リヒテンシュタイン(人口3.4万人、面積160km2)、フェロー諸島(人口4.8万人、面積1400km2)に続いて、欧州サッカー連盟(UEFA)加盟国(または地域)の中で5番目に小さな国である[1]

アンドラは独立国家としての歴史が浅く、人口(7万人)や面積(467km2)の観点からも人材は限られている。また、国家の周囲をピレネー山脈に囲まれていて平地が少ないために施設の整備が進んでいない。アンドラン・プリメーラ・ディビシオのレベルは低く、隣国スペインのリーガ・エスパニョーラに参加するFCアンドラなどのクラブもある。また、代表選手の多くはスペインでプレーしており、テルセーラ・ディビシオン(4部相当)以下のクラブに所属していることが多い。代表選手の多くがアマチュア選手である。

歴史[編集]

1990年代[編集]

代表発足とFIFA/UEFA加盟

アンドラ代表としての初試合は1982年だが、1994年にアンドラサッカー協会が設立され[2]、1995年に国内リーグが発足した。1996年に国際サッカー連盟(FIFA)および欧州サッカー連盟(UEFA)に加盟[2][3][4]。初の国際試合は1996年のエストニアとの親善試合であるが、この試合には1-6で大敗した[5]

UEFA EURO 2000予選

FIFAによって承認された初めての試合は、1998年9月5日のUEFA EURO 2000予選アルメニア戦であり、この試合でヘスス・ルセンドが公式戦初得点を挙げた。同予選で初めて国際大会の予選に参加し、それ以来UEFA欧州選手権予選やFIFAワールドカップ予選に出場し続けている。1999年にスペインから迎えられたダビド・ロドリゴ監督は在任中に一貫して4-5-1システムを用い、若い人材の育成と土台の強化に努めた[4]。同予選は10戦全敗に終わったが[6]、特にアウェーでは苦戦し、どの試合でも3失点以上を喫した[6]。予選を通じての得点は3点であり、このうちの2点はPKによるものであった[6]。また、2点はアウェーで記録した[6]。28失点を喫し[6]ロシアとのアウェーゲームでは1-6の大敗を喫した[6]

2000年代[編集]

2002 FIFAワールドカップ・予選

初めて参加したFIFAワールドカップ予選は2002 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選であり、キプロス、エストニア、アイルランド共和国オランダポルトガルと同組となった[7]。初戦のエストニア戦を0-1で落とし、キプロスにも2-3で敗れたが、FIFAワールドカップ予選における初得点を挙げた[7]。アウェーでのエストニア戦には1-2で敗れ[7]、全敗で日程を終了した。アウェーでの得点はアイルランド戦(1-3)での1点のみであり[7]、スペイン・リェイダの中立地で行われたポルトガル戦では同予選最悪の6点差(1-7)での敗北を喫した[7]。10試合で勝ち点をひとつも得られず、36失点を喫した[7]

UEFA EURO 2004予選

UEFA EURO 2004予選ではアウェーでのブルガリア戦(1-2)で唯一の得点を挙げた[8]。0-3で敗れたブルガリア戦・クロアチア戦・ベルギー戦、0-2で敗れたエストニア戦(ホーム&アウェー)・クロアチア戦、0-1で敗れたベルギー戦と、以前より僅差での敗戦が多くなったが[8]、全ての試合に敗れて勝ち点0に終わった。

2006 FIFAワールドカップ・予選

2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選では(あくまでもアンドラ基準で)好成績を残した。2004年10月13日に行われたマケドニア戦では、スペインのセグンダ・ディビシオン(2部)のクラブでプレーするマルク・ベルナウスがロングスローからボレーシュートを決め、1-0で公式戦初勝利を挙げた。アンドラ・ラ・ベリャで行われたこの試合の観客はわずか200人であった[9]。この試合後、敵将のドラガン・カナトラロヴスキ監督は辞任し、「恥ずべき結果であり、屈辱だ」と試合を振り返った[10]。アウェーでのマケドニア戦とホームでのフィンランド戦をスコアレスドローで終え[11]、勝ち点を5(1勝2分9敗)とした[4]。同予選はアンドラが勝ち点を挙げた唯一の国際大会である[12]

UEFA EURO 2008予選

UEFA EURO 2008予選ではロシアやイングランドなどと同じ組に入ったが、最終戦のロシア戦に0-1で敗れたことにより、ロシアはイングランドを上回ってUEFA EURO 2008本大会出場を決めた[12]。同予選最大得点差での敗戦はホームでのクロアチア戦(0-7)であり、アンドラ代表のUEFA主催大会での最大得点差での敗戦にもなった[13]。予選12試合で2得点42失点に終わり、得失点差マイナス40は公式大会の予選に置いてアンドラ代表最悪の数字となった[12]

2010 FIFAワールドカップ・予選

2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選は10戦全敗に終わった[14]。3得点39失点の成績で、アウェーでのイングランド戦(0-6)にはグループ内最大の点差で敗れた[14]。2010年2月にロドリゴ監督がアンドラサッカー協会の強化部長に退き、代表元キャプテンのコルド・アルバレス・デ・エウラーテが新監督に就任した[4]

2010年代[編集]

UEFA EURO 2012予選

UEFA EURO 2012予選も2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選と似たような結果に終わった。全10試合に敗れ、1得点25失点の成績だった。しかし、スロバキア戦にはホーム&アウェーともに0-1と善戦し、アイルランドからは1点を奪った[15]

2014 FIFAワールドカップ・予選

2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ではオランダ、トルコ、ハンガリー、ルーマニア、エストニアと同組となったが、10戦全敗で勝ち点0、無得点30失点に終わった。ホームでのハンガリー戦、アウェーでのトルコ戦には0-5で敗れたが、アンドラに大勝したハンガリーはグループ首位のオランダに1-8で敗れている。この予選で無得点に終わった国はアンドラのみだが、得失点差のワースト記録はグループHのサンマリノ(得失点差53、1得点54失点)に譲った。もっとも多くの観客を集めたのはオランダ戦とルーマニア戦(1,100人)だが、エストニア戦の観客数は723人にとどまり、エストニア戦はこのヨーロッパ予選全体の最低観客数となった。

UEFA EURO 2016予選

UEFA EURO 2016予選は、ベルギー、ウェールズ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、キプロス、イスラエルと同じグループBに入った。2014年9月9日、初戦のウェールズ戦でPKにより先制したが、後半2得点を奪われ逆転負けとなった。同年10月13日、第3戦のイスラエル戦でも前半PKで同点に追いついたが、結局1-4で敗れた。その後キプロス、ベルギー相手にも1点ずつを記録したが、10試合であげた4得点のうちPKが3得点(すべてイルデフォンス・リマが得点)、相手のオウンゴールが1得点という内容で、10戦全敗の最下位で予選敗退となった。

2018 FIFAワールドカップ・予選

2018 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選はアンドラサッカーにとって歴史的な結果をもたらした。2017年6月9日UEFA EURO 2016でベスト16にまで進出したハンガリーを1-0で撃破。実に代表戦では86試合ぶり、FIFAワールドカップ予選では2006年大会ヨーロッパ予選(2004年10月13日のマケドニア戦)以来の勝利を収めた。試合終了の瞬間、選手たち喜びを爆発させ、涙を流し崩れおちる者もいた。だがグループBでの10試合で勝利はこの1試合だけ、通算では1勝1分け8敗の最下位に終わった。

評価[編集]

アンドラに敗れたり、苦戦した国は、サポーターなどから強い批判にさらされることがある。2007年3月にイングランドとアンドラが対戦した際には、イングランドが3-0で勝利したにもかかわらず、イングランドのスティーヴ・マクラーレン監督は自国サポーターからブーイングを受けた。マクラーレン監督は試合後の会見での質問をわずか2分で打ち切り、「記者諸君、君らは書きたいことを何でも書くことができる。私は言うのはこれだけだからだ。ご清聴ありがとう」[16]と述べて席を立った。2011年9月には、FIFAランキングで最下位(タイ)の203位まで落ち込んだ[17][18]。FIFAおよびUEFAに加盟した1996年から2011年までのFIFAランキングの平均は163位である[18]

スタジアム[編集]

アンドラ代表のホームスタジアムであるエスタディ・コムナル・ダンドラ・ラ・ベリャ

アンドラ代表はホームゲームをサン・ジュリアー・ダ・ロリア教区エスタディ・コムナル・ダンドラ・ラ・ベリャで行う。FCアンドラUEサン・ジュリアFCランヘルスFCサンタ・コロマFCルシタノスのホームスタジアムでもあるコムナル・ダンドラ・ラ・ベリャは1,800人を収容する[19]。アンドラ代表はアンドラ国外でホームゲームを行うこともある。例えば、UEFA EURO 2000予選UEFA EURO 2008予選2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選におけるイングランド戦やフランス戦などは多数の観客が見込まれたため、1997年から2009年までRCDエスパニョールがホームスタジアムとしていた、スペイン・バルセロナにあるエスタディ・オリンピック・リュイス・コンパニスを使用した[20][21]

成績[編集]

FIFAワールドカップの成績[編集]

FIFAワールドカップ FIFAワールドカップ・予選
開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
大韓民国の旗 日本の旗 2002 予選敗退 10 0 0 10 5 36
ドイツの旗 2006 12 1 2 9 4 34
南アフリカ共和国の旗 2010 10 0 0 10 3 39
ブラジルの旗 2014 10 0 0 10 0 30
ロシアの旗 2018 10 1 1 8 2 23
合計 0/21 52 2 3 47 14 162

UEFA欧州選手権の成績[編集]

UEFA欧州選手権 UEFA欧州選手権・予選
開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
ベルギーの旗 オランダの旗 2000 予選敗退 10 0 0 10 3 28
ポルトガルの旗 2004 8 0 0 8 1 18
オーストリアの旗 スイスの旗 2008 12 0 0 12 2 42
ポーランドの旗 ウクライナの旗 2012 10 0 0 10 1 25
フランスの旗 2016 10 0 0 10 4 36
合計 0/15 50 0 0 50 11 149

記録[編集]

得点一覧[編集]

アンドラ代表が国際大会(の予選)で得点することは稀であるため、以下に全得点を示す。2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選では無得点に終わった。

# 大会 日付 相手 得点者 最終結果
1 UEFA EURO 2000予選 1998年9月5日 アルメニアの旗 アルメニア ヘスス・ルセンド 1–3
2 1999年3月31日 ロシアの旗 ロシア エミリアーノ・ゴンサレス 1–6
3 1999年9月8日 ロシアの旗 ロシア フスト・ルイス 1–2
4 2002 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 2000年9月2日 キプロスの旗 キプロス エミリアーノ・ゴンサレス 2–3 (注1)
5 イルデフォンス・リマ
6 2000年10月7日 エストニアの旗 エストニア フスト・ルイス 1–2
7 2001年4月25日 アイルランドの旗 アイルランド共和国 イルデフォンス・リマ 1–3
8 2001年9月1日 ポルトガルの旗 ポルトガル ロベルト・アロンソ 1–7
9 UEFA EURO 2004予選 2002年10月16日 ブルガリアの旗 ブルガリア アントニ・リマ 1–2
10 2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 2004年9月8日 ルーマニアの旗 ルーマニア マルク・プジョル 1–5
11 2004年10月13日 マケドニア共和国の旗 マケドニア共和国 マルク・ベルナウス 1–0 (注2)
12 2005年3月26日 アルメニアの旗 アルメニア フェルナンド・シルバ 1–2
13 2005年6月4日 チェコの旗 チェコ ガブリエル・リエラ 1–8
14 UEFA EURO 2008予選 2006年9月6日 イスラエルの旗 イスラエル フリ・フェルナンデス 1–4
15 2007年8月22日 エストニアの旗 エストニア フェルナンド・シルバ 1–2
16 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 2008年9月10日 ベラルーシの旗 ベラルーシ マルク・プジョル 1–3
17 2009年6月6日 ベラルーシの旗 ベラルーシ イルデフォンス・リマ 1–5
18 2009年9月9日 カザフスタンの旗 カザフスタン オスカル・ソネジー 1–3
19 UEFA EURO 2012予選 2010年9月7日 アイルランドの旗 アイルランド共和国 クリスティアン・マルティネス 1–3
20 UEFA EURO 2016予選 2014年9月9日 ウェールズの旗 ウェールズ イルデフォンス・リマ 1–2
21 2014年10月13日 イスラエルの旗 イスラエル イルデフォンス・リマ 1–4
22 2015年6月12日 キプロスの旗 キプロス O・G 1–3
23 2015年10月10日 ベルギーの旗 ベルギー イルデフォンス・リマ 1–4
  • (注1) 2000年のキプロス戦はアンドラ代表が1試合で複数得点を挙げた唯一の試合である。
  • (注2) 2004年のマケドニア共和国戦はアンドラ代表が国際大会で勝利した唯一の試合である。

国別対戦成績[編集]

2012年10月16日時点
相手 試合数 勝利 引分 敗北 得点 失点 点差 勝率
 アルバニア 3 1 0 2 2 4 −2 33.33%
 アルメニア 8 0 1 7 2 21 −19 0%
 アゼルバイジャン 4 0 3 1 1 2 −1 0%
 ベルギー 2 0 0 2 0 4 −4 0%
 ベラルーシ 4 1 0 3 4 11 −7 25%
 ブラジル 1 0 0 3 0 3 −3 0%
 ブルガリア 2 0 0 2 1 5 −4 0%
 中国 1 0 1 0 0 0 0 0%
 クロアチア 6 0 0 6 0 24 −24 0%
 キプロス 3 0 0 3 2 9 −7 0%
 チェコ 2 0 0 2 1 12 −11 0%
 イングランド 4 0 0 4 0 16 −16 0%
 エストニア 10 0 0 10 5 24 −19 0%
 フェロー諸島 1 0 1 0 0 0 0 0%
 フィンランド 2 0 1 1 0 3 −3 0%
 フランス 3 0 0 3 0 7 −7 0%
 ガボン 1 0 0 1 0 2 −2 0%
 ハンガリー 1 0 0 1 0 5 −5 0%
 アイスランド 4 0 0 4 0 12 −12 0%
 イスラエル 2 0 0 2 1 6 −5 0%
 カザフスタン 2 0 0 2 1 6 −5 0%
 ラトビア 3 0 0 3 1 9 −8 0%
 リトアニア 2 0 0 2 1 7 −6 0%
 マケドニア 6 1 1 4 1 9 −8 17%
 マルタ 2 0 2 0 2 2 0 0%
 モルドバ 1 0 0 1 1 2 −1 0%
 オランダ 5 0 0 5 0 19 −19 0%
 ポーランド 1 0 0 1 0 4 −4 0%
 ポルトガル 3 0 0 3 1 14 −13 0%
 アイルランド 4 0 0 4 2 11 −9 0%
 ルーマニア 3 0 0 3 1 11 −10 0%
 ロシア 5 0 0 5 1 15 −14 0%
 スロバキア 2 0 0 2 0 2 −2 0%
 スペイン 1 0 0 1 0 4 −4 0%
 ウクライナ 4 0 0 4 0 17 −17 0%
通算 108 3 10 95 31 302 −271 2.78%

FIFAランキングの推移[編集]

FIFAランキングは過去48ヶ月間の国際Aマッチを対象とする。1993年、1999年、2006年7月に算出方法が改定されている。各年12月のランキングとポイントを掲載している[22]

1991年 1992年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年
187位(0pt) 185位(1pt) 171位(7pt) 145位(180pt) 145位(243pt)
2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年
140位(274pt) 137位(303pt) 147位(294pt) 138位(336pt) 125位(356pt) 164位(76pt) 175位(57pt) 194位(20pt) 202位(3pt) 202位(2pt)
2011年 2012年 2013年
206位(0pt) 204位(11pt)

歴代監督[編集]

マヌエル・ミルイールはアンドラ代表の初代監督であり、UEFA EURO 2000予選の最初の3試合を指揮した。1999年にミルイールが退任し、後任にダビド・ロドリゴ監督が就任。3月27日にホームで行われた同予選・アイスランド戦(0-2)が初采配試合となった。2006年9月に行われたイスラエル戦において、ロドリゴ監督はイスラエル代表のキャプテンであるヨッシ・ベナユンに対して「殺人国家」(nation of killers)という表現を用いてベナユンを脅迫したとして、多くの人々の怒りを買った[23]。ロドリゴ監督は2010年まで約11年に渡ってアンドラ代表を指揮し、2010年2月にコルド・アルバレス・デ・エウラーテが後任監督に就任した[24]

歴代選手[編集]

2006年1月、アンドラサッカー協会はUEFAジュビリーアウォーズ(過去50年の国内最高選手)にコルド・アルバレス・デ・エウラーテ(1998年-2009年、GK)を選出した[25]。2009年6月にロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われた2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選イングランド戦で、ロスタイムにコルドが途中交代した際にはイングランドのサポーターからスタンディングオベーションが贈られた[26]。観客たちはさらなる失点を防いだコルドを称賛し、彼はイングランド戦後にアンドラ代表から引退した[26]イルデフォンス・リマはアンドラ代表で3得点以上を挙げている唯一の選手である[27]。106試合に出場しているオスカル・ソネジーが歴代最多出場記録を保持しており、リマ(103試合)がソネジーに続いている。

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

歴代記録[編集]

2016年11月13日現在

通算出場数ランキング[編集]

順位 選手 出場 得点 期間
1 オスカル・ソネジー 106 4 1997-2015
2 イルデフォンス・リマ 103 10 1997-
3 ジョゼップ・アジャラ 83 1 2002-
4 マノロ・ヒメネス 79 1 1998-2012
5 コルド・アルバレス・デ・エウラーテ 78 0 1998-2009
6 マルク・プジョル 72 2 2000-
7 マルシオ・ビエイラ 71 0 2005-
チェマ・ガルシア 71 0 1997-2009
9 フリ・サンチェス 67 1 1996-
フスト・ルイス 67 2 1998-2008

通算得点数ランキング[編集]

順位 選手 出場 得点 期間
1 イルデフォンス・リマ 103 10 1997-
2 オスカル・ソネジー 106 4 1997-2015
3 エミリアーノ・ゴンサレス 37 3 1998-2003
ヘスス・ルセンド 29 3 1996-2003
5 マルク・プジョル 72 2 2000-
フスト・ルイス 67 2 1998-2008
フェルナンド・シルバ 51 2 2002-2013

脚注[編集]

  1. ^ James Appell (2010年9月8日). “It´s raining… apples?”. The Football Ramble. 2011年7月21日閲覧。
  2. ^ a b Association information – Andorra”. FIFA. 2011年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月20日閲覧。
  3. ^ The Association – Andorra”. UEFA. 2011年7月20日閲覧。
  4. ^ a b c d footballista、ソルメディア、2010年10月20日号、29頁
  5. ^ Andorra – List of International Matches 1996–2002”. RSSSF. 2011年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月21日閲覧。
  6. ^ a b c d e f European Championship 2000”. RSSSF. 2011年7月21日閲覧。
  7. ^ a b c d e f World Cup 2002 qualifications”. RSSSF. 2010年7月21日閲覧。
  8. ^ a b European Championship 2004”. RSSSF. 2010年6月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月21日閲覧。
  9. ^ “Soccer: Andorra scores its first World Cup victory”. The New York Times. (2004年10月14日). http://www.nytimes.com/2004/10/13/sports/13iht-soccer.html 2011年10月1日閲覧。 
  10. ^ “Macedonia's coach offers resignation”. Associated Press (Sports Illustrated). (2004年10月14日). http://sportsillustrated.cnn.com/2004/soccer/10/14/macedonia.ap/ 2011年10月1日閲覧。 
  11. ^ World Cup 2006 qualifications”. RSSSF. 2010年7月21日閲覧。
  12. ^ a b c European Championship 2008”. RSSSF. 2010年7月21日閲覧。
  13. ^ General info – Andorra”. UEFA. 2011年7月20日閲覧。
  14. ^ a b World Cup 2010 qualifications”. RSSSF. 2010年7月21日閲覧。
  15. ^ Euro 2012 qualifying tables”. BBC. 2011年7月21日閲覧。
  16. ^ “McClaren appeals to England fans”. BBC Sport. (2007年3月29日). http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/internationals/6498347.stm 2011年7月21日閲覧。 
  17. ^ FIFA current ranking”. FIFA.com. 2012年11月1日閲覧。
  18. ^ a b FIFA Rankings – Andorra”. FIFA. 2011年7月20日閲覧。
  19. ^ Estadi Comunal d Aixovall”. Football-Lineups.com. 2011年7月21日閲覧。
  20. ^ European Championship 2008 detailed information”. RSSSF. 2010年7月21日閲覧。
  21. ^ World Cup 2010 qualifications detailed information”. RSSSF. 2010年7月21日閲覧。
  22. ^ アンドラ代表 FIFAランキング詳細FIFA RANKING.net
  23. ^ Ynetnews (英語)
  24. ^ Álvarez assumes Andorra mantle”. UEFA.com (2010年2月2日). 2011年10月4日閲覧。
  25. ^ The UEFA Jubilee 52 Golden Players”. rsssf (2006年12月21日). 2011年10月4日閲覧。
  26. ^ a b Griffiths, Frank (2009年6月10日). “Andorra loses 6–0 to England but prevents ridicule”. Usatoday.Com. 2010年11月8日閲覧。
  27. ^ Andorra – Record International Players”. RSSSF. 2011年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月21日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]