コルド・アルバレス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はアルバレス・デ・エウラテ第二姓(母方の)はグエルギです。
コルド・アルバレス Football pictogram.svg
Andorra national football team - Koldo (001).jpg
名前
本名 Jesús Luís Alvárez de Eulate Güergue
ラテン文字 Jesús Luís Alvárez de Eulate
基本情報
国籍 アンドラの旗 アンドラ
生年月日 (1970-09-04) 1970年9月4日(48歳)
出身地 スペインの旗 スペイン
アラバ県ビトリア=ガステイス
選手情報
ポジション GK
代表歴
1998-2009 アンドラの旗 アンドラ 79 (0)
監督歴
2010- アンドラの旗 アンドラ
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

コルド(Koldo)ことヘスス・ルイス・アルバレス・デ・エウラテ・グエルギJesús Luís Alvárez de Eulate Güergue, 1970年9月4日 - )は、スペインビトリア出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。選手時代はアンドラ代表として79試合に出場し、2010年よりアンドラ代表の監督を務めている。ポジションはGK

経歴[編集]

スペインのアラバ県ビトリアに生まれ、1989年にCDアウレラ・デ・ビトリアからデビューした。1991年1月にアトレティコ・マドリードの下部組織に移ったが、アトレティコ・マドリードBでさえ出場機会を得るのに苦労した。1990-91シーズンのコパ・デル・レイ決勝・RCDマヨルカ戦では、アベル・レシーノの負傷のためにトップチームのベンチに入った。その後は下部リーグのCDトレドUDサラマンカに在籍したが、2番手か3番手のキーパーにすぎなかった。1994年、アンドラに本拠地を置きながらスペインのリーガ・エスパニョーラに加盟しているFCアンドラに移籍すると、2006-07シーズンを除く14シーズンもプレーし、2009年に現役引退した。

1996年に初の国際試合を経験したアンドラ代表には、1998年6月3日のブラジル戦(0-3)でデビューした。2003年11月、欧州サッカー連盟(UEFA)が主催してアンドラサッカー連盟が選出したUEFAジュビリーアウォーズ(過去50年で最も優秀なアンドラ人選手)に選ばれた[1][2]。2009年6月10日に行われた2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選イングランド戦が代表でのラストゲームとなった。この試合ではマン・オブ・ザ・マッチ級の活躍を見せ、ロスタイムにベンチに退いた際には、対戦相手のサポーターからもスタンディング・オベーションを贈られた[3]。イングランド戦が79試合目となり、この間に3勝を挙げている。

所属クラブ[編集]

選手
指導者

個人成績[編集]

代表での年別出場試合数[4]


アンドラ代表国際Aマッチ
出場得点
1998 8 0
1999 8 0
2000 8 0
2001 3 0
2002 6 0
2003 7 0
2004 7 0
2005 8 0
2006 5 0
2007 10 0
2008 5 0
2009 4 0
通算 79 0

脚注[編集]

  1. ^ [1][リンク切れ]
  2. ^ Jubilee Awards RSSSF
  3. ^ Griffiths, Frank (2009年6月10日). “Andorra loses 6-0 to England but prevents ridicule”. USA Today. 2013年1月1日閲覧。
  4. ^ Player - Koldo Álvarez”. 2011年8月24日閲覧。

外部リンク[編集]