セスク・ファブレガス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はファブレガス第二姓(母方の)はソレールです。
セスク・ファブレガス Football pictogram.svg
Cesc Fabregas vs Maccabi Tel-Aviv, Sep 2015.jpg
チェルシーでのセスク (2015年)
名前
本名 フランセスク・ファブレガス・ソレール
Francesc Fàbregas Soler
愛称 セスク、エル・アルキテクト
ラテン文字 CESC Fabregas
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1987-05-04) 1987年5月4日(29歳)
出身地 カタルーニャ州の旗 カタルーニャ州バルセロナ県
アレニズ・ダ・マール英語版
身長 180cm[1]
体重 75kg[1]
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 チェルシーFC
ポジション MF (CMF) / FW
背番号 4
利き足 右足
ユース
1995-1997 スペインの旗 マタロー英語版
1997-2003 スペインの旗 バルセロナ
2003 イングランドの旗 アーセナル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2011 イングランドの旗 アーセナル 212 (35)
2011-2014 スペインの旗 バルセロナ 96 (28)
2014- イングランドの旗 チェルシー 71 (8)
代表歴2
2002-2003 スペインの旗 スペイン U-16 8 (0)
2003-2004 スペインの旗 スペイン U-17 14 (7)
2005 スペインの旗 スペイン U-20 5 (0)
2004-2005 スペインの旗 スペイン U-21 12 (8)
2006- スペインの旗 スペイン 110 (15)
2004- カタルーニャ州の旗 カタルーニャ 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年5月31日現在。
2. 2016年6月27日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

セスク・ファブレガス (Cesc Fàbregas) ことフランセスク・ファブレガス・ソレール(Francesc Fàbregas Soler, 1987年5月4日 - )は、スペインカタルーニャ州アレニズ・ダ・マールカタロニア語版出身のサッカー選手プレミアリーグチェルシーFC所属。スペイン代表。ポジションはミッドフィールダーフォワード。愛称は「セスク (Cesc) 」。

経歴[編集]

クラブ[編集]

バルセロナ[編集]

FCバルセロナカンテラで育つ。ここでリオネル・メッシジェラール・ピケらと共にプレーした。2003年U-17世界選手権にU-17スペイン代表の一員として出場し準優勝を果たす。自身も5ゴールを挙げて得点王に輝くと共に、大会最優秀選手に選出された。FCバルセロナでも才能は認められていたものの、トップチームにはシャビイニエスタなどの同ポジションの選手がいたため、大会後間もなく才能に惚れ込んだアーセン・ヴェンゲル率いるアーセナルがスペイン、イングランドの労働法の隙間やFCバルセロナの会長選という期間を狙って無料で獲得。しかし、その後裁判所からFCバルセロナへの85万7000ユーロ(約1億2000万円=当時)の支払い命令が下る。

アーセナル[編集]

アーセナルでキャプテンとしてプレーするセスク

パトリック・ヴィエラの放出に伴いチームの舵取りを委ねられた2005-2006シーズンには、シーズン当初は経験不足を感じさせるプレーも多かったものの、シーズンが深まるにつれて調子を上げ、それにつれチームも波に乗っていった。UEFAチャンピオンズリーグユヴェントス戦ではゲームを支配し、自ら先制点を奪う活躍を見せてチームの勝利を演出。前任者ヴィエラの眼前でその穴を埋めたことを見事に示してみせた。

2006-2007シーズンより、ヴィエラが背負っていた背番号4を受け継ぐことになった。シーズンオフより移籍の噂が絶えなかったが、新たにアーセナルと8年契約を結んだ。また2007年1月に発表された「2006年UEFA.comユーザーが選ぶベストイレブン」に、唯一10代で選ばれた。また、同シーズンはプレミアリーグでアシストランキング1位となった。

2008年11月29日FCディナモ・キエフ戦からはウィリアム・ギャラスに代わってキャプテンを任されている。アーセナルではトニー・アダムスに次ぐクラブ史上2番目の若さとなるキャプテン就任となった。

バルセロナ[編集]

2011年8月15日、ユース時代に所属していたFCバルセロナへ5年契約で移籍。移籍金は最大3900万ユーロ(約43億円)といわれる。背番号はアーセナル時代から愛着のある4。開幕から、本来のポジションとは違うセンターフォワードを任されながらも、3試合連続ゴール。しかし、10月初めの練習中に負傷。3週間の離脱を余儀なくされた[2]。しかし、復帰後も離脱前と変わらない活躍を見せる。12月10日のレアル・マドリードとのクラシコでは、素早いカウンターからダニエウ・アウベスのピンポイントクロスをダイビングヘッドで押し込み、試合を決定づける3点目を決めた。12月18日に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ決勝でも混戦の中からこぼれ球を押しこみ3点目をマークしている。この時、カメラに向かって指を7本立てるパフォーマンスを披露し、準決勝のアル・サッド戦で左足脛骨を骨折し戦線離脱したチームメイトのダビド・ビジャ(背番号7)にゴールを捧げた。

チェルシー[編集]

2014年6月13日に古巣アーセナルのライバルであるチェルシーFCへの移籍が発表された。背番号はアーセナル、バルセロナ時代に続き4番となった。開幕戦からボランチとしてレギュラーに定着すると、ともにリーグ最多の18アシスト、2236本のパス成功を記録[3]。移籍初年度からプレミアリーグの優勝を飾った

代表[編集]

2006年3月1日バリャドリードで行われたコートジボワール戦でスペイン代表デビュー。1アシストを記録した。代表デビュー以降、リオネル・メッシ2005年FIFAワールドユース選手権準々決勝で対戦)と同い年のティーンエイジャーという話題性も手伝って、「超新星」などと称してマスメディアに取り上げられ、2006年ワールドカップドイツ大会にも出場を果たした。また、EURO2008でのスペイン代表では10番を背負い、その中盤はシャビアンドレス・イニエスタダビド・シルバらと共に「クアトロ・フゴーネス(4人の創造者たち)」と称された。

EURO2008本大会グループステージ1戦目のロシア戦で、代表初ゴール。シャビやマルコス・セナの控えとして臨んだ大会であったが、スーパーサブとして活躍。準々決勝のイタリア戦のPK戦では5人目のキッカーを務め、「15歳の時からまともにPKを蹴ったことがない(本人談)」にも関わらず、イタリアのGKジャンルイジ・ブッフォンの動きを読み、落ち着いて沈め、スペインの勝利を決めた。準決勝のロシア戦では、セルヒオ・ラモスからのグラウンダーのパスを、柔らかいタッチでふわりと浮かせ、前方へ走り込むダニエル・グイサの胸にピタリと合わせ、華麗なゴールを演出。更に、左サイドに大きく空いたスペースでイニエスタからの絶妙なパスを受けると、相手守備陣が戻り切れていないゴール前に走り込むシルバへ低い弾道の正確なセンタリングを送り、これをシルバが落ち着いてゴール左隅に決めた。これら2アシストを含む4アシスト(大会最多)を記録するなど、スペインの優勝に貢献した。

2010年のワールドカップでもスーパーサブとして臨み、主に膠着状態を打破するために途中出場した。決勝戦のオランダ戦では80分から投入され、延長後半のイニエスタの決勝点をアシストするなど活躍した。優勝後、「自分が成長し、ここまで到達できたのは、正しい道に導いてくれたアーセナルの関係者のおかげです」とヴェンゲルに伝えている[要出典]

2015年10月12日のUEFA EURO 2016予選ウクライナ戦で代表通算100試合出場を達成した[4]

エピソード[編集]

バルセロナ入団セレモニーでのセスク
  • マイケル・ジャクソンのファンである[5]
  • 利き足は右足だが、利き手左手である。
  • バルセロナのカンテラで同期だったジェラール・ピケカルレス・プジョルとは仲がいい。また、シャビは彼を「未来型フットボーラーのプロトタイプ」と表現している。
  • ユニホームに「セスク」ではなく「ファブレガス」とネームを入れた理由について、プレミアリーグでは姓を入れる規定があったことを挙げている。[要出典]また、スペイン代表では当初の「セスク」から「ファブレガス」に変更した後、チームはユーロ20082010 FIFAワールドカップを制覇している。このことから本人は「本当はセスクの名でユニホームを作りたかったけど、ファブレガスの方が運を運んでくれるのなら、この名前でより多くのタイトルを獲得したい」と語っている。
  • 2013年4月10日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝のパリ・サンジェルマンFCとの試合中に、第一子となる女児が生まれた[6]
  • 2014年9月23日に実母が第三子となる女児を出産、セスクにとって27歳年下の妹が誕生した[7]
  • スペイン代表ではこれまで試合中に4回PKを蹴っているが、4回全てで失敗している[4]。4度のPK失敗は14回中5回失敗したダビド・ビジャに次ぎ、スペイン代表史上2番目の記録である。ただし先述のEURO 2008の準々決勝イタリア戦、EURO 2012の準決勝ポルトガル戦でのPK戦ではそれぞれ成功させている。

個人成績[編集]

2015-2016シーズン終了時点
シーズン クラブ 背番号 リーグ カップ戦[8] UEFA シーズン合計
試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト
2003-04 アーセナル 57 0 0 0 3 1 0 0 0 0 3 1 0
2004-05 15 33 2 4 8 0 1 5 1 0 46 3 5
2005-06 15 35 3 5 2 1 0 13 1 2 50 5 7
2006-07 4 38 2 13 6 0 2 10 2 1 54 4 16
2007-08 4 32 7 20 3 0 1 10 6 2 45 13 23
2008-09 4 22 3 11 1 0 0 10 0 5 33 3 16
2009-10 4 27 15 15 1 0 1 8 4 3 36 19 19
2010-11 4 25 3 14 6 3 1 5 3 2 36 9 17
プレミアリーグ通算 212 35 82 30 5 6 61 17 15 303 57 103
2011-12 FCバルセロナ 4 28 9 10 8 3 7 9 1 3 45 13 20
2012-13 4 32 11 14 7 2 1 8 1 0 47 14 15
2013-14 4 36 8 19 8 4 2 9 1 1 53 13 22
リーガ・エスパニョーラ通算 96 28 43 23 9 10 26 3 4 145 40 57
2014-15 チェルシーFC 4 34 3 19 5 0 1 8 2 4 47 5 24
2015-16 4 37 5 7 5 0 1 7 1 1 49 6 9
プレミアリーグ通算 71 8 26 10 0 2 15 3 5 96 11 33
通算 379 81 151 63 14 18 102 23 24 544 108 193

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 105試合 15得点(2006年- )


スペイン代表 国際Aマッチ
出場 得点
2006 14 0
2007 8 0
2008 15 1
2009 10 4
2010 10 1
2011 4 2
2012 13 3
2013 11 2
2014 8 0
2015 8 1
2016 4 1
通算 105 15

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

スペインでのEURO2008優勝パレードの様子。
イングランドの旗 アーセナルFC
スペインの旗 FCバルセロナ
イングランドの旗 チェルシーFC

代表[編集]

スペインの旗 スペイン代表

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Fitxa Web Oficial de Cesc Fàbregas
  2. ^ http://www.asahi.com/sports/fb/world/goal/GOC201110010087.html
  3. ^ 今季プレミアでアシスト王のセスク、パス成功本数も断トツでトップに”. サッカーキング (2015年5月27日). 2015年6月1日閲覧。
  4. ^ a b スペイン代表100試合出場のセスク、通算4本のPKを全て失敗する”. サッカーキング (2015年10月13日). 2015年10月13日閲覧。
  5. ^ footballista 2009/5/27号
  6. ^ セスク、PSG戦中に長女誕生で二重の喜び…バルサは今季7人目の子供”. サッカーキング (2013年4月11日). 2013年4月12日閲覧。
  7. ^ スペイン代表のセスクに「27歳差」の妹が誕生…母親が第三子を出産”. サッカーキング (2014年9月25日). 2014年9月25日閲覧。
  8. ^ FAカップカーリングカップコミュニティーシールド

関連項目[編集]

外部リンク[編集]