アントニオ・アダン

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はアダン第二姓(母方の)はガリードです。
アントニオ・アダン Football pictogram.svg
Antonioadan2.jpg
名前
本名 アントニオ・アダン・ガリード
Antonio Adán Garrido
ラテン文字 Antonio ADAN
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1987-05-13) 1987年5月13日(29歳)
出身地 マドリード州の旗 マドリード州マドリード県マドリード
身長 190cm
体重 90kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・ベティス
ポジション GK
背番号 13
利き足 左足
ユース
1997-2004 スペインの旗 レアル・マドリード
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2006 スペインの旗 レアル・マドリードC 51 (0)
2006-2010 スペインの旗 レアル・マドリードB 84 (0)
2010-2013 スペインの旗 レアル・マドリード 7 (0)
2013-2014 イタリアの旗 カリアリ・カルチョ 2 (0)
2014- スペインの旗 レアル・ベティス 93 (0)
代表歴2
2002 スペインの旗 スペイン U-16 5 (0)
2002-2005 スペインの旗 スペイン U-17 19 (0)
2006 スペインの旗 スペイン U-19 8 (0)
2007 スペインの旗 スペイン U-20 6 (0)
2007 スペインの旗 スペイン U-21 2 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年9月2日現在。
2. 2016年6月19日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アントニオ・アダン・ガリード(Antonio Adán Garrido, 1987年5月13日 - )は、スペインマドリード出身のサッカー選手プリメーラ・ディビシオンレアル・ベティス所属。

経歴[編集]

クラブ[編集]

レアル・マドリードの下部組織出身。2006-07シーズンからレアル・マドリード・カスティージャに昇格。3シーズンを過ごし、チームキャプテンも務めた。

2009-10シーズンは夏の移籍市場でジョルディ・コディーナヘタフェCFへ移籍したことにともない、イケル・カシージャスイェジー・ドゥデクに次ぐトップチームの第3GKに昇格した。グループリーグ突破が決まっていた2010年12月8日UEFAチャンピオンズリーグAJオセール戦にて負傷したドゥデクに代わって後半から途中出場しトップチームデビュー。

翌2010-11シーズンはドゥデクの引退を受けて第2GKに昇格。2011年2月13日RCDエスパニョールで試合開始直後にレッドカードを受けたカシージャスに代わってゴールを守り、プリメーラ・ディビシオン初出場。無失点に抑え、1-0の勝利に貢献した[1]

2012年12月22日マラガCF戦ではジョゼ・モウリーニョ監督のいう「戦術的理由」により、カシージャスに代わって先発出場の機会が与えられたが、3失点を喫しチームも敗れた。試合後、この起用は議論の的になった。2013年1月6日レアル・ソシエダ戦でも先発したが、前半9分に決定機を阻止してPKを献上し、レッドカードで退場となった[2]その後、カシージャスは左手骨折のため離脱するが代役としてセビージャFCよりディエゴ・ロペス・ロドリゲスが加入すると彼が正GKに収まり、出場機会はなかった。

9月2日、マドリーとの契約を解消、11月19日セリエAカリアリ・カルチョに加入した[3]。正GKのミカエル・アガッツィが右太腿の負傷により離脱中だったため、代役として期待されていたが、その間ゴールマウスを守った第2GKのブラダ・アブラモフから定位置を奪えず、わずか2試合の出場に終わった。

2014年1月27日、カリアリとの契約を解消、レアル・ベティスに加入した[4]

代表[編集]

これまでにユース世代のスペイン代表を経験。2006年夏に開催されたUEFA U-19欧州選手権ではキャプテンとして優勝に貢献。2006年10月にUEFA U-21欧州選手権プレーオフイタリア戦を戦うスペインU-21代表に初招集され、翌2007年2月のイングランドとの親善試合でU-21代表でデビューしフル出場した。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

スペインの旗 レアル・マドリード

代表[編集]

スペインの旗 U-19スペイン代表

脚注[編集]

外部リンク[編集]