ディエゴ・ロペス・ロドリゲス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロペス第二姓(母方の)はロドリゲスです。
ディエゴ・ロペス Football pictogram.svg
Diego López real madrid.JPG
レアル・マドリード時代のロペス (2013年)
名前
本名 ディエゴ・ロペス・ロドリゲス
Diego López Rodríguez
ラテン文字 Diego López
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1981-11-03) 1981年11月3日(35歳)
出身地 ガリシア州の旗ガリシア州 ルーゴ県
パラデーラ
身長 196cm
体重 88kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 RCDエスパニョール
ポジション GK
背番号 13
利き足 右足
ユース
1994-1999 スペインの旗 ルーゴ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2000 スペインの旗 ルーゴ 2 (0)
2000-2003 スペインの旗 レアル・マドリードC 41 (0)
2001-2002 スペインの旗 アルコルコン 0 (3)
2003-2005 スペインの旗 レアル・マドリードB 33 (0)
2005-2007 スペインの旗 レアル・マドリード 2 (0)
2007-2012 スペインの旗 ビジャレアル 171 (0)
2012-2013 スペインの旗 セビージャ 8 (0)
2013-2014 スペインの旗 レアル・マドリード 52 (0)
2014- イタリアの旗 ミラン 36 (0)
2016- スペインの旗 エスパニョール 0 (0)
代表歴2
2009 スペインの旗 スペイン 1 (0)
2005 ガリシア州の旗 ガリシア代表 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年9月4日現在。
2. 2016年5月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ディエゴ・ロペス・ロドリゲス(Diego López Rodríguez, 1981年11月3日 - )は、スペインガリシア州ルーゴ県パラデーラ出身のサッカー選手。元スペイン代表である。ポジションはゴールキーパー。現在はリーガ・エスパニョーラRCDエスパニョール所属。

クラブ経歴[編集]

レアル・マドリード[編集]

レアル・マドリードカンテラ出身。2005-06シーズンにデビューし、2試合(99分)に出場した。UEFAチャンピオンズリーググループリーグのオリンピアコスFC戦に出場したが、リバウドなどに得点を許し、1-2で敗れた。この試合はファン・ラモン・ロペス・カロ監督が初めて指揮した試合だった。スペイン代表の正GKでもあるイケル・カシージャスの存在もあり、レアル・マドリードでの試合出場は限られたものだった。2006-07シーズンは控えGKとしてリーガ・エスパニョーラ優勝を果たしたが、自身の出場はゼロに終わった。UEFAチャンピオンズリーグではグループリーグのディナモ・キエフ戦に出場した。

ビジャレアル[編集]

出場機会を求め、2007年夏に移籍金600万ユーロでビジャレアルCFへ移籍。シーズン序盤こそセバスティアン・ビエラの控えという扱いだったが、シーズン中盤に出場機会を得るとそのままレギュラーを奪取。20試合に出場し、後半戦のリーグ最小失点に貢献した。同シーズンのUEFAカップでは決勝トーナメント1回戦でFCゼニト・サンクトペテルブルクと対戦したが、1stレグで飛び出しのミスからパヴェル・ポグレブニャクの得点を許し、これが敗退につながった。

2008-09シーズンのUEFAチャンピオンズリーグではグループリーグ5試合と決勝トーナメント4試合に出場し、マンチェスター・ユナイテッドFCとの2試合を無失点に抑えるなど安定した守備を見せた。グループリーグ最終節ではクリスティアーノ・ロナウドのフリーキック、ウェイン・ルーニーのボレーシュート、アンデルソンの2本のシュートなどをことごとくセーブした。準々決勝のアーセナルFC戦の2ndレグではセオ・ウォルコットにチップキックで頭上を抜かれる先制点を喫するなど、3失点して敗退した。なお、グループリーグのオールボーBK戦でもトーマス・エネボールセンにチップキックでの得点を許している。リーグ戦では38試合すべてにフル出場した。よく2009-10シーズンでもリーグ戦38試合すべてにフル出場したが、チームの不振もあって失点数を前年度の54失点(1試合平均1.42)から57失点(1試合平均1.50)に増やした。2010-11シーズンもリーグ戦全試合に出場し安定した守りでチームのCL出場権獲得に貢献。これにより3季連続で全38試合フル出場を果たした。

2011-12シーズンは第2節のセビージャFC戦で退場処分となり、第3節のグラナダCF戦に出場できなかったためリーグ戦での連続出場が121試合で途切れた。その後はレギュラーに復帰したが、勝ちきれない試合が多く14季ぶりにセグンダ・ディビジョン(2部)へ降格した。

セビージャ[編集]

ビジャレアルの降格に伴い、2012年5月22日セビージャFCに移籍した。セビージャでは正GKとして期待されたが、ベテランのアンドレス・パロップとの併用が多かった。

レアル・マドリード復帰[編集]

2013年1月25日イケル・カシージャスの長期離脱を受け、急遽古巣レアル・マドリードと4年半契約を結び6年ぶりに復帰した。3月5日UEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦の2ndレグでは、怪我のカシージャスに代わりマンチェスター・ユナイテッドFC戦で先発出場。セルヒオ・ラモスのオウンゴールで先制点を献上するものの、その後は好守を連発して敵地オールド・トラッフォードで2-1の逆転勝利に貢献した。この試合を受けてマンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督は、「あの試合ではD・ロペスが違いを生み出し、レアル・マドリードを救った」と評価している[1]

その後、当時の監督であったジョゼ・モウリーニョとカシージャスの確執の影響もあり、カシージャスが負傷から復帰してもポジションを明け渡す事はなくリーグ戦閉幕までその座をキープした。

2013年夏にカルロ・アンチェロッティが監督に就任すると、ロペスとカシージャスをローテーションで起用する方針を明らかにした[2]。ロペスはリーグ戦でゴールマウスを守り、36試合に出場した。

ミラン[編集]

2014年8月13日セリエAACミランへ移籍[3]。2014-15シーズンには正GKとしてプレーしたが、2015年10月25日USサッスオーロ・カルチョ戦で当時16歳であったジャンルイジ・ドンナルンマが先発出場を果たすと[4]、そのままポジションを奪われ出場機会を失った。

2016年8月31日RCDエスパニョールへレンタル移籍した[5]

代表[編集]

2009年3月28日トルコ戦でスペイン代表に初招集された。トルコ戦での出場機会はなかったものの、FIFAコンフェデレーションズカップのメンバーに登録された。8月13日、親善試合のマケドニア共和国戦でホセ・マヌエル・レイナに代わって後半途中から出場し、代表デビューを飾った[6]2010年5月10日2010 FIFAワールドカップに向けてのスペイン代表候補30人に選ばれたが[7]、本大会に出場する23人の登録からは外れた[8]

個人成績[編集]

クラブ シーズン リーグ カップ 国際大会 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
レアル・マドリード・カスティージャ 2003-04 6 0 - - 6 0
2004-05 35 0 - - 35 0
通算 41 0 - - 41 0
レアル・マドリード 2005-06 2 0 3 0 1 0 6 0
2006-07 0 0 4 0 1 0 5 0
通算 2 0 7 0 2 0 11 0
ビジャレアル 2007-08 20 0 0 0 0 0 20 0
2008-09 38 0 0 0 9 0 47 0
2009-10 38 0 2 0 9 0 49 0
2010-11 38 0 2 0 15 0 55 0
2011-12 37 0 0 0 8 0 45 0
通算 171 0 4 0 41 0 216 0
セビージャ 2012-13 8 0 3 0 0 0 11 0
通算 8 0 3 0 0 0 11 0
レアル・マドリード 2012-13 16 0 3 0 6 0 25 0
2013-14 36 0 0 0 1 0 37 0
通算 52 0 3 0 7 0 62 0
ACミラン 2014-15 28 0 0 0 - 28 0
2015-16 8 0 1 0 - 9 0
通算 36 0 1 0 0 0 37 0
エスパニョール 2016-17 0 0 0 0 - 0 0
通算 0 0 0 0 0 0 0 0
通算 305 0 23 0 58 0 387 0

試合数[編集]

2016年6月29日現在
代表国 出場 得点
2009  スペイン 1 0
通算 1 0

タイトル[編集]

スペインの旗 レアル・マドリード

脚注[編集]

外部リンク[編集]