ヤープ・スタム

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ヤープ・スタム Football pictogram.svg
Jaap Stam 2.jpg
名前
本名 Jacob Stam
ヤコブ・スタム
愛称 ヤープ
ラテン文字 Jaap STAM
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
生年月日 (1972-07-17) 1972年7月17日(44歳)
出身地 オーファーアイセル州の旗 オーファーアイセル州カンペン
身長 191cm
体重 91kg
選手情報
ポジション DF (CB, RSB)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-1993 オランダの旗 FCズヴォレ 32 (1)
1993-1995 オランダの旗 SCカンブール 66 (3)
1995-1996 オランダの旗 ヴィレムII 19 (1)
1996-1998 オランダの旗 PSVアイントホーフェン 76 (12)
1998-2001 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 80 (1)
2001-2004 イタリアの旗 ラツィオ 70 (3)
2004-2006 イタリアの旗 ミラン 42 (1)
2006-2007 オランダの旗 アヤックス 31 (1)
代表歴
1996-2004 オランダの旗 オランダ [1] 67 (3)
監督歴
2016- イングランドの旗 レディング
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヤープ・スタム(Jaap Stam, 1972年7月17日 - )は、オランダオーファーアイセル州カンペン出身の同国代表の元サッカー選手、現サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(センターバック、右サイドバック)。全盛期は世界屈指のディフェンダーであり、ロナルド・クーマンと並び「オランダ史上最高のディフェンダー」と称された。

経歴[編集]

1992年エールディヴィジFCズヴォレでキャリアをスタートする。その後、オランダのクラブを渡り歩き、1998年プレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドFCへ移籍した。1998-99シーズンは守備の要として三冠を達成する。しかし自ら発行した自叙伝が原因とされるアレックス・ファーガソン監督との確執により、セリエASSラツィオへ移籍した。

オランダ代表EURO2004を最後に引退し、EURO後にACミランへ移籍した。2005-06シーズンをもってミランを退団、2006年夏に母国のアヤックス・アムステルダムに加入した。キャプテンとして、数々の大舞台で培った経験を若手に還元することが期待された。

2007年10月29日アムステルダム・アレナ(アヤックスの本拠地)で開かれた記者会見に臨み、体力の衰えを理由に現役生活に別れを告げた。

2008年、ファーガソン監督に自叙伝に関する問題を正式に謝罪した(ファーガソン自身も後年にユナイテッド時代の最大の後悔としてスタム放出を挙げるほど[2])。これによりファーガソンと和解し、マンチェスター・ユナイテッドFCのスカウトに就任、主に南アメリカで活動した。

その後、古巣アヤックスで指導者としての道を歩み始め、ディフェンスコーチ職を経て2016年にはアヤックスの下部組織であるヨング・アヤックス(U-21チーム)の監督を務めている。同年6月12日チャンピオンシップレディングFCの監督就任が発表された。契約期間は2年間[3]

所属クラブ[編集]

指導歴[編集]

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

オランダの旗 PSV
イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド
イタリアの旗 ラツィオ
イタリアの旗 ミラン
オランダの旗 アヤックス
  • KNVBカップ : 2006-07
  • ヨハン・クライフ・スハール : 2006, 2007

個人[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]