マウロ・タソッティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マウロ・タソッティ Football pictogram.svg
Mauro Tassotti (cropped).jpg
名前
ラテン文字 Mauro TASSOTTI
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1960-01-19) 1960年1月19日(62歳)
出身地 ローマ
身長 177cm
体重 74kg
選手情報
ポジション DF
利き足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1978-1980 イタリアの旗 SSラツィオ 41 (0)
1980-1997 イタリアの旗 ACミラン 429 (8)
代表歴
1978-1982 イタリアの旗 イタリアU-21 10 (1)
1979  イタリアU-23 1 (0)
1992-1994 イタリアの旗 イタリア 7 (0)
監督歴
1997-2001 イタリアの旗 ACミラン ユース
2001 イタリアの旗 ACミラン
2001-2015 イタリアの旗 ACミラン コーチ
2014 イタリアの旗 ACミラン 暫定監督
2015-2016 イタリアの旗 ACミラン スカウト
2016- イタリアの旗 ACミラン コーチ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マウロ・タソッティMauro Tassotti1960年1月19日- )は、イタリアローマ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。ACミランの黄金期を支えた一人であり、1988年ソウルオリンピックではイタリア代表主将を務めた。W杯には、1994年米国大会に出場した。

経歴[編集]

選手時代[編集]

地元のクラブチームSSラツィオのユースアカデミーでキャリアをスタートさせ[1] 、1978-79シーズン、11月5日のアスコリ・カルチョ戦にてセリエAデビューを果たした。

1980-81シーズン、ACミランに移籍、ラツィオ時代にはやや荒いプレーをすることが多かったが、移籍後は成長を遂げ、アルタフィー二監督からも賞賛されるプレーを見せるようになった[2]。ここでは長年に渡りレギュラーとして確実なプレーを見せ、フランコ・バレージアレッサンドロ・コスタクルタパオロ・マルディーニらとともに鉄壁のDFラインを築き、ミランの黄金期を支えた[1]。ミランでの通算出場数は583試合で[1]、これはマルディーニ、バレージ、ジャンニ・リベラに次ぐ歴代4位の記録である。1988-89シーズン、チャンピオンズカップ決勝、FCステアウア・ブカレスト戦では1点目のゴールの起点となると[3]、更にクロスでマルコ・ファン・バステンのゴールをアシストするなど[3]、優勝に大きな役割を果たした。1993-94シーズン、これまで右サイドバックとしてレギュラーを務めてきたが、同じ右サイドバックのパヌッチが加入すると併用して起用された。またチャンピオンズリーグ決勝、FCバルセロナ戦ではバレージ、コスタクルタの出場停止という問題を抱え、バルセロナ優位という下馬評の中[4]、キャプテンとして出場しロマーリオストイチコフを抑え優勝に貢献した[5]。徐々に出場機会を減らし、1996-97シーズン終了後にバレージと共に引退した。

1988年のソウルオリンピック代表の経験はあったが、フル代表デビューは1992年10月14日のスイス[6]、32歳と遅咲きだった。1994年ワールドカップアメリカ大会では、グループリーグ初戦のアイルランド戦で先発出場[6]、準々決勝のスペイン戦でも先発出場し、好プレーを見せていたが[7]ルイス・エンリケに肘打ちをして鼻骨骨折させ8試合出場停止という処分を受け[7]、決勝のブラジル戦にも出場出来なかった。その後は高齢であった事もあり、代表に呼ばれることは無かった。

指導者時代[編集]

引退後はミランに残り、ユースでの指導を経て、2001年からアシスタントコーチに就任。2014年1月13日、マッシミリアーノ・アッレグリ監督解任を受けて、暫定監督に就任。その後、クラレンス・セードルフが監督となりアシスタントコーチに戻り、セードルフの後任のフィリッポ・インザーギの下でも留任した。2015年にシニシャ・ミハイロヴィチが監督に就任するとスーパーバイザーに異動。

2016年7月に現役時代から37年間勤めたACミランを退団、旧知のアンドリー・シェフチェンコの要請を受け、ウクライナ代表のアシスタントコーチ就任が発表された。

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Mauro Tasotti-Milan.com
  2. ^ トヨタカップ 1989年 大会公式パンフレット p.28
  3. ^ a b サッカーダイジェスト 1989年8月号 no.123 p.8-9 日本スポーツ企画出版社
  4. ^ NUMBER 2017年3月号[要ページ番号]
  5. ^ Milan find perfect pitch in dream final”. UEFA.com (1994年5月18日). 2017年7月25日閲覧。
  6. ^ a b Mauro Tassotti National team”. www.transfermarket. 2020年7月25日閲覧。
  7. ^ a b Mondiali 1994: -strie dicalcio 2018年1月8日