カフー

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カフー Football pictogram.svg
Cafu brazil.jpg
名前
本名 マルコス・エヴァンゲリスタ・デ・モラエス
愛称 il Pendolino, 右サイドの支配者
ラテン文字 CAFU
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
イタリアの旗 イタリア
生年月日 1970年6月7日(45歳)
出身地 サンパウロ
身長 176cm
体重 75kg
選手情報
ポジション MF/DF
利き足 右足
ユース
1988-1990 ブラジルの旗 サンパウロ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1990-1994 ブラジルの旗 サンパウロ 117 (7)
1994-1995 スペインの旗 サラゴサ 16 (0)
1995 ブラジルの旗 ジュヴェントゥージ 2 (0)
1996-1997 ブラジルの旗 パウメイラス 35 (0)
1997-2003 イタリアの旗 ローマ 163 (5)
2003-2008 イタリアの旗 ミラン 119 (4)
通算 452 (16)
代表歴
1990-2006[1] ブラジルの旗 ブラジル 142 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年6月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

カフー(Cafu)ことマルコス・エヴァンゲリスタ・デ・モラエスMarcos Evangelista de Moraes1970年6月7日 - )は、ブラジルサンパウロ出身のサッカー選手である。ポジションディフェンダー(右サイドバック、右ウィングバック)。

「カフー」はニックネームで、1970年代に活躍したカフリンガCafuringa)という名前のサッカー選手に由来する。長らく活躍したイタリアでは振り子を意味する「イル・ペンドリーノ(il Pendolino)」という異名で呼ばれたこともあった。また「右サイドの支配者」という異名でも呼ばれる。

経歴[編集]

クラブ[編集]

サンパウロ ~ サラゴサ ~ パルメイラス[編集]

1988年、18歳の時に地元サンパウロサンパウロFCに入団した。入団後にサイドバックにコンバートされ、
1993年のトヨタカップ制覇に貢献するなど活躍した。
1994年のワールドカップにおける活躍が認められてスペインリーガ・エスパニョーラレアル・サラゴサに移籍した。しかし、レアル・サラゴサでは機能せず1年で退団し、再び地元サンパウロのSEパウメイラスに移籍することになる。

ASローマ[編集]

1997年、今度はイタリアセリエAの強豪ASローマに移籍。この移籍は前回の欧州移籍と違い成功し、ASローマの18年ぶりとなるスクデット制覇に貢献するなど主力として活躍した。

ACミラン[編集]

ミラン時代

33歳となった2003年夏にはASローマを退団し、Jリーグ横浜F・マリノスへの入団合意が伝えられたが、最終的には違約金を横浜FMに支払う形で、ACミランがカフーを獲得した[2]。ACミラン移籍後は右サイドバックのレギュラーとしていきなり2003-04シーズンのACミランのスクデットに貢献するなど、主力としての変わらぬ活躍を見せることになる。また、この年にペレの選んだ偉大なサッカー選手100人、「FIFA 100」に選ばれている。

2006年まで長くUEFAチャンピオンズリーグのタイトルは獲得できずにいたが、UEFAチャンピオンズリーグ 2006-07で19年目にして初の栄冠に輝くなど、ベテランとなっても衰えぬ活躍を見せていたが、2007-08シーズンの終了後、ACミランとの契約が満了し退団した。

ブラジル代表[編集]

1990年より、衰えの見えていたブラジル代表の右サイドバックであるジョルジーニョの後継者として期待され、1990年9月12日のスペイン戦で代表デビューを果たした。その後の1994年のワールドカップ決勝では、試合中のジョルジーニョの故障に伴い、途中交代して優勝に貢献した。以後、代表のレギュラーとしての地位を確立し、1998年2002年2006年のワールドカップでもレギュラーとして出場している。

同じ時期に左サイドバックのレギュラーとして起用されていたロベルト・カルロスとは攻撃的なサイドバックコンビとして、果敢なオーバーラップを見せていた。また、長らくキャプテンを務め、ブラジル代表の精神的支柱でもあった。

2006年のドイツ大会では準々決勝のフランス戦で、ブラジル代表は中盤を封じられた為、ボールがロベルト・カルロスとカフーに集まったものの、二人は共に低調なプレーに終始し、ボールを奪われるシーンが目立ったことから、ブラジル本国などでは敗退の大きな原因として槍玉に挙げられた。これ以後、カフーは年齢のこともあり、代表招集されることはなくなっている。(長らく両サイドバックとして活躍してきていたロベルト・カルロスはこのワールドカップでの代表引退を表明しており、やはり以後招集されていない)

現在のところ、代表通算キャップ数は142を数えており、これはブラジル代表における歴代最多記録である。また、1994年、1998年、2002年、2006年の4度のFIFAワールドカップに出場しているが、このうち2006年を除く3回はいずれも決勝まで進んでおり(優勝2回、準優勝1回)、決勝戦の試合出場を3度経験した唯一の選手である。

エピソード[編集]

  • 試合中においても、笑顔を絶やさない選手である。
  • サッカー界きっての"ガム好き"を公言している。[3]
  • セリエAにおいて、最も嬉しかったのは、ASローマ時代のスクデットだと答えている。[4]
  • 2011年4月9日 - ブラジルサンパウロで作られた世界一高いレゴタワー(31メートル19センチ)の最後の1ブロックを積んで完成させた。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
1990 サンパウロ 20 2
1991 サンパウロ 20 1
1992 サンパウロ 21 1
1993 サンパウロ 18 1
1994 サンパウロ 16 2
スペイン リーグ戦 国王杯 オープン杯 期間通算
1994-95 サラゴサ 16 0
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
1995 パルメイラス 19 0
1996 パルメイラス 16 0
1997 パルメイラス 0 0
イタリア リーグ戦 イタリア杯 オープン杯 期間通算
1997-98 ローマ 2 A 31 1
1998-99 ローマ 2 A 20 1
1999-00 ローマ 2 A 28 2
2000-01 ローマ 2 A 31 1
2001-02 ローマ 2 A 27 0
2002-03 ローマ 2 A 26 0
2003-04 ミラン 2 A 28 1
2004-05 ミラン 2 A 33 1
2005-06 ミラン 2 A 19 1
2006-07 ミラン 2 A 24 0
2007-08 ミラン 2 A 15 1
通算 ブラジル
スペイン
イタリア
総通算
Brazil
Year Apps Goals
1990 3 0
1991 9 0
1992 2 0
1993 12 0
1994 7 1
1995 5 0
1996 3 0
1997 20 0
1998 12 2
1999 12 0
2000 10 2
2001 6 0
2002 12 0
2003 7 0
2004 9 0
2005 8 0
2006 5 0
Total 142 5

獲得タイトル[編集]

ナショナルチーム[編集]

クラブ[編集]

サンパウロFC

ASローマ

ACミラン

個人タイトル[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ “Marcos Evangelista de Morais "CAFU" - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/cafu-intl.html 
  2. ^ カフーの横浜M入り消滅”. 47NEWS (2003年6月6日). 2012年8月19日閲覧。
  3. ^ 欧州通信. “プレー中にガムを噛むのはあり?”. 2007年7月5日閲覧。
  4. ^ goal.com. “カフー:「セリエで最も嬉しかったのはローマでのスクデット」”. 2008年5月22日閲覧。