ティアゴ・モッタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
  • チアゴ・モッタ
ティアゴ・モッタ Football pictogram.svg
Thiago Motta, PSG.JPG
PSGでのモッタ
名前
本名 ティアゴ・モッタ・サントン・オリヴァレス
Thiago Motta Santon Olivares
ラテン文字 Thiago Motta
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1982-08-28) 1982年8月28日(39歳)
出身地 ブラジルの旗 ブラジル サン・ベルナルド・ド・カンポ
身長 187cm
体重 83kg
選手情報
ポジション MF(DMF)
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2007 スペインの旗 バルセロナ 96 (6)
2007-2008 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 6 (0)
2008-2009 イタリアの旗 ジェノア 26 (6)
2009-2012 イタリアの旗 インテル 55 (11)
2012-2018 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 166 (8)
通算 349 (31)
代表歴
1999 ブラジルの旗 ブラジル U-17 3 (1)
2003 ブラジルの旗 ブラジル U-23 8 (1)
2003 ブラジルの旗 ブラジル 2 (0)
2011-2016 イタリアの旗 イタリア 30 (1)
監督歴
2018-2019 フランスの旗 パリ・サンジェルマン U-19
2019 イタリアの旗 ジェノア
2021- イタリアの旗 スペツィア
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ティアゴ・モッタThiago Motta Santon Olivares, 1982年8月28日 - )は、ブラジルサンパウロ州サン・ベルナルド・ド・カンポ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元ブラジル代表及び元イタリア代表。現役時代のポジションはMF。現在はスペツィア・カルチョの監督を務めている。

選手経歴[編集]

クラブ経歴[編集]

バルセロナ[編集]

ブラジルで生まれ育ち、地元のCAジュベントスでプレーしていたが、17歳の時にスペインFCバルセロナと契約。同チームのカンテラで育成される。2001-02シーズンの途中よりトップチームに昇格。中盤の左サイドで起用され、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)でもプレーした。

翌2002-03シーズンはリーグ戦で21試合に出場し3ゴールを決める活躍を見せ、最優秀新人選手に選ばれた。しかし、バルセロナ在籍時は度重なる怪我に悩まされ、特に2004年9月11日セビージャ戦で負った左十字靭帯の断裂は7ヵ月のリハビリ期間を要した。2005年4月17日ヘタフェ戦でデコに代わって途中出場し、歓声と拍手で迎えられた。

アトレティコ・マドリード[編集]

2007-08シーズンの開幕戦ではチームが多くの怪我人を抱えていたのにもかかわらずベンチ外になり、フランク・ライカールト監督の構想から外れたため、2007年8月31日に移籍金200万ユーロでアトレティコ・マドリードに移籍した。しかし、ここでも膝の怪我に悩まされ、わずか1年で退団。アメリカで怪我の治療を行う一方で、イングランドポーツマスFCのトライアルにも参加するが、どのチームにも所属しないまま2008-09シーズンの開幕を迎えた。

ジェノア[編集]

2008年9月14日、イタリアに渡ったモッタはジェノアCFCと1年契約を結んだ[1]。この新天地において周囲の期待を上回る見事なパフォーマンスを披露し、ジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督の攻撃的サッカーを支える司令塔として攻守に活躍。チームの5位躍進、UEFAカップ出場権獲得に貢献した。

インテル[編集]

2009年7月1日インテルナツィオナーレ・ミラノへ移籍[2]。2日前に移籍を決めていたジェノア時代のチームメイトであるディエゴ・ミリートとは再びチームメイトになった。2009-10シーズンは開幕戦から出場し、第2節のACミランとのミラノダービーでは先制点を決めてチームの勝利に貢献した。古巣バルセロナとの対戦となったUEFAチャンピオンズリーグの準決勝第2戦ではセルヒオ・ブスケツの顔面に手を当てたとして退場処分を受けた。この結果、決勝戦も出場停止となり、インテルが45年ぶりの優勝を決めた試合をピッチの外から見守ることとなった。

2010-11シーズンはケガで出遅れるも、11月に復帰してからは好調を見せ、復帰後7試合で4得点を挙げた[3]

パリ・サンジェルマン[編集]

2012年1月31日、インテル時代の恩師レオナルドがGMを務めるフランスのパリ・サンジェルマンFCへ1000万ユーロで移籍[4]。契約は1年半。背番号は28番だが、2013-14シーズンからインテル時代につけた8番に変わった。

2018年5月8日、2017-18シーズン終了後に現役を引退することを発表した。

代表経歴[編集]

代表としてはU-23ブラジル代表として2003 CONCACAFゴールドカップに出場した経験があるが、モッタ本人はイタリア代表としてプレーすることを希望していた[5]。祖父がヴェネト州ロヴィーゴ出身の移民で、イタリア国籍も有しているためである。

2011年2月9日EURO2012目前の調整試合であるドイツとの国際親善試合にイタリア代表として初招集され、先発出場しイタリア代表デビューを果たした。2試合目の出場となった同年3月25日のEURO2012予選スロベニア戦で決勝点となる代表初得点を記録し、喜びとともに自身を受け入れてくれたチェーザレ・プランデッリ監督とチームメイトへ感謝を告げた[6]EURO2012本大会のメンバーにも選出され、準決勝のドイツ戦に出場、決勝のスペイン戦でも途中出場したが、出場から僅か3分で負傷のためピッチを後にした[7]、交代カードを使い果たしていたチームは10人でのプレーを強いられ、0-4と敗れた[7]

2014 FIFAワールドカップのメンバーに選出され、イングランド戦に出場[8]EURO2016では10番を背負った[9]スペイン戦の累積警告でドイツ戦には出場出来なかった。

監督経歴[編集]

2018年5月にパリ・サンジェルマンFCで現役を終えると、7月18日に同クラブのU-19の監督を務めることが発表された[10]

2019年10月22日、現役時代にもプレーしたセリエAジェノアCFCの監督にアウレリオ・アンドレアッツォーリの後任として就任することが発表された[11]。しかし成績を立て直すことはできず、約2か月後の12月28日に新監督としてダヴィデ・ニコーラ英語版が迎えられることが発表され、自身は解任となった[12]

2021年7月8日、ACFフィオレンティーナに引き抜かれたヴィンチェンツォ・イタリアーノ英語版の後任として、セリエA2年目のスペツィア・カルチョの監督に就任することがクラブから発表された[13]

選手成績[編集]

クラブ成績[編集]

クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
バルセロナ 2001-02 18 1 0 0 7 0 25 1
2002-03 21 3 0 0 13 2 34 5
2003-04 20 1 0 0 5 1 25 2
2004-05 8 0 0 0 0 0 8 0
2005-06 15 1 0 0 7 0 0 0 22 1
2006-07 14 0 2 0 7 0 2 0 25 0
通算 96 6 2 0 39 3 2 0 139 9
アトレティコ・マドリード 2007-08 6 0 0 0 2 0 8 0
ジェノア 2008-09 27 6 0 0 27 6
インテル 2009-10 26 4 5 0 8 0 1 0 40 4
2010-11 19 4 3 0 5 1 2 0 29 5
2011-12 10 3 1 0 2 0 1 0 14 3
通算 55 11 9 0 15 1 4 0 83 12
パリ・サンジェルマン 2011-12 14 2 2 0 0 0 0 0 16 2
2012-13 12 1 1 0 0 0 2 0 15 1
2013-14 32 3 2 1 3 0 9 2 1 0 47 6
2014-15 27 0 2 0 2 0 6 0 1 0 38 0
2015-16 32 1 3 0 1 0 9 0 1 0 46 1
2016-17 30 0 4 1 2 0 5 0 1 0 42 1
2017-18 19 1 4 0 0 0 4 0 1 0 28 1
通算 166 8 18 2 8 0 35 2 5 0 232 12
総通算 350 31 29 2 8 0 91 6 11 0 489 39

代表成績[編集]

国際Aマッチ 2試合 0得点(2003年)


ブラジル代表国際Aマッチ
出場得点
2003 2 0
通算 2 0

国際Aマッチ 30試合 1得点(2011年-2016年)


イタリア代表国際Aマッチ
出場得点
2011 6 1
2012 7 0
2013 5 0
2014 5 0
2015 0 0
2016 7 0
通算 30 1

監督成績[編集]

2021年12月22日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
ジェノア 2019年10月22日 2019年12月28日 10 2 3 5 11 17 −6 020.00
スペツィア 2021年7月8日 21 5 4 12 22 42 −20 023.81
合計 31 7 7 17 33 59 −26 022.58

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

FCバルセロナ
インテルナツィオナーレ・ミラノ
パリ・サンジェルマンFC

個人[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ モッタがジェノアに加入 - UEFA.com 2008年9月14日
  2. ^ モッタがジェノアからインテルへ - UEFA.com 2009年7月2日
  3. ^ コラム:T・モッタはインテルとアッズーリを復活させる - Goal.com 2011年2月9日
  4. ^ インテル、T・モッタ移籍でパロンボ獲得 - Goal.com 2012年2月1日
  5. ^ イタリア代表入りを夢見るT・モッタ - 2010年2月8日 Goal.com
  6. ^ イタリア人としてのゴールを喜ぶT・モッタ - Goal.com 2011年3月26日
  7. ^ a b “ユーロ2012決勝 スペインvsイタリア”. https://web.ultra-soccer.jp/index/index/c/digest_national/id/2012_0701_euro2012_1 2020年6月27日閲覧。 
  8. ^ “Italy secure slim win over England”. FIFA.com. (2014年6月15日). http://www.fifa.com/worldcup/matches/round=255931/match=300186513/match-report.html 2014年6月20日閲覧。 
  9. ^ OFFICIAL: Italy squad for Euro 2016”. Football Italia (2016年5月31日). 2016年5月31日閲覧。
  10. ^ Thiago Motta named new Paris Saint-Germain U19 coach” (英語). Paris Saint-Germain F.C. (2018年7月18日). 2021年8月19日閲覧。
  11. ^ THIAGO MOTTA E’ L’ALLENATORE DEL GENOA” (イタリア語). Genoa CFC (2019年10月22日). 2021年8月19日閲覧。
  12. ^ DAVIDE NICOLA E’ IL NUOVO TECNICO” (イタリア語). Genoa CFC (2019年12月28日). 2021年8月19日閲覧。
  13. ^ UFFICIALE THIAGO MOTTA È IL NUOVO ALLENATORE DELLO SPEZIA CALCIO” (イタリア語). Spezia Calcio (2021年7月8日). 2021年8月19日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]