アルトゥーロ・ビダル

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はビダル第二姓(母方の)はパルドです。
アルトゥーロ・ビダル Football pictogram.svg
Arturo Vidal Training 2017-03 FC Bayern Muenchen-4.jpg
トレーニング中のビダル (2017年)
名前
本名 アルトゥーロ・エラスモ・ビダル・パルド
Arturo Erasmo Vidal Pardo
ラテン文字 Arturo VIDAL
基本情報
国籍  チリ
生年月日 (1987-05-22) 1987年5月22日(30歳)
出身地 サンティアゴ・デ・チレ
身長 181cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン
ポジション MF / DF
背番号 23
利き足 右足
ユース
チリの旗 メリピージャ英語版
チリの旗 コロコロ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2007 チリの旗 コロコロ 36 (2)
2007-2011 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼン 117 (15)
2011-2015 イタリアの旗 ユヴェントス 124 (35)
2015- ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 57 (8)
代表歴2
2006-2007 チリの旗 チリ U-20 14 (8)
2007-2017 チリの旗 チリ 89 (23)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年5月14日現在。
2. 2017年6月18日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アルトゥーロ・エラスモ・ビダル・パルドArturo Erasmo Vidal Pardo1987年5月22日 - )は、チリサンティアゴ出身のサッカー選手ブンデスリーガバイエルン・ミュンヘン所属。チリ代表。ポジションはミッドフィールダーディフェンダー

経歴[編集]

クラブ[編集]

CSDコロコロ[編集]

地元クラブのユースチームを経て2005年にチリの強豪CSDコロコロとプロ契約。その後同クラブのプリメーラ・ディビシオン3連覇に貢献した。

バイエル04レバークーゼン[編集]

2007年にコロコロ史上最高額の1100万ドルでドイツ・ブンデスリーガバイエル・レバークーゼンに完全移籍。2010-11シーズンには主力として2位に貢献した。

ユヴェントスFC[編集]

2010-11シーズン終了後、バイエルン・ミュンヘンSSCナポリから関心を集めたが、ユヴェントスFCに移籍金1050万ユーロ(成績しだいで200万ユーロの追加)の5年契約で移籍。獲得に懐疑的な声もあったものの、イタリアの水にすぐに慣れ、と攻撃センスを武器に活躍し、中心選手として2011-12シーズンのスクデット獲得に貢献した。

2012-13シーズンから背番号を22番から23番に変更し、リーグ戦では10得点をあげるなどチームのリーグ連覇に貢献した。

2013-14シーズンもリーグ戦32試合に出場して11得点でリーグ三連覇に貢献、さらにUEFAチャンピオンズリーググループステージのFCコペンハーゲン戦ではハットトリックを達成した。

2014-15シーズンはワールドカップ後のコンディション不良から出遅れたものの、リーグ戦28試合に出場して7得点をあげるなどチームの主力として活躍し、リーグ四連覇とコッパイタリア制覇に貢献した。さらにUEFAチャンピオンズリーグではチームの準優勝の原動力となり、UEFA欧州最優秀選手賞の候補10名[1]に名を連ねた。

バイエルン・ミュンヘン[編集]

2015年7月28日、バイエルン・ミュンヘンに移籍することを正式に発表した[2]。2019年までの4年契約。移籍金は3700万ユーロで、選手が特定の目標を達成したら[3]最大300万ユーロのボーナスとなる。背番号はユヴェントスやレバークーゼンで着用していた23番である。

2016-17シーズンはシャビ・アロンソチアゴ・アルカンタラと中盤を形成。2017年3月7日、チャンピオンズリーグ決勝トーナメントファーストレグのアーセナル戦で2得点を決めて準々決勝進出に貢献したが、チャンピオンズリーグ準々決勝のレアル・マドリード戦ファーストレグではヘディングで先制点を決めたが、前半ロスタイムにPKを失敗し試合に敗れた。セカンドレグの試合では後半退場になり、バイエルンはチャンピオンズリーグ準々決勝で敗退した。

代表[編集]

チリ代表としては2007年7月2日に行われたベネズエラ代表との国際親善試合でデビュー[4]。2010年に南アフリカ共和国で開催された2010 FIFAワールドカップ、2014年にブラジルで開催された2014 FIFAワールドカップに出場[4]。2015年自国開催のコパ・アメリカ2015で初優勝に貢献し[4]、決勝戦のMOMと大会ベストイレブンにも選出された。翌2016年にアメリカ合衆国で開催されたコパ・アメリカ・センテナリオでは5試合に出場し大会連覇に貢献した[4]

プライベート[編集]

  • 2015年6月16日、地元チリで開催されたコパ・アメリカの最中、飲酒運転で事故を起こし逮捕された。ビダルの乗っていたフェラーリは大破したが、ビダル本人と夫人には大きな怪我もなく、相手方も幸い無傷であった。その後2年間の免許停止処分と相手への金銭保証が課された。
  • バイエルン・ミュンヘンの入団会見中に母国で家族が事件を起こしていたことが明らかになった[5]

個人成績[編集]

クラブ成績 リーグ カップ 国際大会 通算
シーズン クラブ リーグ 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
チリ リーグ カップ 南米 通算
2005 CSDコロコロ プリメーラ 2 0 - - - - 2 0
2006 19 0 - - 12 3 31 3
2007 15 2 - - 8 0 23 2
ドイツ リーグ DFBポカール ヨーロッパ 通算
2007-08 バイエル・レバークーゼン ブンデスリーガ 24 1 0 0 9 0 33 1
2008-09 29 3 6 3 - - 35 6
2009-10 31 1 1 0 - - 32 1
2010-11 33 10 2 1 9 2 44 13
イタリア リーグ イタリア杯 ヨーロッパ 通算
2011-12 ユヴェントス セリエA 33 7 2 0 - - 35 7
2012-13 31 10 4 1 9 3 44 14
2013-14 32 11 1 0 12 7 45 18
2014-15 28 7 4 0 12 1 44 8
ドイツ リーグ DFBポカール ヨーロッパ 通算
2015-16 バイエルン ブンデスリーガ 30 4 6 1 11 2 47 7
2016-17 27 4 5 1 8 3 40 8
通算 チリ 36 2 0 0 20 3 56 5
ドイツ 147 19 15 5 29 4 191 28
イタリア 124 35 11 1 33 11 168 47
総通算 307 56 26 6 82 18 415 80

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 89試合 23得点(2007年- )


チリ代表 国際Aマッチ
出場 得点
2007 8 0
2008 6 0
2009 7 1
2010 7 1
2011 11 1
2012 5 1
2013 8 4
2014 10 1
2015 11 4
2016 11 7
2017 5 3
通算 89 23

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

CSDコロコロ
ユヴェントスFC
バイエルン・ミュンヘン

代表[編集]

チリ代表

個人[編集]

  • ブンデスリーガ・チーム・オブ・ザ・トーナメント:1回 (2015-16)
  • ユベントス・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー:1回 (2012-13)
  • セリエA・チーム・オブ・ザ・イヤー:2回 (2012-13, 2013-14)
  • ESM欧州年間ベストイレブン:1回 (2013-14)
  • コパ・アメリカベストイレブン:2回 (20152016)

脚注[編集]

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]