クラウディオ・ブラーボ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はブラーボ第二姓(母方の)はムニョスです。(Template:スペイン語圏の姓名
クラウディオ・ブラーボ Football pictogram.svg
Chile VS. Australia (1cropped).jpg
2017年のブラーボ
名前
本名 クラウディオ・アンドレス・ブラーボ・ムニョス
Claudio Andrés Bravo Muñoz
ラテン文字 CLAUDIO BRAVO
基本情報
国籍  チリ
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1983-04-13) 1983年4月13日(38歳)
出身地 ブイン
身長 183cm[1][2][3]
体重 80Kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・ベティス
ポジション GK
背番号 25
利き足 右足
ユース
1995-1999 チリの旗 CSDコロコロ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2006 チリの旗 CSDコロコロ 113 (0)
2006-2014 スペインの旗 レアル・ソシエダ 229 (1)
2014-2016 スペインの旗 FCバルセロナ 69 (0)
2016-2020 イングランドの旗 マンチェスター・シティFC 29 (0)
2020- スペインの旗 レアル・ベティス
代表歴2
2004 チリの旗 チリ U-23 7 (0)
2004- チリの旗 チリ 119 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年8月19日現在。
2. 2017年10月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

クラウディオ・アンドレス・ブラーボ・ムニョスClaudio Andrés Bravo Muñoz1983年4月13日 - )は、チリブイン出身のサッカー選手レアル・ベティス 所属。チリ代表。ポジションはゴールキーパー。「クラウディオ・ブラボ」と表記されることもある。

経歴[編集]

クラブ[編集]

2002年CSDコロコロからデビューし、2006年までに140試合以上に出場した。

2006年7月12日スペインレアル・ソシエダに移籍金120万ユーロの5年契約で移籍し[4]10月22日RCDマジョルカ戦でデビューした。29試合に出場しMVP級の活躍を見せたが、2006-07シーズン終了後にチームはセグンダ・ディビシオン(2部)降格となった。2007-08シーズンは生え抜きのアシエル・リエスゴにポジションを奪われ、1試合も出場できなかった。2008-09シーズンはリエスゴがレクレアティーボ・ウエルバにレンタル移籍したため、ポジションを取り戻した。この年、リーグ最少失点だったこともあり、2部の最優秀GKに選ばれた。2009-10シーズンはシーズンを通じて上位をキープし、2010年2月14日ジムナスティック・タラゴナ戦では直接フリーキックを決め、プロキャリア初の得点を挙げた[5]。しかし、3月27日コルドバCF戦で膝を負傷し、その後のシーズンを棒に振ってしまった。その後、南アフリカW杯のチリ代表メンバー23人に選ばれたため(後述)チームを離脱。6月13日セルタ・デ・ビーゴ戦でチームは最終節1試合を残してプリメーラ・ディビシオン(1部)昇格を決めた。

2014年6月25日、FCバルセロナへ移籍することが発表された[6]。10月4日のラーヨ・バジェカーノ戦にてペドロ・マリア・アルトラの持つ開幕からの560分継続無失点記録を更新し、最終的に755分の開幕継続無失点記録を樹立した。最終的に37試合出場で19失点におさえ、リーガ・エスパニョーラ優勝に貢献した。

しかし、マルク=アンドレ・テア・シュテーゲンとのGKローテーション制に不満を持ち、2016年8月、FCバルセロナの元監督であるジョセップ・グアルディオラの誘いもありマンチェスター・シティFCに移籍が決定[7][8]。開幕当初はスタメンとしてプレーしていたが、枠内シュートでの被弾率がリーグワーストを記録するなど低調なパフォーマンスが目立ち、シーズン後半は控えに降格。更に2017年夏にエデルソンが加入して以降は、第2GKに降格。2020年8月19日に契約満了で退団した[9]

2020年8月30日、レアル・ベティスと2年契約を結んだ[10][11]

代表[編集]

U-17、U-20、U-23世代のチリ代表に選ばれた経験がある。2004年7月11日コパ・アメリカパラグアイ戦でチリA代表デビューした。2006 FIFAワールドカップ南米予選後はいったん代表を離れたが、ベネズエラで開かれたコパ・アメリカ2007で復帰し、4試合に先発出場した。マルセロ・サラスの引退後、代表のキャプテンを任された。

2010年6月1日2010 FIFAワールドカップに臨むチリ代表23人に選ばれた[12]。正GKとして出場したこの大会では、スペイン戦で失点につながるミスなどもあったが[13]、グループリーグ3試合をスペイン戦の2失点のみに抑えた。決勝トーナメント1回戦でブラジルに敗れたが[14]、3大会ぶりのベスト16進出に貢献した。

2016年3月24日2018 FIFAワールドカップ・南米予選アルゼンチン戦に出場し、チリ人としては初となる代表100試合出場を達成した。しかしチームはワールドカップ本戦出場を逃し、更にはブラーボの妻と母が同僚のアルトゥーロ・ビダルを批判したことで、彼と犬猿の仲になったと報じられている[15]。そこからしばらく代表からは遠ざかっていたが、2019年8月29日に2年ぶりに復帰した[16]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 106試合 0得点(2004年- )


チリ代表国際Aマッチ
出場得点
2004 1 0
2005 3 0
2006 5 0
2007 12 0
2008 10 0
2009 9 0
2010 8 0
2011 14 0
2012 4 0
2013 12 0
2014 9 0
2015 12 0
2016 11 0
2017 2 0
通算 112 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

コロコロ
レアル・ソシエダ
バルセロナ
マンチェスター・シティ

代表[編集]

チリ代表

個人[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/world_cup_2010/groups_and_teams/team/chile/claudio_bravo
  2. ^ http://www.soccerbase.com/players/player.sd?player_id=38643
  3. ^ http://www.goal.com/en/people/chile/3327/claudio-bravo
  4. ^ Comunicado oficial: Principio de acuerdo con Bravo Real Sociedad Official Website
  5. ^ Gol de falta del portero Bravo - Real sociedad vs Nastic! YouTube、2010年2月14日
  6. ^ バルサ、ブラーボ移籍でクラブ間合意 Goal、2014年6月25日
  7. ^ Claudio Bravo signs for City”. Manchester City F.C (2016年8月25日). 2016年8月25日閲覧。
  8. ^ Claudio Bravo completes Manchester City transfer from Barcelona”. ESPN FC (2016年8月25日). 2016年8月25日閲覧。
  9. ^ シティがブラーボ退団を発表 在籍4年で61試合に出場”. 超ワールドサッカー (2020年8月20日). 2020年8月20日閲覧。
  10. ^ 移籍情報|クラウディオ・ブラーボを獲得”. レアル・ベティス (2020年8月30日). 2020年8月31日閲覧。
  11. ^ ベティス、シティを退団したブラーボの獲得を発表!”. 超ワールドサッカー (2020年8月31日). 2020年8月31日閲覧。
  12. ^ チリW杯代表23人を発表 FWスアソら デイリースポーツ、2010年6月2日
  13. ^ スペイン チリ戦で技術の高さを証明 毎日新聞、2010年6月26日
  14. ^ ブラジルはオランダと激突!チリに3発快勝 サンスポ、2010年6月29日
  15. ^ 対立していたビダルとブラボ、ついに和解が実現…実はものまね動画 goal 2019年6月18日
  16. ^ ブラーボが代表復帰! サンチェス&ビダル選外のチリがメンバー発表《国際親善試合》 超Worldサッカー 2019年8月29日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]