バイエル・レバークーゼン

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バイエル・レバークーゼン
原語表記 Bayer 04 Leverkusen Fußball GmbH
愛称 バイヤー・ヌルフィア (Bayer 04)
クラブカラー 赤と白と黒
創設年 1904年
所属リーグ ドイツ・ブンデスリーガ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン レバークーゼン
ホームスタジアム バイ・アレーナ
収容人数 30,210
代表者 ドイツの旗 ヴォルフガング・ホルツホイザー
監督 ドイツの旗 ロガー・シュミット
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

バイエル04レバークーゼンドイツ語: Bayer 04 Leverkusen, Bayer null vier Leverkusen)は、ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州レバークーゼンを本拠地とするサッカークラブである。バイエル・レバークーゼンBayer Leverkusen, [ˌbaɪ̯ɐ ˈleːvɐˌkuːzn̩])とも呼ばれる。バイエルをバイヤー、レバークーゼンをレヴァークーゼンレーバークーゼンなどと表記する場合もある。

レバークーゼンに本社を置く製薬会社バイエルの従業員によって設立された。以前は陸上競技や体操競技、バスケットボール、ボート、テニス、ホッケーなどに関わるスポーツクラブTSVバイエル04レバークーゼンの一部門であった。1999年にサッカー部門がクラブから分離し、現在は公式にBayer 04 Leverkusen Fußball GmbHと呼ばれる別の事業体である。

ブンデスリーガに所属し、これまでにDFBポカールUEFAカップでそれぞれ1度ずつ優勝している。1958年から本拠地はバイ・アレーナである。ローカルライバルはケルン

概要[編集]

ブンデスリーガに所属。バイエルをスポンサーに持ち、資金提供を受けて補強を図ってきた。歴史も長く古豪チームではあるが、リーグタイトルを手にしたことはない。2002年にUEFAチャンピオンズリーグ、ブンデスリーガ、ドイツカップをあと一歩のところで逃し、全て準優勝に終わるという「準三冠」(シルバーコレクター) を達成したこともある。

以降のチャンピオンズリーグの成績としては、2002-03シーズンに2次グループリーグ・ラウンドまで進出した他、2004-05シーズンにおいても決勝トーナメント1回戦まで進出している。このところは、チャンピオンズリーグよりもUEFAカップへの出場機会が多く、2005-06から2007-08シーズン間に3季連続で出場をし、2006-07、2007-08シーズンにおいてはベスト8まで進出している。UEFAクラブランキングでは2008-09シーズン終了時で32位につけている。

2007年夏、DFマヌエル・フリードリヒ、DFアルトゥーロ・ビダル、DFルカス・シンキエヴィッツなど、守備陣にレギュラークラスを多数確保し、VfLボーフムで得点王を獲得したFWテオファニス・ゲカスを迎え入れた。UEFAチャンピオンズリーグ出場権を目標に掲げたが、失点数の多さから敗戦は13を数え、UEFAチャンピオンズリーグのみならずUEFAカップ出場権も逃した。

2008年夏にはミヒャエル・スキッベ監督を解任し、フェラーSDの強い推薦によりブルーノ・ラッバディア新監督を迎えた。MFセルゲイ・バルバレス、MFカルステン・ラメロウらベテランが引退したが、MFレナト・アウグスト、DFエンリケ、FWパトリック・ヘルメスなど若手の逸材を多数獲得した。2008-09シーズンはDFBポカールで準優勝し、リーグ戦でも一時、首位に立ったが、後半戦に調子を落とし、9位に終わった。またこのシーズン、ホームスタジアムのバイ・アレナが改修工事のためエスプリ・アレーナを使用した。

21得点を挙げたFWパトリック・ヘルメスが2009年6月に靭帯断裂の大怪我を負い、2009-10シーズン開幕から半年を棒に振ったが、リヴァプールから獲得したDFサミ・ヒーピアが若手主体のチームに安定感をもたらした。2009-10シーズン前半戦9勝8分0敗で、ハンブルガーSV (1982-83) 、バイエルン・ミュンヘン (1988-89) に次ぐブンデスリーガ史上3チーム目の無敗での「冬の王者」になった。

2010-11シーズンは前シーズンで「冬の王者」となった勢いをそのままに2位と「準三冠」を達成した2001-02シーズン以来の躍進を遂げた。2011-12シーズンは躍進の立役者ユップ・ハインケス監督はバイエルンへ、アルトゥーロ・ビダルユヴェントスへ引き抜かれ、フライブルクを躍進へと導いたロビン・ドゥット新監督を迎えた。開幕戦のマインツ戦 (0-2) を落とし、勢いに乗ることができず、2012年3月31日に行われたフライブルク戦 (0-2) で公式戦5連敗を喫したことをきっかけに解任された。結局優勝争いに絡むことなく、5位に終わった。

2012年4月からクラブOBのサミ・ヒーピアが監督に就任。しかし、指導者のトップライセンスを保持していないため、ユースチームの監督であったサシャ・レヴァンドフスキが名目上の監督となり、2015年夏までの二頭体制を組む。しかし成績不振の責任を問われ2014年4月5日にヒーピアは監督を解任され、レヴァンドフスキが暫定監督となった。

2014年7月、レッドブル・ザルツブルクを率いていたロガー・シュミットを監督に招聘し、前線から猛烈なプレスをかけに行く能動的なスタイルを確立[1]。さらに、グレミオから左SBのウェンデウを、シャルケ04からレンタルでDFキリアコス・パパドプーロスを、ASローマからレンタルでDFティン・イェドヴァイを、メガクラブから注目を集める逸材中の逸材であるMFハカン・チャルハノールらを獲得し、2部のアイントラハト・ブラウンシュヴァイクに期限付き移籍をしていたMFカリム・ベララビを復帰させ、戦力を充実させた。

2015年7月、メキシコ代表のハビエル・エルナンデスを獲得すると、シュテファン・キースリングと2トップを組みリーグ戦で17得点をあげて主力に定着した。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

バイエル・レバークーゼンのサポーター(バイ・アレーナにて)

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

シーズン 順位 所属 得点 失点 得失 勝点
1986-87 06位 ブンデスリーガ1部 34 16 7 11 56 38 +18 39
1987-88 08位 ブンデスリーガ1部 34 10 12 12 53 60 −7 32
1988-89 08位 ブンデスリーガ1部 34 10 14 10 45 44 +1 34
1989-90 05位 ブンデスリーガ1部 34 12 15 7 40 32 +8 39
1990-91 08位 ブンデスリーガ1部 34 11 13 10 47 46 +1 35
1991-92 06位 ブンデスリーガ1部 38 15 13 10 53 39 +14 43
1992-93 05位 ブンデスリーガ1部 34 14 12 8 64 45 +19 40
1993-94 03位 ブンデスリーガ1部 34 14 11 9 60 47 +13 39
1994-95 07位 ブンデスリーガ1部 34 13 10 11 62 51 +11 36
1995-96 14位 ブンデスリーガ1部 34 8 14 12 37 38 −1 38
1996-97 02位 ブンデスリーガ1部 34 21 6 7 69 41 +28 69
1997-98 03位 ブンデスリーガ1部 34 14 13 7 66 39 +27 55
1998-99 02位 ブンデスリーガ1部 34 17 12 5 61 30 +31 63
1999-2000 02位 ブンデスリーガ1部 34 21 10 3 74 36 +38 73
2000-01 04位 ブンデスリーガ1部 34 17 6 11 54 40 +14 57
2001-02 02位 ブンデスリーガ1部 34 21 6 7 77 38 +39 69
2002-03 15位 ブンデスリーガ1部 34 11 7 16 47 56 −9 40
2003-04 03位 ブンデスリーガ1部 34 19 8 7 73 39 +34 65
2004-05 06位 ブンデスリーガ1部 34 16 9 9 65 44 +21 57
2005-06 05位 ブンデスリーガ1部 34 14 10 10 64 49 +15 52
2006-07 05位 ブンデスリーガ1部 34 15 6 13 54 49 +5 51
2007-08 07位 ブンデスリーガ1部 34 15 6 13 57 40 +17 51
2008-09 09位 ブンデスリーガ1部 34 14 7 13 59 46 +13 49
2009-10 04位 ブンデスリーガ1部 34 15 14 5 65 38 +27 59
2010-11 02位 ブンデスリーガ1部 34 20 8 6 64 44 +20 68
2011-12 05位 ブンデスリーガ1部 34 15 9 10 52 44 +8 54
2012-13 03位 ブンデスリーガ1部 34 19 8 7 65 39 +26 65
2013-14 04位 ブンデスリーガ1部 34 19 4 11 60 41 +19 61
2014-15 04位 ブンデスリーガ1部 34 17 10 7 62 37 +25 61
2015-16 03位 ブンデスリーガ1部 34 18 6 10 56 40 +16 60
2016-17 ブンデスリーガ1部

現所属メンバー[編集]

DFBポカール 1回戦

Soccer.Field Transparant.png

レノ
# 1
イェドヴァイ
# 16
トプラク
# 21
ター
# 4
ヘンリヒス
# 39
アランギス
# 20
カンプル
# 44
ベララビ
# 38
メーメディ
# 14
フォラント
# 31
チチャリート
# 7
2016年8月31日現在
No. Pos. 選手名
1 ドイツの旗 GK ベルント・レノ
4 ドイツの旗 DF ヨナタン・ター (Flag of Côte d'Ivoire.svg)
6 オーストリアの旗 DF アレクサンダル・ドラゴヴィッチ
7 メキシコの旗 FW ハビエル・エルナンデス
8 ドイツの旗 MF ラース・ベンダー (Captain sports.svg)
10 トルコの旗 MF ハカン・チャルハノール (Flag of Germany.svg)
11 ドイツの旗 FW シュテファン・キースリング
13 ドイツの旗 DF ロベルト・ヒルバート
14 スイスの旗 FW アドミル・メーメディ (Flag of Macedonia.svg)★
15 オーストリアの旗 MF ユリアン・バウムガルトリンガー
16 クロアチアの旗 DF ティン・イェドヴァイ
17 フィンランドの旗 FW ヨエル・ポーヤンパロ
18 ブラジルの旗 DF ウェンデウ
19 ドイツの旗 FW ユリアン・ブラント
No. Pos. 選手名
20 チリの旗 MF チャルレス・アランギス
21 トルコの旗 DF エメル・トプラク (Flag of Germany.svg)
22 ドイツの旗 DF ジョエル・アブ・ハンナ
23 ドイツの旗 DF ダニー・ダ・コスタ
27 オーストラリアの旗 FW ロビー・クルーズ
28 オーストリアの旗 GK ラマザン・エーズガン
30 ドイツの旗 MF サム・シュレック
31 ドイツの旗 FW ケヴィン・フォラント
33 ドイツの旗 DF ルーカス・ベーダー
35 ウクライナの旗 MF ヴラドレン・ユルチェンコ
36 ドイツの旗 GK ニクラス・ロンプ
38 ドイツの旗 MF カリム・ベララビ (Flag of Morocco.svg)
39 ドイツの旗 MF ベンヤミン・ヘンリヒス
44 スロベニアの旗 MF ケヴィン・カンプル

ローン移籍選手[編集]

in
No. Pos. 選手名
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名
-- ギリシャの旗 DF キリアコス・パパドプーロス (RBライプツィヒ)
-- ブラジルの旗 DF アンドレ・ラマーリョ (1.FSVマインツ05)
-- ドイツの旗 DF ロビン・ベッカー (1.FCハイデンハイム)
-- ドイツの旗 MF マーロン・フレイ (1.FCカイザースラウテルン)
No. Pos. 選手名
-- 韓国の旗 FW 柳承佑 (フェレンツヴァーロシュTC)
-- クロアチアの旗 FW マルク・ブラシュニッチ (SCフォルトゥナ・ケルン)
-- ドイツの旗 DF マルコム・カクタルア (VfLボーフム)

2016-17シーズン移籍[編集]

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

脚注[編集]

  1. ^ シュミット監督が挑む「パワーフットボール」革命 JSports 2015年8月28日

外部リンク[編集]