V・ファーレン長崎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
V・ファーレン長崎
原語表記 V・ファーレン長崎
呼称 V・ファーレン長崎
クラブカラー     青、    オレンジ[1]
創設年 2004年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J2リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 長崎市諫早市を中心とする長崎県全県[1]
ホームスタジアム Nagasaki Athletic Stadium1.JPGトランスコスモススタジアム長崎[1]
収容人数 20,258[1]
運営法人 株式会社V・ファーレン長崎[1]
代表者 高田明[1]
監督 日本の旗 高木琢也[1]
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社V・ファーレン長崎
CORPORATION V.VAREN NAGASAKI
種類 株式会社
本社所在地 859-0403
長崎県諫早市多良見町化屋1808-1[1]
設立 2006年6月28日[2]
業種 サービス業
法人番号 1310001009009
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 高田明
資本金 3億4,000万円[2]
売上高 7億4,900万円 (2017年1月期)[3]
営業利益 ▲1億2,900万円 (2017年1月期)[3]
経常利益 ▲1億3,300万円 (2017年1月期)[3]
純利益 ▲1億3,800万円 (2017年1月期)[3]
純資産 1,300万円 (2017年1月期)[3]
総資産 2億1,400万円 (2017年1月期)[3]
決算期 1月期
主要株主 ジャパネットホールディングス 100%(2017年5月16日時点[4]
関係する人物 小嶺忠敏
外部リンク http://www.v-varen.com/
テンプレートを表示

V・ファーレン長崎(ヴィ・ファーレンながさき、V Varen Nagasaki)は日本の長崎市諫早市を中心とする長崎県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

2009年Jリーグ準加盟クラブとして承認され[1]、2012年11月にJリーグへ加盟した[1]。「V・ファーレン」の内、「V」はポルトガル語で勝利を意味するVITORIA(ヴィトーリア)とオランダ語で平和を意味するVREDE(ブレーダ)の頭文字、「ファーレン」(VAREN)はオランダ語で「航海」を意味している[1]

ホームスタジアムはトランスコスモススタジアム長崎、練習場は、長崎市の「V・ファーレン十八銀行フィールド」と、諫早市の「諫早市サッカー場」を主に使用している。また長崎市総合運動公園、国見総合運動公園、平成町多目的広場[1]長崎市営ラグビー・サッカー場などを使用することもある(詳細は#スタジアムを参照)。マスコットはヴィヴィくんである。

歴史[編集]

前史[編集]

2004年、有明町(2006年1月に島原市に編入)で活動していた「有明SC」と国見高校サッカー部OBを中心に結成された「国見FC」が統合した「有明SC」が前身[1][5]。2004年、長崎県サッカーリーグ1部で優勝。また、九州各県リーグ決勝大会でも準優勝して九州リーグ昇格を決めた(決勝はFC琉球に敗退)。

2005年 - 2008年(九州リーグ)[編集]

2005年

元サッカー日本代表の高木琢也がテクニカル・アドバイザーに就任。また、同年より「V・ファーレン長崎」へ改称した[1][2]

2006年

6月、クラブの運営法人を特定非営利活動法人(NPO法人)の「V・ファーレン長崎スポーツコミュニティ」から「株式会社V・ファーレン長崎」へ移行[1]。なお、V・ファーレン長崎スポーツコミュニティは、地域振興業務を中心に活動。九州リーグで初優勝し、全国社会人サッカー選手権大会(以下全社)も優勝した。全国地域サッカーリーグ決勝大会は決勝ラウンド3戦3敗の成績で最下位に終わった。なお、10月に元セレッソ大阪監督の小林伸二が強化部長兼アシスタントコーチに就任。

2007年

大渕龍介が監督に就任したが開幕前の3月24日付で解任。前監督で総監督の岩本文昭が再び監督に就任した。

2008年

愛媛FCユース元監督の東川昌典が監督に、強化育成部長にアビスパ福岡、元チーム統括グループ副長の中村重和がそれぞれ就任した(前監督の岩本は長崎銀行からの派遣という形でクラブの事業部長兼総務部長に就任)。九州リーグは2位。第32回全国地域サッカーリーグ決勝大会は決勝ラウンド2位(FC町田ゼルビアが優勝)の成績を収めた。12月9日、日本フットボールリーグ(JFL)の評議員会でJFLへの昇格が承認された。

2009年 - 2012年(JFL)[編集]

2009年

2月、Jリーグ準加盟クラブとして承認された[1] が、ホームスタジアムの長崎県立総合運動公園陸上競技場の改修(2010年7月から3年間、第69回国民体育大会の開催に伴う)時期の代替スタジアムの目処が無いことなどより、2010年度のJリーグ入りを断念した。

JFLリーグ戦は開幕から低迷し、6月4日付で東川を監督より解任。後任の大久保毅も6月30日に辞任したため、岩本文昭が監督代行を務めた後、7月22日に監督に就任したが、JFLリーグ戦は11位の成績に終わった。天皇杯は2回戦で横浜F・マリノスに敗退した。

2010年

ザスパ草津元監督の佐野達が監督に就任。なお、Jリーグ入会予備審査で前年同様の指摘を受けて、2011年度のJリーグ加盟を断念した[6]。運営会社の代表取締役であった小嶺忠敏は2年連続でスタジアム問題等によりJ2参入を逃した責任を取って辞任した。リーグ戦は5位の成績。天皇杯は2回戦で横浜FMに敗退。

2011年

2011年1月11日、運営会社の代表取締役社長に元長崎銀行支店長の宮田伴之が就任。なお、小嶺はチームアドバイザーに就任。2011年はJリーグ入会予備審査申請自体を見送った。リーグ戦は5位の成績。天皇杯は2回戦で東京Vに敗北。

2012年

リーグ戦は前半戦を首位で折り返して、天皇杯でのJFLシードを獲得。なお、天皇杯は2回戦で千葉に敗退した。また、U-18チームを設立し、U-18監督にOBの原田武男、コーチに竹村栄哉加藤寿一がそれぞれ就任。

9月、2013年のJリーグクラブライセンスについて、条件付きながらJ2ライセンスが交付された(2013年シーズン開幕までにスタジアムが供用開始できること及びJ2入会審査に合格すること)[7]

11月11日、JFL初優勝が決定。11月12日のJリーグ臨時理事会で正式にJリーグへの入会が承認され、2013年シーズンからのJ2参加が決定した[8]。シーズン終了後、クラブ側の「監督も含め、もっと県民に親しまれ、愛されるチームをつくるための一つの方策」との方針を理由として佐野が監督を退任した[9]

2013年 - (J2)[編集]

2013年
チームスローガン:「飛翔 -Fly&Run-

ロアッソ熊本監督で、2005年にテクニカルアドバイザーであった高木琢也が監督に就任[10]。J2昇格後初年度は12位以内、2年目にJ1昇格プレーオフ圏内となる6位以内、3年目に自動昇格圏となる2位以内を目指すと発表した[11]

9月、2014年度のJリーグクラブライセンスについて、J1ライセンスが交付された[12]

リーグ戦は、第4節ホーム富山戦でJ2初勝利。その後、第15節ホーム京都に敗れるまで4連勝1回を含む11試合負けなしで、第13節終了時に2位、その後もプレーオフ圏内の6位以内を維持。第40節終了時にはJ1昇格プレーオフ準決勝のホームゲーム開催権の与えられる4位であったが、第41節および42節と連敗して最終成績は6位(なお、J2創設後に新規加入したクラブとして初年度過去最高の順位)。プレーオフ準決勝は京都と引き分けたが、規定により決勝進出は成らなかった。天皇杯は2回戦で東京Vに敗北。

2014年
チームスローガン:「努力=無限

高木体制2年目。4月、運営会社の社長に大村市元副市長の内田正次郎が就任した。

リーグ戦は、第1節、5節から13節で、昇格圏に入るが、怪我人の続出で、第9節から16節と第18節から25節に8試合連続未勝利となる。また後半戦に入ると1度も1桁順位に復帰できず、第40節の東京Vに敗れたことで、プレーオフの可能性が消滅。年間成績は14位。 天皇杯は、4回戦で千葉に敗退した。

2015年
チームスローガン:「結心 ~ナガサキをひとつに~ ALL FOR NAGASAKI

高木体制3年目。

リーグ戦は、3節以降17節まで昇格圏内の順位をキープ、18節に一度昇格圏内から落ちたが、34節以降プレーオフ圏内に再浮上、最終順位は6位で、2年ぶり2度目の昇格プレーオフ進出を決めた。昇格プレーオフは、この年プレーオフを制してJ1に昇格する福岡に敗れ準決勝で敗退した。天皇杯は2回戦で大分に敗退した。

2016年

高木体制4年目。4月、運営会社の社長に池ノ上俊一が就任。内田正二郎前代表取締役社長は取締役会長へ就任した。

深井正樹相模原)、花井聖北九州)、黒木聖仁甲府)、イ・ヨンジェ京都)、刀根亮輔(レンタル移籍期間満了)ら15名が退団。

補強は、上本大海仙台)、昨年栃木SCへレンタル移籍していたパク・ヒョンジン広島)、田中輝希名古屋)、永井龍C大阪)、田中裕人磐田からレンタル移籍)らを補強。昨年レンタル移籍だった梶川諒太が完全移籍に移行。新外国人として、富川FCからロドリゴが加入した。

シーズン中には、武内大(契約解除)、植草裕樹清水へ完全移籍)、ロドリゴ(北九州へレンタル移籍)がチームを去ったが、元日本代表の坂井達弥白星東(ともに鳥栖)、碓井鉄平長野)をレンタル移籍で補強した。また10月12日には甲府からレンタル移籍で加入していた松本大輝が日本サッカー協会選手契約書内第9条1(5)にある「クラブの秩序風紀を乱す行為」があったことを理由レンタル移籍契約終了となり退団した。

最終順位は15位。天皇杯は2回戦で横浜FCに敗退した。

2017年

高木体制5年目。

永井龍名古屋)、大久保択生FC東京)、梶川諒太東京V)、佐藤洸一金沢)、岸田翔平(レンタル移籍期間満了)ら16名が退団。

補強は、昨年山口へレンタル移籍していて2013年在籍していた幸野志有人(FC東京)、乾大知群馬)、福田健介甲府)、田代真一山形)、増田卓也広島からレンタル移籍)らを補強。昨年レンタル移籍だった木村裕が完全移籍に移行。新外国人としてUCAMムルシアからファンマハート・オブ・ミドロシアンFCに所属していたが、2016年夏からフリーになっていたミゲル・パジャルドが加入した。

経営問題[編集]

2017年2月に日本プロサッカーリーグ (法人)からの監査を受けて[4]、同月8日に社長の池ノ上俊一および常勤役員全員が辞任を表明[13]し、15日には新しい役員人事が発表され、大株主の一社であるチョープロ社長の荒木健治が会長に就任した[14]

3月、池ノ上がクラブハウス内に開設した鍼灸院において療養費の不適切な保険請求が行われていたこと[15]および、同月1日に開かれた臨時株主総会では、資金不足が深刻化し早ければ4月にも社員への給与未払いが発生する見込みであることが明らかにされた[16]

3月7日、英会話教室のNOVAホールディングスが出資を打診し[17]、経営陣は3月10日に一旦はNOVAからの出資を受け入れる意向を表明するが[18]、同日に当時の筆頭株主であるジャパネットホールディングス(以下「ジャパネット」)がチームを100%子会社化する意向を表明し、翌日にジャパネットの支援を受ける方針を決めた[19]

ジャパネットは3月20日に既存株主[注 1]に対して株式買取について説明を行った。

2017年4月20日時点で第三者割当増資と既存株主からの株式譲渡によりジャパネットがクラブ運営会社の89.5%の株式を取得[20]、4月25日に株主総会と取締役会を開き、同日付でジャパネットの創業者・髙田明が代表取締役社長に就任した[21][22]。同年5月16日付で全株式を取得した[4]

新たな経営陣が過去の経営体制の洗い直しを行っていたところ、2015年の開幕節から2017年第6節(4月2日)までのホームゲーム45試合で発表された入場者数について、「広告収入減を避けるため」との理由から入場者実数に運営関連スタッフ等を上乗せして発表していたことが判明[23]。Jリーグに報告の上、2017年7月25日に行われた理事会で譴責と制裁金300万円の処分を受けた[24]

成績[編集]

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

その他[編集]

個人[編集]

スタジアム[編集]

長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場

ホームスタジアムはトランスコスモススタジアム長崎である。なお、過去のホームゲーム開催スタジアムは当項目を参照のこと。

なお、2009年にクラブは長崎県サッカー協会などと協力して長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場の改修を求める署名活動を実施した[25] が、同競技場のJリーグ基準への改修は最終的に断念した。詳細は当項目を参照。

また、V・ファーレンは将来長崎市に球技専用スタジアムを建設しようと2012年に署名活動を行っていた[26]

その後2014年に、県内のサッカー・ラグビーなど体育関連団体が中心となって、長崎市茂里町、JR九州長崎本線浦上駅、および長崎電気軌道の浦上駅前電停のすぐ近くにある「中部下水処理場」跡地(2016年度末に全体の約4割が稼働停止、更に2023年には全面操業停止予定)に球技専用スタジアム「茂里町スタジアム」(仮称)を建設する構想を発表し、引き続き署名活動を進めている[27]

計画では、V・ファーレンの本拠地を長崎県立陸上競技場から移転させるほか、2019年ラグビーワールドカップのキャンプ地、2020年東京オリンピックのサッカー、7人制ラグビーの試合会場などを想定している。

2014年9月、長崎市東部の戸石町に専用練習場「V・ファーレン十八銀行フィールド」が完成した[28]十八銀行の所有していた「十八銀行戸石グラウンド」に天然芝等を整備したもの。2015年4月にはグラウンドに隣接する形でクラブハウスもオープンした。クラブハウスは元々空き家だった日本家屋をリフォームしたもので、その見た目がメディアでも話題となった[29]

2016年8月には、同月に供用開始した諫早市多良見町諫早市サッカー場を新たな練習場として使用開始[30]、十八銀行フィールドと併用する。2017年3月には併設のクラブハウスが完成したが[31]、同クラブハウスは一般社団法人が所有権を持っており、前述の経営問題の影響で一般社団法人の運営方針が不透明な状態が続いているため、同年7月現在供用開始に至っていない。

ユニフォーム[編集]

チームカラー[編集]

  •    [1]    オレンジ[1]
    • 2007年 - 2010年シーズンの2ndユニフォームはオレンジ。
    • 2012年シーズン、1stユニフォームは青、2ndユニフォームはグレー。

限定ユニフォーム[編集]

戦後70年、長崎での被爆70年を迎えた2015年の夏より、平和を祈念するユニフォームを発表。原爆の悲惨さとともに、スポーツのできる平和の尊さを感じられるように、という思いが込められている。

  • 2015年 : チームカラーである青とオレンジのグラデーションをベースに、ユニフォーム全体に祈りの折り鶴模様をプリント。また、長崎の平和を象徴する「平和祈念像」のシルエットを配置。長崎の象徴とも言えるこの平和祈念像をデザインに入れることで、若者を含めた様々な層へ、原爆投下日である1945年8月9日の認知、原爆の悲惨さと平和の尊さを喚起できるデザインとしている。8月に開催する2回のホームゲーム限定で着用された。なお、売上の一部は、日中韓3カ国による小学生サッカー大会「第1回 VREDE CUP in NAGASAKI」(8月15-16日開催)に寄付された[32]
  • 2016年 : シャツの前面には平和祈念像をプリント。原爆の脅威を表す右手を中心に据え、天を指す指先に陰影をつけて強調。また、左右の異なるカラーを切り裂くように下から上へと昇るような光を、指先に合わせることで、過去から未来へと平和の光を照らし続けていけるように、という願いを込めている。また、シャツの背面には、ギリシャ政府によって長崎に贈られた長崎誓いの火・灯火台をデザイン。7~8月に開催する3回のホームゲーム限定で着用された[33]
  • 2017年 : 折り鶴とタスキ、そして長崎の象徴になっている「平和祈念像」をデザイン。平和の象徴である折り鶴をベースに、左肩から右裾にかけて、折り鶴によるタスキを浮かび上がらせ、原爆の悲惨さと平和の尊さを次世代につないでいく気持ちを表している。また、右肩にはチームカラーのブルーとオレンジで折り鶴をプリント。8面9点で描かれた折り鶴で、原爆が落とされた日付である8月9日を象徴。一方、背面には平和祈念像を配置している。「長崎を最後の被爆地に」という思いを、長崎から世界に向けて発信していく。8月の3試合限定で着用された[34]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ジャパネットたかた Japanet 2009年 - 2010年
2012年 -
2009年 - 2010年、2012年 - 2014年は
「ジャパネットたかた」表記
背中上部 チョープロ チョープロ 2015年 - 2011年 - 2012年は袖
背中下部 リンガーハット リンガーハット 2017年 - 2012年 - 2014年は背中上部
2015年はパンツ
2016年は袖
岩崎本舗 岩崎本舗 2013年 - 2015年
2017年 -
2006年 - 2008年途中は背中上部
2016年は背中下部
パンツ 長崎自動車 名もなき一日を走る。
長崎バス
2017年 -

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2006 親和銀行 岩崎本舗 解禁前 - 玄海酒造 PUMA
2007
2008 岩崎本舗 /
KMT LABO
タクショク
2009 ジャパネット
たかた
- 親和銀行 山田青果卸売市場
2010 -
2011 - チョープロ
2012 ジャパネット
たかた
リンガーハット 長崎新聞 PENALTY
2013 岩崎本舗 -
2014 hummel
2015 Japanet チョープロ リンガーハット
2016 岩崎本舗 リンガーハット -
2017 リンガーハット 岩崎本舗 名もなき一日を走る。
長崎バス

下部組織[編集]

ユースチームとして、「U-18」(2012年発足)、「U-15」(2010年4月発足)、「U-12」(2011年4月発足)を有し、U-15はJリーグ U-13サザンクロスに参加している。また、2008年6月に開設した「V・ファーレン長崎サッカースクール」も別途運営しており、ジュニアA(小学校4・5・6年生)、ジュニアB(小学校1・2・3年生)、キッズ(幼稚園年中、年長)の3カテゴリから構成されている[35]。なお、株式会社V・ファーレン長崎で行っていたアカデミーの運営の一部を2014年度より一般社団法人V.V.NAGASAKIスポーツクラブ(2014年3月19日設立)へ移管した[36]

また、2016年7月、セカンドチームとして18歳から23歳以下からなる「V・ファーレン長崎U-24」が創設された[37]

脚注・出典[編集]

注記[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ ジャパネットへの株式譲渡前時点での株主構成は、ジャパネットホールディングスが19.26%、チョープログループ(チョープロ、長崎プロパン)が11.86%、アイティーアイメモリード、V・ファーレン長崎支援持株会が各4.45%[20]

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s クラブガイド:V・ファーレン長崎”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年8月19日閲覧。
  2. ^ a b c クラブ概要”. V・ファーレン長崎. 2017年8月19日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 2016年度(平成28年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年8月19日閲覧。
  4. ^ a b c 長崎の夢、潰さない 高田明社長、経営再建に汗”. 毎日新聞 (2017年7月25日). 2017年8月19日閲覧。
  5. ^ 有明SCの軌跡”. 長崎新聞公式HP (2005年3月4日). 2012年11月14日閲覧。
  6. ^ 来季のJ2昇格断念 選手落胆「やっぱり」”. 長崎新聞公式HP (2009年9月17日). 2012年11月14日閲覧。
  7. ^ “クラブライセンス交付第一審査機関(FIB)による 2013シーズン Jリーグクラブライセンスの交付について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2012年9月28日), https://www.j-league.or.jp/release/000/00004701.html 2013年12月31日閲覧。 
  8. ^ 【Jリーグ臨時理事会】終了後の大東和美Jリーグチェアマン会見コメント”. J's GOAL (2012年11月12日). 2012年11月14日閲覧。
  9. ^ 監督の退任でV長崎が会見 長崎新聞ホームページ 2012年11月22日付
  10. ^ 高木琢也氏 トップチーム監督就任のお知らせ”. J's Goal (2012年12月20日). 2013年2月2日閲覧。
  11. ^ 高木新監督起用の長崎、「3年でJ1昇格」目標に 読売新聞 2012年12月21日付記事
  12. ^ “2014シーズンに関するJ1クラブライセンスの取得について”. V・ファーレン長崎. (2013年9月30日). http://www.v-varen.com/news/4160.html 2013年10月3日閲覧。 
  13. ^ V長崎会長「申し訳ない」社長ら辞表 クラブ関係者も衝撃 - 西日本新聞・2017年2月9日
  14. ^ 1億2000万円赤字のV長崎が役員人事変更 - 長崎文化放送・2017年2月15日
  15. ^ V長崎整骨院不適切請求か - 長崎新聞・2017年3月1日
  16. ^ V・ファーレン長崎来季J3降格危機 臨時株主総会「来月にも資金不足」 - 西日本新聞・2017年3月2日
  17. ^ V・ファーレン長崎 NOVAと出資交渉 県内企業の支援にも期待 - 西日本新聞・2017年3月8日
  18. ^ 経営危機のJ2長崎 NOVA支援受け入れ発表 - 読売新聞・2017年3月11日
  19. ^ J2のファーレン長崎支援 NOVAから一転、ジャパネットに - 西日本新聞・2017年3月11日
  20. ^ a b “V長崎、新たな「県民クラブ」へ 高田明新社長就任、スピード感もって改革”. 西日本新聞. (2017年4月27日). https://www.nishinippon.co.jp/nnp/nagasaki/article/324472/ 2017年5月27日閲覧。 
  21. ^ “J2長崎社長に高田明氏 ジャパネット創業者”. 日本経済新聞. (2017年4月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXLZO15740000V20C17A4LX0000/ 2017年4月26日閲覧。 
  22. ^ “実行委員選任について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2017年4月25日), https://www.jleague.jp/release/post-48728/ 2017年4月26日閲覧。 
  23. ^ “J2長崎、入場者水増し 過去数年、25日の理事会で処分”. 西日本新聞. (2017年7月25日). https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/345529/ 2017年7月26日閲覧。 
  24. ^ “V・ファーレン長崎に対する制裁決定について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (20173-07-25), https://www.jleague.jp/release/post-49781/ 2017年7月25日閲覧。 
  25. ^ かきどまりに照明を 競技場改修求め署名活動”. 長崎新聞公式HP (2009年10月12日). 2012年11月14日閲覧。
  26. ^ サッカー専用スタジアム建設署名活動について(2012年9月19日 同11月14日閲覧)(2013年4月24日時点のアーカイブ
  27. ^ (仮)茂里町スタジアムプロジェクト長崎市茂里町に「フットボール専用スタジアム」、建設署名活動へ(2014年7月31日 長崎経済新聞 11月2日閲覧)
  28. ^ 「V・ファーレン十八銀行フィールド」落成式!” (2014年9月27日). 2015年3月21日閲覧。
  29. ^ どう見ても“家” 話題のV・長崎のクラブハウスを見学してきた! - SUUMOジャーナル・2015年6月24日
  30. ^ <諫早市×V・ファーレン>「諫早市サッカー場」供用開始! - V・ファーレン長崎 2016年8月1日
  31. ^ V長崎クラブハウス3月完成 - 長崎新聞・2016年12月16日
  32. ^ “原爆投下70年、平和を祈念したV・長崎ユニフォーム” (プレスリリース), hummel公式サイト, http://www.ssksports.com/hummel/nagasaki10th/ 2017年9月18日閲覧。 
  33. ^ “被爆71年、V・ファーレン長崎と平和祈念ユニフォームを発表” (プレスリリース), hummelサイト, http://www.ssksports.com/hummel/2016-nagasaki-peace/ 2017年9月18日閲覧。 
  34. ^ “V・ファーレン長崎と平和祈念ユニフォームを発表” (プレスリリース), hummelサイト, http://www.ssksports.com/hummel/2017-nagasaki-peace/ 2017年9月18日閲覧。 
  35. ^ V・ファーレン長崎サッカースクール規約(第2条) (PDF) 2013年3月12日閲覧
  36. ^ “V.V.NAGASAKI総合型地域スポーツクラブの発足について” (プレスリリース), V・ファーレン長崎, (2014年4月29日), http://www.v-varen.com/news/9994.html 2014年4月30日閲覧。 
  37. ^ “<V.V.NAGASAKIスポーツクラブ>「V・ファーレン長崎U-24(仮称)」設立及び選手募集のお知らせ” (プレスリリース), V・ファーレン長崎, (2016年7月15日), http://www.v-varen.com/news/39176.html 2016年12月16日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]