V・ファーレン長崎

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V・ファーレン長崎
原語表記 V・ファーレン長崎
呼称 V・ファーレン長崎
クラブカラー     青、    オレンジ[1]
創設年 2004年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J1リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 長崎市諫早市を中心とする長崎県全県[1]
ホームスタジアム Nagasaki Athletic Stadium1.JPGトランスコスモススタジアム長崎[1]
収容人数 20,258[1]
運営法人 株式会社V・ファーレン長崎[1]
監督 日本の旗 高木琢也[1]
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社V・ファーレン長崎
CORPORATION V.VAREN NAGASAKI
種類 株式会社
本社所在地 859-0403
長崎県諫早市多良見町化屋1808-1[1]
設立 2006年6月28日[2]
業種 サービス業
法人番号 1310001009009
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 代表取締役社長 高田明
資本金 3億4,000万円[2]
売上高 7億4,900万円 (2017年1月期)[3]
営業利益 ▲1億2,900万円 (2017年1月期)[3]
経常利益 ▲1億3,300万円 (2017年1月期)[3]
純利益 ▲1億3,800万円 (2017年1月期)[3]
純資産 1,300万円 (2017年1月期)[3]
総資産 2億1,400万円 (2017年1月期)[3]
決算期 1月期
主要株主 ジャパネットホールディングス 100%(2017年5月16日時点[4]
関係する人物 小嶺忠敏
外部リンク http://www.v-varen.com/
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V・ファーレン長崎(ヴィ・ファーレンながさき[注 1]V Varen Nagasaki)は日本の長崎市諫早市を中心とする長崎県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

2009年Jリーグ準加盟クラブとして承認され[1]、2012年11月にJリーグへ加盟した[1]。「V・ファーレン」の内、「V」はポルトガル語で勝利を意味するVITORIA(ヴィトーリア)とオランダ語で平和を意味するVREDE(ブレーダ)の頭文字、「ファーレン」(VAREN)はオランダ語で「航海」を意味している[1]

ホームスタジアムはトランスコスモススタジアム長崎、練習場は、諫早市の「諫早市サッカー場/なごみクラブハウス」を主に使用している。また、雲仙市の国見総合運動公園、島原市の平成町多目的広場[1] なども使用することがある(詳細は#スタジアムを参照)。マスコットはヴィヴィくんである。

歴史[編集]

前史[編集]

2004年、有明町(2006年1月に島原市に編入)で活動していた「有明SC」と国見高校サッカー部OBを中心に結成された「国見FC」が統合した「有明SC」が前身[1][5]。2004年、長崎県サッカーリーグ1部で優勝。また、九州各県リーグ決勝大会でも準優勝して九州リーグ昇格を決めた(決勝はFC琉球に敗退)。

2005年 - 2008年(九州リーグ)[編集]

2005年
元サッカー日本代表の高木琢也がテクニカル・アドバイザーに就任。また、同年よりチーム名を「V・ファーレン長崎」へ改称した[1][2]
2006年
6月、クラブの運営法人を特定非営利活動法人(NPO法人)の「V・ファーレン長崎スポーツコミュニティ」から「株式会社V・ファーレン長崎」へ移行[1]。なお、V・ファーレン長崎スポーツコミュニティは、地域振興業務を中心に活動。九州リーグで初優勝し、全国社会人サッカー選手権大会(以下全社)も優勝した。全国地域サッカーリーグ決勝大会は決勝ラウンド3戦3敗の成績で最下位に終わった。なお、10月に元セレッソ大阪監督の小林伸二が強化部長兼アシスタントコーチに就任。
2007年
大渕龍介が監督に就任したが開幕前の3月24日付で解任。前監督で総監督の岩本文昭が再び監督に就任した。
2008年
愛媛FCユース元監督の東川昌典が監督に、強化育成部長にアビスパ福岡、元チーム統括グループ副長の中村重和がそれぞれ就任した(前監督の岩本は長崎銀行からの派遣という形でクラブの事業部長兼総務部長に就任)。九州リーグは2位。第32回全国地域サッカーリーグ決勝大会は決勝ラウンド2位(FC町田ゼルビアが優勝)の成績を収めた。12月9日、日本フットボールリーグ(JFL)の評議員会でJFLへの昇格が承認された。

2009年 - 2012年(JFL)[編集]

2009年
2月、Jリーグ準加盟クラブとして承認された[1] が、ホームスタジアムの長崎県立総合運動公園陸上競技場の改修(2010年7月から3年間、第69回国民体育大会の開催に伴う)時期の代替スタジアムの目処が無いことなどより、2010年度のJリーグ入りを断念した。
JFLリーグ戦は開幕から低迷し、6月4日付で東川を監督より解任。後任の大久保毅も6月30日に辞任したため、岩本文昭が監督代行を務めた後、7月22日に監督に就任したが、JFLリーグ戦は11位の成績に終わった。天皇杯は2回戦で横浜F・マリノスに敗退した。
2010年
ザスパ草津元監督の佐野達が監督に就任。なお、Jリーグ入会予備審査で前年同様の指摘を受けて、2011年度のJリーグ加盟を断念した[6]。運営会社の代表取締役であった小嶺忠敏は2年連続でスタジアム問題等によりJ2参入を逃した責任を取って辞任した。
リーグ戦は5位の成績。天皇杯は2回戦で横浜FMに敗退。
2011年
1月11日、運営会社の代表取締役社長に元長崎銀行支店長の宮田伴之が就任し、小嶺はチームアドバイザーに就任。2011年はJリーグ入会予備審査申請自体を見送った。
リーグ戦は5位の成績。天皇杯は2回戦で東京Vに敗北。
2012年
リーグ戦は前半戦を首位で折り返して、天皇杯でのJFLシードを獲得。なお、天皇杯は2回戦で千葉に敗退した。また、U-18チームを設立し、U-18監督にOBの原田武男、コーチに竹村栄哉加藤寿一がそれぞれ就任。
9月、2013年のJリーグクラブライセンスについて、条件付きながらJ2ライセンスが交付された(2013年シーズン開幕までにスタジアムが供用開始できること及びJ2入会審査に合格すること)[7]
11月11日、JFL初優勝が決定。11月12日のJリーグ臨時理事会で正式にJリーグへの入会が承認され、2013年シーズンからのJ2参加が決定した[8]。シーズン終了後、クラブ側の「監督も含め、もっと県民に親しまれ、愛されるチームをつくるための一つの方策」との方針を理由として佐野が監督を退任した[9]

2013年 - 2017年(J2)[編集]

2013年
チームスローガン:「飛翔 -Fly&Run-
ロアッソ熊本監督で、2005年にテクニカルアドバイザーであった高木琢也が監督に就任[10]。J2昇格後初年度は12位以内、2年目にJ1昇格プレーオフ圏内となる6位以内、3年目に自動昇格圏となる2位以内を目指すと発表した[11]
9月、2014年度のJリーグクラブライセンスについて、J1ライセンスが交付された[12]
リーグ戦は、第4節ホーム富山戦でJ2初勝利。その後、第15節ホーム京都に敗れるまで4連勝1回を含む11試合負けなしで、第13節終了時に2位、その後もプレーオフ圏内の6位以内を維持。第40節終了時にはJ1昇格プレーオフ準決勝のホームゲーム開催権の与えられる4位であったが、第41節および42節と連敗して最終成績は6位(なお、J2創設後に新規加入したクラブとして初年度過去最高の順位)。プレーオフ準決勝は京都と引き分けたが、規定により決勝進出は成らなかった。天皇杯は2回戦で東京Vに敗退した。
2014年
チームスローガン:「努力=無限
高木体制2年目。4月、運営会社の社長に大村市元副市長の内田正次郎が就任した。
リーグ戦は、第1節、5節から13節で、昇格圏に入るが、怪我人の続出で、第9節から16節と第18節から25節に8試合連続未勝利となる。また後半戦に入ると1度も1桁順位に復帰できず、第40節の東京Vに敗れたことで、プレーオフの可能性が消滅。年間成績は14位。
天皇杯は、4回戦で千葉に敗退した。
2015年
チームスローガン:「結心 ~ナガサキをひとつに~ ALL FOR NAGASAKI
高木体制3年目。
リーグ戦は、3節以降17節まで昇格圏内の順位をキープ、18節に一度昇格圏内から落ちたが、34節以降プレーオフ圏内に再浮上、最終順位は6位で、2年ぶり2度目の昇格プレーオフ進出を決めた。昇格プレーオフは、この年プレーオフを制してJ1に昇格する福岡に敗れ準決勝で敗退した。天皇杯は2回戦で大分に敗退した。
2016年
高木体制4年目。4月、運営会社の社長に池ノ上俊一が就任。内田正二郎前代表取締役社長は取締役会長へ就任した。
深井正樹相模原)、花井聖北九州)、黒木聖仁甲府)、イ・ヨンジェ京都)、刀根亮輔(期限付き移籍期間満了)ら15名が退団。
補強は、上本大海仙台)、昨年栃木SCへ期限付き移籍していたパク・ヒョンジン広島)、田中輝希名古屋)、永井龍C大阪)、田中裕人磐田から期限付き移籍)らを補強。昨年期限付き移籍だった梶川諒太が完全移籍に移行。新外国人として、富川FCからロドリゴが加入した。
シーズン中には、武内大(契約解除)、植草裕樹清水へ完全移籍)、ロドリゴ(北九州へ期限付き移籍)がチームを去ったが、元日本代表の坂井達弥白星東(ともに鳥栖)、碓井鉄平長野)を期限付き移籍で補強した。また10月12日には甲府から期限付き移籍で加入していた松本大輝が日本サッカー協会選手契約書内第9条1(5)にある「クラブの秩序風紀を乱す行為」があったことを理由期限付き移籍契約終了となり退団した。
最終順位は15位。天皇杯は2回戦で横浜FCに敗退した。
2017年
高木体制5年目。
永井龍名古屋へ、大久保択生FC東京へ、梶川諒太東京Vへ、佐藤洸一金沢へそれぞれ完全移籍、岸田翔平が期限付き移籍期間満了となるなど16名が退団。
一方で補強は、FC東京から、前年山口へプレーしており、2013年に在籍していた幸野志有人群馬から乾大知甲府から福田健介山形から田代真一を完全移籍で、広島から増田卓也をそれぞれ期限付き移籍で獲得。昨年期限付き移籍だった木村裕が完全移籍に移行。新外国人としてUCAMムルシアからファンマハート・オブ・ミドロシアンFCに所属していたが、2016年夏からフリーになっていたミゲル・パジャルドが加入した。
シーズン前に経営問題が発覚するものの(後述)、リーグ開幕戦は群馬戦に4-0と大勝。しかし続く2試合で1分1敗となり、第3節終了時には11位まで順位を下げる。しかしこれが年間最低順位となり、直後の第4節から3連勝で一気に3位まで順位を戻し、その後前半戦中盤は混戦となったこともあって3位から9位の間を推移、しかし前半戦終了となる第21節には前節の9位から4位に浮上、10勝5分6敗の勝点35、自動昇格圏内の2位とは勝点差8で前半戦を終える。
天皇杯では、初戦となる2回戦で山形に延長戦の末1-0で敗れた。
シーズンを通じ、リーグ戦の連敗は第7節からの3連敗と、第24・25節の2連敗のみ[13] と大きな連敗がなく、後半戦は常にJ1昇格プレーオフ圏内となる6位以上を維持したものの、第27節湘南戦に敗れた際は、同節終了時2位の福岡に勝点差を11にまで広げられる。しかし、第30節京都戦の勝利から、5連勝と3連勝を含む12戦連続負けなしとなった一方、2位の福岡が第28節から6試合連続未勝利となったことなどもあり、第33終了時には、ついに福岡を抜いて、第2節以来となるJ1自動昇格圏内の2位に浮上。その後福岡とのデッドヒートに勝ち星を積み上げた名古屋が絡む三つどもえの展開となる。
3位名古屋・4位福岡と勝ち点差2の2位で迎えた11月11日の第41節、昼の試合で名古屋が敗れて福岡が引き分けに終わり、その日のナイトゲーム・ホーム讃岐戦に勝てば2位確定(J1自動昇格)という状況を迎えた。クラブ史上最多の22,407人の観客を集めたこの試合、唯一JFL時代から在籍する前田悠佑の勝ち越しゴールなどで3-1で勝利。J2昇格から5年目にして初のJ1昇格を成し遂げた。

2018年 - (J1)[編集]

2018年
高木体制6年目。
ナショナルトレセンコーチなどを務めた松田浩が育成部部長に就任、元長崎U-18監督で昨シーズン北九州の監督を務めていた原田武男がトップチームコーチとして復帰、貝崎佳祐がトップチームテクニカルコーチ就任。
村上佑介が現役引退、古部健太三浦雄也ミゲル・パジャルドと契約更新せず退団、C大阪から期限付き移籍していた丸岡満が期間満了につき退団(今季から山口へ期限付き移籍)、ソン・ヨンミン讃岐に完全移籍、林田隆介JFLヴェルスパ大分に期限付き移籍、前年から沼津に期限付き移籍していた畑潤基の期限付き移籍を延長した。
一方、FC東京から徳永悠平新潟から前年松本へ期限付き移籍していた鈴木武蔵神戸から徳重健太福岡から中村北斗甲府から黒木聖仁1.FCハイデンハイムからベン・ハロランが完全移籍で、札幌から前年G大阪へ期限付き移籍していた中原彰吾が期限付き移籍でそれぞれ加入、新人として東海学園大学から本多琢人順天堂大学から新里涼米田隼也が加入した。

経営問題[編集]

2017年2月に日本プロサッカーリーグ (法人)からの監査を受けて[4]、同月8日に社長の池ノ上俊一および常勤役員全員が辞任を表明[14] し、15日には新しい役員人事が発表され、大株主の一社であるチョープロ社長の荒木健治が会長に就任した[15]

3月、池ノ上がクラブハウス内に開設した鍼灸院において療養費の不適切な保険請求が行われていたこと[16] および、同月1日に開かれた臨時株主総会では、資金不足が深刻化し早ければ4月にも社員への給与未払いが発生する見込みであることが明らかにされた[17]

3月7日、英会話教室のNOVAホールディングスが出資を打診し[18]、経営陣は3月10日に一旦はNOVAからの出資を受け入れる意向を表明するが[19]、同日に当時の筆頭株主であるジャパネットホールディングス(以下「ジャパネット」)がチームを100%子会社化する意向を表明し、翌日にジャパネットの支援を受ける方針を決めた[20]

ジャパネットは3月20日に既存株主[注 2]に対して株式買取について説明を行った。

2017年4月20日時点で第三者割当増資と既存株主からの株式譲渡によりジャパネットがクラブ運営会社の89.5%の株式を取得[21]、4月25日に株主総会と取締役会を開き、同日付でジャパネットの創業者・髙田明が代表取締役社長に就任した[22][23]。同年5月16日付で全株式を取得した[4]

新たな経営陣が過去の経営体制の洗い直しを行っていたところ、2015年の開幕節から2017年第6節(4月2日)までのホームゲーム45試合で発表された入場者数について、「広告収入減を避けるため」との理由から入場者実数に運営関連スタッフ等を上乗せして発表していたことが判明[24]。Jリーグに報告の上、2017年7月25日に行われた理事会で譴責と制裁金300万円の処分を受けた[25]

成績[編集]

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

その他[編集]

個人[編集]

スタジアム・練習場[編集]

スタジアム[編集]

長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場

ホームスタジアムは諫早市トランスコスモススタジアム長崎である。2014年までは長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場と併用していたが、2015年以降は全てのホームゲームをここで開催している。また、Jリーグ昇格前は島原市営陸上競技場など複数のスタジアムを併用していたなお、過去のホームゲーム開催スタジアムは当項目を参照のこと。

長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場については、2009年に長崎県サッカー協会などと協力して改修を求める署名活動を実施した[26] が、同競技場のJリーグ基準への改修は最終的に断念した。詳細は当項目を参照。

長崎市内での球技専用スタジアム建設に関してはJリーグ昇格前後から動きがあり、2012年に署名活動を行う[27]、2014年に県内のサッカー・ラグビーなど体育関連団体が中心となって、長崎市茂里町の中部下水処理場(2016年度末に全体の約4割が稼働停止、更に2023年には全面操業停止予定)跡地に球技専用スタジアム「茂里町スタジアム」(仮称)を建設する構想を発表し、引き続き署名活動を進める[28]などの動きがあった。

2017年、長崎市幸町の三菱重工業長崎造船所幸町工場の再開発事業計画案募集に、V・ファーレンの親会社となったジャパネットホールディングスが応募。2018年4月24日付でジャパネットが優先交渉先に決定したことが明らかになった。計画では、約2万3000人収容の球技専用スタジアムを建設、その周辺にマンションやオフィス、商業施設を建設するというもので、ジャパネットと竹中工務店(スタジアム建設)・ジョーンズ・ラング・ラサール英語版(不動産開発)との共同事業として取り組むことが想定されている[29]

練習場[編集]

2014年9月、長崎市東部の戸石町に専用練習場「V・ファーレン十八銀行フィールド」が完成した[30]十八銀行の所有していた「十八銀行戸石グラウンド」に天然芝等を整備したもの。2015年4月にはグラウンドに隣接する形でクラブハウスもオープンした。クラブハウスは元々空き家だった日本家屋をリフォームしたもので、その見た目がメディアでも話題となった[31]

2016年8月には、同月に供用開始した諫早市多良見町の諫早市サッカー場/なごみクラブハウスを新たな練習場として使用開始[32]

2017年3月には併設のクラブハウスが完成したが[33]、同クラブハウスは一般社団法人が所有権を持っており、前述の経営問題の影響で一般社団法人の運営方針が不透明な状態が続いていたこともあり、供用開始が遅れていた。その後、諫早市サッカー場の冬芝切り替えに合わせる形で2017年11月15日に移転した[34]

ユニフォーム[編集]

チームカラー[編集]

  •    [1]    オレンジ[1]
    • 2007年 - 2010年シーズンの2ndユニフォームはオレンジ。
    • 2012年シーズン、1stユニフォームは青、2ndユニフォームはグレー。

限定ユニフォーム[編集]

戦後70年、長崎での被爆70年を迎えた2015年の夏より、平和を祈念するユニフォームを発表。原爆の悲惨さとともに、スポーツのできる平和の尊さを感じられるように、という思いが込められている。

  • 2015年 : チームカラーである青とオレンジのグラデーションをベースに、ユニフォーム全体に祈りの折り鶴模様をプリント。また、長崎の平和を象徴する「平和祈念像」のシルエットを配置。長崎の象徴とも言えるこの平和祈念像をデザインに入れることで、若者を含めた様々な層へ、原爆投下日である1945年8月9日の認知、原爆の悲惨さと平和の尊さを喚起できるデザインとしている。8月に開催する2回のホームゲーム限定で着用された。なお、売上の一部は、日中韓3カ国による小学生サッカー大会「第1回 VREDE CUP in NAGASAKI」(8月15-16日開催)に寄付された[35]
  • 2016年 : シャツの前面には平和祈念像をプリント。原爆の脅威を表す右手を中心に据え、天を指す指先に陰影をつけて強調。また、左右の異なるカラーを切り裂くように下から上へと昇るような光を、指先に合わせることで、過去から未来へと平和の光を照らし続けていけるように、という願いを込めている。また、シャツの背面には、ギリシャ政府によって長崎に贈られた長崎誓いの火・灯火台をデザイン。7~8月に開催する3回のホームゲーム限定で着用された[36]
  • 2017年 : 折り鶴とタスキ、そして長崎の象徴になっている「平和祈念像」をデザイン。平和の象徴である折り鶴をベースに、左肩から右裾にかけて、折り鶴によるタスキを浮かび上がらせ、原爆の悲惨さと平和の尊さを次世代につないでいく気持ちを表している。また、右肩にはチームカラーのブルーとオレンジで折り鶴をプリント。8面9点で描かれた折り鶴で、原爆が落とされた日付である8月9日を象徴。一方、背面には平和祈念像を配置している。「長崎を最後の被爆地に」という思いを、長崎から世界に向けて発信していく。8月の3試合限定で着用された[37]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ジャパネットたかた Japanet 2009年 - 2010年
2012年 -
2009年 - 2010年、2012年 - 2014年は
「ジャパネットたかた」表記
鎖骨 なし
背中上部 日本ユニセフ協会 UNICEF 2018年 - 無償掲出[注 3]
背中下部 なし
ハウステンボス ハウステンボス 2018年 -
パンツ リンガーハット リンガーハット 2015年
2018年
2012年 - 2014年は背中上部
2016年は袖
2017年は背中下部

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 鎖骨 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2006 親和銀行 解禁前 岩崎本舗 解禁前 - 玄海酒造 PUMA
2007
2008 岩崎本舗 /
KMT LABO
タクショク
2009 ジャパネット
たかた
- 親和銀行 山田青果卸売市場
2010 -
2011 - チョープロ
2012 ジャパネット
たかた
リンガーハット 長崎新聞 PENALTY
2013 岩崎本舗 -
2014 hummel
2015 Japanet チョープロ リンガーハット
2016 岩崎本舗 リンガーハット -
2017 リンガーハット 岩崎本舗 名もなき一日を走る。
長崎バス
2018 - UNICEF - ハウステンボス リンガーハット

下部組織[編集]

ユースチームとして、「U-18」(2012年発足)、「U-15」(2010年4月発足)、「U-12」(2011年4月発足)を有し、U-15はJリーグ U-13サザンクロスに参加している。また、2008年6月に開設した「V・ファーレン長崎サッカースクール」も別途運営しており、ジュニアA(小学校4・5・6年生)、ジュニアB(小学校1・2・3年生)、キッズ(幼稚園年中、年長)の3カテゴリから構成されている[39]。なお、株式会社V・ファーレン長崎で行っていたアカデミーの運営の一部を2014年度より一般社団法人V.V.NAGASAKIスポーツクラブ(2014年3月19日設立)へ移管した[40]

また、2016年7月、セカンドチームとして18歳から23歳以下からなる「V・ファーレン長崎U-24」が創設された[41]

決算[編集]

V・ファーレン長崎の決算は、つぎのとおり。

損益[編集]

年度 リーグ 収益 広告料 入場料 配分 育成 その他 費用 人件費 試合 トップ 育成 女子 販売 利益 純利益
2013 J2 718 248 132 100 36 203 728 229 115 78 26 0 279 -9 -11
2014 J2 894 502 101 98 35 158 889 335 67 135 28 0 324 5 1
2015 J2 897 440 94 87 9 267 888 348 74 98 10 0 358 9 2

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 20112012201320142015

金額の単位: 百万円

年度 リーグ 収益 広告料 入場料 配分 育成 物販 その他 費用 人件費 試合 トップ 育成 女子 物販 販売 利益 純利益
2016 J2 749 359 74 76 0 54 186 878 322 79 90 0 0 56 331 -129 -138

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 2016

金額の単位: 百万円

資産[編集]

年度 総資産 総負債 純資産 資本金
2013 218 187 31 221
2014 139 67 71 241
2015 221 147 73 240
2016 214 201 13 279

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200520062007200820092010201120122013201420152016

金額の単位: 百万円

脚注・出典[編集]

注記[編集]

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  1. ^ 「V・ファーレン」は、カタカナ表記するときは「ヴィ・ファーレン」と書き、読むときは「ヴィ」を1音節で発声するのが正しい。「ヴイ・ファーレン」や「ブイ・ファーレン」は誤記。
  2. ^ ジャパネットへの株式譲渡前時点での株主構成は、ジャパネットホールディングスが19.26%、チョープログループ(チョープロ、長崎プロパン)が11.86%、アイティーアイメモリード、V・ファーレン長崎支援持株会が各4.45%[21]
  3. ^ ジャパネットホールディングスとV・ファーレン長崎による、日本ユニセフ協会を通じた教育支援活動に基づく無償掲出[38]

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r クラブガイド:V・ファーレン長崎”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年8月19日閲覧。
  2. ^ a b c クラブ概要”. V・ファーレン長崎. 2017年8月19日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 2016年度(平成28年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年8月19日閲覧。
  4. ^ a b c 長崎の夢、潰さない 高田明社長、経営再建に汗”. 毎日新聞 (2017年7月25日). 2017年8月19日閲覧。
  5. ^ 有明SCの軌跡”. 長崎新聞公式HP (2005年3月4日). 2012年11月14日閲覧。
  6. ^ 来季のJ2昇格断念 選手落胆「やっぱり」”. 長崎新聞公式HP (2009年9月17日). 2012年11月14日閲覧。
  7. ^ “クラブライセンス交付第一審査機関(FIB)による 2013シーズン Jリーグクラブライセンスの交付について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2012年9月28日), https://www.j-league.or.jp/release/000/00004701.html 2013年12月31日閲覧。 
  8. ^ 【Jリーグ臨時理事会】終了後の大東和美Jリーグチェアマン会見コメント”. J's GOAL (2012年11月12日). 2012年11月14日閲覧。
  9. ^ 監督の退任でV長崎が会見 長崎新聞ホームページ 2012年11月22日付
  10. ^ 高木琢也氏 トップチーム監督就任のお知らせ”. J's Goal (2012年12月20日). 2013年2月2日閲覧。
  11. ^ 高木新監督起用の長崎、「3年でJ1昇格」目標に 読売新聞 2012年12月21日付記事
  12. ^ “2014シーズンに関するJ1クラブライセンスの取得について”. V・ファーレン長崎. (2013年9月30日). http://www.v-varen.com/news/4160.html 2013年10月3日閲覧。 
  13. ^ 公式戦では、天皇杯2回戦とJ2第20節における連敗もある。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]