日本プロサッカーリーグ

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日本プロサッカーリーグ
(Jリーグ)
今シーズン・大会:
現在進行のスポーツイベント 2017年のJリーグ
前身 日本サッカーリーグ (JSL)
競技 サッカー
創立 1991年11月
代表 日本の旗 村井満チェアマン
開始年 1993年
参加チーム 57(J1:18、J2:22、J3:14+3)
日本の旗 日本
連盟 アジアサッカー連盟 (AFC)
前回優勝 J1:鹿島アントラーズ
J2:北海道コンサドーレ札幌
J3:大分トリニータ
参加資格 Jリーグクラブライセンス制度参照
テレビ局 DAZN
スポンサー #協賛団体参照
国内カップ戦 JリーグYBCルヴァンカップ
公式サイト Jリーグ.jp

日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ、英語: Japan Professional Football League)は、日本プロサッカーリーグ。略称はJリーグ(ジェイリーグ、英語: J.LEAGUE)。主催団体は公益財団法人日本サッカー協会(JFA)、公益社団法人日本プロサッカーリーグ。主管団体はJリーグに加盟する各クラブ。

1993年に10クラブで開始し、1998年までは1部のみの「Jリーグ」として最大で18クラブによって開催された。1999年からJリーグ ディビジョン1(現J1リーグ)とJリーグ ディビジョン2(現J2リーグ)[注 1]の2部制に移行、2014年にJ3リーグ(J3)が創設された。

2017年シーズン開始時点で、日本国内の38都道府県に本拠地を置く54クラブ(J1:18、J2:22、J3:14)が参入[注 2]、また、日本フットボールリーグ(JFL)などのカテゴリーに属するJリーグ百年構想クラブが6クラブ認定されている。リーグ構成については日本サッカーのリーグ構成 (1種)を参照。

J1リーグの年間最終順位上位原則3クラブは、同年度の天皇杯全日本サッカー選手権大会優勝クラブとともに、翌年度のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を与えられる(J1上位3クラブと天皇杯優勝クラブが重複した場合は、J1の4位も出場)。アジアの大会における日本のサッカークラブも参照。

理念と活動方針[編集]

Jリーグでは、次の3つの理念を掲げている[2]

  • 日本サッカーの水準向上およびサッカーの普及促進
  • 豊かなスポーツ文化の振興および国民の心身の健全な発達への寄与
  • 国際社会における交流および親善への貢献

また、次の内容の活動方針を掲げている[2]

  1. フェアで魅力的な試合の開催
  2. スタジアム環境の確立
  3. 地域交流の推進
  4. フットサルの普及
  5. サッカー以外のスポーツの推進
  6. 障がい者スポーツの推進

この活動方針は、Jリーグの3つの理念を実現するための方法とみなせる[3]

加盟要件[編集]

Jリーグ加盟の要件には、スタジアム・経営状況・チーム運営状況などの項目が定められている。チーム運営については、実際にJリーグの試合に参加するチームそのもののみならず、育成組織(下部組織)によるクラブユースチームの運営義務なども規定されている。2013年シーズンよりJリーグクラブライセンス制度が発足し、Jリーグへの加盟可否・加盟可能なディビジョンについての判断を行う制度が更新された。

また2006年から、Jリーグ加盟の基準を満たしているか近い将来満たせそうと判断されたクラブを「Jリーグ準加盟」と認定することを定め、J3発足後の2014年以降は代わって「Jリーグ百年構想クラブ」と呼称するものとしている。

設立経緯[編集]

日本におけるサッカー競技は、アマチュア主体の全国リーグである日本サッカーリーグ(JSL)が1965年に創設され[4]1968年日本代表メキシコ五輪銅メダル獲得もあり、一時的に人気を得たが[5][6][7]、その後の日本代表の成績不振もあり、長らく観客動員は低迷した[5][8][9]1980年代にプロ化を視野に入れた読売クラブ×日産自動車は観客を集めたものの、総じて日本リーグの人気は停滞し、マスメディアにも大きく扱われるほどの存在ではなかった[10]。JSLや日本サッカー協会(JFA)ではその様な状況を打破しようと、1982年からリーグ主導の試合開催から、各チームが試合を主催する「自主運営」に移行したり[11]1984年には釜本邦茂の後ろ向きヌードポスター『格闘技宣言。』[12]1985年には明石家さんまの上半身裸のポスターを製作するなど[13]、人気回復に向け模索を続けていたが上手くいかなかった[5][14][15]

日本サッカーのプロ化としては、1968年に日本代表がメキシコ五輪で銅メダルを獲得した後、当時の日本蹴球協会(日本サッカー協会)会長・野津謙が将来の"プロ化導入"を目指して読売新聞社社主正力松太郎にプロサッカーチームの創設を依頼したり[16]1977年ドイツブンデスリーガで、日本人初のプロサッカー選手となった奥寺康彦が、1986年に帰国し古河電工に復帰する際、森健兒が導入したスペシャル・ライセンス・プレーヤー制度[5][17][18]により奥寺、木村和司を始め、翌年からはJSLの多くの選手がプロになっていた[7][19][20][21]。また1986 FIFAワールドカップ・アジア予選で、ワールドカップ出場まであと一歩まで迫りながら、韓国代表に敗れ出場を逃した日本代表の森孝慈日本代表監督が、「(プロ化を先んじていた)韓国に追いつくには日本にもプロを作るしかない」と訴え、長沼健サッカー協会専務理事に自身のプロコーチとしての契約を要求したが拒否され辞任したことがあった[22][23]

1980年代後半は、プロとアマチュアの選手が混在し、サッカー協会はプロ選手を認めているのにも関わらず、リーグはアマチュア、日本代表の試合もアマチュア基準に合わせるという歪な状態が続いた[24][25]

このような流れを受け、翌1988年3月にJSL総務主事・森健兒、JSL事務局長・木之本興三らを中心として設置した「JSL第一次活性化委員会」[注 3]が、実質的な「Jリーグ」のスタートと見られる[5][9][15][18][20][28][29]。Jリーグ公式サイトの「Jリーグの歴史」でも、この1988年3月「JSL第一次活性化委員会」設置をその始まりに置いている[30]。「JSL第一次活性化委員会」は、6回目の1988年7月21日に、森が「現状改革を進めながら、トップリーグを商業ベースによる事業化を志向した『スペシャルリーグ』[31](プロリーグ)にすることを検討する」という結論を出し、最終報告書をまとめて日本サッカー協会の理事会に提出した[11][32][注 4]。1988年8月に森の後任として川淵三郎がJSL総務主事となり[9][18][20]、同年10月に川淵が「JSL第二次活性化委員会」[注 5]を設置[20][30][31]。サッカー協会内部では“JSLの活性化”では意見が一致し、長沼健岡野俊一郎ら幹部の中には本音ではリーグをプロ化したいと考える者もいたが[36]ペレのいた北米リーグが失敗した例もあり[37]、まだまだ“リーグのプロ化”に対しては親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チーム出身の役員達を中心に「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などの意見が「JSL評議委員会」[注 6]で大勢を占めた[39][40]。川淵は「活性化委員会」の議論をJSLではなく、日本サッカー協会(JFA)に移さなければ何も始まらないと判断し[9][41][31]、翌1989年6月に「JSL第二次活性化委員会」を解散させ、日本サッカー協会の副会長になっていた長沼健に要請し[20][41]、JFA内に「プロリーグ準備検討委員会」が設置された[20][30][31][42]。保守的な日本サッカー協会理事会の承認を得るために「検討」という文字が付いていたが、実際には関係者の間では、既にプロリーグの発足は既定の方針として固まっていた[43]。プロリーグ構想は具現化され[9][44][45]、日本初のプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)が発足した[注 7]。「Jリーグ」という呼称は、博報堂が提出した複数の案[注 8]の中から川淵が気に入り採用に至ったもの[11][47][48]。博報堂は「釜本のポスター」からJSLと接点を持っていたが[49]、電通がペレの引退興行を始め、サッカー協会に深く入り込んでいて入る余地はなかった[50]。しかしプロサッカーリーグに関しては電通は「実現性が乏しい」と判断していたといわれる[51]。Jリーグを博報堂が手掛けることになったのは長沼副会長からのリンクといわれる[52]

1986年6月のメキシコワールドカップ開催中の会見で[21][53]FIFAの第7代会長・ジョアン・アヴェランジェから、1998年2002年をアジアでのFIFAワールドカップ最初の開催地として日本が念頭にあるような示唆を得て[15][21][53]、プロリーグが重要な意味を持ち[53]、1989年11月、正式にFIFAに2002 FIFAワールドカップ日本開催の意思を伝える[21][54]。サッカー協会内の慎重論から川淵らを後押しした長沼は[54][20]、「プロリーグの成功とワールドカップ誘致は、車の車輪であると認識した。同時並行で推進しなければ、片方がつまずけば両方ころぶ。幸いバブル経済の余韻が残っていた時期に、Jリーグのスタートが間に合った」と述べている[54]。また、あれほど弱かった日本代表が、Jリーグ開始前に突然強くなったこともJリーグ人気を後押しした[55]

1992年には前哨戦として、第1回のJリーグヤマザキナビスコカップが開催された。

クラブ名称表記[編集]

Jリーグでは方針としてクラブ名称を地域名称+愛称にしているため、発足当初から企業名称は原則排除している。ただ、前哨戦として1992年に開催されたヤマザキナビスコカップではプロ化への移行・準備的な要素が考慮された事から一部のクラブ名称表記について、例えば「読売ヴェルディ」(ヴェルディ川崎)や「三菱浦和レッドダイヤモンズ」(浦和レッドダイヤモンズ)などの様に報道などでクラブ名称表記に企業名称を入れることを暫定的に容認したことがある。

沿革[編集]

開催日時[編集]

リーグ戦は基本的に試合は毎週土曜日または日曜日に開催している。スケジュールの都合で週2試合とする必要がある場合には水曜日に試合を行うことがあるほか、祝日の配列の関係で変則的な試合間隔となるケースもある。

土曜日・日曜日に開催される試合は基本的にデイマッチであるが、各節数試合はテレビ中継に配慮する形でナイトマッチでも行われることがあるほか、夏期(おおむね6月下旬から9月上旬にかけて)のJ1・J2の試合は原則としてナイトマッチで開催される。また、祝祭日以外の平日に開催される試合は全てナイトマッチで開催されている(ただし、Jリーグの発足直後と2011年には水曜日の開催でもデイマッチを行う事があった[注 9])。

なお、最終節は全試合の開催日と試合開始時間を統一している。

2008年以降、日本代表の試合のある日は原則として、JリーグカップおよびJ2の試合は組まれない(この間、J1は日本代表に選出されている選手の強化期間としているため、リーグ戦の試合自体が組まれない)。また、試合予定が未定の分で、日本代表の試合が予定されている場合は土曜、日曜両方で開催できるように対応している。

試合日程については、概ね1月中旬に、各クラブのホームゲーム開幕節の試合日程・対戦組み合わせ・試合会場のみを先行で発表し、1月末もしくは2月上旬に残り全試合の詳細な試合日程・組み合わせ・試合会場、並びに前半戦(概ね8月下旬まで J1リーグが2シーズン制となる年は、第1ステージの17試合分のみ)の試合開始時間を、6月下旬または7月初めに後半戦(概ね9月以後 J1リーグの2シーズン制となる年の第2ステージ17試合についても同様であるが、第2ステージの開始時期によっては前倒しとなる場合あり)の試合開始時間について発表される[67]

J1
  • 1部制だった時代(1993年から1998年)も含めて、1993年から2000年までは基本的に土曜日に開催されていた。ただし、1993年から1995年の2ステージ制だった時代は試合数の問題から平日(主に水曜日)にも開催されていた。
  • 2001年以降はスポーツ振興くじ(toto)の導入に伴い、J2と共に土曜日を中心とする開催になった。
  • 2002年、テレビ中継などの日程調整も考慮し、土曜日開催を基本としつつ、原則として1節のうち2試合を日曜日に開催する分散型が採用された。
  • 2012年以後は原則土曜日開催に固定したが、AFCチャンピオンズリーグに参加するクラブについては、週の中間(火曜・水曜)に試合をすることを考慮して、週末の試合を金曜日や日曜日に組んだり、アウェーゲームを国外で行う場合を配慮して別の週の水曜に開催する例もある。国際Aマッチ期間は試合が開催されない。
J2
  • 1999年から2000年の2年間は基本的に日曜日に開催するのが中心だったが、1か月に1-2回程度は木曜日にも開催されていた。
  • 2001年以降はtotoの導入に伴い、J1と共に土曜日を中心とする開催になった(一部は日曜日に開催)。
  • 2012年以降は原則日曜日開催。J1の大半の試合が日曜日開催となる週は土曜日開催となることがある。水曜日開催が行われる週もある。国際Aマッチ期間も、日本代表戦と重複しない範囲で調整しながら試合を開催する(ただし2002年と2010年のワールドカップ期間は試合を行わなかった)。
J3
  • 基本的に原則日曜日の開催に固定している。
  • J3クラブのスタジアム基準で照明設備が必須とされていないことから、夏季を含め基本的にデイマッチを中心として編成している(本拠地に照明設備があるクラブのホームゲームはナイトマッチも開催される)。
  • 毎年8月から9月は、天皇杯の都道府県予選(J3は都道府県予選から出場)、並びに国体ブロック予選(ミニ国体)が行われるため、3週間から1か月程度のインターバルがある。

その他、同一都道府県・市区町村を本拠地とするクラブが複数ある場合は、極力同じ節にホームゲームを開催しないように日程を調整している(2011年の場合はJ1のさいたま市神奈川県静岡県大阪府、J2の東京都、神奈川県が該当)。ただし、初期の頃は横浜市の2チームが同じ日にホームゲームをしたことがあった[注 10]2011年にもJ1のさいたまと大阪、J2の東京都、さらにJ1・J2それぞれ2クラブずつの神奈川県の2チームが同じ節にホームゲームをする場合があるが、このときでもやむをえない場合を除き原則として、どちらかが土曜日、もう一方は日曜日の開催[注 11] とするように配慮されている。

クラブ一覧[編集]

正会員クラブ[編集]

2017年シーズン現在。複数の資料で記述にぶれがあるものについては、Jリーグ公式サイトのクラブガイドの記述に基づく。準加盟年度については、準会員(1992-98)、準加盟(2005-13)、Jリーグ百年構想クラブ(2014-)をすべて含む。

クラブ名
(呼称)
運営法人 カテゴリ 活動区域 / ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟
年度
準加盟
年度
北海道 北海道コンサドーレ札幌
Hokkaido Consadole SAPPORO
(株)北海道フットボールクラブ J1 北海道 / 札幌市を中心とする北海道
札幌ドーム
1998年 1996年
東北 グルージャ盛岡
Grulla MORIOKA
(株)いわてアスリートクラブ J3 岩手県 / 盛岡市
いわぎんスタジアム
2014年 2013年
ベガルタ仙台
Vegalta SENDAI
(株)ベガルタ仙台 J1 宮城県 / 仙台市
ユアテックスタジアム仙台
1999年 1996年
ブラウブリッツ秋田
Blaublitz AKITA
(株)ブラウブリッツ秋田 J3 秋田県 / 秋田市由利本荘市にかほ市男鹿市を中心とする全県
あきぎんスタジアム
2014年 2013年
モンテディオ山形
Montedio YAMAGATA
(株)モンテディオ山形 J2 山形県 / 山形市天童市鶴岡市を中心とする全県
NDソフトスタジアム山形
1999年
福島ユナイテッドFC
FUKUSHIMA United FC
(株)AC福島ユナイテッド J3 福島県 /福島市会津若松市を中心とする全県
とうほう・みんなのスタジアム
2014年 2013年
関東 鹿島アントラーズ
KASHIMA Antlers
(株)鹿島アントラーズ・エフ・シー J1 茨城県 / 鹿嶋市神栖市潮来市鉾田市行方市
茨城県立カシマサッカースタジアム
1991年
水戸ホーリーホック
MITO Hollyhock
(株)フットボールクラブ水戸ホーリーホック J2 茨城県 / 水戸市
ケーズデンキスタジアム水戸
2000年
栃木SC
TOCHIGI SC
(株)栃木サッカークラブ J3 栃木県 / 宇都宮市
栃木県グリーンスタジアム
2009年 2007年
ザスパクサツ群馬
Thespakusatsu GUNMA
(株)草津温泉フットボールクラブ J2 群馬県 / 草津町前橋市を中心とする全県
正田醤油スタジアム群馬
2005年
浦和レッズ
URAWA Reds
浦和レッドダイヤモンズ(株) J1 埼玉県 / さいたま市
埼玉スタジアム2002
1991年
大宮アルディージャ
OMIYA Ardija
エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ(株) J1 埼玉県 / さいたま市
NACK5スタジアム大宮
1999年
ジェフユナイテッド千葉
Jef United CHIBA
ジェフユナイテッド(株) J2 千葉県 / 千葉市市原市
フクダ電子アリーナ
1991年
柏レイソル
KASHIWA Reysol
(株)日立柏レイソル J1 千葉県 / 柏市
日立柏サッカー場
1995年 1992年
FC東京
F.C. TOKYO
東京フットボールクラブ(株) J1 東京都 / 東京都
味の素スタジアム
1999年
東京ヴェルディ
TOKYO Verdy
東京ヴェルディ1969フットボールクラブ(株) J2 東京都 / 東京都
(味の素スタジアム)
1991年
FC町田ゼルビア
FC MACHIDA Zelvia
(株)ゼルビア J2 東京都 / 町田市
町田市立陸上競技場
2012年 2009年
川崎フロンターレ
KAWASAKI Frontale
(株)川崎フロンターレ J1 神奈川県 / 川崎市
等々力陸上競技場
1999年 1997年
横浜F・マリノス
YOKOHAMA F. Marinos
横浜マリノス(株) J1 神奈川県 / 横浜市横須賀市大和市
日産スタジアムニッパツ三ツ沢球技場
1991年
横浜FC
YOKOHAMA FC
(株)横浜フリエスポーツクラブ J2 神奈川県 / 横浜市
(ニッパツ三ツ沢球技場)
2001年
Y.S.C.C.横浜
Y.S.C.C YOKOHAMA
(特非)横浜スポーツ&カルチャークラブ J3 神奈川県 / 横浜市
(ニッパツ三ツ沢球技場)
2014年 2013年
SC相模原
SC SAGAMIHARA
(株)スポーツクラブ相模原 J3 神奈川県 / 相模原市
相模原ギオンスタジアム
2014年 2010年
湘南ベルマーレ
SHONAN Bellmare
(株)湘南ベルマーレ J2 神奈川県 / 厚木市伊勢原市小田原市茅ヶ崎市秦野市平塚市藤沢市大磯町寒川町二宮町
Shonan BMW スタジアム平塚
1994年 1992年
ヴァンフォーレ甲府
Ventforet KOFU
(株)ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ J1 山梨県 / 甲府市韮崎市を中心とする全県
山梨中銀スタジアム
1999年
北信越 AC長野パルセイロ
AC NAGANO Parceiro
(株)長野パルセイロアスレチッククラブ J3 長野県 / 長野市須坂市中野市飯山市千曲市坂城町小布施町高山村山ノ内町木島平村野沢温泉村信濃町飯綱町小川村栄村佐久市
長野Uスタジアム
2014年 2012年
松本山雅FC
MATSUMOTO Yamaga F.C.
(株)松本山雅 J2 長野県 / 松本市安曇野市山形村塩尻市大町市池田町
松本平広域公園総合球技場
2012年 2010年
アルビレックス新潟
Albirex NIIGATA
(株)アルビレックス新潟 J1 新潟県 / 新潟市聖籠町
デンカビッグスワンスタジアム
1999年
カターレ富山
Kataller TOYAMA
(株)カターレ富山 J3 富山県 / 富山市を中心とする全県
富山県総合運動公園陸上競技場
2009年 2008年
ツエーゲン金沢
Zweigen KANAZAWA
(株)石川ツエーゲン J2 石川県 / 金沢市野々市市かほく市津幡町内灘町を中心とする全県
石川県西部緑地公園陸上競技場
2014年 2013年
東海 清水エスパルス
SHIMIZU S-Pulse
(株)エスパルス J1 静岡県 / 静岡市
IAIスタジアム日本平
1991年
ジュビロ磐田
Júbilo IWATA
(株)ジュビロ J1 静岡県 / 磐田市
ヤマハスタジアム
1994年 1992年
藤枝MYFC
FUJIEDA MYFC
(株)藤枝MYFC J3 静岡県 / 藤枝市島田市焼津市牧之原市吉田町川根本町
藤枝総合運動公園サッカー場
2014年 2013年
アスルクラロ沼津
Azul claro NUMAZU
アスルクラロスルガ(株) J3 静岡県 / 沼津市
静岡県愛鷹広域公園多目的競技場
2017年 2013年
名古屋グランパス
NAGOYA Grampus
(株)名古屋グランパスエイト J2 愛知県 / 名古屋市豊田市みよし市を中心とする全県
パロマ瑞穂スタジアム豊田スタジアム
1991年
FC岐阜
FC GIFU
(株)岐阜フットボールクラブ J2 岐阜県 / 岐阜市を中心とする全県
岐阜メモリアルセンター長良川競技場
2008年 2007年
関西 京都サンガF.C.
KYOTO Sanga F.C.
(株)京都パープルサンガ J2 京都府 / 京都市宇治市城陽市京田辺市向日市長岡京市木津川市亀岡市
京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場
1996年 1994年
ガンバ大阪
Gamba OSAKA
(株)ガンバ大阪 J1 大阪府 / 吹田市茨木市高槻市豊中市池田市摂津市箕面市
市立吹田サッカースタジアム
1991年
セレッソ大阪
Cerezo OSAKA
大阪サッカークラブ(株) J1 大阪府 / 大阪市堺市
キンチョウスタジアムヤンマースタジアム長居
1995年 1993年
ヴィッセル神戸
Vissel KOBE
楽天ヴィッセル神戸(株) J1 兵庫県 / 神戸市
ノエビアスタジアム神戸
1997年 1995年
中国 ガイナーレ鳥取
Gainare TOTTORI
(株)SC鳥取 J3 鳥取県 / 鳥取市倉吉市米子市境港市を中心とする全県
とりぎんバードスタジアム
2011年 2007年
ファジアーノ岡山
Fagiano OKAYAMA
(株)ファジアーノ岡山スポーツクラブ J2 岡山県 / 岡山市倉敷市津山市を中心とする全県
シティライトスタジアム
2009年 2007年
サンフレッチェ広島
Sanfrecce HIROSHIMA
(株)サンフレッチェ広島 J1 広島県 / 広島市
エディオンスタジアム広島
1991年
レノファ山口FC
Renofa YAMAGUCHI FC
(株)レノファ山口 J2 山口県 / 山口県全県[注 12]
維新百年記念公園陸上競技場
2015年 2013年
四国 徳島ヴォルティス
TOKUSHIMA Vortis
徳島ヴォルティス(株) J2 徳島県 / 徳島市鳴門市美馬市松茂町板野町藍住町北島町吉野川市を中心とする全県
鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアム
2005年
カマタマーレ讃岐
Kamatamare SANUKI
(株)カマタマーレ讃岐 J2 香川県 / 高松市丸亀市を中心とする全県
Pikaraスタジアム
2014年 2011年
愛媛FC
EHIME FC
(株)愛媛FC J2 愛媛県 / 松山市を中心とする全県
ニンジニアスタジアム
2006年
九州 アビスパ福岡
Avispa FUKUOKA
アビスパ福岡(株) J2 福岡県 / 福岡市
レベルファイブスタジアム
1996年 1995年
ギラヴァンツ北九州
Giravanz KITAKYUSHU
(株)ギラヴァンツ北九州 J3 福岡県 / 北九州市
ミクニワールドスタジアム北九州
2010年 2008年
サガン鳥栖
Sagan TOSU
(株)サガンドリームス J1 佐賀県 / 鳥栖市
ベストアメニティスタジアム
1999年
V・ファーレン長崎
V Varen NAGASAKI
(株)V・ファーレン長崎 J2 長崎県 / 長崎市諫早市を中心とする全県
トランスコスモススタジアム長崎
2013年 2009年
ロアッソ熊本
Roasso KUMAMOTO
(株)アスリートクラブ熊本 J2 熊本県 / 熊本市
えがお健康スタジアム
2008年 2006年
大分トリニータ
OITA Trinita
(株)大分フットボールクラブ J2 大分県 / 大分市別府市佐伯市を中心とする全県
大分銀行ドーム
1999年
鹿児島ユナイテッドFC
KAGOSHIMA United FC
(株)鹿児島スポーツプロジェクト J3 鹿児島県 / 鹿児島市
鹿児島県立鴨池陸上競技場
2016年 2015年
FC琉球
FC RYUKYU
琉球フットボールクラブ(株) J3 沖縄県 / 沖縄市を中心とする全県
沖縄県総合運動公園陸上競技場
2014年 2013年

Jリーグ百年構想クラブ[編集]

ホームタウン・ホームスタジアムについては、Jリーグ百年構想承認時のものとする。

クラブ名 運営法人 リーグ 活動区域 / ホームタウン
(ホームスタジアム)
承認年度
東北 ヴァンラーレ八戸
Vanraure HACHINOHE
(特非)クローバーズ・ネット 八戸事業部
(株)ヴァンラーレ八戸
JFL 青森県 / 八戸市十和田市五戸町三戸町田子町階上町南部町新郷村おいらせ町
ダイハツスタジアム
2013年
関東 栃木ウーヴァFC
TOCHIGI Uva FC
(株)栃木ウーヴァ JFL 栃木県 / 栃木市
栃木市総合運動公園陸上競技場
2014年
tonan前橋
Tonan MAEBASHI
(株)図南クラブ 関東2部 群馬県 / 前橋市
前橋総合運動公園陸上競技・サッカー場
2013年
東京武蔵野シティFC
TOKYO MUSASHINO City FC
(特非)武蔵野スポーツクラブ JFL 東京都 / 武蔵野市
武蔵野陸上競技場
2016年
関西 奈良クラブ
NARA Club
(特非)奈良クラブ JFL 奈良県 / 奈良市を中心とする全県
ならでんフィールド
2013年
四国 FC今治
FC IMABARI
(株)今治.夢スポーツ JFL 愛媛県 / 今治市
ありがとうサービス. 夢スタジアム
2016年

過去にJリーグ正会員であったクラブ[編集]

クラブ名 運営法人 活動区域/ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟期間
横浜フリューゲルス
YOKOHAMA Flügels
全日空スポーツ(株) 神奈川県横浜市長崎県熊本県鹿児島県[注 13]
三ツ沢公園球技場横浜国際総合競技場長崎県立総合運動公園陸上競技場[注 13]熊本市水前寺競技場[注 13]鹿児島県立鴨池陸上競技場[注 13]
1991-1998年

入れ替え制度[編集]

1998年にJ1参入決定戦を実施。1999年からはJ1・J2の2部制への移行に伴い、入れ替え制度を導入した。

  • Jリーグによる審査でJ1昇格の権利を得たJ2クラブがJ1の規格に満たしていなければJ1昇格が取り消され、J1の16位からJ2降格も取り消される。なお、J1・J2の2部制へ移行した1999年から2016年シーズン終了時点までにJ1昇格・J2降格が取り消されたことは1度もない。
  • 公式試合安定開催基金から融資を受けているクラブが返済期日まで完済できない場合、次シーズンはJ2所属となる。すなわち、J1に所属するクラブにおいてはJ1残留できる順位であってもJ2降格となり、J2に所属するクラブにおいてはJ1昇格できる順位であっても昇格は見送られる。ただし、過去にこの制度が適用(J1からの強制降格、もしくはJ2からの昇格見送り)となったクラブは1度もない(2016年シーズン終了時点)。
  • 2012年よりJ2からの降格が制度化され、J2への昇格クラブが生じた場合、同数のクラブが2012年のポストシーズンにおいては日本フットボールリーグ(JFL)へ、2013年のポストシーズン以降はJ3へ降格する。詳細はJ2・J3入れ替え戦を参照。
  • 2012年のポストシーズンより、J1・J2への昇格にあたっては、Jリーグクラブライセンス制度により参入資格が審査される。

1999年 - 2011年[編集]

年度 J1クラブ J1→J2降格 J2クラブ J2→J1昇格 JFL→J2昇格
1998年:J1参入決定戦実施
1998年 18 札幌 - - 9クラブ
1999年 - 2003年:J1の15・16位が自動降格、J2の1位・2位が自動昇格
1999年 16 浦和 平塚 10 川崎 FC東京 水戸
2000年 16 京都 川崎 11 札幌 浦和 横浜FC
2001年 16 福岡 C大阪 12 京都 仙台 -
2002年 16 広島 札幌 12 大分 C大阪 -
2003年 16 仙台 京都 12 新潟 広島 -
2004年:J2の1位・2位が自動昇格、J1の16位とJ2の3位でJ1・J2入れ替え戦
2004年 16 - 12 川崎 大宮 徳島 草津
2005年 - 2008年:J1の17・18位が自動降格、J2の1位・2位が自動昇格
J1の16位とJ2の3位でJ1・J2入れ替え戦
2005年 18 柏 東京V 神戸 12 京都 福岡 甲府 愛媛
2006年 18 福岡 C大阪 京都 13 横浜FC 柏 神戸 -
2007年 18 広島 甲府 横浜FC 13 札幌 東京V 京都 熊本 岐阜
2008年 18 東京V 札幌 15 広島 山形 栃木 富山 岡山
2009年 - 2011年:J1の16 - 18位が自動降格、J2の1位 - 3位が自動昇格
2009年 18 柏 大分 千葉 18 仙台 C大阪 湘南 北九州
2010年 18 FC東京 京都 湘南 19 柏 甲府 福岡 鳥取
2011年 18 甲府 福岡 山形 20 FC東京 鳥栖 札幌 町田 松本

2012年 -[編集]

年度 J1クラブ J1→J2降格 J2クラブ J2→J1昇格 J2→JFL降格 - JFL→J2昇格 -
2012年:J1の16 - 18位が自動降格、J2の1位・2位が自動昇格
J2の3位 - 6位の間でJ1昇格プレーオフ
J2の21-22位が自動降格・入れ替え戦(クラブライセンス取得クラブの成績によって実施しない可能性もあり)※
2012年 18 神戸 G大阪 札幌 22 甲府 湘南 大分 町田 - 長崎 -
年度 J1クラブ J1→J2降格 J2クラブ J2→J1昇格 J2→J3降格 - JFL→J2昇格 Jリーグ外→J3参入
2013年 18 湘南 磐田 大分 22 G大阪 神戸 徳島 鳥取 - 讃岐 10クラブ
年度 J1クラブ J1→J2降格 J2クラブ J2→J1昇格 J2→J3降格 J3クラブ J3→J2昇格 JFL→J3参入
2014年 18 大宮 C大阪 徳島 22 湘南 松本 山形 富山 12 金沢 山口
2015年 18 松本 清水 山形 22 大宮 磐田 福岡 大分 栃木 13 山口 町田 鹿児島
2016年 18 名古屋 湘南 福岡 22 札幌 清水 C大阪 北九州 16 大分 沼津
2017年:J1の16 - 18位が自動降格、J2の1位・2位が自動昇格
J2の3位 - 6位の間でJ1昇格プレーオフ
J2の21・22位が自動降格、J3の1位・2位が自動昇格(クラブライセンス取得クラブの成績によって実施しない可能性もあり)※
年度 J1クラブ J1→J2降格 J2クラブ J2→J1昇格 J2→J3降格 J3クラブ J3→J2昇格 JFL→J3参入
2017年 18 22     17   

※詳細はJ2・J3入れ替え戦を参照。

懲罰[編集]

Jリーグでは各クラブが不正行為や選手・観客のトラブルなどがあった場合に以下の順で制裁処置をとる場合がある。制裁措置についてはJリーグ規約第141条から第143条に定めがあり、裁定委員会もしくは関連する専門委員会の調査結果を踏まえて、チェアマンが最終的な制裁措置の判断を下すとされている。

制裁措置はクラブ、及びクラブに所属する個人に対して行われ、以下のような段階が設けられている。

クラブに対する制裁
  1. けん責
  2. 制裁金(最大1億円)
  3. 中立地での試合の開催
  4. 無観客試合の開催
  5. 試合の没収(得点を3対0として試合を没収)
  6. 勝点減(最大15点の勝ち点減)
  7. (リーグカップ戦における)出場権剥奪
  8. 下位ディビジョンへの強制降格
  9. 除名

※中立地開催・無観客試合・没収試合・強制降格は2014年から設けられた。

個人に対する制裁
  1. けん責
  2. 制裁金(最大5,000万円)
  3. 出場資格停止(無期限または最大1年以内の期限付き出場停止)
  4. 公式試合に関わる職務の停止(一定期間、無期限または永久的な公式試合に関わる職務の全部または一部の停止)

通算成績[編集]

J1リーグ戦[編集]

J2リーグ戦[編集]

J3リーグ戦[編集]

タイトル獲得クラブ一覧[編集]

  • Jリーグ発足以降に主なタイトルを獲得したクラブのみ掲載。
  • J2・J3の年間優勝および2ステージ時代のJ1ステージ優勝は除く。
  • 詳細な情報については各クラブ・大会の項目を参照の事。
クラブ名 J
/
J1


J
X
S
C
96
J
C

C
W
C
A
C
L
S
B
C
A
C
W
A
S
C
A
3
C
P
P
C
T
P
C
S
B
C


鹿島アントラーズ 8 5 6 6 0 25 0 0 2 0 0 1 0 0 0 3 28
浦和レッズ 1 2 2 1 0 6 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 7
ジェフユナイテッド千葉 0 0 2 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2
柏レイソル 1 1 2 1 0 5 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 6
FC東京 0 1 2 0 0 3 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 4
東京ヴェルディ 2 2 3 3 0 10 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 11
横浜F・マリノス 3 2 1 0 0 6 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 7
湘南ベルマーレ 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 2
清水エスパルス 0 1 1 2 0 4 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 5
ジュビロ磐田 3 1 2 3 0 9 0 1 1 0 1 0 0 0 0 3 12
名古屋グランパス 1 2 0 2 1 6 0 0 0 0 0 0 0 1 1 2 8
京都サンガF.C. 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
ガンバ大阪 2 4 2 2 0 10 0 1 0 0 0 0 1 0 0 2 12
サンフレッチェ広島 3 0 0 4 0 7 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 8
大分トリニータ 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
横浜フリューゲルス 0 2 0 0 0 2 0 0 0 1 1 0 0 0 0 2 4

※2017年2月18日現在[30][68][69][70][71][72][73][74][75][76][77][78]

表彰[編集]

試合入場者数[編集]

歴代入場者数[編集]

歴代試合入場者数一覧[79](単位:人)
年度 J1 J2 J3
1993年 3,235,750 - -
1994年 5,173,817 - -
1995年 6,159,691 - -
1996年 3,204,807 - -
1997年 2,755,698 - -
1998年 3,666,496 - -
1999年 2,798,005 827,217 -
2000年 2,655,553 1,340,820 -
2001年 3,971,415 1,505,722 -
2002年 3,928,215 1,806,392 -
2003年 4,164,229 2,084,185 -
2004年 4,551,695 1,904,172 -
2005年 5,742,233 1,975,340 -
2006年 5,597,408 1,998,688 -
2007年 5,838,771 2,034,543 -
2008年 5,875,865 2,227,570 -
2009年 5,809,516 2,903,607 -
2010年 5,638,894 2,290,082 -
2011年 4,833,782 2,440,695 -
2012年 5,375,300 2,681,881 -
2013年 5,271,047 3,079,181 -
2014年 5,275,387 3,043,948 444,966
2015年 5,447,602 3,162,194 569,016
歴代年齢構成分布一覧[80](単位:パーセント)
年度 11 -
18歳[注 15]
19 -
22歳
23 -
29歳
30 -
39歳
40 -
49歳
50歳
以上
2000年 12.6 11.2 26.0 27.5 14.3 8.2
R10.pngR10.pngR05.pngC10.pngC10.pngC01.pngC01.pngY50.pngY01.pngY01.pngG50.pngG05.pngB10.pngB10.pngB05.pngB03.pngB01.pngM10.pngM05.pngM01.png
2001年 12.0 11.4 26.2 28.9 13.2 8.3
R10.pngR10.pngR03.pngR01.pngC10.pngC10.pngC03.pngY50.pngY01.pngY01.pngG50.pngG05.pngG03.pngB10.pngB10.pngB05.pngB01.pngM10.pngM05.pngM01.pngM01.png
2002年 10.8 13.0 26.7 26.9 13.7 8.8
R10.pngR10.pngR01.pngR01.pngC10.pngC10.pngC05.pngC01.pngY50.pngY03.pngG50.pngG03.pngG01.pngB10.pngB10.pngB05.pngB01.pngB01.pngM10.pngM05.pngM03.png
2003年 10.9 9.0 20.8 32.1 17.8 9.4
R10.pngR10.pngR01.pngR01.pngC10.pngC05.pngC03.pngY30.pngY10.pngY01.pngY01.pngG50.pngG10.pngG03.pngG01.pngB30.pngB05.pngB01.pngM10.pngM05.pngM03.pngM01.png
2004年 8.0 7.3 19.2 34.1 19.9 11.5
R10.pngR05.pngR01.pngC10.pngC05.pngY30.pngY05.pngY03.pngG50.pngG10.pngG05.pngG03.pngB30.pngB05.pngB03.pngB01.pngM10.pngM10.pngM03.png
2005年 8.0 6.7 17.5 33.9 21.2 12.8
R10.pngR05.pngR01.pngC10.pngC03.pngY30.pngY05.pngG50.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.pngB30.pngB10.pngB01.pngB01.pngM10.pngM10.pngM05.pngM01.png
2006年 7.4 7.1 16.3 33.7 21.8 13.7
R10.pngR05.pngC10.pngC03.pngC01.pngY30.pngY03.pngG50.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.pngB30.pngB10.pngB03.pngB01.pngM10.pngM10.pngM05.pngM01.pngM01.png
2007年 6.3 7.1 15.9 33.0 23.6 14.2
R10.pngR03.pngC10.pngC03.pngC01.pngY30.pngY01.pngY01.pngG50.pngG10.pngG05.pngG01.pngB30.pngB10.pngB05.pngB01.pngB01.pngM10.pngM10.pngM05.pngM03.png
2008年 5.9 6.8 14.3 31.3 25.5 16.2
R10.pngR01.pngR01.pngC10.pngC03.pngC01.pngY10.pngY10.pngY05.pngY03.pngY01.pngG50.pngG10.pngG03.pngB50.pngB01.pngM30.pngM01.pngM01.png
2009年 6.8 6.8 14.8 29.8 24.9 16.9
R10.pngR03.pngR01.pngC10.pngC03.pngC01.pngY30.pngG50.pngG10.pngB50.pngM30.pngM03.pngM01.png
2010年 5.9 6.1 14.1 29.4 26.3 18.3
R10.pngR01.pngR01.pngC10.pngC01.pngC01.pngY10.pngY10.pngY05.pngY03.pngY01.pngG50.pngG05.pngG03.pngB50.pngB03.pngM30.pngM05.pngM03.png

2010年8月8日、J1およびJ2のリーグ戦における通算のべ入場者数が1億人に到達した。なお、カップ戦やオールスターゲームなどの公式試合を含めた通算のべ入場者は、2009年3月に1億人を突破している。

なお、2009年の統計によると、世界各国のサッカーリーグで平均入場者数が最も多いのはブンデスリーガの38,975人であり、J1リーグは19,278人で第6位に位置している[81]

スタジアム別入場者数[編集]

  • 掲載順は1試合あたりの平均入場者数の多いクラブ順による。
  • ホームスタジアムの略称、所属ディビジョン、入場者数[82] は、2015年度時点のもの(ホームゲーム数:J1が17試合、J2が21試合、J3が20試合)。
  • ホームスタジアムが複数登録されている場合は、座席数が大きいものから記載(ただし本拠登録されていてもJリーグ主催公式試合が行われなかった場合は除外)。
  • 招待券比率は、2015年シーズン中に各クラブ毎の特定のホームゲーム開催日にJリーグが行ったスタジアム観戦者調査(アンケート)の集計結果による[83](必ずしもシーズン全体の傾向を示しているわけではない)。
  • 入場料収入[84] は、各クラブの2014年(平成26年)度決算の数値(ホームゲーム数:J1が17試合、J2が21試合、J3が18試合)。
クラブ
所属
スタジアム略称
(所在地)
座席数
(席)
平均入場者数
(人)
総入場者数
(人)
招待券比率
%
入場料収入
(億
画像
1 浦和
J1
埼玉
さいたま市
63,770 38,745 658,668 1.2 19.82
Saitamastadium070303.jpg
2 FC東京
J1
味スタ
調布市
49,970 28,784 489,336 6.0 8.57
Ajinomoto Stadium 10th anniversary.jpg
3 横浜FM
J1
日産ス
横浜市
72,372 24,221 411,759 16.5 9.58
Nissan Stadium 20101123.jpg
ニッパツ
横浜市
15,454
20140823 Yokohama F・Marinos.jpg
4 新潟
J1
デンカS
新潟市
42,300 21,936 372,908 16.3 6.50
Bigswan080628.JPG
5 川崎
J1
等々力
川崎市
20,693 20,999 356,976 10.3 5.71
Kawasaki Frontale 2008.11.23.JPG
6 松本
J1
松本
松本市
20,396 16,823 285,992 9.4 2.95
ALWIN7.jpg
7 鹿島
J1
カシマ
鹿嶋市
40,728 16,423 279,185 9.2 7.88
Kashima Stadium 1.JPG
8 広島
J1
Eスタ
広島市
50,000 16,382 278,499 16.4 5.05
Bigarch050423.jpg
9 神戸
J1
ノエスタ
神戸市
30,132 16,265 276,512 15.8 4.86
Inside View of Kobe Wing Stadium.jpg
10 名古屋
J1
豊田ス
豊田市
40,000 16,240 276,082 9.5 7.56
Toyota sta 0313 2.JPG
パロ瑞穂(瑞穂陸)[注 16]
名古屋市
20,000
Mizuho Stadium 1.JPG
11 G大阪
J1
吹田S[注 17]
吹田市
21,000 15,999 271,994 4.9 5.92
Municipal Suita Stadium.JPG
12 仙台
J1
ユアスタ
仙台市
19,694 14,924 253,705 6.0 6.60
Sendaistadium2.JPG
13 清水
J1
アイスタ
静岡市
20,281 14,803 251,644 15.7 5.39
Nihondaira stadium20090412.jpg
14 鳥栖
J1
ベアスタ
鳥栖市
24,490 13,450 228,644 12.3 5.35
Tosu Stadium 20110508a.JPG
15 C大阪
J2
ヤンマー
大阪市
47,000 12,232 367,651 7.0 8.56
NagaiStadium-from-backstand.JPG
金鳥スタ
大阪市
20,500
Kinchostadium1008081.JPG
16 湘南
J1
BMWス
平塚市
15,100 12,208 207,539 8.0 2.25
Shonan-BMW Stadium.jpg
17 札幌
J2
札幌ド
札幌市
41,484 11,960 251,161 8.4 3.90
Sapporodome201108171.JPG
18 甲府
J1
中銀スタ
甲府市
17,000 11,297 192,042 19.8 4.22
Kose Sportspark Stadium 2007-05-03.JPG
19
J1

柏市
15,349 10,918 185,609 3.8 4.66
Kashiwa20130303-1.JPG
20 千葉
J2
フクアリ
千葉市
18,500 10,725 225,219 7.1 3.15
Fukuda Denshi Arena (2008).jpg
21 磐田
J2
ヤマハ
磐田市
15,165 10,041 210,865 9.2 3.74
Yamahastafium05161.JPG
22 山形
J1
NDスタ
天童市
21,292 10,030 170,518 11.6 1.83
NDsoftstadium20090628.JPG
23 大宮
J2
NACK
さいたま市
15,600 9,490 199,280 5.3 3.47
Omiya Ardija Supporter 2010.10.24.JPG
24 福岡
J2
レベスタ
福岡市
22,563 8,692 182,540 19.4 1.92
Level5 Stadium 03.JPG
25 岡山
J2
Cスタ(カンスタ)[注 18]
岡山市
20,000 8,412 176,652 4.1 1.61
Fagiano Okayama Supporter 2011.05.04.JPG
26 大分
J2
大銀ド
大分市
40,000 7,533 158,194 4.6 2.49
Ooita Stadium20090514.jpg
27 京都
J2
西京極
京都市
20,588 7,491 157,306 16.4 2.29
Nishikyogoku130908-2.JPG
28 熊本
J2
うまスタ
熊本市
32,000 7,037 147,785 8.6 1.35
Kkwing20060513.JPG
29 岐阜
J2
長良川
岐阜市
20,000 6,179 129,756 15.0 1.40
Nagaragawa Stadium 5.JPG
30 東京V
J2
味スタ
調布市
49,970 5,655 118,751 11.1 1.87
Toyko Verdy 20130613.jpg
31 栃木SC
J2
栃木グ
宇都宮市
15,589 5,167 108,501 9.3 1.37
Tochigi Green 20110417.jpg
32 横浜FC
J2
ニッパツ
横浜市
15,454 5,113 107,364 7.7 1.67
20150315Yokohama Fc.JPG
34 長崎
J2
長崎県立
諫早市
20,246 5,093 106,953 10.8 1.01
Nagasaki Athletic Stadium2.JPG
35 徳島
J2
鳴門大塚
鳴門市
16,599 5,019 105,398 8.2 2.42
Naruto Athletic 3.JPG
36 金沢
J2
石川西部
金沢市
20,261 4,910 103,120 18.6 0.20
Ishikawa seiburyokuchi stadium.jpg
37 水戸
J2
Ksスタ
水戸市
12,000 4,816 101,132 19.3 0.88
Ksdenkistadium10050501.jpg
38 長野
J3
南長野
長野市
15,491 4,733 94,665 - 0.51
Minaminagano-15032203.JPG
39 山口
J3
維新公園
山口市
14,850 4,367 87,348 - 0.12
Ishin Memorial Park Stadium infield.JPG
40 群馬
J2
正田スタ
前橋市
15,253 4,099 86,077 23.5 0.79
Shikishima rikujo 1.JPG
41 愛媛
J2
ニンスタ
松山市
21,401 3,771 79,193 21.2 0.60
EhimePreParkStadium130811-3.JPG
42 町田
J2
町田
町田市
16,033 3,766 75,312 - 0.42
Machidashiriku2013-1.JPG
42 讃岐
J2
ピカスタ(丸亀)[注 19]
丸亀市
30,099 3,658 76,824 18.4 1.04
Kamatamale Sanuki Supporters.jpg
43 北九州
J2
本城
北九州市
10,202 3,488 73,243 36.1 0.79
Honjo Stadium 20110508.JPG
44 相模原
J3
ギオンス
相模原市
15,300 3,291 62,533 - 0.27
Asamizopark-4.JPG
45 富山
J3
富山
富山市
25,250 2,820 56,392 - 0.80
20140506 Kataller Toyama.JPG
46 秋田
J3
A-スタ
秋田市
4,992 1,998 37,955 - 0.08
Akita Football Stadium 2.JPG
47 鳥取
J3
とりスタ
鳥取市
16,033 1,932 38,637 - 0.53
Tottori-bird131006-2.JPG
48 琉球
J3
沖縄県陸
沖縄市
10,189 1,498 28,466 - 0.15
Okinawa Athletic Stadium.JPG
49 福島
J3
とうスタ
福島市
21,000 1,289 24,497 - 0.16
Fukushima azuma1.JPG
50 盛岡
J3
いわスタ(盛岡南)[注 20]
盛岡市
4,946 1,239 24,784 - 0.11
Moriokaminami.jpg
51 藤枝
J3
藤枝サ
藤枝市
13,000 1,103 20,962 - 0.10
Fujieda football Stadium1.JPG
52 YS横浜
J3
ニッパツ
横浜市
15,454 919 17,465 - 0.12
Mitsuzawa1.jpg
9999参考 鹿児島
J3
鴨池
鹿児島市
12,571 2,624[注 21] 39,361[注 21] - -
Kamoike kyougijyou 2.jpg

ユニフォーム[編集]

1993年から1996年までは「ミズノ」が全クラブのユニフォーム・サプライヤー(供給メーカー)を一括して受け持っていた。ただ、その契約はリーグ戦のみの契約だったので、天皇杯やJリーグカップなどのカップ戦では各クラブが個別にユニフォームメーカー等と契約して、カップ戦用のユニフォームを着用していた[注 22]。しかし、1997年にはこれまでの「ミズノ」に加えて、「アンブロ」・「アディダス」・「プーマ」(ヴェルディ川崎は自主制作という形で「ナイキ」)が新たなユニフォーム・サプライヤー(これもリーグ戦限定)として加わり、1998年からは事前にJリーグとユニフォーム・サプライヤー契約を結んでいるユニフォームメーカーなどに限って、各クラブがユニフォームメーカーなどの各社と個別の契約を締結することができるようになった[85]

3rdユニフォームは横浜FMと名古屋がJリーグでは2001年になって初めて採用したが、現在ではその年のACLに参戦をするクラブを中心に数クラブが導入している。また、Jリーグ事務局長の事前承認があれば、「ユニフォーム使用計画」に定めるユニフォームとは異なるユニフォームを着用することができる。なお、Jリーグ年間王者のクラブは、金色のJリーグロゴマークをチャンピオンマークとして翌シーズン、ユニフォームの袖にJリーグのロゴに代えて付けることができる。

国内公式戦(リーグ、リーグカップ、天皇杯)では、ユニフォームの前面胸部と、背番号上部、左袖、トランクスにそれぞれスポンサー広告を付けることが認められている。2016年からは背番号下部に関してもスポンサーを付けることが認められたが、これ以前にもFC東京ガンバ大阪が背番号下部のところに広告を入れた事例がある[86]

2017シーズンユニフォーム・サプライヤー[編集]

ユニフォーム・
サプライヤー
使用クラブ
アシックス 神戸
アディダス 横浜FM、新潟、仙台
松本、金沢
アスレタ 東京V、讃岐、福岡
秋田、栃木
アンダーアーマー 大宮、盛岡
アンブロ FC東京、G大阪
Kappa 札幌、千葉
GAViC 水戸
gol. 相模原、藤枝
ゴールドウイン 富山
サッカージャンキー 横浜FC
sfida 琉球
svolme 町田、YS横浜
ユニフォーム・
サプライヤー
使用クラブ
ナイキ 鹿島、浦和、広島
ニューバランス 鳥栖、山形、岐阜
ヒュンメル 長崎、福島、鳥取
フィンタ 群馬、山口
プーマ 川崎、磐田、清水、C大阪
熊本、大分、沼津
ペナルティ 湘南、岡山、長野
mitre 鹿児島
ボネーラ 北九州
ミズノ 甲府、徳島
愛媛、名古屋
ヨネックス
ワコール 京都

背番号[編集]

1993年から1996年までは試合ごとに付ける番号が違う変動背番号制であったが、1997年からはシーズン開幕前やクラブ加入時点で決定される固定背番号制へと変更された[87]

また、2004年には欠番の解禁など規約を一部改定した。現在、Jリーグの定める「ユニフォーム規約」では、

  • 背番号はJリーグへ登録し、シーズン途中の変更は認められない。
  • 背番号0番は不可。
  • 背番号1番はゴールキーパー、背番号2番から11番まではフィールドプレーヤーが付けなければならない。
  • 背番号12番以降は、登録選手が50人以下であれば50番まではポジションとは無関係に自由に付けることができる。ただし登録選手が51人を超えた場合は、51番から連番で番号をつけなければならない。

などの取り決めがある。

なお2016年からJ3リーグへの出場が解禁された、J2以上に在籍するクラブのU-23世代のいわゆる「セカンドチーム」への登録については、トップチームと異なる背番号でもよいことになっているが、この場合でも、シーズンの途中での背番号変更は禁止されている。

なお、変動背番号制であった1996年にはG大阪の今藤幸治がGKの番号である1以外の2から11までの背番号を付けた事がある。

公式試合球[編集]

Jリーグの試合では、Jリーグの公式ロゴマークが入っているJリーグ公認の試合球(公式試合球)が使用されている。なお、1993年の開幕戦でヘニー・マイヤー(V川崎)が決めたJリーグ第1号ゴールの試合球はJリーグ事務局のチェアマン室に、ガラスケースに入れて保存されている[88]

製造は全てアディダス、提供は全てモルテン

年度 公式試合球
1993年 - 1994年 エトルスコ・ユニコ
1994年 - 1997年 クエストラ
1998年 - 2000年 トリコロール
2001年 ガマラダ
2002年 - 2003年 フィーバーノヴァ
2004年 - 2005年 ロテイロ
2006年 - 2007年 チームガイスト
2008年 チームガイストII
2009年 テラパス
2010年 ジャブラニ
2011年 スピードセル
2012年 タンゴ12[89]
2013年 カフサ[90]
2014年 ブラズーカ[91]
2015年 コネクト15[92]
2016年 エレホタ[93]
2017年 クラサバ[94]

指導者資格[編集]

  • 第1種チーム(トップ)の監督は日本サッカー協会公認S級指導者ライセンスを保持している者が指導すること。
  • 第1種チーム(サテライト)は同A級(以上)指導者ライセンス保持者、第2種以下は同B級(以上)ライセンス保持者が監督を務めることが出来る。

審判員[編集]

  • 日本サッカー協会の「サッカー公認審判員」の1級審判員の中より推薦、決定されJリーグ担当審判員となる。
  • Jリーグでは審判のレベル向上のため、一部の審判員にプロ審判員(プロフェッショナルレフェリー、略称PR)制度を採用している。アマチュアが一般的なサッカー審判員のプロ化は世界でも珍しい例である。

フラッグ[編集]

毎試合、Jリーグの試合会場にはJリーグフラッグと対戦する両クラブのフラッグ(旗)が掲げられる。フラッグのデザインは自クラブのクラブカラーを基調とし、自クラブのロゴタイプエンブレムが入っていることが一般的である。また、Jリーグ旗の横や下などにFIFAのフェアプレーフラッグが掲げられている場合があるほか、選手が入場する際には必ずスターティングメンバーのサインが入ったJリーグのフェアプレーフラッグを先頭にしてピッチへ入場する。なお、リーグ戦で使用されるJリーグフラッグは2種類あり、通常の試合会場では主に無地のフラッグが使われている。

  1. 背景は「白」を基調とした無地の柄で中央部にJリーグの公式ロゴマークが入ったタイプ。
  2. 背景は左側から黒で縁取られた「緑」「白」「赤」を基調としたイタリア国旗風の柄で中央部にJリーグの公式ロゴマークが入ったタイプ。

音楽[編集]

特に規約では規定されていないものの、リーグ戦では選手入場時にアンセムが流れる。Jリーグの公式アンセムが存在するが、Jリーグ公式アンセムを使用しているのは、水戸ホーリーホックザスパクサツ群馬川崎フロンターレFC岐阜サガン鳥栖などであり、他の多くのクラブがクラブオリジナルのアンセムを流している。なお、JFLはFIFA Anthemを使用しているため、JFLから昇格したクラブは数年間Jリーグアンセムで通すことが多く、アビスパ福岡やサガン鳥栖、ヴァンフォーレ甲府のように、10年以上にわたり、クラブアンセムのないクラブもある。また、現在ではもう耳にする機会はほとんどないが、開幕当初にはJリーグ公式テーマソングがあり、Jリーグに関するイベントなどでよく使われていた。

年度 曲名 作詞 作曲 編曲
公式テーマソング 1993年 J'S THEME - 春畑道哉TUBE -
公式アンセム 1993年 J'S BALLAD - -
2003年 THE'GLORY - 岸利至 岸利至
公式ソング 2003年 飛躍 安岡優 村上てつや 小西貴雄

スローガン[編集]

年度 スローガン
1999年 - 2004年 Join!
2005年 - 2006年 Amazing,J.
2007年 Will Be 見せたい未来がある。
2008年 Will Be クラブサッカーの世界水準へ。
2009年 「SHOUT! for SHOOT!」声、枯れるまで。体、果てるまで。
2010年 極上のライブエンターテイメント
2011年 - 2015年 明日のために 今、走る
チカラをひとつに。-TEAM AS ONE-(東日本大震災復興支援スローガン)
2016年 - チカラをひとつに。-TEAM AS ONE-がんばろう熊本・九州 (熊本地震復興支援スローガン)

アカデミー[編集]

Jリーグに所属するクラブはアカデミー(下部組織、Jリーグの用語では「育成組織」)をもつことを義務つけている。アカデミーはJFAに世代別のチームとして登録され(日本サッカー協会チーム登録種別を参照)、Jリーグの主催する各大会やJFA主催大会などに出場する。

マスコットキャラクター[編集]

Jリーグ[編集]

Mr. ピッチ
  • 読み方は「ミスター・ピッチ」。
  • 1991年11月1日生まれ、出身地は不明。
  • 血液型はJ型。
  • 身長は180センチメートル、スリーサイズは上から200・200・200センチメートル、全身を緑の芝生におおわれているのが特徴。
  • 好きな色はグリーン。好きな言葉は「地球は青かった」、「石の上にも三年 芝の上にも百年」。
  • 趣味はガーデニング。
  • 「Jリーグ百年構想メッセンジャー」として、現在は各地で毎年行われている「ファミリーJoinデイズ」や「Jリーグオールスターサッカー」を始め、積極的に様々なイベントなどに出演している。また、各地の試合会場において、試合の前後やハーフタイム中に電光掲示板などで彼の出演しているビデオ映像を目にすることができる。なお、「百年構想」をPRしているポスターや雑誌の広告などでも、彼がモデルを務めている。
Jリーグキング(J-boy)

Jリーグクラブ[編集]

協賛団体[編集]

Jリーグ(リーグ戦)の公式スポンサーはJ1の試合会場で広告看板を掲示できるほか、新聞や雑誌、放送媒体の広告でJリーグのロゴマークとともに「(企業名)はJリーグの○○パートナーです」、あるいは「(企業名)はJリーグを応援しています」のクレジットを掲載できる。また、各所属クラスに関係なく、試合前後の時間やハーフタイム中に試合会場の電光掲示板や場内放送で企業名を読み上げられる。

2011年度までの協賛カテゴリーは「オフィシャルスポンサー」と、それ以外のスポンサー(用具サプライヤー、90度システム広告スポンサーなど)とに区分されていたが、2012年度から原則として「○○パートナー」に呼称を統一させており、スポンサー・サプライヤーのカテゴリーをよりわかりやすく細分化している。

全ディビジョン共通
  • オフィシャルパートナーの広告設置に関しては、Jリーグ規約[95] 第35条(27ページ)に「スタジアムにはJリーグが指定する位置にJリーグ、並びにJリーグオフィシャルパートナーの企業・団体が所定サイズ・及び枚数の広告看板)を設置・掲出できるスペースを確保しなければならない」とする取り決めによるものである。
  • 日本スポーツ振興センター(toto・BIG、2001年より)、朝日新聞社2003年より)、パフォーム・インベストメント (DAZN)(2017年より)のトップパートナー[注 23] 以外の形でリーグ戦を協賛する企業の広告横断幕が基本的にバックスタンドの最前列の箇所に設置されている[注 24]。なお一部のスポンサーはJリーグカップにも広告看板を掲出する場合[注 25] もある。
  • 2008年から2013年まで、メインスタンドから見て左側(原則としてホームゴール裏)にオフィシャルサプライヤー(コンタクトレンズ等提供)のジョンソン・エンド・ジョンソンの小型広告が設置されていた。
  • 2015年度より、Jリーグ全体(J3含む)の「トップパートナー」よりさらに最上級のスポンサーカテゴリーとして「タイトルパートナー」が制定され、明治安田生命保険が就任することになり[1]、リーグの正式な名称が「明治安田生命J(1・2・3)リーグ」となった。
J1
  • 1993年から1995年の2ステージ制時代は、そのステージの冠スポンサー(1st・サントリー、2nd・日本信販)の広告看板がバックスタンドとゴール裏のそれぞれ最前列[注 26] に2枚ずつの合計4枚、他のオフィシャルスポンサー団体は1枚ずつ掲出されていた。それ以後は原則バックスタンドに各社2枚ずつ掲出されている。2015年2ndステージからは1stステージよりトップパートナーが1社増加したため、両サイドの外側にトップパートナーの広告が1枚ずつはみ出る形になり、ランダムに2社の広告が1枚ずつはみ出している(球技専用が多い)場合がある[注 27]
  • 2005年から2014年までJ1の各節1試合ごとに電動式回転広告板を導入していた。ただ、導入される試合は各節注目の試合に設置される場合が多い。また、2008年からはこれと併用する形でJ1の各節1試合ごとに三菱電機社製の電光広告板(オーロラリボンビジョン)を導入した。主に、NHK-BSの中継対象試合を中心に運用されている。2015年からは回転広告板を廃止した代わりに、電光広告板を使用する試合は1節に2試合に増加した。
  • 2015年からは、タイトル協賛である明治安田生命の広告を6枚(うち、長方形の通常サイズ4枚を両コーナーとハーフライン付近に各2枚ずつ、コーナー部分に同社商品の正方形の広告が2枚)設置されている(J2・J3も同様)。またJ1ではこれとは別に90度システムの広告幕2枚(各ゴール裏1枚ずつ)を設置している。
J2
  • J2ではJリーグの公式スポンサーの広告看板は2007年まで掲出されなかった(各クラブごとの公式スポンサーの看板がかかっている)が、1996年から1998年のジャパンフットボールリーグでJリーグ準会員だったチームのホームゲーム開催時にはゴール裏部分に各1枚ずつのJリーグ公式スポンサーの広告看板が掲出されていた。なお、2008年から大会名の看板の横に小さめに公式スポンサーの広告が1枚にまとめて載るようになった。
J3
  • 2014年は、J1・J2とは別の独自の協賛スポンサーが制定されており、各会場のバックスタンド最前列[注 26]に、タイトル協賛の明治安田生命が4枚、他のJ3公式スポンサーからは2枚ずつの広告看板(横断幕)が設置されていた[注 24]。2014年のJ3のスポンサーのうち、日本航空以外の各社はJ1・J2の何らかの公式スポンサーを兼務していたが、2015年度からはJ1・J2を含めて統一したスポンサー体系にすることになり、J2同様、大会名の看板の横に公式スポンサーを1枚にまとめて載せるようになった(なお2014年はJ3公式スポンサー団体を除いたJ1・J2のスポンサー団体の広告は設置しなかった)。
Jリーグカップ
  • 大会創設時よりヤマザキナビスコ→ヤマザキビスケットの企業ロゴ、および同社商品の広告看板(ルヴァンチップスター他)が設置されている。なお創設当初からの最初の3年(1992年から1994年)は、予選リーグの試合(1994年は1・2回戦)に限って、ナビスコの広告と一緒に、通常ゴール裏に設置される各クラブ個別の協賛スポンサーの看板を置いていた。
スポンサースペシャルデー&スペシャルマッチ
  • 1996年にこれまでのステージスポンサーの制度が廃止されてから数年間に渡って、Jリーグでは公式スポンサー企業が特定の節・試合を対象としてスポンサースペシャルデー、ないしはスペシャルマッチを開催した。試合会場ではスペシャルデーのスポンサー企業がキャンペーンプロモーションを展開した。

協賛団体一覧[編集]

特記なき者は2016年12月13日発表時点[96]

協賛カテゴリー種別 契約開始年度 協賛団体名
Jリーグタイトルパートナー 2015年 明治安田生命保険[注 28]
Jリーグトップパートナー[注 23] 1996年 キヤノン
キヤノンマーケティングジャパン
2005年 アイデム
2014年 明治安田生命保険
2015年 ルートインジャパン
イオンリテール
2016年 エレクトロニック・アーツEAスポーツ
LVMHタグ・ホイヤー
2017年 マスターカード・ジャパン
Jリーグ90度広告システム[注 29] スポンサー 2015年 明治安田生命保険
Jリーグ百年構想パートナー 2003年 朝日新聞社
リーグカップ戦スポンサー 1992年 ヤマザキビスケット[注 30]
スーパーカップスポンサー 1994年 富士ゼロックス
Jリーグオフィシャルエクイップメントパートナー 1993年 モルテン[注 31]
2005年 アディダスジャパン[注 31]
Jリーグオフィシャルブロードキャスティングパートナー 2017年 パフォーム・インベストメント (DAZN)[97]
Jリーグスポーツ振興パートナー 2001年 日本スポーツ振興センター
スポーツくじ<toto・BIG>)
Jリーグオフィシャルチケッティングパートナー 2012年 ぴあチケットぴあ
JリーグオフィシャルECプラットフォームパートナー 2017年 楽天[98]
Jリーグサポーティングカンパニー 2015年 Yahoo! JAPAN[99]
2017年 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/デロイトトーマツコンサルティング[100]
Jリーグマーケティングパートナー 2014年 電通[101]

過去の協賛団体一覧[編集]

協賛カテゴリー種別 契約期間 協賛団体名
Jリーグステージスポンサー[注 32] 1993年 - 1995年 サントリー(第1ステージ・チャンピオンシップ[注 33]
日本信販(NICOSカード)(第2ステージ)
Jリーグオフィシャルスポンサー(1993年 - 2011年)
→Jリーグトップパートナー(2012年 - )[注 23]
1993年 - 1999年 小学館
1993年 - 2004年 ローソン[注 34]
1993年 - 2007年 サントリー
日本信販→三菱UFJニコス(NICOSカード)
1993年 - 2014年 カルビー
1994年 - 2007年 ジャパンエナジー(JOMO)
2002年 - 2004年 武富士
2002年 - 2014年 コナミグループ
2005年 - 2007年 平和[102]
GE Money(新生フィナンシャル)[103]
2008年 - 2010年 マイラン製薬
レオパレス21
プレナス
2011年 - 2013年 日本マクドナルド
2009年 - 2015年 日本コカ・コーラ
2012年 - 2015年 ジェーシービー
2015年 - 2016年 コロプラ
ECC
Jリーグ90度広告システム[注 35] スポンサー 2002年 - 2007年 サントリー
2004年 - 2010年 OCN(NTTコミュニケーションズ
2008年 - 2010年 ジャパンエナジー(JOMO)
2012年 - 2014年 東京エレクトロン[注 36]
2009年 - 2015年 日本コカ・コーラ
Jリーグネットワークパートナー 2002年 - 2010年 東日本電信電話
西日本電信電話
Jリーグオフィシャルサプライヤー 2008年 - 2013年 ジョンソン・エンド・ジョンソン
Jリーグフェアプレーパートナー 2012年 - 2014年 東京エレクトロン[注 36]
Jリーグアソシエイト[注 37][104] 2015年 日本航空[104][注 31]
Jリーグアライアンスマーケティングパートナー 1993年 - 2013年 博報堂DYメディアパートナーズ
博報堂
Jリーグオフィシャルブロードキャスティングパートナー 2007年 - 2016年 スカパーJSAT
J2サポーティングカンパニー 2002年 - 2003年 大日本印刷
2014年のJ3リーグに設定されていた独自の協賛スポンサーについてはJ3リーグ#協賛団体参照。

注釈[編集]

  1. ^ 2014年度までJ1・J2のリーグ戦の呼称についてはJリーグ定款でそれぞれ「Jリーグ ディビジョン1」「Jリーグ ディビジョン2」と表記されていたが、2015年よりそれぞれ「J1リーグ」「J2リーグ」に改める。なおJ3については、初年度の2014年から正式な呼称として「J3リーグ」を採用している。[1]
  2. ^ これと別にJ3に参加するJ1クラブのU-23チームが3チームある。
  3. ^ 「第一次活性化委員会」のメンバーは、森健兒、木之本興三の他、森と木之本が、石井義信森孝慈小倉純二、村田忠男(JFA)、浅野誠也(読売)、杉山隆一佐々木一樹[11]の7人を選んだ[26]。委員長には森健兒が就くのが自然だったが、森は名古屋転勤で忙し過ぎたためとバランスや企業説明を考え、森が小倉純二を指名した[15][27]
  4. ^ この10ヵ月後にまとめられた「第二次活性化委員会」の報告書もこれを踏襲し、これがほとんどそのままJリーグの骨格となる[33]
  5. ^ 「第二次活性化委員会」のメンバーは、森健兒、木之本興三を含む、「第一次活性化委員会」と同じメンバー9人と、プロ化に乗り気でないチームの実行委員・阿部豊(NKK)、有村宏三郎(ヤンマー)、泉信一郎(全日空)に、川淵を加えた13人で[34]、「第二次活性化委員会」でも委員長には引き続き川淵が小倉純二を指名した[35]
  6. ^ 「JSL評議委員会」は、JSLの最高議決機関。主に加盟チームが自ら選出した評議員で構成されていた。親会社で立場のある取締役クラスの人が選出されることが多く、会社の意向を尊重する傾向があった[31]。「第一次活性化委員会」~「第二次活性化委員会」のメンバーは、各チームを実質的に切り回して人たちではあったが、親会社に戻れば会社の経営方針に直接タッチできる役職には就いていなかった[38]。「JSL評議委員会」の議長は日産自動車副社長・細川泰嗣。他のメンバーも各チームの代表者であり、親会社での地位は「活性化委員会」のメンバーよりはるかに上だった[38]
  7. ^ 1991年11月1日、新リーグが「社団法人日本プロサッカーリーグ」として法人化されることが決定した[30][46]
  8. ^ 「Jリーグ」という名称の提案は、当初 Jipang League(ジパング・リーグ)の略称として提案された[46]
  9. ^ 一例として、1993年サントリーシリーズ第6節(6月2日)・清水vsV川崎静岡県草薙総合運動場陸上競技場)、1994年NICOSシリーズ第3節(8月17日)の清水vs平塚2011年J1第15節(6月15日)の仙台G大阪、同年第17節(6月22日)仙台対甲府(以上2試合ユアテックスタジアム仙台)。
    また2000年J2水戸ひたちなか市総合運動公園陸上競技場で主催した一部の平日の試合を16時からの薄暮デイマッチにした事例がある。
  10. ^ このときは横浜Mが三ツ沢、横浜Fは九州への「遠征」、あるいは国立での開催などがあった。
  11. ^ ゴールデンウィークお盆等年数回の平日に行われる場合でも、どちらかが火曜日、もう一方は水曜日。
  12. ^ 山口市下関市山陽小野田市宇部市防府市周南市美祢市萩市下松市岩国市光市長門市柳井市周防大島町和木町上関町田布施町平生町阿武町の各市町
  13. ^ a b c d 1992年から1995年に「特別活動地域」として九州地方の3県をホームタウンとほぼ同権限の地域と位置づけた。
  14. ^ 天皇杯の公式記録では、Jリーグクラブについては、前身のクラブからの通算としている。この場合、最多獲得クラブは横浜FMの7回(前身の日産自動車時代に5回獲得)となるほか、C大阪が前身のヤンマー時代に3回の天皇杯を獲得している(Jリーグ発足後はタイトルなし)。
  15. ^ 10歳以下は調査対象外となっている。
  16. ^ 2015年4月に命名権導入により呼称変更。
  17. ^ 2015年までは万博記念競技場(万博)を使用。
  18. ^ 2015年より命名権スポンサー変更。
  19. ^ 2015年9月に命名権導入により呼称変更。
  20. ^ 2016年4月に命名権導入により呼称変更。
  21. ^ a b 鹿児島の数値は2015年度のJFLリーグ戦(ホームゲーム15試合)の数値を参考として掲載。
  22. ^ 全面的にミズノと契約したクラブの場合、チームや年度によってリーグ戦と全く同一の場合と、他社契約時と同様にデザインを変えていた場合とがあった。またリーグ戦とカップ戦でユニフォームスポンサーが異なることもあった他、天皇杯では、当時変動背番号制だったリーグ戦では存在しなかった17番以上の背番号のユニフォームがあった。
  23. ^ a b c 2011年までのオフィシャルスポンサーに当たるリーグ戦最上位スポンサーカテゴリー(なお2015年度からは明治安田生命保険がJリーグ全体のタイトルパートナー(特別協賛)に就任するため、スポンサーカテゴリーとしてはタイトルパートナーが最上級、トップパートナーはその次のクラスに当たる)。
  24. ^ a b J3に関しては2014年度にJ3独自のオフィシャルパートナーがあった名残で、日本スポーツ振興センター、スカパーJSAT、アディダスジャパンの広告はバックスタンド最前列に2枚ずつ張り付けてある
  25. ^ 2014年予選ではコカコーラ、コナミ(ウィニングイレブン)、東京エレクトロンの3社。
  26. ^ a b 陸上競技場の場合は、バックスタンドはトラック部分、ゴール裏はフィールド競技が行われる箇所に設置
  27. ^ 陸上競技場は場所によってバックスタンド一列で掲示する場合もある
  28. ^ 2014年度はJリーグ全体のトップパートナーであるとともに、J3リーグのタイトルパートナー(特別協賛)であったが、2015年度はJリーグ全体のタイトルパートナーに昇格させた(Jリーグチャンピオンシップを含む。トップパートナー契約も継続)。
  29. ^ ゴール部90度広告とは、看板を立てることが出来ないゴール両脇に、扁平に印刷された広告布を敷くことによって、テレビを通してみると通常の広告と同じに見える効果がある広告である。F1のコーナー部広告で発案された手法である。
  30. ^ 2016年8月までの社名は「ヤマザキナビスコ」。
  31. ^ a b c 2014年J3リーグのオフィシャルスポンサーも務めた。
  32. ^ 公式スポンサー兼務
  33. ^ 1997年から2004年のチャンピオンシップにおいても冠スポンサーとなっている
  34. ^ この期間中、関連会社のローソンチケットがJリーグオフィシャルチケットステーションの業務を担当していた。
  35. ^ ゴール部90度広告とは、看板を立てることが出来ないゴール両脇に、扁平に印刷された広告布を敷くことによって、テレビを通してみると通常の広告と同じに見える効果がある広告である。F1のコーナー部広告で発案された手法である。
  36. ^ a b 2011年はオフィシャルスポンサー。
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参考文献[編集]

関連項目[編集]

試合関連[編集]

下部組織によるリーグ戦[編集]

クラブ関連[編集]

選手関連[編集]

報道関連[編集]

海外の提携リーグ[編集]

その他[編集]

外部リンク[編集]