ジョゼ・パウロ・ベセーラ・マシエル・ジュニオール

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はペセーラ第二姓(父方の)はマシエルです。
パウリーニョ Football pictogram.svg
20180610 FIFA Friendly Match Austria vs. Brazil Paulinho 850 1696.jpg
ブラジル代表でのパウリーニョ (2018年)
名前
本名 ジョゼ・パウロ・ベセーラ・マシエル・ジュニオール
José Paulo Bezerra Maciel Júnior
ラテン文字 PAULINHO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1988-07-25) 1988年7月25日(30歳)
出身地 サンパウロ
身長 182cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 中華人民共和国の旗 広州恒大
ポジション MF (CMF / AMF / DMF)
背番号 9
利き足 右足
ユース
2004-2005 ブラジルの旗 PAEC
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2007 リトアニアの旗 FCヴィリニュス 38 (5)
2007-2008 ポーランドの旗 ŁKSウッチ 17 (0)
2008-2009 ブラジルの旗 PAEC 39 (7)
2009-2010 ブラジルの旗 ブラガンチーノ 28 (6)
2010-2013 ブラジルの旗 コリンチャンス 86 (20)
2013-2015 イングランドの旗 トッテナム・ホットスパー 45 (6)
2015-2017 中華人民共和国の旗 広州恒大 63 (16)
2017- スペインの旗 バルセロナ 34 (9)
2018- 中華人民共和国の旗 広州恒大 (loan)
代表歴2
2011- ブラジルの旗 ブラジル 53 (13)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年5月9日現在。
2. 2018年6月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パウリーニョ(Paulinho)こと、ジョゼ・パウロ・ベセーラ・マシエル・ジュニオール(José Paulo Bezerra Maciel Júnior、1988年7月25日 - )は、ブラジルサンパウロ州サンパウロ出身のサッカー選手中国スーパーリーグ広州恒大に所属し、ブラジル代表にも選出されている。ポジションはミッドフィールダー(MF)

来歴[編集]

クラブ[編集]

2004年からPAECのユースチームに所属し、2006年にリトアニアのFCヴィリニュスリトアニア語版でプロデビューを果たしたが、人種差別に苦しみ退団。[1]。 2007年にポーランドのŁKSウッチに移籍した。しかし、ここでは給料不払いに遭い、シーズン終了まで耐え凌ぎプレーしたが、退団。[1]

その後ブラジルに帰国し、家族の元へ戻ったパウリーニョは、サッカーを辞める決断を下した。

「俺は自分の権利のために戦ってきた。約束を守ってきた。でも相手は守らない。それでサッカーが嫌になり、辞めるって決めたのさ」

2週間、自宅に引きこもる生活を続けたが、当時の夫人の以下の言葉が胸に刺さり、引退を撤回する。[1]

『ずっとあなたのために戦ってきた両親に悪いと思わないの? 5歳のときからあなたのためにしてくれたことを忘れるつもり?』

さらに娘が生まれたばかりという事情から帰国直後から声を掛けてくれていたユース時代の古巣アウダックスに連絡をとり、再びユニホームに袖を通すことを決断した。契約条件は、父親として新たな生活を始めるためのアパートの家賃だった。 2008年にブラジルのPAECに復帰。4部リーグながら母国でプロデビューしたパウリーニョは、アウダックスではレギュラーとして2度のタイトル獲得に貢献し、チームを2部まで導いた後2009年にCAブラガンチーノへ移籍。2010年にはSCコリンチャンス・パウリスタに移籍した。

コリンチャンスでは移籍直後からレギュラーに定着。2011年は35試合に出場し8得点を挙げ、カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA優勝に貢献。自身もボーラ・ジ・プラッタプレミオ・クラッキ・ド・ブラジレイロンにおいてベストイレブンに選出された。2012年夏にはイタリアセリエAインテルから巨額のオファーがあったものの[2][3]コパ・リベルタドーレスを優先して残留し[4][2]、コリンチャンスのコパ・リベルタドーレス初優勝に貢献した。2012年8月25日にはコリンチャンスが新たにパウリーニョの所有権を55%取得し、2015年まで契約を延長すると共に違約金を1500万ユーロに設定した[5]。 その4か月後に行われた、クラブワールドカップで、当時アフリカ王者のアル・アハリ、欧州王者のチェルシーをそれぞれ倒し、世界一にも貢献した。

インテルレアル・マドリードASローマが獲得に動いていたが、2013年7月6日、トッテナム・ホットスパーFCへ1700万ポンドで完全移籍した[6]。 2013-14シーズン、リーグ戦ではフィールドプレーヤーではチーム2位となる30試合出場、チーム3位タイの6得点を挙げた。2014-15シーズンはリーグ戦15試合出場で無得点。先発出場は3試合のみと機会を減らした。

2015年6月29日、中国サッカー・スーパーリーグ広州恒大へ完全移籍した[7][8]。移籍金1400万ユーロ(約19億円)の4年契約を締結し、2015シーズンは超級リーグで背番号「48」、AFCチャンピオンズリーグ2015FIFAクラブワールドカップ2015で「8」を着用した。

2015年8月25日に行われたAFCチャンピオンズリーグ2015準々決勝 第1戦の柏レイソル戦で約35メートルの位置からFKを直接叩き込み、ワールドクラスのスーパーゴールを決めた[9]

2017年8月14日、FCバルセロナへ移籍することが発表された。4年契約で移籍金は4000万ユーロ、契約破棄金は1億2000万ユーロに設定された[10]。9月16日のヘタフェ戦では途中交代からチームを救う逆転ゴールを決め、初得点を記録した。

2018年7月8日、FCバルセロナはパウリーニョに関して、買い取りオプションと共に、広州恒大にレンタル移籍して、1シーズンプレーすることで合意に達したと発表した[11]

代表[編集]

2011年9月14日のスーペルクラシコ・デ・ラス・アメリカスアルゼンチン戦でブラジル代表デビュー[12]。2012年9月19日に行われたスーペルクラシコでは代表初得点を挙げた。同年10月16日の日本との親善試合ではミドルシュートで先制点を挙げた[13]

2017年3月23日のワールドカップ予選ウルグアイ戦でハットトリックを達成した[14]

2018年FIFAワールドカップロシア大会、一次リーグの最終戦セルビア戦で先制点を決めた。

プレースタイル[編集]

主に守備的ミッドフィルダーとしてプレーし、フィジカルと決定力を兼ね備えている[15]。決定的なスルーパスの出し手としても、パスを受けてのゴールゲッターとしての能力も高い。多くのポジションをこなす事が出来るオールラウンダーで、トッテナムの元指揮官アンドレ・ビラス・ボアスはパウリーニョに、同じプレミアリーグチェルシーで活躍したフランク・ランパードを感じると評価しており[16]、本人もランパードを目標にしていると語っている[17]

個人成績[編集]

所属クラブ シーズン リーグ 州リーグ カップ戦 その他 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
CAブラガンチーノ 2009 27 6 0 0 0 0 0 0 27 6
コリンチャンス 2010 27 4 3 0 0 0 0 0 45 4
2011 35 8 23 3 0 0 0 0 58 8
2012 23 7 15 3 0 0 0 0 28 10
2013 1 0 14 3 0 0 0 0 15 3
所属クラブ シーズン リーグ オープン杯 リーグ杯 欧州CL 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
トッテナム・ホットスパー 2013-14 30 6 2 0 0 0 0 32 8
2014-15 15 0 3 1 4 0 0 0 22 1
所属クラブ シーズン リーグ オープン杯 ACL その他 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
広州恒大 2015 13 2 0 0 6 1 3 2 22 5
2016 30 8 8 3 5 0 1 0 44 11
2017 20 6 0 0 8 5 1 0 29 11
所属クラブ シーズン リーグ オープン杯 欧州CL その他 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
FCバルセロナ 2017-18 34 9 6 0 9 0 0 0 49 9

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 55試合 13得点(2011年 - )


ブラジル代表国際Aマッチ
出場得点
2011 1 0
2012 7 2
2013 16 3
2014 8 0
2016 5 1
2017 9 5
2018 9 2
通算 55 13

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

PAEC
コリンチャンス
広州恒大
FCバルセロナ

代表[編集]

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 史上最悪扱いからバルサの名脇役。パウリーニョは異彩を放つ肉体派。 Sports Graphic Number
  2. ^ a b SOCCER KING (2012年10月14日). “ブラジル代表MFパウリーニョ、今冬のインテル移籍を希望”. 2012年11月6日閲覧。
  3. ^ Goal.com (2012年10月30日). “パウリーニョ、夏にインテルへ行かなかったことを後悔せず”. 2012年11月6日閲覧。
  4. ^ Goal.com (2012年7月14日). “パウリーニョはコリンチャンス残留へ”. 2012年11月6日閲覧。
  5. ^ TUTTO mercato WEB.com (2012年8月25日). “Paulinho, il Corinthians si prende il 50%. Clausola a 15 milioni, l'Inter...”. 2012年11月6日閲覧。 (イタリア語)
  6. ^ トッテナムがパウリーニョ獲得を正式発表Goal.com 2013年7月7日
  7. ^ 保利尼奥正式加盟广州队広州恒大淘宝足球倶楽部公式サイト 2015年6月29日
  8. ^ 相次ぐ中国移籍…広州恒大がブラジル代表MFパウリーニョを19億円で獲得soccerking 2015年6月29日
  9. ^ ACL柏戦で圧巻の30メートル超えFK弾…パウリーニョ「生涯最高のゴール」soccerking 2015年8月25日
  10. ^ パウリーニョ・ベセーラ、FCバルセロナの新獲得選手FC Barcelona 2017年8月14日
  11. ^ パウリーニョのレンタル移籍で合意FCバルセロナ公式ウェブサイト 2018年7月9日
  12. ^ Esporte.uol.com (2011年9月28日). “Brasil vence Superclássico contra a Argentina com brilho de estreantes Lucas e Cortês”. 2012年11月6日閲覧。 (ポルトガル語)
  13. ^ SOCCER KING (2012年10月17日). “日本代表、挑戦による大敗に悲観視は不要…将来への収穫を評価/ブラジル戦”. 2012年11月6日閲覧。
  14. ^ SOCCER KING (2017年3月24日). “ブラジル、パウリーニョのハットなどで2位ウルグアイを撃破…7連勝で首位快走”. 2017年3月24日閲覧。
  15. ^ Sky.it (2012年7月10日). “Inter, ecco chi è Paulinho: uno bravo a fare tutto”. 2012年11月6日閲覧。 (イタリア語)
  16. ^ パウリーニョにランパードを感じるビラスボアス Goal.com2013年8月
  17. ^ パウリーニョ:「ランパードの後に続きたい」 Goal.com2013年8月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]