ジョゼ・パウロ・ベセーラ・マシエル・ジュニオール

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はペセーラ第二姓(父方の)はマシエルです。
パウリーニョ Football pictogram.svg
Jose Paulo Bezerra Maciel Junior 2013.jpg
FIFAコンフェデレーションズカップ2013決勝でのパウリーニョ (2013年)
名前
本名 ジョゼ・パウロ・ベセーラ・マシエル・ジュニオール
José Paulo Bezerra Maciel Júnior
ラテン文字 PAULINHO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1988-07-25) 1988年7月25日(28歳)
出身地 サンパウロ
身長 182cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 中華人民共和国の旗 広州恒大
ポジション MF (CMF / AMF / DMF)
背番号 8
利き足 右足
ユース
2004-2005 ブラジルの旗 PAEC
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2007 リトアニアの旗 FCヴィリニュス 38 (5)
2007-2008 ポーランドの旗 ŁKSウッチ 17 (0)
2008-2009 ブラジルの旗 PAEC 39 (7)
2009-2010 ブラジルの旗 ブラガンチーノ 28 (6)
2010-2013 ブラジルの旗 コリンチャンス 86 (20)
2013-2015 イングランドの旗 トッテナム・ホットスパー 45 (6)
2015- 中華人民共和国の旗 広州恒大 43 (10)
代表歴2
2011- ブラジルの旗 ブラジル 38 (9)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月8日現在。
2. 2017年3月23日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パウリーニョ(Paulinho)こと、ジョゼ・パウロ・ベセーラ・マシエル・ジュニオール(José Paulo Bezerra Maciel Júnior、1988年7月25日 - )は、ブラジルサンパウロ州サンパウロ出身のサッカー選手中国スーパーリーグ広州恒大に所属し、ブラジル代表にも選出されている。ポジションはミッドフィールダー(MF)

来歴[編集]

クラブ[編集]

2004年からPAECのユースチームに所属し、2006年にリトアニアのFCヴィリニュスリトアニア語版でプロデビューを果たした。2007年にポーランドのŁKSウッチに移籍した。2008年にブラジルのPAECに復帰。アウダックスではレギュラーとして2度のタイトル獲得に貢献し、2009年にCAブラガンチーノへ移籍。2010年にはSCコリンチャンス・パウリスタに移籍した。

コリンチャンスでは移籍直後からレギュラーに定着。2011年は35試合に出場し8得点を挙げ、カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA優勝に貢献。自身もボーラ・ジ・プラッタプレミオ・クラッキ・ド・ブラジレイロンにおいてベストイレブンに選出された。2012年夏にはイタリアセリエAインテルから巨額のオファーがあったものの[1][2]コパ・リベルタドーレスを優先して残留し[3][1]、コリンチャンスのコパ・リベルタドーレス初優勝に貢献した。2012年8月25日にはコリンチャンスが新たにパウリーニョの所有権を55%取得し、2015年まで契約を延長すると共に違約金を1500万ユーロに設定した[4]。 その4か月後に行われた、クラブワールドカップで、当時アフリカ王者のアル・アハリ、欧州王者のチェルシーをそれぞれ倒し、世界一にも貢献した。

インテルレアル・マドリードASローマが獲得に動いていたが、2013年7月6日、トッテナム・ホットスパーFCへ1700万ポンドで完全移籍した[5]。 2013-14シーズン、リーグ戦ではフィールドプレーヤーではチーム2位となる30試合出場、チーム3位タイの6得点を挙げた。2014-15シーズンはリーグ戦15試合出場で無得点。先発出場は3試合のみと機会を減らした。

2015年6月29日、中国サッカー・スーパーリーグ広州恒大へ完全移籍した[6][7]。移籍金1400万ユーロ(約19億円)の4年契約を締結し、2015シーズンは超級リーグで背番号「48」、AFCチャンピオンズリーグ2015FIFAクラブワールドカップ2015で「8」を着用した。

2015年8月25日に行われたAFCチャンピオンズリーグ2015準々決勝 第1戦の柏レイソル戦で約35メートルの位置からFKを直接叩き込み、ワールドクラスのスーパーゴールを決めた[8]

代表[編集]

2011年9月14日のスーペルクラシコ・デ・ラス・アメリカスアルゼンチン戦でブラジル代表デビュー[9]。2012年9月19日に行われたスーペルクラシコでは代表初得点を挙げた。同年10月16日の日本との親善試合では見事なミドルシュートで先制点を挙げた[10]

2017年3月23日のワールドカップ予選ウルグアイ戦でハットトリックを達成した[11]

プレースタイル[編集]

主に守備的ミッドフィルダーとしてプレーし、フィジカルと決定力を兼ね備えている[12]。決定的なスルーパスの出し手としても、パスを受けてのゴールゲッターとしての能力も高い。多くのポジションをこなす事が出来るオールラウンダーで、トッテナムの元指揮官アンドレ・ビラス・ボアスはパウリーニョに、同じプレミアリーグチェルシーで活躍したフランク・ランパードを感じると評価しており[13]、本人もランパードを目標にしていると語っている[14]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
中国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2015 広州恒大 48 超級 13 2 - 0 0 13 2
2016 広州恒大 8 超級 30 7 - 0 0 30 7
通算 超級 カテゴリー -
総通算
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2015 広州恒大 8 5 1
2016 広州恒大 8 5 0
通算 AFC 10 1

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 38試合 9得点(2011年 - )


ブラジル代表 国際Aマッチ
出場 得点
2011 1 0
2012 7 2
2013 16 3
2014 8 0
2016 5 1
2017 1 3
通算 38 9

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

PAEC
コリンチャンス
広州恒大

代表[編集]

ブラジル代表

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b SOCCER KING (2012年10月14日). “ブラジル代表MFパウリーニョ、今冬のインテル移籍を希望”. 2012年11月6日閲覧。
  2. ^ Goal.com (2012年10月30日). “パウリーニョ、夏にインテルへ行かなかったことを後悔せず”. 2012年11月6日閲覧。
  3. ^ Goal.com (2012年7月14日). “パウリーニョはコリンチャンス残留へ”. 2012年11月6日閲覧。
  4. ^ TUTTO mercato WEB.com (2012年8月25日). “Paulinho, il Corinthians si prende il 50%. Clausola a 15 milioni, l'Inter...”. 2012年11月6日閲覧。 (イタリア語)
  5. ^ トッテナムがパウリーニョ獲得を正式発表Goal.com 2013年7月7日
  6. ^ 保利尼奥正式加盟广州队広州恒大淘宝足球倶楽部公式サイト 2015年6月29日
  7. ^ 相次ぐ中国移籍…広州恒大がブラジル代表MFパウリーニョを19億円で獲得soccerking 2015年6月29日
  8. ^ ACL柏戦で圧巻の30メートル超えFK弾…パウリーニョ「生涯最高のゴール」soccerking 2015年8月25日
  9. ^ Esporte.uol.com (2011年9月28日). “Brasil vence Superclássico contra a Argentina com brilho de estreantes Lucas e Cortês”. 2012年11月6日閲覧。 (ポルトガル語)
  10. ^ SOCCER KING (2012年10月17日). “日本代表、挑戦による大敗に悲観視は不要…将来への収穫を評価/ブラジル戦”. 2012年11月6日閲覧。
  11. ^ SOCCER KING (2017年3月24日). “ブラジル、パウリーニョのハットなどで2位ウルグアイを撃破…7連勝で首位快走”. 2017年3月24日閲覧。
  12. ^ Sky.it (2012年7月10日). “Inter, ecco chi è Paulinho: uno bravo a fare tutto”. 2012年11月6日閲覧。 (イタリア語)
  13. ^ パウリーニョにランパードを感じるビラスボアス Goal.com2013年8月
  14. ^ パウリーニョ:「ランパードの後に続きたい」 Goal.com2013年8月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]