鄭智

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鄭 智 Football pictogram.svg
Zheng Zhi.jpg
名前
カタカナ チェン・チー
チョン・チー
ジョン・ジー
ヂォン・ヂー
ラテン文字 ZHENG Zhi
基本情報
国籍 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
生年月日 (1980-08-20) 1980年8月20日(37歳)
出身地 遼寧省瀋陽市
身長 181cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム 中華人民共和国の旗 広州恒大
ポジション DF (CB) / MF (CMF, DMF)
背番号 10
利き足 右足[註 1]
ユース
1990-2000 中華人民共和国の旗 遼寧宏運
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2004 中華人民共和国の旗 深圳平安科健 / 深圳健力宝 77 (14)
2005-2007 中華人民共和国の旗 山東魯能泰山 45 (31)
2007 イングランドの旗 チャールトン・アスレティックFC (loan) 12 (1)
2007-2009 イングランドの旗 チャールトン・アスレティックFC 55 (8)
2009-2010 スコットランドの旗 セルティックFC 16 (1)
2010- 中華人民共和国の旗 広州恒大 152 (15)
代表歴2
2002- 中華人民共和国の旗 中国 94 (15)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月15日現在。
2. 2016年11月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鄭 智漢音読み:てい ち、簡体字:郑智、繁体字:鄭智、拼音:Zhèng Zhì、Zheng Zhi、1980年8月20日 - )は、中華人民共和国遼寧省瀋陽市出身のサッカー選手中国サッカー・スーパーリーグ広州恒大所属。中国代表。ポジションはディフェンダーミッドフィールダー

経歴[編集]

クラブ[編集]

中国の国内リーグでは、2002年深圳時代にリーグMVPを獲得し同年に代表デビュー。2006年に21得点をマークする活躍で山東魯能のリーグ優勝に貢献。2007年1月から5月までプレミアリーグチャールトン・アスレティックFCへとレンタル移籍してプレーし、ニューカッスル戦で1得点1アシストもチームはプレミアリーグから降格。2007-2008シーズンはチャールトンへ完全移籍。

その後、自由契約となっていたが、2009-2010シーズンは、スコティッシュ・プレミアリーグセルティックFCでプレーすることとなった。グラスゴー・レンジャーズFCとのオールドファームで、デビューを果たしPKを獲得するなど順調なデビューを果たすが、セルティックでのシーズンは難しいシーズンとなった。最終戦のハーツ戦で得点あげた。

2010年6月28日、移籍金が発生しないフリートランスファーでセルティックFCから当時2部リーグ(甲級)に所属していた広州恒大足球倶楽部に完全移籍した。

2011シーズンからは背番号『10』を背負う広州恒大のキャプテンを務めている。

2015年12月24日に広州恒大との契約を更新した[1]。契約年数は2〜5年と発表された。

代表[編集]

2002年から中国代表に招集され、その後キャプテンを務めている。

人物[編集]

元々はディフェンダーの選手だったが、後にセンターハーフへとコンバートされた。中国代表においても、アリー・ハーン監督の時代はセンターバックで起用されていたものの、やがて中盤でプレーするようになった。しかし、守備力の高い彼がディフェンスラインから抜けたことでチーム全体の守備力が低下したとの批判もある。代表では主将を務めるほか、セットプレーのキッカーも任され、チームの要として活躍している。スパイクはアディダスを着用している[要出典]

中国代表で長くキャプテンを務める選手ながら、物議を醸す行動も多い[要出典]

2005-06シーズン山東在籍時、ACLでアルイテハドに敗れた試合で、審判へ水を吐いた為に退場&6ヶ月のあらゆる試合出場停止&4500米ドル罰金の処分を受けた。同年国内リーグの瀋陽金德戦では試合後握手しなかった審判を追い回すトラブルもあった[要出典]

2006年、ドイツW杯を控えたフランス代表との親善試合でジブリル・シセと接触した結果、シセの負傷&W杯メンバー離脱となった。本人はその意図なくアクシデンタルな負傷だったが、悪い意味で名を広めた[要出典]

2008年母国開催の北京五輪にキャプテンとして臨んだが、チームは制裁をかき、第2戦ベルギー戦で一発退場してしまうなど、ナショナルチームでの実績に恵まれない[要出典]

2015年9月3日深圳で行われたW杯予選香港戦後,香港GK葉鴻輝と口論になり、水を履いた映像が公開された[要出典]

マルチロールで知られており、1999年U23代表招集時は右DFだった。その後クラブでは攻撃的MFで頭角を表すが、アリー・ハーン率いる代表では長くCBを務めながら2004アジアカップでは3得点で準優勝に貢献。渡欧したチャールトンセルティックでは攻撃的MF、帰国し広州恒大ではボランチに定着しているが、この期間に代表でCF,CBを務めたこともある[要出典]

30代後半になりながら代表、広州恒大両方で背番号10、キャプテンを務め、ACL優勝2回、2013AFC年間最優秀選手受賞、マルチェロ・リッピの寵愛を受けるなど日韓W杯以降の中国を代表するプレイヤー[要出典]

その能力の高さは対戦歴のある伊藤壇エスクデロもSNS上で絶賛している[要出典]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
中国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2000 遼寧宏運 乙級
2001 深圳紅鑽 2 甲A級 23 3 - 3 0 26 3
2002 10 22 6 - 2 0 24 6
2003 16 3 - 3 0 19 3
2004 超級 16 2 2 1 5 4 23 7
2005 山東魯能 18 10 4 4 4 2 26 16
2006 26 21 - 6 1 32 2
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2006-07 チャールトン 9 プレミア 12 1 0 0 0 0 12 1
中国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2007 山東魯能 10 超級 1 0 - - 1 0
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2007-08 チャールトン 5 チャンピオンシップ 42 7 1 1 2 1 45 9
2008-09 13 1 0 0 0 0 13 1
スコットランド リーグ戦 S・リーグ杯 スコティッシュ杯 期間通算
2009-10 セルティック 27 S・プレミア 16 1 1 0 2 0 19 1
中国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2010 広州恒大 27 甲級 11 5 - - 11 5
2011 10 超級 25 5 - 2 0 27 5
2012 24 1 - 3 1 27 2
2013 24 2 - 4 0 28 2
2014 20 0 - 0 0 20 0
2015 22 1 - 0 0 22 1
2016 26 1 - 8 0 34 1
通算 中国 1部 263 55 6 5 40 8 309 68
中国 2部 11 5 0 0 0 0 11 5
中国 3部 0 0 0 0 0 0 0 0
イングランド 1部 12 1 0 0 0 0 12 1
イングランド 2部 55 8 1 1 2 1 58 10
スコットランド 1部 16 1 1 0 2 0 19 1
総通算 357 70 8 6 44 9 409 85

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 92試合 15得点(2002年- )


中国代表 国際Aマッチ
出場 得点
2002 3 0
2003 4 0
2004 21 9
2005 3 1
2006 5 1
2007 3 0
2008 6 1
2009 4 0
2010 1 0
2011 10 1
2012 5 0
2013 11 0
2014 5 2
2015 14 0
通算 94 15

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

深圳平安科健 / 深圳健力宝
山東魯能泰山
広州恒大

個人[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 右利きだが、左足も同様に使える

出典[編集]

  1. ^ 七球员成功续约广州恒大淘宝足球俱乐部” (zh). Guangzhou Evergrande Taobao F.C.. 2015年12月24日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]