李鉄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
李鉄 Football pictogram.svg
名前
カタカナ リー・ティエ
ラテン文字 LI Tie
中国語 李铁/李鐵
基本情報
国籍 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
生年月日 (1977-09-18) 1977年9月18日(41歳)
出身地 遼寧省瀋陽市
身長 183cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2003 中華人民共和国の旗 遼寧 82 (0)
2002-2003 イングランドの旗 エヴァートン (loan) 29 (0)
2003-2006 イングランドの旗 エヴァートン 5 (0)
2006-2008 イングランドの旗 シェフィールド・ユナイテッド 0 (0)
2008 中華人民共和国の旗 成都天誠 24 (1)
2009-2011 中華人民共和国の旗 遼寧宏運 46 (1)
代表歴
1995–2007 中華人民共和国の旗 中国 92 (6)
監督歴
2015-2016 中華人民共和国の旗 河北華夏幸福
2017- 中華人民共和国の旗 武漢卓爾
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

李鉄(リー・ティエ、漢音読み: り てつ、簡体字: 李铁繁体字: 李鐵ピンイン: Lǐ Tiĕ、1977年9月18日 - )は中華人民共和国の元プロサッカー選手同国代表であった。現役時代のポジションミッドフィールダー

来歴[編集]

中国が初出場した2002年のFIFAワールドカップでグループリーグ3試合にフル出場するなど、中国代表の中心選手であった。ワールドカップ終了後は李玮峰と共にイングランド・プレミアリーグエヴァートンFCへ移籍、中国人初のプレミアリーガーでもある[1]。2002/2003シーズンは公式戦33試合に出場、監督モイーズの信頼を勝ち取り、トーマス・グラべセンとボランチを組みレギュラーとして活躍した。しかし2004年2月の代表合宿で骨折し[2]約1年間離脱、その後エバートンを退団するまで2年半公式戦出場はゼロだった。2006年プレミアリーグのシェフィールド・ユナイテッドへと移籍したが2年間で公式戦出場1試合と出場機会に恵まれず、2008年、成都謝菲聯に移籍した。2012年に古巣の遼寧足球倶楽部で現役を引退したが、怪我の為2010年が最後の試合出場となった。

引退後は広州恒大足球倶楽部河北華夏幸福足球倶楽部などでコーチや監督を歴任している。

エピソード[編集]

2011年、中国網の取材に対し、中国のサッカーのレベルがアジアにおいてすら二流の状態である事を嘆く一方で、約10年後には中国が、日本やオーストラリアを「追い越すのは難しいが、対等に戦えるまでにはなるだろう」と発言した。また中国代表チームのランキングの低さにより、ヨーロッパのサッカーリーグで活躍している中国人選手がいない事を挙げ、中国代表がワールドカップに出場する事の重要性にも触れている[1]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
中国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
1998 遼寧 Cリーグ 0 0
1999 24 0
2000 30 25 0
2001 30 26 0
2002 30 7 0
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2002-03 エバートン 12 プレミアリーグ 28 0 3 0 1 0 32 0
2003-04 5 0 2 0 0 0 7 0
2004-05 0 0 0 0 0 0 0 0
2005-06 0 0 0 0 0 0 0 0
2006-07 シェフィールドUtd 30 0 0 1 0 0 0 1 0
2007-08 チャンピオンシップ 0 0 0 0 0 0 0 0
中国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2008 成都謝菲聯 8 Cリーグ 24 1
2009 遼寧 33 11 1
通算 中国 1部 82 0
イングランド 1部 34 0
イングランド 2部 0 0
総通算 116 0

個人タイトル[編集]

  • 2001年 Cリーグ MVP
  • 2001年 Cリーグ ベストイレブン

脚注[編集]

  1. ^ a b 中国サッカー選手「わが国は10年内に日本に追いつく」 サーチナ 2011.10.18付記事
  2. ^ 李铁与杨璞相撞受重伤 右腿骨裂确定无缘中科之战”. sports.people.com.cn. 2018年11月26日閲覧。

外部リンク[編集]