扇原貴宏

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扇原 貴宏 Football pictogram.svg
名前
愛称 タカ
カタカナ オウギハラ タカヒロ
ラテン文字 OHGIHARA Takahiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-10-05) 1991年10月5日(26歳)
出身地 大阪府堺市東区[1]
身長 184cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 横浜F・マリノス
ポジション MF / DF
背番号 6
利き足 左足
ユース
2001-2003 堺北FC
2004-2009 セレッソ大阪
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2016 セレッソ大阪 139 (10)
2016 名古屋グランパス 2 (0)
2017- 横浜F・マリノス 26 (1)
代表歴2
2011-2012  日本 U-23 18 (2)
2013 日本の旗 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年1月11日現在。
2. 2013年7月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

扇原 貴宏(おうぎはら たかひろ、1991年10月5日 - )は、大阪府堺市東区プロサッカー選手Jリーグ横浜F・マリノス所属。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)およびディフェンダー(センターバック・左サイドバック)。元日本代表

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学3年生のときにセレッソ大阪のスクールに通い、4年生から地元の堺北FCに入る[1]。中学1年生のときにセレッソ大阪U-15に入団。その後セレッソ大阪U-18に昇格し、各年代の代表にも選出された。2009年11月18日に、セレッソ大阪U-18から永井龍と共に翌シーズンよりトップチームに昇格することが発表された[2]。ユース時代はセンターバックとしてプレーしていたが、トップチームでは監督のレヴィー・クルピの判断によりボランチにポジションを移す[3]

セレッソ大阪[編集]

1年目の2010年は、6月に右腓骨病的骨折と診断されて腫瘍掻爬摘出手術を受け[4]、残りシーズンをリハビリに費やす事となり出場記録なし。

2011年、背番号を24から2に変更。5月3日に行われたAFCチャンピオンズリーグ2011アレマ・インドネシア戦にてプロデビュー[5]。8月17日のJ1第9節鹿島アントラーズ戦にて欠場したマルチネスに代わってリーグ戦初出場[6]。センターバックとボランチで併用され[7]、後半はボランチのレギュラーに定着[7]。公式戦13試合に出場し4得点を記録した。

名古屋グランパス[編集]

2016年、ポジション登録をDFからMFに変更した。この年は新加入の山村和也ソウザの控えにまわり[5]、同年7月1日に6年間在籍したセレッソから名古屋グランパスに完全移籍することが発表された[8]。しかし移籍から2試合目の鹿島アントラーズ戦で腰椎を骨折して長期離脱[5][9][10]。復帰後も出番はなく、リーグ戦2試合の出場にとどまった。

横浜F・マリノス[編集]

2017年1月7日、横浜F・マリノスへの完全移籍が発表された[11][12]。8月9日、第21節の北海道コンサドーレ札幌戦で移籍後初得点を決めた。

日本代表[編集]

ロンドンオリンピックを目指すU-23サッカー日本代表にも選出され、アジア最終予選に出場。

2012年、ロンドンオリンピック日本代表に選出され、本大会では全6試合中5試合にボランチでスタメン出場した。

2013年7月25日、東アジアカップ2013オーストラリア戦で日本代表初出場を果たした。

エピソード[編集]

  • 2011年10月5日に行われたナビスコカップ準々決勝の試合後、ピッチに投げ込まれたペットボトルをスタンドへ投げ返すという行為をし、クラブから公式戦2試合の出場停止(天皇杯、リーグ各1試合)、罰金および練習時間外の社会奉仕活動の実施という処分を科せられた[13]。本人は反省して頭髪を丸刈りにした[14]

所属クラブ[編集]

アマチュア経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2010 C大阪 24 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2011 2 10 4 1 0 3 0 14 4
2012 29 2 3 1 4 0 36 3
2013 32 2 8 0 3 0 43 2
2014 31 0 0 0 4 0 35 0
2015 J2 33 2 - 1 0 34 2
2016 4 0 - - 4 0
名古屋 31 J1 2 0 - 1 0 3 0
2017 横浜FM 6 26 1 5 1 4 0 35 2
2018
通算 日本 J1 130 9 17 2 19 0 166 11
日本 J2 37 2 - 1 0 38 2
総通算 167 11 17 2 20 0 194 13

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2011 C大阪 2 3 0
2014 7 0
通算 AFC 10 0
出場歴

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2013年)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2013 1 0
通算 1 0

脚注[編集]

  1. ^ a b 柴口育子. “堺をおもえば…扇原貴宏さん 堺の記憶”. 堺市. 2017年12月7日閲覧。
  2. ^ “セレッソ大阪U-18 扇原貴宏選手 永井龍選手加入内定のお知らせ” (プレスリリース), セレッソ大坂, (2009年11月18日), https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=00092704 2017年12月7日閲覧。 
  3. ^ 扇原貴宏「世界の舞台では勇気を持って戦うことが大切」”. サッカーキング (2013年4月18日). 2017年12月7日閲覧。
  4. ^ “扇原貴宏選手の負傷について” (プレスリリース), セレッソ大阪, (2010年6月9日), https://www.jleague.jp/jsgoal_archive/official/detail.php?press_code=00102598 2017年12月8日閲覧。 
  5. ^ a b c 佐藤俊 (2017年2月24日). “扇原貴宏は齋藤学を操れるか?横浜FMで復活を期す男の「直感」。”. Number Web. 2017年12月7日閲覧。
  6. ^ “ボランチ&CBで奮闘も…U-22代表・扇原がほろ苦デビュー”. ゲキサカ. (2011年8月17日). https://web.gekisaka.jp/news/detail/?88921-84385-fl 2017年12月8日閲覧。 
  7. ^ a b 『2011Jリーグ総集編』 日本スポーツ企画出版社、2011年、53頁。
  8. ^ “扇原貴宏選手、移籍加入のお知らせ” (プレスリリース), 名古屋グランパスエイト, (2016年7月1日), http://nagoya-grampus.jp/information/pressrelease/2016/0701post-624.php 2016年7月1日閲覧。 
  9. ^ “扇原「かなり悩んでいる」 残留か移籍か”. 中日スポーツ. (2016年11月27日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/grampus/news/201611/CK2016112702000088.html 2017年12月7日閲覧。 
  10. ^ “【横浜】元日本代表・扇原を完全移籍で獲得。昨夏腰椎骨折の悲運から挽回を期すシーズンに”. サッカーダイジェストWeb. (2017年1月7日). http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=21739 2017年12月7日閲覧。 
  11. ^ 扇原 貴宏選手、横浜F・マリノスへ完全移籍のお知らせ”. 名古屋グランパス (2017年1月7日). 2017年1月11日閲覧。
  12. ^ 扇原貴宏選手 移籍加入のお知らせ”. 横浜F・マリノス (2017年1月7日). 2017年1月11日閲覧。
  13. ^ C大阪・扇原、ペットボトル投げ出場停止
  14. ^ ペットボトル投げ返しを反省…扇原が自ら丸刈り

関連項目[編集]

外部リンク[編集]