山村和也

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山村 和也 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ヤマムラ カズヤ
ラテン文字 YAMAMURA Kazuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-12-02) 1989年12月2日(27歳)
出身地 長崎県長崎市
身長 186cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 セレッソ大阪
ポジション DF / MF / FW
背番号 24
利き足 右足
ユース
2002-2004 国見中学校
2005-2007 国見高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2009 流通経済大学 (JFL) 18 (1)
2012-2015 鹿島アントラーズ 63 (4)
2016- セレッソ大阪 34 (6)
代表歴2
2010 日本の旗 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月5日現在。
2. 2010年1月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

山村和也(やまむら かずや、1989年12月2日 - )は、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手Jリーグセレッソ大阪所属。ポジションはボランチおよびセンターバック。元日本代表。妻は女優の三村恭代

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

長崎市立桜が丘小学校3年でサッカーを始め、小学校6年時には全日本少年サッカー大会全国大会出場、国見中学校ではFWMFでプレー、国見高校DFに転向した。高校2年時に第85回全国高等学校サッカー選手権大会に出場も1回戦敗退。高校3年時にU-18日本代表候補に選出されたのを皮切りに各年代の日本代表に選出される[1]

高校卒業後は流通経済大学へ進学し[2]、2年時にはアジアカップカタール大会予選イエメン戦で、福岡大学永井謙佑と共に大学生としては18年ぶりのA代表に選出され、米本拓司とのダブルボランチとして先発出場[3]。2010年5月、ワールドカップ南アフリカ大会に臨む日本代表のサポートメンバーに選出された。2010年11月には広州アジア競技大会の優勝に貢献した。

鹿島アントラーズ[編集]

2012年に鹿島アントラーズへ入団し[4]、背番号「4」を背負った。大卒1年目でレギュラー番号を背負うのは、固定制番号になってからはクラブ史上初。2014年からは岩政大樹の退団によって激化したセンターバックのスタメン争いで昌子源植田直通に敗れ、ベンチスタートが増えるようになる。2015年にはファン・ソッコの加入によってさらに出場機会が激減し、センターバックでの出場は無くなり、シーズン途中の石井正忠監督就任以降はボランチとして出場することが多くなった。シーズン終了後、出場機会を求めて同シーズン限りで鹿島を退団した。

セレッソ大阪[編集]

2016年、セレッソ大阪に完全移籍。ボランチとしてレギュラーに定着したが、夏の移籍期間に山口蛍が加入してポジション争いが激化した。その後は、スーパーサブとしてチームに貢献してJ1昇格に貢献した。

2017年、3月18日の第4節鳥栖戦ではトップ下にコンバートされ、決勝点となるゴールを決める活躍を見せた[5]。4月8日、第6節の鹿島戦では古巣から得点を決めて勝利に貢献した。

代表[編集]

U-20日本代表U-23日本代表A代表では主にボランチとして起用されていた[6]

プレースタイル[編集]

鹿島ではセンターバックとしての起用が多かったが、2015年に石井監督の就任後は主にボランチとして起用されていた。空中戦に抜群の強さを見せる山村がボランチとしてハイボールを競ることでセンターバック二人はカバーに入ることができ、DFは安定する[7]。また、自身のストロングポイントは「ポゼッション」と語り、トラップ時のボールの位置がとても良いため、プレスをかけられても慌てることがなく、パスを出しやすい位置にトラップしているので、すぐに滑らかに次の動作に移れ、余裕があるので味方の動きが悪くてパスコースが制限されていても、ターンしてボールを取られない位置にキープし直す事が出来る。

視野も広く、鋭いクサビのボールを後方から供給する事が出来、ロングパスの精度も高い。さらに展開する横パスも、近い相手だけでなく、一つ先の相手に速いグラウンダーのパスを供給する事が出来る。186cmの長身から繰り出される高さも武器で観衆が唸るような圧倒的な高さをたびたび披露している[8]

ゲームメイクに関しては遠藤保仁のシンプルなプレーを見習っていると語る[9]。運動量に関しても「もともと自信がある」と語るとおり、9月12日の第2S第10節のG大阪戦に出場した際は走行距離は12.32kmを記録しリーグ全体で最も長い数値を叩きだした[10]。「今まで日本にいなかったタイプの選手」と評されている[11]

人物[編集]

  • 2012年1月に女優三村恭代と結婚。
  • 2013年に第1子の男児、2015年に第2子の女児が誕生[12]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2008 流経大 32 JFL 14 1 - 2 0 16 1
2009 3 4 0 - 2 0 6 0
2012 鹿島 4 J1 18 1 5 0 0 0 23 1
2013 24 3 3 0 3 1 30 4
2014 8 0 1 0 0 0 9 0
2015 13 0 5 1 2 0 20 1
2016 C大阪 24 J2 34 6 - 3 0 37 6
2017 J1
通算 日本 J1 63 4 14 1 5 1 82 6
日本 J2 34 6 - 3 0 37 6
日本 JFL 18 1 - 4 0 22 1
総通算 115 11 14 1 12 1 141 13

その他公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2015 鹿島 4 0 0
通算 AFC 0 0

その他の国際公式戦

出場歴

タイトル[編集]

クラブ[編集]

流通経済大学
鹿島アントラーズ

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2010 1 0
通算 1 0

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]