吉田麻也

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吉田 麻也 Football pictogram.svg
Yoshida Maya blr.jpg
名前
愛称 まや、まやっち、ヨッシー
カタカナ ヨシダ マヤ
ラテン文字 YOSHIDA Maya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-08-24) 1988年8月24日(28歳)
出身地 長崎県長崎市
身長 189cm
体重 81kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 サウサンプトンFC
ポジション DF (CB)
背番号 3
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2009 日本の旗 名古屋グランパス 71 (5)
2010-2012 オランダの旗 VVV 54 (5)
2012- イングランドの旗 サウサンプトン 83 (3)
代表歴2
2008-2012 日本の旗U-23日本 12 (1)
2010-[1] 日本の旗 日本 71 (9)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年8月16日現在。
2. 2016年11月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

吉田 麻也(よしだ まや、1988年8月24日 - )は、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手プレミアリーグサウサンプトンFC所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)。日本代表

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

のように揉まれれば揉まれるほど強い男になってほしい」という両親の想いで「麻也」と名付けられる[2]。小学校2年生のとき、地元長崎市の南陵FCでサッカーを始める[3]。小学校6年生の時に兄が見つけた名古屋グランパスのユースセレクションを、家族で名古屋を訪れるついでに受験[3]。家族はもとより本人も合格すると思っていなかったが合格したため、愛知県みよし市に移住(受験者70人中合格は4人であった)[3]

その後、近隣の豊田高校普通科に進学。在学中にユース(U-18)の日本代表に選ばれたため校内でも有名な存在となり、女子たちからは大変モテて黄色い声援を送られた。また、この時代はキャプテンを務め、選手としてもボランチとして攻守にわたって支える、チームの要といえる存在であった[4]2006年全日本ユースではチームを牽引して準優勝に導き、2007年長谷川徹福島新太新川織部とともにトップチームに昇格した[4]。高校卒業後の2007年早稲田大学人間科学部通信課程に入学している。

名古屋グランパス[編集]

2007年シーズン開幕前、古賀正紘秋田豊角田誠等が退団し、層が薄くなったセンターバックにコンバートされ[4]、第9節大分トリニータ戦で初出場を果たした[5]。19試合に出場。

2008年シーズン、就任したストイコビッチ監督の信頼を受けて序盤はバヤリツァとともにセンターバックのレギュラーとしてチームを支えた。7月14日には北京五輪代表に選出。グランパスではシドニー五輪オーバーエイジ枠で出場した楢崎正剛を除けば初のU-23日本代表への選出であった[6]。出場は敗退決定後のグループリーグ第3戦オランダ戦だけであったが、マッチアップしたFWロイ・マカーイと互角に渡り合った[7]。五輪招集により一時的にレギュラーから外れた[8]ものの、22試合に出場。第22節鹿島アントラーズ戦では初得点も挙げた[5]。シーズン終盤には、決定力不足を補うために高さを生かしてFWとして起用されることもあった[9][10]

2009年シーズンは退団した大森征之から背番号4を受け継ぐ。25試合に出場し、名古屋DFの軸として活躍した。12月21日には、既に予選突破を決めており若手中心のメンバーで臨む方針だったアジアカップ最終予選イエメン戦に向けたA代表に初招集され、この試合でA代表デビュー。シーズン終了後の12月28日にオファーを受けたオランダVVVフェンローへ完全移籍。

VVVフェンロー[編集]

フェンロに移籍して間もない1月10日MVVマーストリヒトとの練習試合で左足首を骨折し、09-10シーズンは出場がなかった。

新シーズンより背番号を28から3に変更。2010年10月30日の対FCフローニンゲン戦の後半途中から出場し、これがオランダでのデビュー戦となった。試合は3-5で敗れたが、初アシストを記録した。しかし、シーズンを通してレギュラーに定着きれず20試合の出場に終わった。

2011年9月11日に行われたリーグ第5節PSVアイントホーフェン戦ではジャンピングボレーで一時勝ち越しとなるゴールを決めた。このゴールはオランダ放送協会(NOS)で放映されているサッカー情報番組「NOS Studio Sport(オランダ語)」において視聴者投票による「シーズンベストゴール」第1位となった[11]2012年3月3日、リーグ第24節NACブレダ戦ではチームメイトのカレン・ロバートとのアベックゴールにより2-1で勝利を収めた[12]。この年は初めてシーズン通してレギュラーとしてプレー。50年ぶりの4連勝も記録し、チーム2位の5得点を挙げて残留に貢献した。

サウサンプトン[編集]

2012年8月30日、イングランド・プレミアリーグサウサンプトンFCへ完全移籍[13]。9月15日のアーセナル戦で途中出場し、プレミアリーグ初出場を果たした。 その後もシーズン通してレギュラーの座を確保した。

2014年2月22日、プレミアリーグ第27節のウェストハム戦にフル出場してリーグ戦で初ゴールをきめた。しかし、2013-14シーズンは開幕からリーグ戦の出場機会には恵まれず、同年3月には練習中に左ひざ靭帯を損傷し戦線離脱となり、シーズン中に復帰はできなかった。

2015年1月2日にサウサンプトンと2018年シーズン終了までの契約延長に合意。2014-15シーズンは本職ではないサイドバックでの起用も増え、ロナルド・クーマン監督からは「違うポジションでもできる選手がいるのは幸運なこと」と称賛された[14]

2015-16シーズンは、2015年9月にフィルジル・ファン・ダイクが新加入した影響でセンターバックとして出場する機会が減った。サイドバックとして出場する機会もあったが、右サイドバックとして出場したプレミアリーグ第6節マンチェスター・ユナイテッド戦と第14節マンチェスター・シティ戦で失点に直結する致命的なミスを犯してしまい、出場機会はさらに減っていった[15]。9戦ぶりに先発出場した第25節ウェストハム戦では決勝点を挙げ、無失点にも貢献するも、その後も出場機会には恵まれなかった[16]

日本代表[編集]

2009年12月21日、若手中心のメンバーで臨む方針だったアジアカップ最終予選・イエメン戦に向けたA代表に初招集され、この試合でA代表デビュー[1]

2010年12月24日AFCアジアカップ2011に臨む日本代表メンバーに選出。

2011年1月9日、グループリーグ第1節・ヨルダン戦の後半アディショナルタイムに代表初得点を記録[1]。2011年9月2日に行われた3次予選第1戦北朝鮮戦(埼玉)の後半アディショナルタイムに決勝点を決め、チームの勝利に貢献した。

2012年7月2日ロンドンオリンピックに出場するU-23日本代表オーバーエイジ枠として選出され、本大会では守備の要・主将としてチームを牽引。準々決勝のエジプト戦ではセットプレーからゴールを決める活躍を見せたが、準決勝のメキシコ戦と3位決定戦の韓国戦に敗れチームは4位に終わりメダル獲得にはあと一歩届かなかった。

2014年5月12日W杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された[17]。本大会では全試合スタメンで起用され、試合終盤にはパワープレイ要員として前線に上がったが、いずれも結果には結びつかずチームもグループリーグで敗退した。

エピソード[編集]

  • チーム1のいじられキャラである[6]
  • 本格的にサッカーをするきっかけを作り、名古屋でも生活面でサポートを続けた7歳年上の兄には頭が上がらないという[3]
  • 中学校入学以後、体のケアのためにとファストフード炭酸飲料などを避けている[3]
  • 幼少時代に交通事故に遭い、10メートルほど車に跳ね飛ばされたことがあるが、かすり傷程度で事なきを得た[18]
  • 実家は長崎県で離島から通えない高校生を対象とした下宿を経営している[2]
  • シャルケ04内田篤人とあまりにも仲が良すぎるため、弄られている。
  • 日本テレビ月刊サッカーアース」内にレギュラーコーナー「吉田麻也の欧州か!?」を持っていた。これは番組MC・タカアンドトシのギャグ「欧米か!」に由来。ロンドン五輪準々決勝のエジプト戦ではゴール後パフォーマンスとしてタカのギャグ「俺だ!俺だ!俺だ!」を披露している。[19]なお、2012年10月期の番組再編に伴いサッカーアースのMCが手越祐也NEWS)に交代したため、レギュラーコーナー名は「吉田麻也の欧!NEWS」に変わっている。
  • フィギュアスケート選手の小塚崇彦、競泳選手の立石諒と親交がある。
  • 2012年9月26日、自身のブログでグランパス時代から交際のあった一般女性との結婚を報告した[20]
  • デイリー・ミラーが集計した2016-17シーズンのプレミアリーグ最速ランキングでアーセナルFCに所属していたテオ・ウォルコットに並んで8位に入った。この結果について、同紙の読者の85%が「ショックだ」と回答し、デイリー・ミラーも「マヤ本人も信じないだろう」と記した[21]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2007 名古屋 34 J1 19 0 3 0 2 1 24 1
2008 22 1 4 0 3 1 29 2
2009 4 30 4 1 1 6 1 37 6
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
2009-10 VVV 28 エールディヴィジ 0 0 - - 0 0
2010-11 3 20 0 - 0 0 20 0
2011-12 32 5 - 1 0 33 5
2012-13 2 0 - 0 0 2 0
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2012-13 サウサンプトン 3 プレミア 32 0 1 0 1 0 34 0
2013-14 8 1 3 1 2 0 13 2
2014-15 22 1 1 0 0 0 23 1
2015-16 20 1 2 1 1 0 23 2
2016-17
通算 日本 J1 71 5 8 1 11 3 90 9
オランダ エールディヴィジ 54 5 - 1 0 55 5
イングランド プレミア 82 3 7 2 4 0 93 5
総通算 207 13 15 3 16 3 238 19

その他の公式戦

  • 2011年
    • エールディヴィジ 残留・昇格プレーオフ 4試合0得点
  • 2012年
    • エールディヴィジ 残留・昇格プレーオフ 4試合0得点
  • 2015年
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2009 名古屋 4 11 2
通算 AFC 11 2
UEFA EL UEFA EL
2016-17 サウサンプトンFC 3
通算 UEFA

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 71試合 9得点(2010年 - )[1]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2010 1 0
2011 12 2
2012 9 0
2013 15 0
2014 11 1
2015 13 3
2016 10 3
通算 71 9

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2011年1月9日 カタールドーハ ヨルダンの旗 ヨルダン △1-1 AFCアジアカップ2011
2. 2011年9月2日 日本さいたま 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮 ○1-0 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
3. 2014年11月14日 日本、豊田 ホンジュラスの旗 ホンジュラス ○6-0 キリンチャレンジカップ2014
4. 2015年1月12日 オーストラリアニューカッスル パレスチナの旗 パレスチナ ○4-0 AFCアジアカップ2015
5. 2015年9月3日 日本、さいたま カンボジアの旗 カンボジア ○3-0 2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
6. 2015年11月12日 シンガポール、カラン シンガポールの旗 シンガポール ○3-0
7. 2016年3月24日 日本、さいたま アフガニスタンの旗 アフガニスタン  ○5-0
8. 2016年6月3日 日本、豊田 ブルガリアの旗 ブルガリア ○7-2 キリンカップサッカー2016
9.

出演[編集]

CM[編集]

関連作品[編集]

書籍[編集]

 今までに書き溜めたブログを文章に直した物や写真に新たに加筆をしたものである。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d “吉田 麻也”. サッカー日本代表データベース. http://www.japannationalfootballteam.com/players_ya/maya_yoshida.html 
  2. ^ a b 【W杯23戦士名鑑(6)】DF吉田麻也 兄貴たちへ恩を返す“嫁にしたい”強い男 ZAKZAK 2014年5月25日
  3. ^ a b c d e 長崎新聞 (2008年7月22日). “がんばれ県勢!! 北京五輪 サッカー男子 吉田麻也(名古屋グランパス)”. 2009年6月26日閲覧。
  4. ^ a b c 中日スポーツ (2007年2月9日). “グラ新人紹介 七人の侍が歴史を作る”. 2009年6月26日閲覧。
  5. ^ a b 名古屋グランパス. “選手データ 吉田麻也”. 2009年6月26日閲覧。
  6. ^ a b 中日スポーツ (2008年7月15日). “吉田、グラ史上2人目の五輪戦士 スタメン出場確実”. 2009年6月26日閲覧。
  7. ^ 中日スポーツ (2008年8月16日). “吉田、中2日出場直訴”. 2009年6月26日閲覧。
  8. ^ 日刊スポーツ (2009年2月2日). “名古屋DF吉田、松坂の教えで全戦出場だ”. 2009年6月26日閲覧。
  9. ^ 日刊スポーツ (2008年9月7日). “ピクシー「決定力不足」/ナビスコ杯”. 2009年6月26日閲覧。
  10. ^ J's GOAL (2008年10月6日). “【J1:第28節 名古屋 vs 東京V】レポート:ヨンセンがロスタイムに劇的な同点弾。名古屋は首位に返り咲くチャンスを、東京Vは降格圏争い脱出を逃す痛恨のドロー。(08.10.06)”. 2009年6月26日閲覧。
  11. ^ 吉田のジャンピングボレー弾 リーグ最優秀ゴールに - スポーツニッポン、2012年5月12日
  12. ^ カレン、吉田の初アベック弾でVVVが劇的な逆転勝利…今季初の4連勝SOCCER KING、2012年3月4日
  13. ^ Japan's Yoshida Set For Saints SOUTHAMPTON FC OFFICIAL WEBSITE、2012年8月30日
  14. ^ 左SB吉田をクーマン監督も称賛「違うポジションでもできる選手がいるのは幸運なこと」[字幕付] Sportsnavi 
  15. ^ 残留か移籍か、決断を迫られる吉田麻也 プレミア在籍4季目は厳しいシーズンに Sportsnavi 2016年5月24日
  16. ^ 9戦ぶり先発の吉田麻也が決勝点!!今季2点目でMOMに選出する英紙も ゲキサカ 2016年2月7日
  17. ^ W杯臨む日本代表メンバー23名が発表…本田や香川ら、大久保も選出”. サッカーキング (2014年5月12日). 2014年5月13日閲覧。
  18. ^ 月刊グラン(2008年9月号)
  19. ^ タカゴールは麻也が“アシスト”「大手柄ですよ」
  20. ^ 夏の最後のご報告|吉田麻也オフィシャルブログ Powered by Ameba” (2012年9月26日). 2012年9月26日閲覧。
  21. ^ 英に衝撃!吉田麻也の足の速さがウォルコットと同じ nikkansports.com 2016年10月6日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]