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昌子源

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
昌子 源
名前
愛称 げんちゃん、げんくん、げん
カタカナ ショウジ ゲン
ラテン文字 SHOJI Gen
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-12-11) 1992年12月11日(33歳)
出身地 兵庫県神戸市北区
身長 182cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 FC町田ゼルビア
ポジション DF(CB)
背番号 3
利き足 右足
ユース
2008-2010 日本の旗 米子北高等学校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2011-2018 日本の旗 鹿島アントラーズ 160 (8)
2019-2020 フランスの旗 トゥールーズFC 19 (0)
2020-2022 日本の旗 ガンバ大阪 71 (0)
2023 日本の旗 鹿島アントラーズ 21 (0)
2024- 日本の旗 FC町田ゼルビア  90 (5)
代表歴2
2015-2021 日本の旗 日本 20 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2026年6月11日現在。
2. 2021年6月15日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

昌子 源(しょうじ げん、1992年12月11日 - )は、兵庫県神戸市北区出身のプロサッカー選手[1]。Jリーグ・FC町田ゼルビア所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)[1]。元日本代表。

来歴

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プロ入り前

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小学生時代にフレスカ神戸でサッカーを本格的に始める[1]。入団当初のポジションはフォワードであった[1]。

中学生になると、ガンバ大阪ジュニアユースに入団してプレーを続ける[1]。当時のチームメイトに宇佐美貴史や大森晃太郎がおり、中学1年時は共に同じピッチに立ってプレーをしていた[1]。中学2年に入る頃に膝を負傷し、満足にプレーできない日々が続いた[2]。中学3年の途中でG大阪のジュニアユースを退団し、しばらくサッカーをしない空白期間があった。[要出典]

当時JFAのB級ライセンス受講者を対象としたインストラクターを務めていた父へインストラクターのアシスタントとして講習会に参加していた米子北高校サッカー部のコーチの中村真吾が進路が決まっていなかった昌子の練習参加を提案。当初昌子自身は高校でサッカーを続ける意思は無かったが、練習参加がきっかけとなり、米子北高校へ進学し、新たなスタートを切った[3][要文献特定詳細情報]。しかし、大型フォワードとして期待されて入学したものの、満足に試合に出られない日々が続いていた。

1年の夏に当時JFLのガイナーレ鳥取との練習試合で味方DFが負傷した際に、たまたま監督の真横に座っていたFWの昌子に声がかかった。そしてコートジボワールの世代別代表経験を持つ5歳上のFWコン・ハメドを相手に堂々とプレーしたため、監督の城市からセンターバックへのコンバートを命じられた[2]。昌子は当時の心境について「最初は本当に嫌だった。FWをやらせてくれよとずっと思っていた。でも、監督やコーチからは『絶対にFWはやらせない』と言われて、高校2年にあがる時には、CBを真剣にやらないと試合に出られなくなると思って、取り組むようになった」と述べている[2]。気持ちを切り替えた昌子は次第にレギュラーとして定着し、経験を積む毎にCBとしての才能を開花させていった[4]。

2010年4月、高校3年に上がる頃にはU-19日本代表候補として招集されるまでに成長し、神戸合宿に参加、ヴィッセル神戸との練習試合に出場する[5]。しかし、この試合で目立った活躍を見せられなかった昌子は代表候補から落選した[5]。

鹿島アントラーズ

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挫折を経験して自身の武器であったフィジカルとキックにさらに磨きをかけるようになり、2011年、柴崎岳、梅鉢貴秀、土居聖真らとともに鹿島アントラーズへ入団した[1][6]。2014年のリーグ戦では自身初の全試合出場を果たし、Jリーグ優秀選手賞を獲得した。2016年、12月3日のチャンピオンシップ決勝・浦和レッズ戦ではセンターバックとして守備陣を支えて優勝に貢献した[7]。開催国代表として挑んだFIFAクラブワールドカップではディフェンスの中心としてプレーし、世界2位に貢献した守備力が評価された[8]。2017年4月30日のサガン鳥栖戦で茨城県立カシマサッカースタジアムの公式戦通算800点の得点を決めた。2018年、6月に行われたロシアW杯ではJリーグ組唯一のレギュラーとして活躍し、夏には巨額オファーを受けるも鹿島でACLを優勝する事を目標にオファーを断った[9]。しかし、7月に左足首を負傷し約3カ月の離脱を余儀なくされた[10]。10月にチームに復帰後は、レギュラーとして試合に出場し、11月には鹿島通算20冠目であり、初のタイトルであるAFCチャンピオンズリーグをキャプテンとして優勝。試合後に、監督の大岩剛から「お前を主将にして良かった」という言葉をかけられている[11]。

トゥールーズFC

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2018年12月29日、リーグ・アン所属のトゥールーズFCへ完全移籍すると発表された[12]。移籍金は300万ユーロで、獲得には横浜F・マリノス元監督のエリク・モンバエルツの推薦があったと報じられている[13][14]。2019年1月19日、第21節のニーム・オリンピック戦でスタメンでデビューを果たした[15]。加入からシーズン終了までレギュラーCBとして出場し、チームの残留に貢献した。

しかし、翌シーズンはプレシーズンマッチでハムストリングを負傷、復帰初戦でも右足首負傷で途中交代するなど怪我に悩まされた。さらに昨シーズンから昌子を起用し続けていたアラン・カサノヴァ監督が解任されるなどの影響で、試合には出られない状態が続いた。後にトゥールーズからの移籍を決断した理由の一つに、足首の負傷の件で現地のメディカルスタッフとコミュニケーションの齟齬があった事を挙げている[16]。

ガンバ大阪

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2020年2月4日、ガンバ大阪へ完全移籍で加入することが発表された[17]。デイリースポーツによれば移籍金は200万ユーロでガンバ大阪とは5年契約を結んだとされている[18]。加入後は負傷により離脱していたが、8月5日のルヴァンカップグループリーグ第2節の大分トリニータ戦でスタメン出場し、移籍後公式戦初出場。8月8日のJ1第9節の横浜FC戦でリーグ戦初出場を果たした。[要出典]

その後、チームの低迷の中で、かつてほどの安定感を発揮できず、2022年にはワールドカップイヤーとなったが日本代表には招集されなくなった[19]。5月21日に行われたセレッソ大阪との大阪ダービーでは、昌子はチームメイトのレアンドロ・ペレイラとピッチ上で衝突してしまい、試合を中断させてしまった。[要出典]

鹿島アントラーズ復帰

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2022年12月8日、古巣の鹿島アントラーズへ完全移籍で復帰することが発表された[20]。5年ぶり復帰した同シーズンは、開幕前の負傷で出遅れ、加えて若手の関川郁万がレギュラーに君臨したために出場機会は限られ、21試合644分[要出典]の出場時間に留まった。

FC町田ゼルビア

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2023年12月25日、FC町田ゼルビアへ完全移籍することが発表された[21]。

2025年のJ1リーグ第18節ファジアーノ岡山戦にて、Jリーグ300試合出場を達成した。[22]

日本代表

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2014年10月1日、日本代表に初選出されたが、発表直後の10月5日のJ1第27節・G大阪戦後に負傷による辞退が発表された[23]。その後、2014年内最後の強化試合メンバー発表となった11月5日に代表復帰。2015年1月にオーストラリアで開催されたAFCアジアカップ2015のメンバーにも選ばれたが、出場機会はなかった。その後A代表監督のハビエル・アギーレ氏が解任され、ヴァイッド・ハリルホジッチ氏が新監督に就任し、新体制初陣となった3月の国内2試合に臨む日本代表メンバーに選出され、31日に行われたJALチャレンジカップ2015のウズベキスタン代表戦で代表デビューを果たす。

2016年3月17日、2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選の代表発表で復帰。2017年12月12日、EAFF E-1サッカー選手権2017の中国代表戦で代表初得点を決めた。

2018年6月12日の国際親善試合パラグアイ代表戦で槙野智章に代わりスタメンに起用され、勝利に貢献すると、そのまま2018 FIFAワールドカップ初戦のコロンビア代表戦でW杯初出場を果たし、アジア勢としてワールドカップ史上初の南米勢に対する勝利に貢献した[24]。レギュラー組唯一のJリーガーとして海外クラブも注目する活躍を見せ、GL突破に貢献するも決勝トーナメント1回戦で敗れた[25]。

プレースタイル

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フィジカルが強く、足もとの技術もしっかりとしたセンターバック[26] で、スピードを生かしたカバーリング、ポジショニングに長けたタイプであったが、試合経験を重ねるごとに一対一の強さ、激しさ、泥臭さといった対人守備が大きく向上し、2015年10月31日のナビスコカップ決勝では相手チームのガンバ大阪FWのパトリックを空中戦でも地上戦でも封じ込めた[27]。

ヘディングも強く、高校時代に当時京都サンガF.C.の秋田豊から[28]、鹿島の練習参加時には岩政大樹から、直接指導を受けた[29]。ロングキックの質も高く[30]、安定したフィード、跳躍力を生かした空中戦の強さ、守備範囲の広さも特長である[31]。

人物

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  • 父親は、JFA 公認S級コーチを所有する昌子力[32] 。姫路獨協大学サッカー部元総監督で兵庫県サッカー協会技術委員長。
  • 母親は、元プロソフトボール選手。ソフトボールを引退後はサッカーに転向し、日本女子サッカーリーグ(現なでしこリーグ)でプレーした。[要出典]
  • 実姉は、実業家として活動する昌子楓。
  • 好きな言葉は、「いいときはみんなのおかげ」[33]。
  • 2016年10月に一般女性と入籍[34]。

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010米子北高4---1010
2011鹿島23J100002020
2012905041181
20131540100050
20143426000402
201532934000333
20163112140372
20173410031372
20181611020191
フランス リーグ戦 F・リーグ杯フランス杯 期間通算
2018-19トゥールーズ3リーグ・アン1800020200
2019-2010000010
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2020G大阪3J11801000190
20212801000290
20222501020280
2023鹿島2104020270
2024町田3314100372
20253832040443
2026J1特別191--191
2026-27J1
通算日本J1 3201232223237516
日本J1特別 191--191
日本他 --1010
フランスリーグ・アン 1900020210
総通算 3581332226241617

その他国内公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2011鹿島2300-
2015350-
2016-40
201780-
20189020
2021G大阪50-
2025/26町田120-
2026/27---
通算AFC 39060

その他国際公式戦

出場歴

タイトル

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クラブ

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米子北高等学校
鹿島アントラーズ
FC町田ゼルビア
  • 天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会:1回(2025年)

個人

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代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 20試合 1得点(2015年 - 2021年)
日本代表国際Aマッチ
年出場得点
201510
201610
201781
201850
201930
202120
通算 201

出場

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No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2015年3月31日日本の旗 調布味の素スタジアムウズベキスタンの旗 ウズベキスタン○5-1ヴァイッド・ハリルホジッチJALチャレンジカップ2015
2. 2016年6月3日日本の旗 豊田豊田スタジアムブルガリアの旗 ブルガリア○7-2キリンカップサッカー2016
3. 2017年6月7日日本の旗 調布味の素スタジアムシリアの旗 シリア△1-1キリンチャレンジカップ2017
4. 2017年6月13日イランの旗 テヘランPASスタジアムイラクの旗 イラク△1-12018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
5. 2017年8月31日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア○2-0
6. 2017年9月5日サウジアラビアの旗 ブライダキング・アブドゥッラー・スポーツ・シティサウジアラビアの旗 サウジアラビア●0-1
7. 2017年10月10日日本の旗 横浜日産スタジアムハイチの旗 ハイチ△3-3キリンチャレンジカップ2017
8. 2017年12月9日日本の旗 調布味の素スタジアム朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮○1-0EAFF E-1サッカー選手権2017
9. 2017年12月12日中華人民共和国の旗 中国○2-1
10. 2017年12月16日大韓民国の旗 韓国●1-4
11. 2018年3月23日ベルギーの旗 リエージュスタッド・モーリス・デュフランマリ共和国の旗 マリ△1-1国際親善試合
12. 2018年6月12日オーストリアの旗 インスブルックティヴォリ・シュターディオンパラグアイの旗 パラグアイ○4-2西野朗
13. 2018年6月19日ロシアの旗 サランスクモルドヴィア・アリーナコロンビアの旗 コロンビア○2-12018 FIFAワールドカップ
14. 2018年6月24日ロシアの旗 エカテリンブルクエカテリンブルクアリーナセネガルの旗 セネガル△2-2
15. 2018年7月2日ロシアの旗 ロストフロストフ・アリーナベルギーの旗 ベルギー●2-3
16. 2019年3月22日日本の旗 横浜日産スタジアムコロンビアの旗 コロンビア●0-1森保一キリンチャレンジカップ2019
17. 2019年6月5日日本の旗 豊田豊田スタジアムトリニダード・トバゴの旗 トリニダード・トバゴ△0-0
18. 2019年6月9日日本の旗 利府ひとめぼれスタジアム宮城エルサルバドルの旗 エルサルバドル○2-0
19. 2021年6月7日日本の旗 吹田パナソニックスタジアム吹田タジキスタンの旗 タジキスタン○4-12022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ2023・2次予選
20. 2021年6月15日キルギスの旗 キルギス○5-1

ゴール

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#開催年月日開催地 スタジアム対戦国勝敗試合概要
1.2017年12月12日日本の旗 調布 味の素スタジアム中華人民共和国の旗 中国○2-1EAFF E-1サッカー選手権2017

脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.132
  2. 1 2 3 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.133
  3. ↑ 『CHANT』 【鹿島アントラーズ】 サッカー選手を支える人々 第3回~昌子源選手の父 昌子力さん 前編~
  4. ↑ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.134
  5. 1 2 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.136
  6. ↑ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.139
  7. ↑ “小笠原の表情見て闘志 昌子90分間最終ライン統率 - スポニチ Sponichi Annex サッカー”. スポニチ Sponichi Annex. 2025年8月6日閲覧。
  8. ↑ “世界2位の鹿島CB・昌子源がDF陣で最高位…“目に見えづらい働き”を“可視化”した守備力に高評価/Goal25 | Goal.com”. www.goal.com. 2025年8月6日閲覧。
  9. ↑ “鹿島昌子、巨額オファー断り“オレ専用”師匠と抱擁 - ACL : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2025年8月6日閲覧。
  10. ↑ “鹿島昌子3カ月ぶりベンチ入り「声出していく」 - ルヴァン杯 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2025年8月6日閲覧。
  11. ↑ 高額オファー断ってACL制覇 鹿島・昌子が語る舞台裏 朝日新聞 2018年11月11日
  12. ↑ 『昌子選手のトゥールーズFC移籍合意』(プレスリリース)鹿島アントラーズ、2018年12月29日。2019年9月5日閲覧。
  13. ↑ “昌子仏移籍に元横浜モンバエルツ監督の助言あった”. 日刊スポーツ (2019年1月19日). 2019年1月21日閲覧。
  14. ↑ “Mercato : La presse japonaise dévoile le prix du transfert de Gen Shoji” (フランス語). LesViolets (2020年2月4日). 2020年2月5日閲覧。
  15. ↑ トゥールーズ昌子源がデビュー戦で完封白星! 指揮官から紙で指示、口論仲裁も ゲキサカ(2019年1月20日)
  16. ↑ “Vol.2 Jリーグ復帰の決断① | REIBOLA”. REIBOLA | 新しいサッカーメディア (2020年5月15日). 2025年8月6日閲覧。
  17. ↑ 『昌子 源選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)ガンバ大阪、2020年2月3日。2020年2月3日閲覧。
  18. ↑ “DF昌子源 G大阪と5年契約「2位以下は一緒、優勝あるのみ」加入会見で決意語る”. デイリースポーツ (2020年2月6日). 2020年2月6日閲覧。
  19. ↑ “日本代表、2022年にピークを迎えていなければならなかった10名”. 2022年5月5日閲覧。
  20. ↑ 『昌子 源選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)鹿島アントラーズ、2022年12月8日。2022年12月8日閲覧。
  21. ↑ “昌子 源選手 FC町田ゼルビアへ完全移籍のお知らせ | 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト”. 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト | KASHIMA ANTLERS. 2023年12月25日閲覧。
  22. ↑ “J. League Data Site”. Jリーグデータサイト. 2026年8月10日閲覧。
  23. ↑ “公式サイトURL変更のお知らせ | 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト”. 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト | KASHIMA ANTLERS. 2025年8月6日閲覧。
  24. ↑ “昌子源がW杯初戦で貫いた信念。誰よりも「何が何でも守りきる」。(安藤隆人)”. Number Web - ナンバー. 2025年8月6日閲覧。
  25. ↑ INC, SANKEI DIGITAL (2018年7月3日). “昌子株高騰!欧州クラブが熱視線、W杯後に海外移籍も”. サンスポ. 2025年8月6日閲覧。
  26. ↑ 「昌子源選手の2011年加入内定について | 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト」『鹿島アントラーズ オフィシャルサイト | KASHIMA ANTLERS』。2025年8月6日閲覧。
  27. ↑ “鹿島の次世代担う昌子源。“常勝軍団”復活へ、若きDFリーダーが背負う使命感と覚悟”. BIGLOBEニュース. 2025年8月6日閲覧.
  28. ↑ “鹿島アントラーズが名DFを輩出し続ける理由--秋田豊×中田浩ニ×昌子源 | ログミーBusiness”. logmi.jp. 2025年8月6日閲覧。
  29. ↑ [Y☆voice_36]米子北DF昌子源「ヘディングは誰にも負けたくない、自信がある」 ゲキサカ
  30. ↑ W杯のラストチャンスを得た23名の日本代表メンバーにみるザックの狙い サッカーキング
  31. ↑ “昌子 源 | 日本代表 | 2015 AFCアジアカップ(オーストラリア) | コリサカ”. qoly.jp. 2025年8月6日閲覧。
  32. ↑ “[若きサムライ インタビュー#1 ]DF昌子源「1対1では誰にも負けない」”. www.theworldmagazine.jp. 2025年8月6日閲覧。
  33. ↑ Jリーグ鹿島アントラーズ昌子源さんに聞く10のこと
  34. ↑ “鹿島DF昌子が一般女性との入籍を発表! 「より一層サッカーに集中し精進していきます」”. Football ZONE WEB (2017年1月5日). 2019年1月21日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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