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齋藤学

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齋藤 学 Football pictogram.svg
名前
カタカナ サイトウ マナブ
ラテン文字 SAITO Manabu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-04-04) 1990年4月4日(28歳)
出身地 神奈川県川崎市幸区
身長 169cm
体重 66kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 川崎フロンターレ
ポジション FW(ST)/ MF(SH)
背番号 37
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2017 横浜F・マリノス 201 (32)
2011 愛媛FC (loan) 36 (14)
2018- 川崎フロンターレ
代表歴2
2013- 日本の旗 日本 6 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年1月12日現在。
2. 2016年11月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

齋藤学(さいとう まなぶ、 1990年4月4日 - )は、神奈川県川崎市幸区出身のプロサッカー選手川崎フロンターレ所属。ポジションはフォワードミッドフィールダー川崎市立川崎高等学校卒業。サッカー日本代表

来歴

プロ入り前

小学生時代から一貫して横浜F・マリノスの下部組織に所属し、2006年にはAFC U-17選手権2006の代表選手に選出された。 2008年には2種登録ながらリーグ戦7試合に出場。2009年にトップチームに昇格した。[1]

横浜F・マリノス

2010年は6月5日に行われたナビスコ杯ヴィッセル神戸戦でプロ初ゴールを挙げるも、リーグ戦はわずか5試合の出場にとどまった。シーズン終了後に出場機会を求め期限付き移籍をチームに志願した[2]

愛媛FC

2011年シーズンは、愛媛FCにレンタル移籍[3]。複数のクラブからオファーがあったが愛媛の強化部長の『ユースのときから君のことを注目してきた』という言葉で移籍を決意[2]。愛媛では、開幕戦からチームの主軸として活躍。リーグ中盤ではなかなか得点が奪えなかったものの、最終的にJ2で14得点を挙げた。

マリノス復帰

2012年シーズンより横浜FMに復帰[4]。復帰後は主力として活躍し、7月にはロンドンオリンピックのメンバーに選出された。

2013年シーズンは、ナビスコカップニューヒーロー賞の獲得[5] や初のA代表選出、自身初のクラブタイトル天皇杯優勝など飛躍の一年となった。

2014年シーズンは、開幕前にドイツのVfLヴォルフスブルクからオファーが届くも横浜FMに残る事を決意[6]。5月にはブラジルW杯のメンバーに選出された。

2016年10月1日、2ndステージ第14節のヴァンフォーレ甲府戦では2得点2アシストの活躍をした。10月29日、2ndステージ第16節のサガン鳥栖戦でJ1リーグ初の二桁得点を達成した。12月、Jリーグアウォーズでベストイレブンに初選出された[7]。シーズン終了後は、海外移籍を目指し海外クラブと交渉するも合意には至らず、2017年最初の横浜FMの宮崎キャンプには練習生として参加した[8]

2017年2月8日に正式にクラブと契約更改し、背番号を「11」から前年まで中村俊輔が付けていた「10」に変更[9]。また、同シーズンのキャプテンを務めることとなった[10]。2月25日の開幕戦・浦和レッズ戦では2アシスト、4月8日の第6節・ジュビロ磐田戦では2アシストの活躍をし、新旧「10」番対決を制するなど主力として活躍するものの得点がなかなか奪えなかった。7月12日の天皇杯3回戦・アスルクラロ沼津戦で今季初得点を決めると、9月16日の第26節・柏レイソル戦でリーグ戦今季初得点を決めた[11]。しかし、リーグ戦初得点を決めた直後の試合となった9月23日の第27節・ヴァンフォーレ甲府戦で負傷し、翌24日に検査を受け、 右膝前十字靭帯損傷により全治8カ月の見込みと診断された[12][13]

川崎フロンターレ

2018年1月12日、川崎フロンターレに完全移籍で加入することが発表された[14]。昨季は中村から受け継いだ10番をキャプテンとして背負いながらも、怪我で試合になかなか出れていなかった事や移籍金が発生しない「0円移籍」だった事、移籍先がライバルチームの川崎だった事などが理由で横浜FMのサポーターから批判され[15]、また横浜FMアンバサダーの波戸康広からはTwitterで「ちょっと理解するのに苦しむ」と苦言を呈された[16]。斎藤は「ポジション争いが一番厳しいかなと思った。自分が一番厳しい道を選ぼうと」と移籍理由を語り[17]、後日SNSで「何を言われてもしょうがない。そう思っていましたが、今までマリノスの選手として闘ってきたこと。これだけは否定されたくない」と横浜FMのサポーターに言葉を書き綴った[18]。4月8日、第6節の古巣・横浜F・マリノス戦で怪我から復帰を果たした。

日本代表

2012年7月、ロンドンオリンピックサッカー日本代表に選出された。2013年7月、東アジアカップ2013の日本代表に初選出され、7月21日の中国戦で途中出場し、フル代表初出場した。続く7月25日のオーストラリア戦ではスタメンで出場し代表初得点を記録した。2014年5月12日、2014 FIFAワールドカップ日本代表に選出された。しかし、本大会での出場機会はなくチームもグループリーグで敗退した。

2016年、3月に代表合宿に参加し、ヴァヒド・ハリルホジッチ体制では初の代表メンバーに召集された。10月の代表戦でも武藤嘉紀宇佐美貴史の怪我で日本代表の追加招集が決定した。

プレースタイル

ドリブラーとしては日本人屈指のレベルにあるとの評価がある。直線的でありながらボールタッチ数が多く、それでいてスピードを殺さないドリブルで緩急の変化を付け、相手の体勢を崩してシュートやパスに持ち込むプレースタイルを得意とする[19][20]

このリオネル・メッシを彷彿とさせるプレースタイルは愛媛へのレンタル移籍時以後注目されるようになり、2011年5月8日の湘南戦の終了間際に中へドリブルで切れ込んだゴールには、反町康治(当時湘南監督)をして「最後は“愛媛のメッシ”にやられた、という感じです」とコメントされ[21]、横浜復帰後にも中村俊輔から「和風メッシでしょ」と称される[22] など、メッシにまつわるニックネームが付けられるようになっている。 2016シーズンには10ゴールと2桁にのせた[23]。2017シーズン開幕戦の浦和レッズ戦では浦和の守備陣を翻弄し2アシストを記録し、3-2の逆転勝利に貢献した事から浦和の監督でもあるミハイロ・ペトロヴィッチからは「マリノスに負けたというより齋藤学に負けた」と話している[24]

所属クラブ

アマチュア経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008 横浜FM 37 J1 7 0 0 0 1 0 8 0
2009 19 11 0 3 0 0 0 14 0
2010 5 0 5 1 0 0 10 1
2011 愛媛 27 J2 36 14 - 2 0 38 14
2012 横浜FM 11 J1 29 6 5 2 3 0 37 8
2013 28 4 7 2 4 2 39 8
2014 31 4 1 0 2 0 34 4
2015 32 7 3 0 2 0 37 7
2016 33 10 2 0 4 1 39 11
2017 10 25 1 2 0 2 2 29 3
2018 川崎 37
通算 日本 J1 201 32 28 5 18 5 247 42
日本 J2 36 14 - 2 0 38 14
総通算 237 46 28 5 20 5 285 56

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2014 横浜FM 11 5 3
通算 AFC 5 3

タイトル

チーム

横浜F・マリノス

個人

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 6試合 1得点 (2013年 - )


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2013 3 1
2014 2 0
2016 1 0
通算 6 1

ゴール

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2013年7月25日 韓国華城 オーストラリアの旗 オーストラリア ○3-2 東アジアカップ2013

脚注

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  1. ^ 2009年度、新加入選手決定のお知らせ 横浜F・マリノス 2008年10月8日付プレスリリース
  2. ^ a b 【日本代表】齋藤学が語る五輪、そしてフル代表 sportiva 2013年1月21日
  3. ^ 齋藤学選手 愛媛FCへ期限付き移籍のお知らせ Js.GOAL 2011年1月12日付プレスリリース
  4. ^ 齋藤 学選手 期限付き移籍期間満了のお知らせ 愛媛FC 2012年1月13日付プレスリリース
  5. ^ 2013年ニューヒーロー賞は横浜FM齋藤学に決定 ゲキサカ 2013年11月1日
  6. ^ 怪我と移籍、2つの悩みを越えて。齋藤学、W杯シーズンへ横浜で始動。 number 2014年2月21日
  7. ^ ベスト11に浦和から最多4選手!!昌子初受賞も鹿島からは一人のみの選出”. ゲキサカ (2016年12月20日). 2016年12月28日閲覧。
  8. ^ 【横浜M】斎藤学“練習生”で参加…残留濃厚もサインまだ”. スポーツ報知 (2017年1月31日). 2017年2月1日閲覧。
  9. ^ 2017年度 契約更新選手について 横浜F・マリノス 2017年2月8日付プレスリリース
  10. ^ 2017シーズン キャプテン・副キャプテンのお知らせ”. 横浜F・マリノス (2017年2月15日). 2017年2月15日閲覧。
  11. ^ 【横浜M】斎藤学、試行錯誤の今季初ゴール スポーツ報知(2017年9月17日)2017年9月17日閲覧。
  12. ^ 齋藤学選手の負傷について”. 横浜F・マリノス (2017年9月26日). 2017年9月28日閲覧。
  13. ^ 8カ月離脱の齋藤学「W杯も、横浜FM優勝も、海外でのプレーも諦めません」”. SOCCERKING (2017年9月26日). 2017年9月28日閲覧。
  14. ^ 齋藤学選手加入のお知らせ”. 川崎フロンターレ (2018年1月12日). 2017年1月21日閲覧。
  15. ^ 前代未聞! 横浜Mの10番 2季連続流出の裏事情 斎藤学“0円”で川崎へ iza 2018年1月19日
  16. ^ [1]
  17. ^ 斎藤学「自分が一番厳しい道を」川崎F移籍理由語る 日刊スポーツ 2018年1月22日
  18. ^ 斎藤学の川崎移籍に「ひとつだけ言わせてもらいたい」 電撃移籍の真相 スポーツ報知 2018年1月20日
  19. ^ 細江克弥 (2013年8月3日). “齋藤学の武器はドリブルではない!? パスを“出 させる”動きで勝負せよ。”. NUMBER Web. 文藝春秋. 2014年1月5日閲覧。
  20. ^ ハリルの目は節穴か? なぜ今、「キレッキレ」の齋藤学を使わない”. web Sportiva (2016年8月30日). 2016年9月15日閲覧。
  21. ^ 【J2:第11節 湘南 vs 愛媛】反町康治監督(湘南)記者会見コメント”. J's GOAL (2011年5月8日). 2014年1月5日閲覧。
  22. ^ あの中村俊輔すらも「和風メッシだ」と驚く新星、齋藤学”. livedoorスポーツ Sports Watch (2012年3月17日). 2014年1月5日閲覧。
  23. ^ 2016 成績・データ”. Jリーグ.jp. 2017年3月5日閲覧。
  24. ^ 「マリノスに負けたというより齋藤学に負けた」浦和指揮官は横浜の新10番にお手上げ”. goal.com. 2017年3月5日閲覧。

関連項目

外部リンク