松原健

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
松原 健 Football pictogram.svg
名前
愛称 マツ、マツケン
カタカナ マツバラ ケン
ラテン文字 MATSUBARA Ken
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1993-02-16) 1993年2月16日(25歳)
出身地 大分県宇佐市
身長 180cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 横浜F・マリノス
ポジション DF (RSB)
背番号 27
利き足 右足
ユース
2008-2010 大分トリニータU-18
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2014 大分トリニータ 37 (0)
2014 アルビレックス新潟(loan) 31 (0)
2014-2015 Jリーグ・アンダー22選抜 1 (0)
2015-2016 アルビレックス新潟 17 (0)
2017- 横浜F・マリノス 26 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月21日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

松原 健(まつばら けん、1993年2月16日 - )は、大分県宇佐市出身のプロサッカー選手Jリーグ横浜F・マリノス所属。登録ポジションはディフェンダー(サイドバック)。既婚[1]

来歴[編集]

中学進学時に大分トリニータU-15のセレクションを受け不合格となったが、高校進学時に再びセレクションに参加し合格[2]2008年に大分U-18に入団した。1年次の夏過ぎにそれまではフォワードやボランチでプレーをしていたが、当時監督の皇甫官に、運動量の多さを買われて右サイドバックに転向した[3]。大分U-18では緊張感のある中で練習し、重圧に圧し潰されそうになった事で初めてサッカーの練習が嫌いになったという[2]。3年次の2010年にトップチームに2種登録され、5月2日のJ2第10節・ジェフユナイテッド千葉戦で公式戦デビュー。同年はリーグ戦9試合に出場した。

2011年より正式にトップチームへ昇格。2013年1月にはドイツへ渡り、フォルトゥナ・デュッセルドルフの練習に参加した[2]

2014年、「大分でやってきたことが、外に出てどれだけ通用するかを試したい」という思いから[3]アルビレックス新潟期限付き移籍[4]。新潟には年代別代表でもチームメイトであり、同ポジションのライバルである川口尚紀が在籍していたが、戸惑いは無く「チーム内のポジション争いに勝つことで、年代別代表でも勝てる」との考えがあったという[3]。川口を抑え、右サイドバックのレギュラーに定着し、同年8月28日にはキリンチャレンジカップに出場するA代表に初選出された[5]。試合出場機会は無かったものの、長友佑都酒井宏樹酒井高徳ら同ポジションの選手を始めとした、海外クラブでプレーする選手と練習を経験することで刺激を得た[3]。同年はJ2時代も含めて自身最多のリーグ戦31試合に出場した。

2015年、新潟に完全移籍[6]。4月に右膝半月板を手術(全治5か月)したこともあり、2015年シーズンはリーグ戦出場なし[7]2016年2月に右膝を痛めて再手術、リオデジャネイロオリンピックに出場するU-23日本代表メンバーの最終発表前の6月に復帰を果たし[7]本大会メンバー発表前の最終公式戦・U-23南アフリカ戦のメンバーには選出されたものの[8]、最終的に本大会メンバーからは落選した。

2017年横浜F・マリノスからオファーを受け、「サッカー選手として上手くなるために挑戦したい[9] 」という思いから移籍を決断し、完全移籍で横浜FMに加入[10][11]。同年5月27日、リーグ第13節の清水エスパルス戦にて前半に先制点を挙げ、プロ初ゴールを記録[12]

エピソード[編集]

  • 2010年、大分U-18在籍時に大分に2種登録された際より、クラブでは一貫して背番号は27番を背負っている。この事について本人は「こだわりは無くは無いが、背番号を決める際に27番が空いていれば、それでお願いしますというぐらい」と語っている[9]
  • 2017年4月に高校時代から交際をしていた一般女性との入籍を発表[1]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010 大分 27 J2 9 0 - 1 0 10 0
2011 10 0 - 2 0 12 0
2012 10 0 - 1 0 11 0
2013 J1 8 0 4 0 1 0 13 0
2014 新潟 31 0 5 0 2 0 38 0
2015 0 0 1 0 1 0 2 0
2016 17 0 1 0 2 0 20 0
2017 横浜FM 26 1 0 0 6 0 32 1
2018
通算 日本 J1 82 1 11 0 12 0 105 1
日本 J2 29 0 - 4 0 33 0
総通算 111 1 11 0 16 0 138 1
  • 2010年はU-18との2種登録

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2014 J-22 - J3 0 0 0 0
2015 1 0 1 0
通算 日本 J3 1 0 1 0
総通算 1 0 1 0

タイトル[編集]

代表[編集]

U-23日本代表

代表歴[編集]

脚注[編集]

出典
  1. ^ a b 横浜FM DF松原健「高校時代からお付き合いしていた」一般女性と入籍”. ゲキサカ (2017年4月28日). 2018年3月22日閲覧。
  2. ^ a b c 運命が巡り合わせた二人、松原 健×松本昌也”. SOCCER KING (2013年3月2日). 2018年3月22日閲覧。
  3. ^ a b c d フル代表選出のブレイク候補生・新潟DF松原健「チャレンジし続ける」”. ゲキサカ (2014年11月7日). 2018年3月22日閲覧。
  4. ^ 松原健選手 アルビレックス新潟へ期限付き移籍のお知らせ”. 大分トリニータ (2014年1月15日). 2014年1月15日閲覧。
  5. ^ 松原 健選手 日本代表 キリンチャレンジカップ2014 メンバーに選出”. アルビレックス新潟 (2014年8月28日). 2015年1月8日閲覧。
  6. ^ 松原健選手 アルビレックス新潟へ完全移籍のお知らせ”. 大分トリニータ (2015年1月5日). 2015年1月8日閲覧。
  7. ^ a b 野本桂子 (2016年12月4日). “[新潟]新潟ラストゲームに臨んだ松原健。「活躍することが恩返しになる」”. サッカー専門新聞ELGOLAZO web版 BLOGOLA. 2017年1月9日閲覧。
  8. ^ 鈴木武蔵、中島翔哉らが復帰…五輪前国内ラスト試合に臨むU-23代表メンバー発表”. ゲキサカ (2016年6月20日). 2018年3月22日閲覧。
  9. ^ a b 環境を言い訳にしない横浜FM松原健「練習場を転々とするからチームが弱くなるわけじゃない」”. ゲキサカ (2017年1月15日). 2018年3月22日閲覧。
  10. ^ 松原 健選手 横浜F・マリノスに完全移籍のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2016年11月18日). 2016年11月18日閲覧。
  11. ^ 松原健選手 移籍加入のお知らせ”. 横浜F・マリノス (2016年11月18日). 2016年11月18日閲覧。
  12. ^ 横浜M、シュート6本で3得点!プロ初ゴールの松原「あまり覚えていない」”. SANSPO.COM (2017年5月27日). 2017年5月27日閲覧。
  13. ^ U-23日本代表 メンバー・スケジュール キリンチャレンジカップ2016 U-23南アフリカ代表戦日本サッカー協会 (2016年6月20日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]