岩政大樹
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | |||||||||||
| 愛称 | イワ、ダイキ | ||||||||||
| カタカナ | イワマサ ダイキ | ||||||||||
| ラテン文字 | IWAMASA Daiki | ||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1982年1月30日(36歳) | ||||||||||
| 出身地 | 山口県大島郡周防大島町 | ||||||||||
| 身長 | 187cm | ||||||||||
| 体重 | 83kg | ||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||
| ポジション | DF | ||||||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||||||
| クラブ1 | |||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | ||||||||
| 2004-2013 | 鹿島アントラーズ | 290 | (35) | ||||||||
| 2014 | BECテロサーサナ | 37 | (3) | ||||||||
| 2015-2016 | ファジアーノ岡山 | 82 | (10) | ||||||||
| 2017-2018 | 東京ユナイテッドFC | 32 | (6) | ||||||||
| 代表歴2 | |||||||||||
| 2003 |
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| 2008-2012 |
| 8 | (0) | ||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2018年9月23日現在。 2. 2013年12月28日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||||||
岩政 大樹(いわまさ だいき、1982年1月30日 - )は、山口県大島郡周防大島町出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者、サッカー解説者。ポジションはDF(センターバック)。元日本代表選手。
来歴[編集]
小学校2年生時にサッカーを始める[1]。 1997年に山口県立岩国高校の理数科に進学。3年時に山口県選抜として第54回国民体育大会に出場[2]。
2000年、東京学芸大学(教育学部・数学専攻[2])に、一般受験で合格。両親が共に教員で、自身も大学入学時はプロサッカー選手ではなく教員を目指しており、在学中に中学校、高等学校の数学の教員免許を取得。この際、教育実習に赴いた高校で後に妻となる女性と知り合っている[3]。大学蹴球部では1年時に関東大学リーグ1部の新人王に輝き頭角を現した[2]。2年時には全日本大学選抜、3年時にはアテネオリンピック出場を目指すU-22日本代表に選出されるなど大学屈指のセンターバックとして名を馳せた[2]。2003年5月、FC東京に特別指定選手として加入[2]。
2004年、大学を卒業し鹿島アントラーズに入団[1]。ナビスコカップ予選リーグ・FC東京戦でプロデビューし、シーズン後半にはレギュラーに定着。2007年、5月19日の新潟戦から6月16日の広島戦にかけて、DFとしてはJタイとなる4試合連続得点を記録。12月にはJリーグアウォーズにて自身初のJリーグベストイレブンに選出された。2009年4月29日神戸戦にてJリーグ史上最速のリーグ戦クラブ通算1000得点を決める。
2008年、日本代表候補に初招集された。2009年9月、日本代表オランダ遠征メンバー(対オランダ戦、対ガーナ戦)に選出され日本代表に復帰する。ここでは出場機会がなかったものの、10月10日のキリンチャレンジカップ・スコットランド戦で代表デビュー。また、2010 FIFAワールドカップ日本代表にも選出された。
2013年は序盤こそ鹿島のレギュラーを確保し出場を続けていたが、J1第14節川崎戦では自身のオウンゴールを含め[4] 4失点を喫するなど精彩を欠き[5]、この試合を境に控えへと追いやられた[6]。同年限りで10年間に渡って在籍したクラブを退団[7]。
2014年、タイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナFCへ完全移籍[8]。10月27日に自身のブログにて退団を発表[9]。
2015年、J2のファジアーノ岡山に完全移籍。初年度よりキャプテンに就任し、リーグ戦全42試合にフル出場を果たし、精神的支柱として活躍した。
2016年シーズン、チームは昇格プレーオフ決勝まで進出するも破れ昇格を逃した。同シーズンを以て岡山を退団[10]。
2017年より東京ユナイテッドFCに選手兼コーチとして加入した[11]。同時に東京大学運動会ア式蹴球部コーチにも就任している。2018年10月22日、自身のブログにて同シーズン限りでの引退を発表した[12]。
所属クラブ[編集]
- ユース経歴
- プロ経歴
- 2004年 - 2013年
鹿島アントラーズ - 2014年
BECテロ・サーサナFC - 2015年 - 2016年
ファジアーノ岡山 - 2017年 - 2018年
東京ユナイテッドFC
個人成績[編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2002 | 学芸大 | 5 | - | - | - | ||||||
| 2004 | 鹿島 | 15 | J1 | 18 | 4 | 4 | 0 | 3 | 0 | 25 | 4 |
| 2005 | 31 | 4 | 6 | 2 | 3 | 0 | 40 | 6 | |||
| 2006 | 3 | 30 | 3 | 11 | 1 | 4 | 2 | 45 | 6 | ||
| 2007 | 33 | 6 | 10 | 0 | 5 | 0 | 48 | 6 | |||
| 2008 | 33 | 2 | 2 | 0 | 2 | 0 | 37 | 2 | |||
| 2009 | 33 | 4 | 2 | 0 | 2 | 0 | 37 | 4 | |||
| 2010 | 34 | 3 | 1 | 0 | 3 | 1 | 38 | 4 | |||
| 2011 | 28 | 6 | 1 | 0 | 1 | 0 | 30 | 6 | |||
| 2012 | 32 | 3 | 7 | 1 | 3 | 1 | 42 | 5 | |||
| 2013 | 18 | 0 | 5 | 0 | 1 | 0 | 24 | 0 | |||
| タイ | リーグ戦 | リーグ杯 | FA杯 | 期間通算 | |||||||
| 2014 | サーサナ | 5 | プレミア | 37 | 5 | 6 | 1 | 2 | 0 | 45 | 6 |
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2015 | 岡山 | 35 | J2 | 42 | 4 | - | 1 | 0 | 43 | 4 | |
| 2016 | 40 | 6 | - | 0 | 0 | 40 | 6 | ||||
| 2017 | 東京U | 18 | 関東1部 | 18 | 4 | - | - | 18 | 4 | ||
| 2018 | 14 | 2 | - | - | 14 | 2 | |||||
| 通算 | 日本 | J1 | 290 | 35 | 49 | 4 | 27 | 4 | 366 | 43 | |
| 日本 | J2 | 82 | 10 | - | 1 | 0 | 83 | 10 | |||
| 日本 | 関東1部 | 32 | 6 | - | 0 | 0 | 32 | 6 | |||
| 日本 | 他 | - | - | ||||||||
| タイ | プレミア | 37 | 5 | 6 | 1 | 2 | 0 | 45 | 6 | ||
| 総通算 | 441 | 56 | 55 | 5 | 30 | 4 | 526 | 65 | |||
- 2003年 特別指定選手としての出場は無し。
その他の公式戦
- 2008年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2009年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2010年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2011年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2016年
- J1昇格プレーオフ 2試合0得点
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2008 | 鹿島 | 3 | 8 | 2 |
| 2009 | 6 | 0 | ||
| 2010 | 7 | 0 | ||
| 2011 | 7 | 0 | ||
| 通算 | AFC | 28 | 2 | |
- その他の国際公式戦
- 2012年
- スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合1得点
- 2013年
- スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点
- 出場歴
- Jリーグ初出場 - 2004年4月4日 J1 1st第3節 名古屋グランパスエイト戦カシマサッカースタジアム)
- Jリーグ初得点 - 2004年6月19日 J1 1st第14節 ジュビロ磐田戦(カシマサッカースタジアム)
タイトル[編集]
クラブ[編集]
- 鹿島アントラーズ
- J1リーグ:3回 (2007年, 2008年, 2009年)
- Jリーグカップ:2回 (2011年, 2012年)
- 天皇杯全日本サッカー選手権大会:2回 (2007年, 2010年)
- スーパーカップ:2回 (2009年, 2010年)
- スルガ銀行チャンピオンシップ:2回 (2012年, 2013年)
- BECテロ・サーサナFC
- トヨタ・リーグカップ:1回 (2014年)
代表[編集]
個人[編集]
- 関東大学リーグ1部 新人王 (2000年[2])
- 関東大学リーグ1部ベストイレブン (2002年[2], 2003年)
- Jリーグベストイレブン:3回 (2007年, 2008年, 2009年)
代表歴[編集]
- 国際Aマッチ初出場 - 2009年10月10日 キリンチャレンジカップ 対スコットランド代表(日産スタジアム)
出場大会[編集]
- ユニバーシアード代表
- 2003年 第22回大邱大会 優勝
- U-22日本代表
- 2003年 カタール国際トーナメント 準優勝
- 日本代表
- 2008年 東アジアサッカー選手権2008
- 2010年 東アジアサッカー選手権2010
- 2010年 2010 FIFAワールドカップ
- 2011年 AFCアジアカップ2011
試合数[編集]
国際Aマッチ 8試合0得点
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2008 | 0 | 0 |
| 2009 | 1 | 0 |
| 2010 | 3 | 0 |
| 2011 | 4 | 0 |
| 2012 | 0 | 0 |
| 通算 | 8 | 0 |
脚注[編集]
- ^ a b c “東京学芸大学 岩政大樹選手 新加入内定のお知らせ”. 2003年9月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月26日閲覧。 鹿島アントラーズ (2003年9月19日)
- ^ a b c d e f g h “岩政大樹選手(東京学芸大学)「特別指定選手」承認のお知らせ”. 2003年5月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月26日閲覧。 FC東京 (2003年5月14日)
- ^ 鹿島DF岩政が2連覇達成後に結婚告白 2008年12月6日
- ^ 効率良くゴールを重ねた川崎Fが鹿島粉砕 goal.com (2013年7月6日)
- ^ 2013.7.6 J1第14節 川崎F×鹿島 寸評・採点・布陣 サッカーマガジン (2013年7月8日)
- ^ 選手出場記録 Jリーグ (2013年12月7日)
- ^ 岩政選手の退団について 鹿島アントラーズ (2013年12月3日)
- ^ 岩政選手がBEC Tero Sasana F.C.に移籍 鹿島アントラーズオフィシャルサイト 2014年1月6日
- ^ BEC退団 岩政大樹オフィシャルブログ 2014年10月27日
- ^ 岩政大樹選手の契約について ファジアーノ岡山オフィシャルサイト 2016年12月8日
- ^ “岩政大樹選手新加入のお知らせ” (プレスリリース), 東京ユナイテッドFC, (2017年1月11日) 2017年1月11日閲覧。
- ^ “岩政大樹『プロサッカー選手を引退します』” (日本語). 岩政大樹オフィシャルブログ「No Pain No Gain」Powered by Ameba 2018年10月22日閲覧。
関連項目[編集]
- 山口県出身の人物一覧
- 東京学芸大学の人物一覧
- 特別指定選手としてJリーグクラブに登録された選手一覧
- 鹿島アントラーズの選手一覧
- 日本国外のリーグに所属する日本人サッカー選手一覧
- ファジアーノ岡山FCの選手一覧
- サッカー日本代表出場選手
外部リンク[編集]
- 岩政大樹 – FIFA主催大会成績 (アーカイブ) (英語)
- 岩政大樹 - National-Football-Teams.com (英語)
- 岩政大樹 - J. League Data Siteによる選手データ (日本語)

- 岩政大樹 オフィシャルブログ-No Pain No Gain
- プロフィール (2003年版) - ウェイバックマシン(2003年8月26日アーカイブ分) - FC東京
- プロフィール (2013年版) - ウェイバックマシン(2014年1月4日アーカイブ分) - 鹿島アントラーズ
- プロフィール (2014年版) - BECテロ・サーサナFC(タイ語)
- プロフィール (2015年版) - ファジアーノ岡山FC
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