水沼宏太

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水沼 宏太 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ミズヌマ コウタ
ラテン文字 MIZUNUMA Kota
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-02-22) 1990年2月22日(26歳)
出身地 神奈川県横浜市青葉区
身長 176cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 FC東京
ポジション MF[1] / FW[2]
背番号 48
利き足 右足[1][3]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2012 横浜F・マリノス 29 (00)
2010-2011 栃木SC (loan) 50 (07)
2012 サガン鳥栖 (loan) 33 (05)
2013-2015 サガン鳥栖 91 (15)
2016- FC東京
代表歴
2005-2007  日本 U-17
2008-2009  日本 U-20
2010-2012  日本 U-23
1. 国内リーグ戦に限る。2016年1月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

水沼 宏太(みずぬま こうた、1990年2月22日 - )は、神奈川県横浜市青葉区出身の[4]プロサッカー選手JリーグFC東京所属。ポジションは主にミッドフィールダー(MF)。

父は元サッカー日本代表水沼貴史[3][5]

来歴[編集]

横浜FM[編集]

小学2年時に地元クラブでサッカーを始める[6]。当時はFWで同期の金井貢史と2トップを組んでいた[7][4]

金井と共に中学生時から加入した横浜F・マリノスのジュニアユースでは出場機会確保に苦しみ、一時はユース昇格を危ぶまれたが[8][4][9]、ユース時にポジションをFWからMFに下げ[10][11]台頭。2007年には2種登録選手としてトップチームに帯同し、J1第30節甲府戦にて17歳にしてJリーグデビュー。2008年よりトップチームに昇格した[2]2009年のナビスコカップ準決勝川崎戦の第2戦では、交代枠を使い切った状況でGK飯倉大樹が退場処分を受けたため[12]、不本意ながらも[注 1]代役GKを務めた。同年限りでの退団を考えていたが、監督の交代を受けて[14]横浜FMに残留。

栃木SC[編集]

しかし2010年も出場機会を満足に得られない状況は好転せず、ロンドンオリンピック代表メンバー入りを見据え[15]同年7月、J2の栃木SCに期限付き移籍[16]。右サイドハーフのレギュラーに据えられると、右のクロッサーという役割が明確になったことで[17]成長の切っ掛けを掴み、同年9月の第90回天皇杯2回戦岐阜戦でプロ初得点を挙げた。移籍期間満了により2011年限りで栃木を退団[1]

海外移籍を目指し[6]リーガ1(ルーマニア1部リーグ)のFCウニヴェルシタテア・クルジュにテスト参加したが[5][18]合意に至らず断念[3]

サガン鳥栖[編集]

2012年2月、海外移籍の成否を待ってもらっていた[6]というサガン鳥栖に期限付き移籍[19][20]。3月24日のJ1第3節、古巣横浜FM戦でJ1初得点を挙げて[6]勝利。FW豊田陽平と好連携を築き、鳥栖躍進の原動力となった[21][22]2013年より鳥栖へ完全移籍[23][24]2015年はJ1随一の運動量[25]に加え、リーグ戦の7得点を含む[26]通年での二桁得点を達成。一時はゲームキャプテンを任されるなど[27]主軸として[26]チームを牽引した。

FC東京[編集]

鳥栖からは契約延長の打診を受けていたが[28]U-17代表で指導を受けた城福浩が監督を務めるFC東京からのオファーに応じ[26]2016年より同クラブへ完全移籍[29][30]。2016年5月17日、ACL決勝T1回戦で上海上港と対戦して、1stレグでは2得点をあげる活躍で勝利に貢献した。10月29日、2ndステージ第16節のベガルタ仙台で移籍後初のリーグ戦での得点を決めた。

日本代表[編集]

2005年、横浜FMユースでは主力に入れない状況ながら、早生まれであったことと[31]、たまたま出来が良かった(本人談)時のプレーが代表スタッフの目に留まり[9]2007年のU-17ワールドカップを目指す代表メンバーに選出される。

代表での生き残りのために運動量で貢献するプレースタイルを身に付ける中で[32]城福監督から精神面の強さを認められ[33][31]2006年のAFC U-17選手権でキャプテンに指名された。大会を通じては韓国代表戦での2得点を含む[34]4得点を挙げ、日本の同大会12年ぶりの優勝及び3大会ぶりのFIFA U-17ワールドカップ出場権獲得に貢献した。2007年のU-17ワールドカップにもキャプテンとして[26]3試合に出場。

2010年には、U-21日本代表の背番号10としてアジア競技大会の全7試合に出場。準決勝イラン代表戦では東慶悟との連携で同点ゴールを挙げ、続く決勝UAE代表戦では實藤友紀の決勝点をアシスト[35][17]金メダルを獲得した。

2012年にはU-23日本代表としてトゥーロン国際大会に出場し[36]、ロンドンオリンピック代表の予備登録にも選出[37]。好調を維持し、オリンピック本大会メンバー入りを目指したが[38][39]選外となった。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2007 横浜FM 38 J1 3 0 0 0 0 0 3 0
2008 20 10 0 4 0 0 0 14 0
2009 12 0 5 0 1 0 18 0
2010 4 0 2 0 - 6 0
栃木 38 J2 13 2 - 2 1 15 3
2011 14 37 5 - 2 0 39 5
2012 鳥栖 8 J1 33 5 4 2 1 0 38 7
2013 27 4 4 0 4 1 35 5
2014 32 4 3 1 2 0 37 5
2015 32 7 4 1 4 3 40 11
2016 FC東京 48 17 1
通算 日本 J1 153 20 26 4 12 4 191 28
日本 J2 50 7 - 4 1 54 8
総通算 203 27 26 4 16 5 245 36
  • 2007年はユース所属
国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2016 F東23 48 J3 9 3 - -
通算 日本 J3 0 0 - - 0 0
総通算 0 0 0 0 0 0 0 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2016 FC東京 48 8 2
通算 AFC 8 2
その他の国際大会

2016年

出場歴

代表歴[編集]

出場大会など[編集]

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ 横浜FMは第1戦で敗れており第2戦では攻勢を強めなければならない状況であったため、水沼も得点を狙っていた[13]
出典
  1. ^ a b c d e f g h i 水沼宏太選手 期限付き移籍期間満了のお知らせ 栃木SC (2012年1月14日)
  2. ^ a b c d e 2008年度、新加入選手決定のお知らせ - ウェイバックマシン(2007年10月11日アーカイブ分) 横浜F・マリノス (2007年10月4日)
  3. ^ a b c ロンドン五輪 サッカー日本代表候補選手名鑑 MF 水沼 宏太 (みずぬま・こうた) スポーツニッポン
  4. ^ a b c 水沼宏太選手(栃木SC)常にサッカーを楽しむ、自分で考え判断することを心がけてきた。(前編) サカイク (2011年9月10日)
  5. ^ a b 水沼長男・宏太、ルーマニア1部の入団テスト…栃木 - ウェイバックマシン(2012年1月16日アーカイブ分)スポーツ報知 (2012年1月13日)
  6. ^ a b c d サガン鳥栖・水沼宏太選手にインタビュー 鳥栖市 (2012年5月31日)
  7. ^ 水沼宏太(サガン鳥栖)| 息子が父親を凌駕する瞬間 -父から息子へ継承されるもの- (1/4) サッカーキング (2015年3月30日)
  8. ^ 水沼宏太(サガン鳥栖)| 息子が父親を凌駕する瞬間 -父から息子へ継承されるもの- (2/4) サッカーキング (2015年3月30日)
  9. ^ a b 小宮,100頁
  10. ^ 小宮,110頁
  11. ^ 2008年度、新加入選手決定のお知らせ - ウェイバックマシン(2007年10月11日アーカイブ分)
  12. ^ 2009Jリーグヤマザキナビスコカップ 準決勝 第2戦 Jリーグ (2009年9月6日)
  13. ^ 小宮,106頁
  14. ^ 小宮,107頁
  15. ^ 水沼宏太選手(栃木SC)僕は身近な目標と大きな目標を立てる。チャレンジすることが大事 (後編) サカイク (2011年9月11日)
  16. ^ 横浜F・マリノス所属 水沼宏太選手 期限付き移籍加入のお知らせ 栃木SC (2010年7月1日)
  17. ^ a b 小宮,109頁
  18. ^ J2栃木 水沼宏太がルーマニア1部の練習参加へ! スポーツニッポン (2012年1月12日)
  19. ^ 水沼宏太選手 サガン鳥栖へ期限付き移籍のお知らせ 横浜F・マリノス (2012年2月2日)
  20. ^ 水沼宏太選手 横浜F・マリノスより期限付き移籍加入のお知らせ - ウェイバックマシン(2012年2月5日アーカイブ分) サガン鳥栖 (2012年2月2日)
  21. ^ 鳥栖5位躍進原動力 / 日刊アウォーズ 日刊スポーツ (2012年12月26日)
  22. ^ 小宮,98頁
  23. ^ 水沼宏太選手 サガン鳥栖へ完全移籍のお知らせ 横浜F・マリノス (2013年1月9日)
  24. ^ 水沼宏太選手 横浜F・マリノスより完全移籍加入のお知らせ - ウェイバックマシン(2014年5月8日アーカイブ分) サガン鳥栖 (2013年1月9日)
  25. ^ 第2ステージ(13)走行距離トップは鳥栖のFW水沼、ダッシュしたのは柏のMFクリスティアーノ 産経ニュース (2015年10月16日)
  26. ^ a b c d FC東京 鳥栖・水沼宏太に正式オファー! 今季は自己最多の7得点 スポーツニッポン (2015年12月11日)
  27. ^ 鳥栖 藤田主将の代役・水沼が4得点演出「満足せずにやりたい」 スポーツニッポン (2015年11月15日)
  28. ^ 鳥栖MF水沼は東京移籍へ、起爆剤として期待 日刊スポーツ (2015年12月17日)
  29. ^ 水沼宏太選手 FC東京へ完全移籍のお知らせ サガン鳥栖 (2016年1月4日)
  30. ^ 水沼宏太選手 完全移籍加入のお知らせ FC東京 (2016年1月4日)
  31. ^ a b 城福浩監督、10日の鳥栖戦は“教え子”との対戦 blogola (2013年7月9日)
  32. ^ 水沼宏太(サガン鳥栖)| 息子が父親を凌駕する瞬間 -父から息子へ継承されるもの- (3/4) サッカーキング (2015年3月30日)
  33. ^ 城福浩が考察する選手育成の未来 後編 (3/4) Sportiva (2015年3月1日)
  34. ^ 試合記録 AFC U-17選手権シンガポール2006 (PDF) 日本サッカー協会 (2006年9月7日)
  35. ^ 實藤が殊勲弾!!日本がUAE破り初優勝飾る!! ゲキサカ (2010年11月25日)
  36. ^ 「悔しさぶつける」水沼帰国会見 トゥーロン国際出場 佐賀新聞 (2012年5月30日)
  37. ^ a b 第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)サッカー競技(男子)U-23日本代表 予備登録メンバー (35名) 日本サッカー協会 (2012年6月14日)
  38. ^ 水沼、ロスタイムVヘッド! 五輪へ最高のアピール…鳥栖 - ウェイバックマシン(2012年7月1日アーカイブ分)スポーツ報知 (2012年7月1日)
  39. ^ 鳥栖MF水沼が五輪アピール弾/J1 日刊スポーツ (2012年7月1日)

書籍[編集]

関連書籍[編集]

  • 寺野典子『15歳の選択 僕らはこうしてJリーガーになった』河出書房新社、2008年。
  • 川本梅花『俺にはサッカーがある 不屈のフットボーラー16人』出版芸術社、2012年。
  • 小宮良之 『グロリアス・デイズ 終わりなきサッカー人生』 集英社2013年
  • いとうやまね『プロフットボーラーの家族の肖像』カンゼン、2013年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]