小川佳純

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
小川 佳純 Football pictogram.svg
名前
愛称 ズミ
カタカナ オガワ ヨシズミ
ラテン文字 OGAWA Yoshizumi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-08-25) 1984年8月25日(34歳)
出身地 東京都杉並区
身長 173cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗アルビレックス新潟
ポジション MF
背番号 40
利き足 右足
ユース
宝陽幼稚園サッカー部
0000-1996 三菱養和SSジュニア
1997-1999 三菱養和SSJr.ユース
2000-2002 船橋市立船橋高等学校
2003-2006 明治大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2016 名古屋グランパス 286 (36)
2017 サガン鳥栖 5 (0)
2017 アルビレックス新潟 (loan) 10 (1)
2018- アルビレックス新潟
1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小川 佳純(おがわ よしずみ、1984年8月25日 - )は、東京都杉並区出身のプロサッカー選手Jリーグアルビレックス新潟所属。ポジションミッドフィールダー

来歴[編集]

東京都杉並区にある宝陽幼稚園でサッカーを始める[1][2]。宝陽幼稚園サッカー部の先輩Jリーガーの山田卓也南雄太三田光に次ぐ4人目のプロサッカー選手。杉並区立富士見丘小学校3年の時に三菱養和SC千歳船橋スクールに入団[1]。中学進学前にヴェルディジュニアユースのセレクションを受けたが選考不通過となったため、三菱養和ジュニアユースでプレーを続けた[1]。3年次に初の全国大会となったクラブジュニアユース選手権でベスト8を経験[1]

高校は船橋市立船橋高等学校に進学。第57回国民体育大会少年の部で優勝、第81回全国高校サッカー選手権大会で優勝を経験したが、この時の決勝戦にて唯一の得点を挙げた。当時のチームメイトに青木良太大久保裕樹小宮山尊信原一樹、1学年後輩に増嶋竜也カレン・ロバート鈴木修人佐藤優也がいる。高校卒業後は明治大学商学部に進学した。大学時代の同期には、福田健介森賢一がいる。大学でもレギュラーとして活躍し、関東大学選抜にも選ばれた[1]。在学中に名古屋グランパスエイトサガン鳥栖から練習帯同のオファーがあり練習に参加[1]、鳥栖からは良い返答がなかったが名古屋からは再度の練習参加のオファーが届き[1]2006年11月、名古屋とプロ契約。

ルーキーイヤーの2007年、J1第22節大宮アルディージャ戦で初出場を果たし、J1第27節柏レイソル戦で初得点を挙げた[3]。リーグ戦11試合に出場、2得点を挙げた。

2008年、新監督のドラガン・ストイコビッチによって中盤の右サイドでレギュラー起用され、アシストだけではなく自ら得点に絡み、FW以外では最多となる11得点を挙げた[4]。同年夏には日本代表の強化合宿にも参加している。リーグ戦11得点11アシストを記録し、優秀新人賞に選ばれた。同年にプロ入りした大学の2年後輩の長友佑都、市立船橋高校時代の同期生の原一樹も優秀新人賞に選ばれ、近しい3人で新人王を争い小川が新人王を獲得した。また、小川はJリーグベストイレブンとのダブル受賞であった。

2009年には前年まで藤田俊哉が着用し、またストイコビッチ監督が現役時代に名古屋で着用していた背番号10を継承してシーズン開幕に臨んだ。試合で激しいマークを受ける機会も増したことや、チームの不調もあり前年のようなプレーができず、前半戦最後の5月24日ジュビロ磐田戦では2回の警告を受け累積退場となった。小川自身だけではなく、ストイコビッチ監督下のチームにおいても初めての退場であった[5]。シーズン終盤からシステムが4-3-3に変更されたことに伴い、攻撃的ミッドフィールダー、守備的ミッドフィールダー、右ウィングと複数のポジションをこなしている。

2016年シーズン終了後に契約満了により、10年間在籍した名古屋を退団する事が発表された[6]。その後、サガン鳥栖へ入団することも発表された[7]。しかし、鳥栖ではリーグ戦での出場機会に恵まれず、2017年8月にアルビレックス新潟期限付き移籍[8]

2017年11月26日、史上97人目となるJ1通算300試合出場を達成する[9]。2018年から新潟へ完全移籍し[10]、同年8月にキャプテンに選出された[11]

エピソード[編集]

  • 2008年にストイコビッチ監督に抜擢され活躍したことで、「ピクシーの後継者」とも呼ばれたが、小川自身は「プレースタイルが違う」と否定している[12][13]
  • 2008年J1第31節で対戦した柏レイソル石崎信弘監督は試合終了後に「小川は本当にうまいねぇ、なんで代表に呼ばんのかねぇ」とコメント、そのプレーぶりに賛辞を送った[14]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007 名古屋 29 J1 11 2 2 0 2 0 15 2
2008 33 11 9 2 3 0 45 13
2009 10 33 3 2 1 5 0 40 4
2010 34 2 6 0 2 1 42 3
2011 34 3 2 0 3 1 39 4
2012 31 1 2 0 4 2 37 3
2013 33 9 4 0 1 0 38 9
2014 25 3 4 2 4 1 33 6
2015 32 1 4 1 0 0 36 2
2016 20 1 6 0 1 0 27 1
2017 鳥栖 20 5 0 4 0 1 0 10 0
新潟 40 10 1 - - 10 1
2018 J2
通算 日本 J1 301 37 45 6 26 5 372 48
日本 J2
総通算 301 37 45 6 26 5 372 48
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2009 名古屋 10 10 5
2011 7 0
2012 5 0
通算 AFC 22 5

個人タイトル[編集]

代表歴[編集]

  • 2008年 日本代表候補

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g Jリーグ選手協会 (2008年12月5日). “PLAYER'Sヒストリー 小川佳純”. 2009年6月25日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ 宝陽幼稚園 to be continued... 2011年1月20日付
  3. ^ 名古屋グランパス. “選手データ 小川佳純”. 2009年6月25日閲覧。
  4. ^ スポニチ アネックス. “2008年 J1得点ランキング”. 2009年6月25日閲覧。
  5. ^ 中日スポーツ (2009年6月4日). “<2年目のPIXY>8 MF小川佳純、リフレッシュして出直し必ず”. 2009年6月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年6月25日閲覧。
  6. ^ 名古屋グランパス (2016年11月10日). “契約満了選手のお知らせ”. 2016年11月10日閲覧。
  7. ^ 小川佳純選手 完全移籍加入のお知らせ”. サガン鳥栖 (2016年12月16日). 2017年1月23日閲覧。
  8. ^ サガン鳥栖から小川 佳純選手 期限付き移籍加入のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2017年8月12日). 2017年8月12日閲覧。
  9. ^ 2017明治安田生命J1リーグ 第33節 小川 佳純 選手(新潟)J1通算300試合出場達成”. Jリーグ.jp (2017年11月26日). 2017年12月1日閲覧。
  10. ^ サガン鳥栖から小川 佳純選手 完全移籍加入のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2017年12月25日). 2017年12月25日閲覧。
  11. ^ トップチーム 2018シーズン 新キャプテン決定のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2018年8月1日). 2018年8月1日閲覧。
  12. ^ 中日スポーツ (2008年6月13日). “<Pixyスタイル>4 小川佳純 戦術に不可欠な精密ロング”. 2009年6月25日閲覧。
  13. ^ 中日スポーツ (2008年4月6日). “小川2アシスト ピクシー後継者だ”. 2009年6月25日閲覧。
  14. ^ 週刊サッカーマガジン 2008年11月25日号[要ページ番号]

外部リンク[編集]