森本貴幸

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森本 貴幸 Football pictogram.svg
Morimoto UDI-CAT 4-2.jpg
カターニア時代(2009年)
名前
愛称 モリ、和製ロナウド[1]
カタカナ モリモト タカユキ
ラテン文字 MORIMOTO Takayuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1988年5月7日(28歳)
出身地 神奈川県川崎市
身長 180cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 川崎フロンターレ
ポジション FW
背番号 9
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2007 日本の旗 東京ヴェルディ 46 (5)
2006-2007 イタリアの旗 カターニア (loan) 5 (1)
2007-2011 イタリアの旗 カターニア 76 (14)
2011-2012 イタリアの旗 ノヴァーラ 18 (4)
2012-2013 イタリアの旗 カターニア 5 (0)
2013 アラブ首長国連邦の旗 アル・ナスル (loan) 13 (6)
2013-2015 日本の旗 ジェフ市原・千葉 73 (17)
2016- 日本の旗 川崎フロンターレ
代表歴2
2004-2005 日本の旗U-20日本 8 (2)
2008 日本の旗U-23日本 10 (1)
2009-2012[2] 日本の旗 日本 10 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年8月14日現在。
2. 2012年5月23日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

森本 貴幸(もりもと たかゆき、1988年5月7日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロサッカー選手Jリーグ川崎フロンターレ所属。ポジションはフォワード。元日本代表

経歴[編集]

東京ヴェルディ時代[編集]

2004年ヴェルディジュニアユースに所属していた際に、オズワルド・アルディレス監督(当時)によってトップチームへの帯同が許可される。中学卒業直前の3月13日Jリーグ公式戦のジュビロ磐田戦(アウェイ)に後半6分から出場。Jリーグ史上最年少の15歳10ヶ月6日で公式戦出場を果たした。デビューから6試合(いずれも途中出場)は無得点が続いたが、5月5日ジェフ市原戦(味の素スタジアム)で決勝点となるゴールを決め、15歳11カ月28日というJ1最年少得点の記録保持者となった。その後、シーズン終了までに計4得点を挙げ、同年のJリーグ最優秀新人賞を獲得。これも史上最年少(16歳)での受賞となった。

翌年の2005年3月19日には、Jリーグヤマザキナビスコカップ予選·川崎戦(味の素)でナビスコカップの史上最年少ゴール(16歳10ヵ月12日)も記録した。しかし、この年チームの成績は低迷しJ2降格を経験した。

カルチョ・カターニア時代[編集]

2006年7月23日、イタリア・セリエAに昇格したカターニアへの1年間のレンタル移籍が決定[3]。移籍後しばらくの間はユースチームでプレーしていたが、そこでゴールを量産したことが認められ、12月3日アスコリ戦で初のベンチ入りを果たした。

2007年1月29日(日本時間)、アタランタ戦の後半39分から初出場し、後半43分に初ゴールを決めた(出場・ゴールともにセリエA日本人最年少記録)。3月6日の練習中、左膝前十字靭帯断裂の大けがを負い、シーズン残りを棒に振った。6月17日、代理人のジョヴァンニ・ブランキーニがカターニアへの完全移籍が完了したことを明らかにした。

2007年8月26日、シーズン開幕となるパルマ戦で自身初スタメンとなり1ゴール、1アシストを記録。怪我からの復活を果たしたが、このシーズンのリーグ戦でのゴールはこの1点のみにとどまった。シーズン後の2008年8月には北京オリンピックサッカー日本代表メンバーに選出。2試合に出場したが活躍をみせられず、チームも3戦全敗でグループリーグで敗退した。

2008年12月、カターニアが森本との契約を2011年6月末まで延長したことを発表[4]。2008年最終戦となる12月24日のホームでのローマ戦では初のドッピエッタ(1試合2得点)を達成。マンオブザマッチに選ばれ、その節のベストイレブンにも選出された。2009年最初の試合となったアウェーでのナポリ戦では、前節での活躍から初めてキャプテンを任されたが、試合には1-0で敗れた。2月8日、ホームでのユヴェントス戦で1得点を挙げた。日本人選手でユベントスからの得点は、元日本代表の中田英寿以来[5]。3月1日、アウェイでのパレルモ戦(シチリアダービー)では前半だけで1ゴール、1アシストの大活躍を見せた。結局、このシーズンはリーグ戦23試合出場で7ゴールを記録し、飛躍の年となった。

2009-10シーズン開幕戦の2009年8月24日のサンプドリア戦では自身2度目となる開幕戦ゴールを記録。カターニアでの活躍が認められ9月のオランダ遠征でA代表に初選出されたが、左太ももの違和感のため辞退した。翌月には再び日本代表に選出され、10月10日のキリンチャレンジカップスコットランド戦で代表デビューを果たした[2]。続く10月14日のトーゴ戦では代表初スタメンとなり、相手DFを背負いながら反転してシュートを決めて代表初得点も記録した[2]。しかし、その後はチャンスこそ作るものの決定機でシュートをGKに当ててしまうなどスランプに陥り、クラブで4ヶ月得点が奪えず冬に加入したアルゼンチン人FWマクシミリアーノ・ロペスにスタメンを奪われ出場機会が減った。2010年6月に南アフリカで行われた2010 FIFAワールドカップの日本代表メンバーに選出されたが本大会での出場機会はなかった。

2010-11シーズンは出場機会に恵まれず、ほとんどが途中出場となり12試合1得点と低調な成績に終わった。2011年1月からは闘将ディエゴ・シメオネの元で指導を受けた。しかしシーズン終盤には移籍を希望した[6]

ノヴァーラ・カルチョ時代[編集]

2011年7月11日、出場機会を求め、この年55年ぶりにセリエAに昇格したノヴァーラ・カルチョへ移籍した(契約はカターニアとの共同保有[7])。9月17日、第3節カリアリ戦で移籍後初得点を決めた。9月20日、長友佑都との日本人対決が実現した第4節インテル戦では、PKを獲得するなど2得点に絡む活躍でチームのリーグ戦初勝利に大きく貢献した[8]。しかし、チームは低迷し続け、森本自身の調子も下降気味になっていく。さらに、11月に右膝半月板損傷により約3週間の離脱が発表された[9]。2012年1月、キエーヴォへの期限付き移籍が報道されたが、メディカルチェックでパスできず、移籍は破談になった[10]。その後、中々出場機会に恵まれずチームも2部に降格した。

2012年6月22日、ノヴァーラの公式サイトで2年ぶりとなるカターニア復帰が発表された[11]。しかし、カターニア復帰後も度重なる怪我に泣かされ出場機会に恵まれなかった。

アル・ナスルSC時代[編集]

2013年1月12日、かつてカターニアの監督を務めたワルテル・ゼンガが率いるUAEリーグアル・ナスルSCへの期限付き移籍が発表された[12]。日本人では初の中東のクラブへの移籍となった。2012-13シーズンは、13試合で6得点を挙げ、AFCチャンピオンズリーグ2013では3得点を決めた。

ジェフユナイテッド市原・千葉時代[編集]

2013年8月、ジェフユナイテッド市原・千葉に完全移籍で加入[13]。Jリーグへの復帰は7年ぶりとなった。

川崎フロンターレ時代[編集]

2015年12月24日、川崎フロンターレに完全移籍することが発表された[14]。2016年3月5日の湘南ベルマーレ戦でJ1リーグ11年ぶりの得点を決めた[15]

エピソード[編集]

  • カターニアへの完全移籍が完了した後から通訳を付けておらず、インタビューで簡単な言葉で受け答えできる程度はイタリア語を習得している。以降普通に話せる程上達しているが、2010年より日本代表監督に就いたアルベルト・ザッケローニによると、森本の発音は「カターニア地方の訛りがひどい」とのこと[16]
  • ブラジル代表のアレシャンドレ・パトコッリエレ・デッロ・スポルト紙のインタビューで2008-2009シーズンで最も印象的であった同年代の選手として、森本の名を挙げた[17]
  • 2010 FIFAワールドカップ開催国の南アフリカから帰国した2010年7月1日、関西国際空港にて日本代表選手団の記者会見中、岡田武史監督が今野泰幸に対して何か言うように指示、今野がこの会見に1人不在だった田中マルクス闘莉王物真似を披露すると、会見場は爆笑の嵐が巻き起こる。その後も岡田監督は「誰かいるか、ほかに?」と他選手らを見回しながら、「今度は森本が南アフリカの歌を歌うらしいです」とコメント。岡田監督の突然の指示に、森本は困惑しながらもアフリカの民族音楽を意識した「アア~~ア~アーー!!」と大声で奇妙な歌声を披露し一礼すると、再度岡田監督やチームメートらの大爆笑の渦に包まれた[18]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
  • 1995年 - 1997年 津田山FC
  • 1998年 - 2000年 読売SCジュニア
  • 2001年 - 2003年 ヴェルディジュニアユース
  • 2004年 - 2004年5月 ヴェルディユース
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2004 東京V 25 J1 22 4 2 0 0 0 24 4
2005 17 18 1 2 2 1 0 21 3
2006 J2 6 0 - - 6 0
イタリア リーグ戦 イタリア杯 オープン杯 期間通算
2006-07 カターニア 15 セリエA 5 1 0 0 - 5 1
2007-08 14 1 3 1 - 17 2
2008-09 23 7 1 2 - 24 9
2009-10 27 5 4 1 - 31 6
2010-11 12 1 1 1 - 13 2
2011-12 ノヴァーラ 11 18 4 1 0 - 19 4
2012-13 カターニア 15 5 0 3 0 - 8 0
UAE リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2012-13 アル・ナスル 9 UAEリーグ 13 6 3 1 - 16 7
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2013 市原・千葉 30 J2 12 2 - 2 0 14 2
2014 11 34 10 - 2 2 36 12
2015 9 27 5 - 3 0 30 5
2016 川崎 J1
通算 日本 J1 40 5 4 2 1 0 45 7
日本 J2 79 17 - 7 2 86 19
イタリア セリエA 104 19 13 5 - 117 24
UAE 1部 13 6 3 1 - 16 7
総通算 236 47 20 8 8 2 264 57

その他公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2013 アル・ナスル 9 6 3
通算 AFC 6 3

個人タイトル[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 10試合 3得点(2009年 - 2012年)[2]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2009 2 1
2010 7 2
2011 0 0
2012 1 0
通算 10 3

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2009年10月14日 日本、宮城 トーゴの旗 トーゴ ○5-0 キリンチャレンジカップ2009
2. 2010年9月7日 日本、大阪 グアテマラの旗 グアテマラ ○2-1 キリンチャレンジカップ2010
3.


脚注[編集]

  1. ^ “和製ロナウド”森本、千葉から代表狙う 日刊スポーツ(2013年8月16日) 2016年3月6日閲覧
  2. ^ a b c d e f “森本 貴幸”. サッカー日本代表データベース. http://www.japannationalfootballteam.com/players_ma/takayuki_morimoto.html 
  3. ^ 森本貴幸選手 期限付き移籍決定のお知らせ(7/23)
  4. ^ Takayuki Morimoto signs new Catania deal
  5. ^ スポーツニッポン (2009年2月9日). “ヒデ以来…森本ユーベからゴール奪取!”. 2009年2月9日閲覧。
  6. ^ 森本「カターニアに残留、絶対ない」 今季後移籍の意向 朝日新聞 2011年9月17日閲覧
  7. ^ Takayuki Morimoto al Novara (イタリア語) カルチョ・カターニア公式サイト 2011.7.11付ニュースリリース
  8. ^ 森本、2得点を演出しノヴァーラがインテルに金星…長友はフル出場 SOCCER KING、2011年9月20日
  9. ^ [森本、ひざの手術で3週間の離脱 http://www.asahi.com/sports/fb/world/goal/GOC201111180016.html?ref=reca]朝日新聞、2011年11月18日
  10. ^ 森本貴幸、キエーヴォ移籍まとまらず…フィジカル面に問題 SOCCER KING、2012年2月1日
  11. ^ ノヴァーラ、森本のカターニア復帰を発表 Goal.com
  12. ^ カターニア、森本のアル・ナスル移籍を発表
  13. ^ “森本貴幸選手加入のお知らせ” (プレスリリース), ジェフユナイテッド市原・千葉, (2013年8月14日), http://www.so-net.ne.jp/JEFUNITED/news/top_team/834268 2013年8月14日閲覧。 
  14. ^ 森本貴幸選手加入のお知らせ - 川崎フロンターレオフィシャルサイト(2015年12月24日閲覧)
  15. ^ 川崎F森本11年ぶりJ1弾 稲本ブランク記録更新 日刊スポーツ(2016年3月6日) 2016年3月6日閲覧
  16. ^ セリエ組のイタリア語は?長友は正しい発音、森本はなまりが… スポーツニッポン、2010年10月5日
  17. ^ Goal.com パト:「最も印象的だったFWは森本」
  18. ^ sponichi annex 2010.07.02

関連項目[編集]

外部リンク[編集]