安田理大

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安田 理大 Football pictogram.svg
Yasuda 20080622.jpg
名前
愛称 ミチ
カタカナ ヤスダ ミチヒロ
ラテン文字 YASUDA Michihiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-12-20) 1987年12月20日(29歳)
出身地 大阪府吹田市[1]
身長 173cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 釜山アイパーク
ポジション DF (SB) / MF (SH)
背番号 44
利き足 右足
ユース
1997-1999 ガンバ大阪Jr.
2000-2002 ガンバ大阪Jr.Y
2003-2005 ガンバ大阪Y吹田東高校[2]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2010 ガンバ大阪 111 (1)
2011-2013 フィテッセ 45 (0)
2013 ジュビロ磐田 7 (0)
2014 サガン鳥栖 33 (1)
2015 ヴィッセル神戸 12 (0)
2016 名古屋グランパス 22 (0)
2017- 釜山アイパーク
代表歴2
2005-2007 日本の旗 日本U-20 6 (3)
2008 日本の旗 日本U-23 3 (0)
2008-2011 日本の旗 日本 7 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月3日現在。
2. 2011年6月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

安田 理大(やすだ みちひろ、1987年12月20日 - )は、大阪府吹田市出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(左右のサイドバック)及びミッドフィールダー。元日本代表。

同じくプロサッカー選手である安田晃大は実弟。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

幼少期に兵庫県神戸市北区に在住していた[3] が5歳の時に大阪府吹田市に転居した。当時住んでいたマンションは万博記念競技場のすぐ近くにあり、ホームゲームには家族揃って毎試合のように通う熱心なガンバ大阪サポーターとなる[4]。小学4年生のときに兄弟とともにガンバ大阪のジュニアチームに入団し、その後ジュニアユース、ユースへと昇格する。ユース時は中盤がほぼフラットの4-4-2で左サイドハーフを務め、試合展開によってはフォワードに近い位置で起用されたこともある。年代別代表にも名を連ね、AFCユース選手権予選のU-18北朝鮮戦では、途中出場ながら決勝点を挙げて本大会出場を決めた。このチームでは左サイドバックでの起用が多かった。この頃から既にオランダサッカー贔屓で、海外でプレーするならエールディヴィジで、と決めていた。

ガンバ大阪時代[編集]

2006年にガンバ大阪ユースからトップチームに昇格。この年に同時に昇格した6人組(安田、平井将生横谷繁植田龍仁朗伊藤博幹岡本英也)にはクラブによって「G6」という愛称がつけられていた[5][6]。2006年4月1日の清水エスパルス戦で公式戦デビューを飾るが、この年の出場は2試合にとどまった。

プロ入り当初は中盤でプレーしていたが、2年目の2007年に世代別代表で経験のあった左サイドバックとして当時監督の西野朗から抜擢され、ゼロックススーパーカップ浦和レッズ戦で初スタメンを飾り、G大阪の初優勝に貢献した。 その後のJリーグ開幕戦でもスタメンで出場し、左サイドバックのレギュラーに定着。同年のナビスコカップでは「ニューヒーロー賞」を受賞。決勝の川崎フロンターレ戦では決勝点となるプロ初得点を挙げ、大会MVPを受賞し、田中達也に次ぐ2人目となるニューヒーロー賞とナビスコカップMVPのダブル受賞を達成した[7]

2007年6月にはU-20日本代表に選出されFIFA U-20ワールドカップに出場。同年12月には岡田武史監督就任後初めてのA代表合宿に招集された。翌2008年2月の東アジア選手権メンバーに追加招集され、2月17日北朝鮮戦で途中出場して国際Aマッチ初出場を記録した。同年8月にはU-23日本代表に選出され北京オリンピックに出場した。2009年2月4日キリンチャレンジカップフィンランド戦で代表初得点を記録。

2009年より登録をMFからDFに変更。シーズン序盤は、加地亮の怪我もあり本来の左SBではなく右SBでの起用が多かった。しかし、自身が右SB出場中に左SBに定着していた後輩の下平匠にそのままレギュラーポジションを奪われる格好となり、加地の復帰以降は出場機会・時間ともに減ってしまった。しかし、翌2010年には再び左SBのレギュラーに返り咲き、9月18日セレッソ大阪との大阪ダービーで決勝点となる自身のリーグ戦初得点を記録した。

フィテッセ時代[編集]

2010年シーズンオフにオランダ1部エールディヴィジフィテッセからオファーを受け2011年1月8日に念願であった海外移籍を果たした[8][9]。ウインターブレイク明けの初戦である1月22日ヴィレムII戦でフル出場デビューを飾り、次節のホームローダJC戦で移籍後初アシストを記録。3月12日SCヘーレンフェーン戦では右SBとしてフル出場し先制点をアシストする活躍で、『マン・オブ・ザ・マッチ』に選ばれた。その後もアシストを記録し続けたことで、3月29日にフィテッセと2013年まで契約を延長したことが発表された[10]。6月、オランダでの活躍が評価され、2年4カ月ぶりに代表復帰を果たした。

2011-12シーズンもレギュラーとして起用されるも、翌2012-13シーズンは出場機会に恵まれずリーグ戦の出場はわずか7試合にとどまった。シーズン終了後、フィテッセからの退団が決定した。2013年6月16日、国立競技場で開催された東日本大震災復興支援 2013Jリーグスペシャルマッチにゲストプレイヤーとして出場した。

1シーズン毎のJクラブ移籍[編集]

2013年9月6日、ジュビロ磐田へ移籍[11]。Jリーグには約3年ぶりの復帰となった。加入後すぐ出場機会を得るもチームはJ2降格となってしまった。

2013年シーズン終了後、サガン鳥栖へ完全移籍[12]。2014年4月3日、日本代表候補国内合宿のメンバーに選ばれた。この年、鳥栖の上位進出に貢献しJリーグ優秀選手賞を受賞した。

2014年シーズン終了後、ヴィッセル神戸へ完全移籍。故障が多く、12試合の出場にとどまり、後に神戸から戦力外通告を受けていたと語っている[13]

2015年シーズン終了後、名古屋グランパスへ完全移籍[14]。リーグ戦22試合に出場するも、チームは降格。シーズン終了後に契約満了によりチームを退団[15]

釜山アイパーク時代[編集]

2017年2月7日、韓国のKリーグチャレンジ (2部)釜山アイパークと契約。

人物・エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2006 G大阪 33 J1 2 0 0 0 0 0 2 0
2007 13 29 0 9 1 3 0 41 1
2008 26 0 3 0 4 0 33 0
2009 22 0 2 0 4 0 28 0
2010 32 1 2 0 5 0 39 1
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
2010-11 フィテッセ 16 エールディヴィジ 15 0 - - 15 0
2011-12 23 0 - 4 0 27 0
2012-13 7 0 - 2 0 9 0
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2013 磐田 37 J1 7 0 - 0 0 7 0
2014 鳥栖 13 33 1 3 1 3 0 39 2
2015 神戸 31 12 0 6 0 2 0 20 0
2016 名古屋 33 22 0 4 0 1 0 27 0
韓国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2017 釜山 44 Kチャレンジ -
通算 日本 J1 185 2 29 2 22 0 236 4
オランダ エールディヴィジ 45 0 - 6 0 51 0
韓国 Kチャレンジ -
総通算 230 2 29 2 28 0 287 4

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2006 G大阪 33 0 0 -
2008 13 9 2 3 0
2009 7 1 -
2010 7 1 -
通算 AFC 23 4 3 0

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ガンバ大阪

個人[編集]

  • ナビスコカップ ニューヒーロー賞(2007年)
  • ナビスコカップ 最優秀選手賞:1回(2007年)
  • Jリーグ優秀選手賞:1回(2014年)

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 7試合 1得点 (2008年 - 2011年)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 5 0
2009 1 1
2010 0 0
2011 1 0
通算 7 1

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2009年2月4日 東京日本 フィンランドの旗 フィンランド ○5-1 キリンチャレンジカップ

CM出演[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 安田 理大(やすだ・みちひろ) スポニチAnnex 2013.8.19 09:04 (UTC) 閲覧[リンク切れ]
  2. ^ 安田理大(フィテッセ) サンケイスポーツ 2013.8.19 09:24 (UTC) 閲覧
  3. ^ 阪神は巨人に0. 5ゲーム差です。 - 安田理大公式ブログ(2010/7/27)
  4. ^ 「Jリーガー ルーツ探訪 安田理大(G大阪)」、『週刊サッカーダイジェスト』No.971、日本スポーツ企画出版社東京都2008年10月21日[要ページ番号]
  5. ^ G大阪イケメンユニット「G6」誕生!?”. 2006年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年12月4日閲覧。 - 大阪日刊スポーツ新聞社(2006年1月8日)
  6. ^ 3月18日(土)JL3節 VS大分トリニータ @万博 スタジアム情報!!”. ガンバ大阪 (2006年3月17日). 2012年5月25日閲覧。
  7. ^ ヤマザキナビスコカップ 歴代カップウィナーと決勝公式記録”. Jリーグ公式サイト. 2008年12月4日閲覧。
  8. ^ DF安田理大選手 オランダ1部リーグ・フィテッセへ完全移籍のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2011年1月8日
  9. ^ ☆BIG NEWS☆ - 安田理大公式ブログ(2011/1/8)
  10. ^ 安田理大、フィテッセと2013年まで契約延長 SOCCER KING 2011年3月31日
  11. ^ 安田理大選手の完全移籍加入 ジュビロ磐田 2013年9月6日
  12. ^ 安田理大選手 サガン鳥栖へ完全移籍 ジュビロ磐田 公式サイト 2013年12月26日付ニュース
  13. ^ “元日本代表DF安田理大、神戸戦力外だった「これがプロの世界」”. スポニチ. (2016年1月2日). http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/01/02/kiji/K20160102011793250.html 2017年10月25日閲覧。 
  14. ^ “インフォメーション 安田 理大選手、移籍加入のお知らせ” (プレスリリース), 名古屋グランパス, (2015年12月31日), オリジナル2016年1月1日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20160101154849/http://nagoya-grampus.jp/information/pressrelease/2015/1231post-526.php 2017年10月25日閲覧。 
  15. ^ 契約満了選手のお知らせ | 名古屋グランパス公式サイト
  16. ^ MF 安田理大選手入籍のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2007年8月9日
  17. ^ 今度こそ、僕の彼女を紹介します。 - 安田理大公式ブログ(2007/8/9)
  18. ^ 安田理大選手に女児誕生! ガンバ大阪オフィシャルサイト、2007年9月16日
  19. ^ ベイビー誕生日。 - 安田理大公式ブログ(2007/9/19)
  20. ^ 「進化しているのはもみじ饅頭だけじゃない。」 - 安田理大公式ブログ(2009/11/14)
  21. ^ m(__)m - 安田理大公式ブログ(2008/12/20)
  22. ^ G大阪安田理が失恋…メル友に奪われた! 日刊スポーツ、2010年10月15日
  23. ^ 安田理大が皇太子さまと懇談「サッカーやってきて本当に良かった」 SOCCER KING、2013年5月2日
  24. ^ Speciale Dag!! - 安田理大公式ブログ(2013/5/2)

外部リンク[編集]