新井章太

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新井 章太 Football pictogram.svg
名前
カタカナ アライ ショウタ
ラテン文字 ARAI Shota
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-11-01) 1988年11月1日(31歳)
出身地 埼玉県秩父市
身長 185cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 川崎フロンターレ
ポジション GK
背番号 21
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2012 東京ヴェルディ 0 (0)
2013- 川崎フロンターレ 37 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

新井 章太(あらい しょうた、1988年11月1日 - ) は、埼玉県出身のプロサッカー選手Jリーグ川崎フロンターレ所属。ポジションはゴールキーパー

来歴[編集]

大学卒業後、2011年東京ヴェルディに加入。2年間在籍したが公式戦での出場機会に恵まれなかった。2012年のシーズン終了後、契約満了により東京Vを退団した。

2013年にトライアウトを経て川崎フロンターレへ移籍した[1]。新体制発表会の挨拶は「はじめまして、東京ヴェルディをクビ… あっ、間違えました、東京ヴェルディから移籍してきた新井章太です」から始め、サポーターの笑いを誘い心を掴んだ[2]。当初は第4GKという立ち位置であったが、3年連続で得点王となる大久保嘉人の居残りのシュート練習の相手を務めるなどして着実に成長した。

正GKの西部洋平の怪我の影響により、2015年5月6日のサンフレッチェ広島戦に、プロ5年目にして公式戦初出場を果たした。翌節の名古屋グランパス戦では無失点に抑え、公式戦初勝利を記録した。その後は正GKとして定着しリーグ戦23試合に出場を果たした。

2016年チョン・ソンリョンの加入により、再び控えに回ることとなった。4月29日のガンバ大阪戦でチョンが脳震盪で試合続行不可能となり交代出場すると、無失点に抑えチームの勝利に貢献した。その後も控えが続いたが、9月25日の横浜F・マリノス戦でシーズン初のスターティングメンバーに選ばれた。しかし、その試合の後半、ハイボールの競り合いで、ディフェンダー谷口彰悟の肘が顔面に入って頬骨を骨折し、倒れたときに芝で頭を打って脳震盪を起こして試合続行不可能となった。10月22日の広島戦で復帰し、リーグ戦最終節まで出場した。

2017年も前年に引き続いてチョンの控えに回ることになり、リーグ戦の出場機会は先発1試合と途中出場2試合にとどまった。第30節のサンフレッチェ広島戦ではチョンの負傷により、0-0の前半33分に急遽途中出場したが、滞空時間の長いボールを蹴るように中村憲剛からアドバイスを受けるなどして、3点目の小林悠のゴールをアシストし、3-0の完封勝利に導いた。過密日程の中、リーグ、ルヴァンカップ、天皇杯、ACLの年間計53試合の公式戦すべてに帯同してメンバー入りを果たし、ムードメーカーの役割を担い川崎のリーグ初優勝を支えた。

2019年に、背番号を30から21に変更した[3]

同年のルヴァンカップ決勝戦では、PK戦決められると敗退の状況で5人目から2本連続でPKをストップし、川崎の同大会初優勝に貢献した[4]。最優秀選手賞も受賞した。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011 東京V 34 J2 0 0 - 0 0 0 0
2012 0 0 - 0 0 0 0
2013 川崎 30 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2014 0 0 0 0 0 0 0 0
2015 23 0 3 0 1 0 27 0
2016 5 0 3 0 2 0 10 0
2017 3 0 1 0 4 0 8 0
2018 3 0 2 0 3 0 8 0
2019 21
通算 日本 J1 34 0 9 0 10 0 53 0
日本 J2 0 0 - 0 0 0 0
総通算 34 0 9 0 10 0 53 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2014 川崎 30 0 0
2017 1 0
2018 2 0
2019 21 0 0
通算 AFC 3 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

川崎フロンターレ

個人[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]