岡崎慎司

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岡崎 慎司 Football pictogram.svg
Shinji okazaki.jpg
名前
愛称 ザキオカ、岡ちゃん、ドッペルシンジ、オカ
カタカナ オカザキ シンジ
ラテン文字 OKAZAKI Shinji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-04-16) 1986年4月16日(30歳)
出身地 兵庫県宝塚市
身長 174cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 レスター・シティFC
ポジション FW(CF, ST) / MF(SH)
背番号 20
利き足 右足
ユース
2002-2004 日本の旗 滝川第二高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2010 日本の旗 清水エスパルス 121 (42)
2011-2013 ドイツの旗 シュトゥットガルト 63 (10)
2013-2015 ドイツの旗 マインツ 65 (27)
2015- イングランドの旗 レスター・シティ 48 (7)
代表歴2
2007-2008  日本 U-23 14 (1)
2008-[1] 日本の旗 日本 108 (50)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月5日現在。
2. 2017年3月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

岡崎 慎司(おかざき しんじ、1986年4月16日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロサッカー選手プレミアリーグレスター・シティFC所属。日本代表ポジションフォワード

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

1986年に宝塚市で生まれた。母は元テニス選手で、高校時代にインターハイにおいてダブルスおよび団体戦優勝を経験している[2]

三田市立けやき台小学校2年生の時に兄に影響されサッカーを始めた。中学の時はクラブチームの宝塚ジュニアFCと三田市立けやき台中学校のサッカー部でプレーし県選抜に選ばれた[3]。中学卒業後は兵庫県の強豪である滝川第二高校に進学した。1年時からレギュラーを獲得し全国高校選手権では3年の兄・嵩弘と2トップを組んでベスト4に入った[4][5]。3年目の全国大会ではキャプテンを務め、同期の木島悠、1年後輩の森島康仁と攻撃陣を形成していた。2年後輩には金崎夢生がいる。

清水エスパルス[編集]

2005年の高校卒業時、神戸と清水の2クラブから声を掛けられたが、「レベルの高いところでプレーしたい」という本人の意向から、清水エスパルスに入団。加入当時の長谷川健太監督による評価は「FW8人の中で8番目」であった[2]。2006年元日の天皇杯決勝で公式戦初先発。サテライトで着実に結果を残し、2007年シーズンにはトップチームで主にMFとして起用され、リーグ戦で5得点を決めた。

2008年シーズン序盤は途中交代での出場が多かったが、短い出場時間の中で得点をあげ、シーズン途中からはFWの軸として先発で起用されるようになり、目標としていた年間10得点を記録し、清水のエースと目されるようになった。

2009年は新加入のフローデ・ヨンセンがFWの軸となり、岡崎はFWまたはサイドハーフで起用され、リーグ戦全34試合を含め公式戦41試合に出場した。またJリーグアウォーズでは、清水からは10年振りとなるJリーグベストイレブン選出を果たした他、優秀新人賞を受賞し、新人王の受賞資格を得たが、既にプロ5年目で十分な実績を持つ岡崎の選出は物議を醸し、新人王選出基準の見直しが行われるきっかけとなった。

2010年はJ1第2節山形戦において、後半43分にシーズン初得点をあげた直後、相手選手と交錯し肘が口を直撃して前歯二本が根本から折れ曲がり負傷退場し次節も欠場するが[6]、リーグ戦31試合に出場し13得点を挙げた。

VfBシュトゥットガルト[編集]

VfBシュトゥットガルト時代(2012年)

2011年1月30日ドイツ・ブンデスリーガVfBシュトゥットガルトが推定年俸130万ユーロ(1億4500万円)の3年半契約で岡崎を完全移籍で獲得したと発表した[7](代理人スポーツコンサルティングジャパン ロベルト佃)。しかし、清水との契約期間中は「2011年1月31日」までであり、清水は契約の詳細も含め何も聞いておらず、代理人のロベルト佃とも連絡が取れていなかった[8]。シュトゥットガルトがドイツサッカー協会を通じて行なった岡崎の国際移籍証明書発行依頼では、シュトゥットガルトとの契約開始日が「2011年1月31日」と記載されていたため、清水は「2011年1月31日」までは岡崎との契約期間中であることを日本サッカー協会(JFA)を通して、シュトゥットガルトおよびドイツサッカー協会に対して、移籍証明書発行依頼の記載内容が誤りではないかと照会。同時にシュトゥットガルトにFIFA規則第18-3項第1文及び第2文にあたる所属クラブへの事前通告無く規約違反にあたるなどの問題点があったことから、清水は国際サッカー連盟 (FIFA) の規則に違反していると主張し、JFAから国際移籍証明書が発行されなかった[9] ため、ブンデスリーガ・デビュー戦と見られていた2月12日の1.FCニュルンベルク戦には出場することが出来なかった[10][11]

同年2月17日、FIFAの裁定により、暫定登録という形で[9]UEFAヨーロッパリーグの出場が可能となりベンフィカ戦に左MFでフル出場デビュー。2月20日、ブンデスリーガ第23節バイエル・レバークーゼン戦で先発出場し、ブンデスリーガデビューを飾った。それ以降スタメンに定着するも、残留争いの渦中にあったチーム事情により、守備に奔走することが多かったため、なかなか得点を決められなかったが、豊富な運動量と献心的な守備を発揮することで、岡崎加入前まで降格圏をさまよっていたチームは調子を上げていき最終節を待たずに残留を決めた5月6日のハノーファー96戦では決勝点となるブンデスリーガ初ゴールを決めた[12]。最終節のバイエルン・ミュンヘン戦でも得点を挙げチームの1部残留に貢献した(日本人がバイエルン戦で得点を挙げるのは高原直泰以来)。

2011-12シーズンは、主に左MFで起用され前半戦は3得点を挙げたが、サブに回ることも多かった。後半戦は2月に3試合連続得点を記録し、2012年2月19日のハノーファー戦で決めたバイシクルシュートがドイツのテレビ番組で2月の月間最優秀ゴールに選出された[13]。しかし、以降は怪我もあり2桁得点には届かなかった。2012-13シーズンは、リーグ戦わずか1得点にとどまった。

1.FSVマインツ05[編集]

2013年6月25日、1.FSVマインツ05に3年契約で完全移籍[14]。移籍金は150万ユーロとされる。シーズン当初はシュツットガルト時代と同じく左サイドハーフで起用されていたが、第10節のアイントラハト・ブラウンシュヴァイク戦で1トップとしてスタメン出場すると、ドイツに渡って以来自身初のマルチゴールを記録した(UEFAヨーロッパリーグでは以前にステアウア・ブカレスト戦で記録)。12月21日、第17節のハンブルガーSV戦では2ゴール1アシストの活躍を見せ、ブンデスリーガの公式HPでは、三度目のマン・オブ・ザ・マッチに選出された。1月6日、ドイツ誌の『キッカー』はブンデスリーガのポジション別ランキングのFW部門で、前半戦を16試合8ゴールで終えた岡崎を8位に選出した。4月19日、ドルトムント戦で香川真司がドルトムント時代の2011-12シーズンに記録したブンデスリーガの日本人最多得点記録となる13得点に並び、4月26日のニュルンベルク戦で日本人最多得点記録を更新。最終節の5月10日のハンブルガーSV戦でも得点を重ね、最終的にマインツのクラブタイ記録、清水時代を含めても自身のキャリアハイとなる15点までシーズン得点を伸ばし、2013-14シーズンを終えた。

2014-15シーズンのリーグ開幕戦SCパーダーボルン07では1得点をあげてドイツ誌の『キッカー』のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。第3節のヘルタ・ベルリン戦では2得点を決め、この得点で奥寺康彦の日本人のブンデスリーガ最多得点記録を更新した[15]。第25節のFCアウクスブルク戦ではシーズン10得点目を挙げ、2シーズン連続の2桁得点をあげた。第29節SCフライブルク戦では2得点をあげるなど、最終的にリーグ8位タイとなる12得点を決めた。

レスター・シティFC[編集]

2015年6月26日、イングランドプレミアリーグレスター・シティFCに4年契約で移籍[16]。同年8月8日の開幕節サンダーランドAFC戦で2トップの一角として先発出場を果たすと、8月15日に行われたプレミアリーグ第2節の敵地ウェストハム戦にてプレミアリーグ初ゴールを決めた。 2016年3月14日のプレミアリーグ第30節ニューカッスル・ユナイテッド戦では、前半25分に本拠地キング・パワー・スタジアムでの初ゴールをオーバーヘッドキックで決め、1-0の勝利をもたらした。そのゴールは世界中で話題となり、イギリスメディア『BBC』のサッカー番組『マッチ・オブ・ザ・デイ』で、3月の月間ベストゴール候補に入り、ファン投票で2位にランクインした[17]。その後も同じポジションのジェイミー・ヴァーディと比べると得点は少ないが、豊富な運動量でチームに貢献し、英放送局『Sky Sports』は「影のヒーロー」と評価している[18]5月2日に行われた試合で2位のトッテナムが引き分けたため、クラブ創設132年で初のプレミアリーグ優勝という歴史的なメンバーの一員となった[19]。また、岡崎にとってはJリーグ時代やブンデスリーガ時代には獲得出来なかった、初のクラブリーグタイトルとなった。優勝決定の瞬間はヴァーディの自宅でチームメイトと喜び合い、自身のツイッターで「久しぶりに我を失うくらい嬉しくて信じられない気持ちです」とツイートしている[20]

2016-17シーズン、9月20日のEFLカップ3回戦チェルシーFC戦では、2得点をあげる活躍を見せるもチームは2-4の末敗れた。10月18日、欧州CL第3節のFCコペンハーゲン戦で後半から途中出場してCL初出場を果たした。10月22日、プレミアリーグ第9節のクリスタル・パレス戦ではシーズン初得点を決めた。11月22日、欧州CL第5節のクラブ・ブルージュ戦ではCL初得点をきめ、決勝トーナメント進出に貢献した。

日本代表[編集]

クラブでの活躍が北京オリンピック代表監督反町康治の目に留まり、7月に北京五輪代表として本大会のメンバーに選出された。同五輪の壮行試合として行われたU-23オーストラリア代表との試合に後半途中から出場し、谷口博之の左クロスをダイビングヘッドで合わせて五輪代表初得点を決め勝利に貢献した。しかし、本大会では無得点に終わった。

ウズベキスタン戦の岡崎の得点シーン(2009年6月6日)

2008年9月にA代表に初選出され、10月9日のキリンチャレンジカップUAE戦にトップ下でスタメン出場しA代表初出場を記録[1]。2009年1月20日アジアカップ予選イエメン戦で代表初得点を決め[1]、6月6日のW杯アジア最終予選のアウェーウズベキスタン戦では、日本の4大会連続のワールドカップ出場を決める決勝点を挙げた[2]。 10月8日のアジアカップ予選、対香港戦およびその約一週間後に開催されたキリンチャレンジカップのトーゴ戦ではハットトリックを記録した[1][21]。この年、代表では計16試合に出場し15得点をあげ、国際サッカー歴史統計連盟により世界得点ランキング1位に選出された[22]

2010年に入ってからは、6月4日の親善試合コートジボワール戦までのA代表全10試合のうち[23] 8試合でスタメンとして起用されたが、3月3日のアジアカップ最終予選バーレーン戦での1得点のみと結果を出せず、ワールドカップ・南アフリカ大会直前になってレギュラーからサブに降格となった。本大会では全4試合に右サイドハーフとして途中出場し、グループリーグ第3戦のデンマーク戦では、後半42分に本田圭佑からのパスを受けてワールドカップでの自身初得点を決め、日本代表の決勝トーナメント進出に貢献した。ワールドカップ後に代表監督に就任したアルベルト・ザッケローニが初めて指揮をとった10月8日のアルゼンチンとの親善試合では決勝点を挙げ1-0での勝利に貢献した[1]

2011年1月17日のアジアカップグループリーグサウジアラビア戦で代表として自身3度目のハットトリックを達成した[1]。この記録は三浦知良に並び歴代2位タイ[24]。同年3月29日に開催されたチャリティーマッチ「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」では、本田からのアシストで2点目を決めた。

2013年2月6日のキリンチャレンジカップ・ラトビア戦で、三浦知良の記録を抜く日本代表最速となる代表通算30得点を突破した。

2014年3月5日、国立競技場改装前のニュージーランド戦で2得点をあげ、原博実を抜き歴代3位の38得点となった。同年6月に開催された2014 FIFAワールドカップでは全試合スタメンで起用され、第3戦コロンビア戦では一時同点となるゴールを決めるも、チームは敗れグループリーグ敗退となった。

2015年1月のアジアカップ2015ではパレスチナ戦にてゴールを決めるも、大会を通して岡崎の得点はこの1ゴールに留まった。日本は準々決勝のUAE戦にてPK戦で破れ、ベスト8で敗退した。3月27日、キリンチャレンジカップ・チュニジア戦でA代表90試合目の出場となり、三浦知良の89試合を上回りFWではAマッチ最多出場者となった[25]

2016年3月29日、2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選シリア戦で日本代表では5人目となる国際Aマッチ100試合出場を達成[26]。その試合で得点は挙げられなかったが、監督のヴァヒド・ハリルホジッチから「岡崎は(ゲームキャプテンの)ご褒美を取る資格がある。」として代表キャプテンの長谷部誠に代わりキャプテンマークを巻き、試合後にはチームメイトから胴上げの祝福を受けた[27]

プレースタイル[編集]

オフ・ザ・ボールの動きで勝負し、ワンタッチでゴールを決めるタイプのストライカー。一瞬でDFラインの裏に抜け出してのシュートも得意とし、ダイビングヘッドなど泥臭くゴールを狙うプレーもいとわない[28]

運動量が豊富で、前線からの激しいチェイシングなど守備能力も高く、フォワードの他にウイングトップ下およびサイドハーフもこなす[29][30]クラブ代表の両方において、2列目のサイドで起用されることが多い。

以前は自他共に認める鈍足だったが、バルセロナ五輪に100mで出場経験のあるフィジカルトレーナー、杉本龍勇(岡崎がエスパルスでプレーしていた時のフィジカルトレーナーであり、2015年現在も個人契約を結んでいる)の指導により走り方の改善を行い、出足の鋭さを手に入れた。フィジカル的な強さやキレも増してきている[31]

人物・エピソード[編集]

  • 2008年7月に入籍し、翌年1月には第1子が誕生している。2011年1月21日のアジアカップ2011カタール戦の香川真司の1点目のゴール(岡崎のループシュートを香川が押し込んだ)の際、この日生まれた第2子の誕生をゆりかごダンスで祝った[32]
  • 宝塚ジュニアFC時代のコーチからプロ入り直前に送られた「一生ダイビングヘッド」という言葉を座右の銘としている[33][34]
  • 尊敬する選手は同様のプレースタイルで知られる中山雅史であり[35]、代表通算得点で中山に並んだ際には「どれだけ得点を決めてもゴンさん(中山)は超えられません」と語った[36]。ちなみに、岡崎が日本代表で得点を挙げた試合は2011年1月17日のサウジアラビア戦の時点で13試合全勝であった[37] が、2011年9月6日のウズベキスタン戦での引き分けで連勝記録は止まった。
  • 2014年8月14日、ドイツ11部リーグに「FC BASARA MAINSZ」を設立し、スーパーアドバイザーに就任した。
  • 2015年3月31日に行われたウズベキスタン戦で後半9分に得点を挙げ、後半35分に柴崎岳が相手GKが上がった無人のゴールにロングシュートを決めた。その場面で柴崎のロングシュートを相手DFが必死にクリアしようとしていたが、岡崎が相手DFをブロックし柴崎のゴールにした。岡崎は「いいシュートだったし、歓声も聞こえてきたので『触ったらよくないな』と」「自分もそうだけど、ゴールを決めるか、決めないかがバロメーターになる。(柴崎にとって)次のモチベーションになればと思った」[38] と語り、監督のハリルホジッチは「岡崎はボールに付いていったけど、得点を取らなかった。あれはスペクタクル(壮大)」と岡崎を絶賛した[39]。しかし、岡崎は4月2日の自身のブログで、あのプレーに関して後悔はしていないが「予想外にDFが後ろから来ていて、そして、想定外のスライディングで僕の足も絡まった。一歩間違えれば怪我していたと思う」と述べている[40]
  • 2017年1月、「FOX SPORTS」の選定する「アジアの象徴的スポーツ選手5名」にマニー・パッキャオボクシング)、サチン・テンドルカールクリケット)、李娜テニス)、丁俊暉(ビリヤード)と共に選ばれた[41]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2005 清水 23 J1 1 0 1 0 3 0 5 0
2006 7 0 2 0 3 0 12 0
2007 21 5 2 0 2 0 25 5
2008 27 10 5 0 2 1 34 11
2009 34 14 4 1 3 2 41 17
2010 31 13 2 1 4 2 37 16
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 DFBポカール 期間通算
2010-11 シュトゥットガルト 31 ブンデス1部 12 2 - - 12 2
2011-12 26 7 - 3 0 29 7
2012-13 25 1 - 6 1 31 2
2013-14 マインツ 23 33 15 - 2 0 35 15
2014-15 32 12 - 1 1 33 13
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2015-16 レスター 20 プレミア 36 5 1 0 2 1 39 6
2016-17
通算 日本 J1 121 42 16 2 17 5 154 49
ドイツ ブンデス1部 128 37 - 12 2 140 39
イングランド プレミア 36 5 1 0 2 1 39 6
総通算 285 84 17 2 31 8 333 94
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
UEFA UEFA EL UEFA CL
2010-11 シュトゥットガルト 31 2 0 -
2012-13 9 2 -
2016-17 レスター 20 -
通算 UEFA 11 2

その他の国際公式戦

出場大会[編集]

  • 高校1年生 全国高校サッカー選手権大会 (ベスト4)
  • 高校2年生 全国高校総体 (ベスト16)、全国高校サッカー選手権大会 (ベスト4)
  • 高校3年生 全国高校総体 ベスト8 (優秀選手選出)、全国高校サッカー選手権大会 兵庫県大会優勝 (全国大会出場)

代表歴[編集]

日本代表での岡崎

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 108試合 50得点 (2008年 - )[1]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 4 0
2009 16 15
2010 15 3
2011 14 8
2012 9 3
2013 14 7
2014 13 4
2015 13 7
2016 7 2
2017 2 1
通算 108 50

ゴール[編集]

タイトル[編集]

チーム[編集]

イングランドの旗 レスター・シティFC

受賞歴[編集]

CM[編集]

著書[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g “岡崎 慎司”. サッカー日本代表データベース. http://www.japannationalfootballteam.com/players_a/shinji_okazaki.html 
  2. ^ a b c 岡崎がW杯決めた!執念ヘッドで3戦連発 - スポーツニッポン、2009年06月07日
  3. ^ サッカー五輪代表・岡崎選手を応援 母校に横断幕 - 神戸新聞、2008年8月2日
  4. ^ 「DFラインの裏狙えば崩せる」 岡崎の兄・嵩弘さん
  5. ^ 岡田監督も絶賛! 岡崎2発でのし上がった…キリンカップ - スポーツ報知、2009年5月28日
  6. ^ http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/03/14/08.html
  7. ^ シュトゥットガルト岡崎、監督起用前向き「彼のパフォーマンス重要」 ZAKZAK 2011年2月12日
  8. ^ 岡崎シュトゥットガルト入団会見に清水困惑 - 日刊スポーツ、2011年1月31日
  9. ^ a b 2011年2月18日の朝日新聞朝刊25面
  10. ^ “岡崎の独移籍は「規則違反」=前所属のJ1清水が声明-サッカー”. 時事ドットコム (時事通信). (2011年2月13日). http://www.jiji.com/jc/c?g=spo&k=2011021300139 2011年2月13日閲覧。 
  11. ^ “サッカー岡崎デビュー戦外れる 移籍証明書の未発行で”. 岩手日報 (岩手日報). (2011年2月13日). http://www.iwate-np.co.jp/newspack/cgi-bin/newspack_s.cgi?s_sport_l+CN2011021301000484_1 2011年2月13日閲覧。 
  12. ^ チームの1部残留を決めた移籍後初ゴール、岡崎「初ゴールを決めることができてうれしい」 SOCCER KING 2011年5月8日
  13. ^ 岡崎の鮮やかな得点が2月の月間最優秀ゴールに選出 SOCCER KING 2012年3月12日
  14. ^ 岡崎がマインツへ 両クラブが発表”. Goal.com (2013年6月26日). 2013年6月26日閲覧。
  15. ^ 「FWとして希望持てる」岡崎が奥寺氏の記録更新、次節は香川と対決へ”. ゲキサカ (2014年9月14日). 2014年9月14日閲覧。
  16. ^ Shinji Okazaki Agrees Leicester City Deal”. レスター・シティFC (2015年6月26日). 2015年6月27日閲覧。
  17. ^ 岡崎の衝撃オーバーヘッド弾、英ファン投票で月間ベストゴール2位に”. サッカーキング (2016年4月5日). 2016年4月9日閲覧。
  18. ^ 「岡崎の貢献を見逃してはならない」。英メディア、レスター躍進の“影のヒーロー”を大絶賛”. フットボールチャンネル (2016年3月13日). 2016年5月3日閲覧。
  19. ^ レスター、創設132年で初のプレミア制覇! 岡崎は歴史に残る奇跡の証人に”. フットボールチャンネル (2016年5月3日). 2016年5月3日閲覧。
  20. ^ 岡崎、プレミアリーグ制覇に大興奮「久しぶりに我を失うくらい嬉しい」”. フットボールチャンネル (2016年5月3日). 2016年5月3日閲覧。
  21. ^ 岡崎2戦連続ハット! 釜本、高木以来の快挙だ - スポーツニッポン、2009年10月15日
  22. ^ 清水・岡崎が09年世界得点王に選出! - 産経スポーツ、2010年1月10日
  23. ^ 1月6日のアジアカップ最終予選イエメン戦は若手主体のメンバーで行われた
  24. ^ 岡崎がカズに並んだ 歴代2位3度目ハット スポニチアネックス 2011年1月18日
  25. ^ 岡崎がハリル日本初得点 カズ抜くFW最多出場飾る 日刊スポーツ(2015年3月27日) 2015年11月29日閲覧
  26. ^ 岡崎慎司が代表通算100試合出場達成…デビューから8年目で史上5人目の快挙 サッカーキング(2016年3月29日) 2016年3月29日閲覧
  27. ^ 岡崎胴上げ「感謝の気持ち」代表100戦目1位突破 日刊スポーツ(2016年3月29日) 2016年3月29日閲覧
  28. ^ 【日本代表】 今野泰幸のフル出場が示すザックジャパンが志向するスタイル web Sportiva、2012年2月17日
  29. ^ 【Jリーグ】貪欲な清水・岡崎「代表ではチャンス」左サイドMF起用に前向き産経新聞、2009年5月23日
  30. ^ 清水岡崎代表へ「万能型」で存在感/J1日刊スポーツ、2009年5月24日
  31. ^ 【日本代表】鈍足だった岡崎慎司、躍進の原動力は「走りの進化」にあり web Sportiva、2012年7月6日
  32. ^ 完全アウェーでも…岡崎の第2子誕生を祝い「揺りかごダンス」 スポニチアネックス 2011年1月22日
  33. ^ 南アW杯:「一生ダイビングヘッド」岡崎、決めたい!、毎日新聞、2010年6月24日
  34. ^ 侍の軌跡 岡崎慎司 2010W杯、神戸新聞、2010年5月14日
  35. ^ 岡崎2発W杯へ新エース誕生/親善試合、日刊スポーツ、2009年5月28日
  36. ^ 岡崎:「ゴンさんは超えられない」 Goal.com 2011年1月18日
  37. ^ 岡崎ハット!“全勝神話”継続でB組1位突破 スポニチアネックス 2011年1月18日
  38. ^ 柴崎のロングシュートを“見送った”岡崎「ドイツなら確実に打ってる」 ゲキサカ 2015年3月31日
  39. ^ 岡崎男気の柴崎弾「アシスト」 ハリル監督も大絶賛 日刊スポーツ 2015年4月1日
  40. ^ 岡崎慎司がブログで柴崎岳への“アシスト”を反省「油断はダメ」 サッカーキング 2015年4月2日
  41. ^ Top five iconic athletes in Asia”. FOX SPORTS. 2017年1月20日閲覧。

外部リンク[編集]