太田宏介

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太田 宏介 Football pictogram.svg
名前
愛称 こうちゃん[1]、コースケ[2]
カタカナ オオタ コウスケ
ラテン文字 OTA Kosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-07-23) 1987年7月23日(29歳)
出身地 東京都町田市
身長 178cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 FC東京
ポジション DF (LSB[3], CB[3]) /
MF (LWB[4])
背番号 6
利き足 左足[5][6]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2008 日本の旗 横浜FC 49 (0)
2009-2011 日本の旗 清水エスパルス 85 (2)
2012- 2015 日本の旗 FC東京 112 (7)
2015-2017 オランダの旗 フィテッセ 26 (0)
2017- 日本の旗 FC東京
代表歴2
2007  日本 U-20
2010- 日本の旗 日本 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年5月13日現在。
2. 2015年8月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

太田 宏介(おおた こうすけ、1987年7月23日 - )は、東京都町田市出身の[7][8]サッカー選手JリーグFC東京所属。日本代表。ポジションはディフェンダー(DF)

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

5歳の時にサッカーを始め[6][8]、同市出身のサッカー選手秋元陽太とは幼馴染である[9]。幼少時から母と兄との3人暮らしで[10]中学3年生時に両親の離婚が成立[8]。兄と共に将来の母孝行を誓った[8]

2003年、同郷の小林悠と共に麻布大学附属渕野辺高校に進学[11]。在学時に国体選抜に選出されたことを契機に[11]クロスを武器とする左ウイングバック(WB)としてプレーするようになり[3]、当時日本代表で同ポジションを務めた三都主アレサンドロを目標に挙げていた[12]。同期生の小林や小野寺達也と共に2年生時に第83回全国高校選手権大会、3年生時には同84回大会と2年連続で選手権に出場したが、J1クラブからのオファーは得られなかった。大学進学を考えていた中で[13]、憧れのFW三浦知良が所属し、自身も練習生としてトレーニングに参加していた[12]J2(当時)横浜FCからのオファーを受け、プロ入りを決めた。

横浜FC加入の経緯については、2012年5月26日に行われたJ1第13節、FC東京対浦和レッズ戦のTV中継時に、ハーフタイムに放送されたクラブ応援コーナーにて「横浜FCに入った時はカズ選手がいたから?」との質問を受け「それ、Wikipediaで載ってましたけど、もちろんカズさん大好きな選手ですけど、それで判断したわけではないです」と述べている。また太田自身がこのWikipediaのページを読んでいるのかを尋ねられ、実際に読んだと答えた上で「両親は太田の大学進学を希望していたが[12]」との記述に対し「『両親は大学進学を希望していたが』みたいに書いてあったんですが、別にそんなことはないですよね。『あれ? どこからの情報だ?』と思って」と答えている。

横浜FC 時代[編集]

2005年12月、翌2006年からの横浜FC入団が発表された[14]。この時はMFの選手とリリースされていたが[14]JリーグではDF登録となり、新たな環境と不慣れなポジションへの適応に苦しんだ[15]。2006年6月、J2第20節山形戦でプロデビュー[16]

2007年シーズン序盤には、高木琢也監督の下でCBのレギュラーに抜擢される[5][3]。ここでの活躍から[17]同年、カナダで開催されたFIFA U-20ワールドカップに臨むU-20日本代表に選出された。同大会ではナイジェリア戦に左SBとして先発フル出場し、グループリーグ首位通過に貢献した[18][19]

CB起用が多い状況には葛藤を抱えていたが[20]2008年には元日本代表の左SB都並敏史監督の指導の下、ポジションを左SBに絞って練習に励み[21]「師匠」と慕う三浦淳宏の支えもあって[19]守備面でも成長、左SBとして不動の地位を確立した[22]。同年オフに清水エスパルスサンフレッチェ広島大宮アルディージャ[23]からオファーを受けた[24]

清水エスパルス時代[編集]

2009年、たびたびJリーグベストピッチ賞に選ばれている日本平スタジアムでプレーしたいという希望もあり[25]、清水に完全移籍。清水にとっては左サイドからの攻撃強化のため、2年越しでのオファーの末の獲得だった[26]

左サイドからの高精度のクロスを武器に[27]児玉新らとのポジション争いを制して[注 1]左SBのレギュラーに定着。2010年1月のAFCアジアカップ最終予選イエメン戦に、若手主体の構成ながらA代表として招集され[28]、先発フル出場。国際Aマッチデビューを飾った。

2011年は、チーム最長となるリーグ戦全試合に出場する一方で[29]DFながら無警告を達成し、Jリーグアウォーズで優秀選手賞[30]及びフェアプレー賞を受賞[31]。8月に札幌でおこなわれた日本代表候補のトレーニングキャンプにも招集された[32]。同年オフには清水から契約延長を要請される中、オランダ・FCトゥウェンテFC東京浦和レッズから獲得の打診を受け[33]争奪戦となった[34]

FC東京 時代[編集]

2012年、運動量と突破力を評価され[34]FC東京に完全移籍[35][7]。この年は清水在籍時からの古傷の影響により本領を発揮できなかったが[36]2013年シーズンにかけて復調。プレースキッカーも任され[37]、高精度のFKによる[38]アシストの量産[39]と自身初となるリーグ戦での複数得点を記録。優秀選手賞にも選出された[40]

2014年は正確なクロスに加え守備面でも大きく向上し失点減に貢献[41][42]。踵の負傷に耐えながらも[13]自身初となるリーグ戦全試合フル出場、リーグ最多のクロス[43]、10アシスト[注 2]を記録し[44]、自身初のJリーグベストイレブン選出。同年10月にはキリンチャレンジカップに臨むA代表に選出され、4年9ヶ月ぶりに[45]代表復帰。親善試合ながら好機を作って[46]手応えを掴み[47][48]、12月には翌年開催のアジアカップメンバーに選出された。

2015年3月、ウズベキスタン代表戦で自身初の国際Aマッチでのアシストを記録[49]。クラブでも次々と得点を生み出し[50]、同年7月のJ1-2nd第2節新潟戦でJリーグ史上初となるDF登録選手としての2年連続二桁アシストを達成し[51]、通年ではJ1最多の13アシストを記録[注 2][52][53]。昨年に続きリーグベストイレブンを受賞した。

フィテッセ 時代[編集]

2015年12月、「熱心に自分のことを追いかけてくれた」[54][注 3]というオランダ1部リーグフィテッセへの完全移籍を発表[56][57]。FC東京とは2017年末までの契約を残していたが、フィテッセは満額の違約金を支払い、2020年夏までとなる4年半の長期契約となった[52][57][54][53][58]

翌2016年1月より合流し[58]同月17日、エールディヴィジ第18節カンブール戦で左SBとして初出場。同年2月、SBとしてレギュラーに定着した第25節のヘーレンフェーンでは初アシストを記録[59]

2016-2017年、開幕戦のヴィレムII戦で左SBとしスタメン出場した。

一時期は4センターバックを起用する戦術などでレギュラーを外されるも、徐々に信頼を高め、レギュラーに返り咲き、コーナーキックやフリーキックなど任されるなど主力して活躍する。

FC東京復帰[編集]

2017年1月6日、FC東京に完全移籍で復帰することが発表された[60]。以前同様フリーキックやコーナーキックは全て任されている。また、課題であった守備でもオランダでの経験を活かして、向上が見受けられる。

エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2006 横浜FC 26 J2 1 0 - 1 0 2 0
2007 J1 17 0 3 0 0 0 20 0
2008 6 J2 31 0 - 1 0 32 0
2009 清水 4 J1 23 0 4 0 5 0 32 0
2010 28 1 9 0 5 1 42 2
2011 34 1 3 0 3 0 40 1
2012 FC東京 6 14 0 0 0 0 0 14 0
2013 34 3 5 0 5 2 44 5
2014 34 1 5 1 2 1 41 3
2015 30 3 4 0 2 0 36 3
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
2015-16 フィテッセ 8 エールディヴィジ 16 0 - - 16 0
2016-17 10 0 - - 10 0
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2017 FC東京 6 J1
通算 日本 J1 184 6 29 1 20 4 233 11
日本 J2 32 0 - 2 0 34 0
オランダ エールディヴィジ 26 0 - 0 0 26 0
総通算 242 6 29 1 22 4 293 11

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2012 FC東京 6 4 0
通算 AFC 4 0
出場歴

タイトル[編集]

横浜FC
個人

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 7試合 0得点 (2010年 - )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2010 1 0
2014 3 0
2015 3 0
通算 7 0

出演[編集]

テレビ[編集]

脚注[編集]

注釈
  1. ^ 児玉をCBにスライドさせる形での併用もあった。
  2. ^ a b Jリーグ公式記録ではアシストを集計していない。
  3. ^ フィテッセは当初、提携関係にあるチェルシーFCを経由して加入する可能性があった武藤嘉紀に注目しており、その過程で武藤のチームメートであった太田に目を留めたとされる[55]
出典
  1. ^ 太田からのクロスでホーム2戦連発弾を決めたF東京MF東「宏ちゃんのクロスは東京と日本の武器」 ゲキサカ (2015年7月16日)
  2. ^ 「違い」で魅了するオトコ・太田宏介「選手としてサッカー以外の仕事もあるはず」 SOCCER KING (2015年10月16日)
  3. ^ a b c d 【J1 注目選手スペシャルインタビュー】Vol.14:太田宏介選手 (横浜FC) J's GOAL (2007年10月7日)
  4. ^ 【第93回天皇杯 準決勝 F東京 vs 広島】レポート Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2013年12月30日)
  5. ^ a b c 選手データベース 太田宏介 - ウェイバックマシン(2010年6月2日アーカイブ分) WEBサッカーマガジン (2008年2月21日)
  6. ^ a b 『Jリーグ選手名鑑 2014J1・J2・J3エルゴラッソ特別編集』 三栄書房2014年、64頁。
  7. ^ a b 太田宏介選手 完全移籍加入決定のお知らせ FC東京 (2012年1月16日)
  8. ^ a b c d 【FC東京】フィテッセへ移籍が決まった太田宏介が欧州への道を切り開くまで――。“知られざる過去”から探るパワーの源とは? (1/5) サッカーダイジェスト (2015年12月16日)
  9. ^ 優勝決定から4日。「優勝の実感はない」と秋元陽太 blogola (2014年10月15日)
  10. ^ a b 夢に近づくための目標を一つずつ達成していく 太田大哉 株式会社ダイヤコーポレーション代表取締役 リスン
  11. ^ a b 【FC東京】フィテッセへ移籍が決まった太田宏介が欧州への道を切り開くまで――。“知られざる過去”から探るパワーの源とは? (2/5) サッカーダイジェスト (2015年12月16日)
  12. ^ a b c d e ガンバレ!横浜FC 太田宏介選手 - ウェイバックマシン(2007年10月17日アーカイブ分) RENGA Web
  13. ^ a b 太田「新聞でチェック」元同僚カズの偉業祝福 - ウェイバックマシン(2014年8月18日アーカイブ分) スポーツ報知 (2014年8月18日)
  14. ^ a b 太田宏介選手 新加入のお知らせ - ウェイバックマシン(2005年12月23日アーカイブ分) 横浜FC (2005年12月22日)
  15. ^ 【FC東京】フィテッセへ移籍が決まった太田宏介が欧州への道を切り開くまで――。“知られざる過去”から探るパワーの源とは? (3/5) サッカーダイジェスト (2015年12月16日)
  16. ^ 清水・太田Jデビューの地に闘志新た 日刊スポーツ (2009年9月18日)
  17. ^ いよいよU20ワールドカップ! J's GOAL (2007年6月16日)
  18. ^ U-20戦士が得たかけがえのない経験 スポーツナビ (2007年7月24日)
  19. ^ a b 【FC東京】フィテッセへ移籍が決まった太田宏介が欧州への道を切り開くまで――。“知られざる過去”から探るパワーの源とは? (4/5) サッカーダイジェスト (2015年12月16日)
  20. ^ フィテッセ・太田宏介の基盤を作った「都並」と「三浦淳」の言葉 (3/5) Sportiva (2016年4月21日)
  21. ^ 座右の銘は「自信と過信は紙一重」。太田宏介が三浦淳寛にもらった言葉。(2/5) Number Web (2014年10月28日)
  22. ^ 年末企画:2008年各クラブ5大ニュース! 横浜FC編 J's GOAL (2008年12月29日)
  23. ^ 元U-20代表DF・太田獲得へ…大宮 - ウェイバックマシン(2008年12月18日アーカイブ分) スポーツ報知 (2008年12月18日)
  24. ^ 横浜FC・太田、清水移籍が決定的 - ウェイバックマシン(2009年2月9日アーカイブ分) スポーツニッポン (2008年12月28日)
  25. ^ 太田宏介選手(横浜FC) 完全移籍にて加入内定のお知らせ - ウェイバックマシン(2010年8月11日アーカイブ分) 清水エスパルス (2008年12月29日)
  26. ^ 開幕直前!36クラブ別戦力分析レポート:清水 J's GOAL (2009年3月2日)
  27. ^ 清水太田が移籍後初の先発へ猛アピール 日刊スポーツ (2009年4月3日)
  28. ^ AFCアジアカップ2011カタール予選Aグループ(1/6vsイエメン代表@サヌア)SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー 日本サッカー協会 (2009年12月21日)
  29. ^ 選手出場記録 Jリーグ (2011年12月3日)
  30. ^ 【2011 Jリーグアウォーズ】-いよいよ明日12/5(月)横浜アリーナにて「2011Jリーグアウォーズ」開催!!- 2011Jリーグ優秀選手賞 受賞選手決定 Jリーグ (2011年12月4日)
  31. ^ 全32試合先発の左SB 太田、クロス磨き充実 静岡新聞
  32. ^ a b 太田 宏介選手 日本代表候補トレーニングキャンプメンバー選出のお知らせ サムライアスリート 2011.8.01
  33. ^ トゥエンテ、FC東京に続き…浦和も清水DF太田に興味 スポーツニッポン 2011.12.20
  34. ^ a b 清水太田獲得に東京名乗り!争奪戦の様相 日刊スポーツ (2011年12月16日)
  35. ^ 太田宏介選手 FC東京へ完全移籍決定のお知らせ 清水エスパルス (2012年1月16日)
  36. ^ 【J1:第20節 川崎F vs F東京】ランコポポヴィッチ監督(F東京)記者会見コメント Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2013年8月10日)
  37. ^ 【東京】太田、古巣清水戦でFK弾狙う 日刊スポーツ (2013年7月30日)
  38. ^ 「ルーコン(ルーカス)やマツくん(平松大志)のためにも」。太田宏介が自身のFK弾を切望 blogola (2013年12月19日)
  39. ^ 東京太田 異例のDFアシスト王へ自信 日刊スポーツ (2013年9月20日)
  40. ^ いよいよ明日12/10(火)横浜アリーナにて「2013Jリーグアウォーズ」開催!! 2013Jリーグ優秀選手賞 受賞選手決定 Jリーグ (2013年12月9日)
  41. ^ FC東京勢の大量招集に指揮官「われわれにとって喜ばしいこと」 スポーツニッポン (2014年10月1日)
  42. ^ 週刊サッカーダイジェスト No.1304』 日本スポーツ企画出版社2014年、21頁。
  43. ^ 週刊サッカーダイジェスト2014Jリーグ総集編』 日本スポーツ企画出版社2014年、206頁。
  44. ^ 東京太田、練習ドンピシャ先制アシスト 日刊スポーツ (2014年12月6日)
  45. ^ F東京からは最多4選手を選出!!武藤「アピールしたい」 太田は4年9か月ぶり代表復帰 ゲキサカ (2014年10月1日)
  46. ^ DF太田、長友に代わり初先発で好機演出 日刊スポーツ (2014年10月15日)
  47. ^ a b 座右の銘は「自信と過信は紙一重」。太田宏介が三浦淳寛にもらった言葉。(1/5) Number Web (2014年10月28日)
  48. ^ 太田 左SBで堂々存在感! 左足クロスで好機演出 スポーツニッポン (2014年10月15日)
  49. ^ 太田が得意のクロスで代表初アシスト「オカちゃんが見えた」 ゲキサカ (2015年4月1日)
  50. ^ 【試合詳報】太田2アシスト ゴール絡みまくり 東京中日スポーツ (2015年5月7日)
  51. ^ 東京太田、DF史上初の2年連続2ケタアシスト 日刊スポーツ (2015年7月16日)
  52. ^ a b サッカーダイジェスト 2016年1月14日号 (No.1348)』 日本スポーツ企画出版社2015年、35頁。
  53. ^ a b 【F東京】太田がオランダ1部移籍! フィテッセと基本合意 スポーツ報知 (2015年12月14日)
  54. ^ a b 28歳で海外初挑戦…FC東京DF太田「Jでやってきたことが評価された」 SOCCER KING (2015年12月16日)
  55. ^ 太田宏介、フィテッセ移籍までの“葛藤” blogola (2015年12月19日)
  56. ^ 太田宏介選手 フィテッセへ完全移籍のお知らせ FC東京 (2015年12月15日)
  57. ^ a b Kosuke Ota tekent 4,5-jarig contract フィテッセ (2015年12月15日)(オランダ語)
  58. ^ a b 太田のフィテッセ移籍決定 異例の4年半契約、年明け即合流 東京中日スポーツ (2015年12月16日)
  59. ^ 太田が移籍後初アシスト!!フィテッセを5戦ぶり勝利に導く ゲキサカ (2016年2月14日)
  60. ^ 太田宏介選手 完全移籍加入のお知らせ 2017年1月6日
  61. ^ 【FC東京】フィテッセへ移籍が決まった太田宏介が欧州への道を切り開くまで――。“知られざる過去”から探るパワーの源とは? (5/5) サッカーダイジェスト (2015年12月16日)
  62. ^ 2013年12月15日放送分
  63. ^ 2014シーズンのプロモーションとして『キャプテン翼』とのコラボレーション決定『キャプテン翼』の必殺シュートをJリーグの選手が再現したコラボプロモーションビデオ「Jリーグ×キャプテン翼 DREAM SHOOT」を3月12日(水)から配信 Jリーグ (2014年3月12日)
  64. ^ Jリーグ×キャプテン翼 #1カミソリシュート Captain Tsubasa super shot - YouTube
  65. ^ カミソリシュートに対抗! 隼シュートでゴール量産を狙う小林悠 (2/2) フットボールチャンネル (2014年3月17日)
  66. ^ a b アギーレ日本代表監督より先に吉本が食いついた! FC東京所属のDF太田宏介選手とマネジメント契約を締結! (2014年8月27日)
  67. ^ kosuke444のツイート (502383512641470464)
  68. ^ ALSアイスバケッツチャレンジ / FC東京・太田宏介 - YouTube
  69. ^ FC東京DF太田宏介もアイスバケツに参加…アイドリングの橘ゆりかなど指名 SOCCER KING (2014年8月22日)
  70. ^ AFCがW杯予選予備登録メンバーリストを公表、宮市や中澤、闘莉王の名も (2011年9月3日)
  71. ^ 日本代表候補トレーニングキャンプ(4/23-25@千葉)選手変更のお知らせ 日本サッカー協会 (2012年4月23日)
  72. ^ 仮面ライダー鎧武/ガイム テレビ朝日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]