豊田陽平

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豊田 陽平 Football pictogram.svg
名前
愛称 トヨ、トヨグバ[1][2]
カタカナ トヨダ ヨウヘイ
ラテン文字 TOYODA Youhei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-04-11) 1985年4月11日(32歳)
出身地 石川県小松市
身長 185cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 サガン鳥栖
ポジション FW(CF)
背番号 11
利き足 右足
ユース
FC小松
2001-2003 星稜高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2008 名古屋グランパス 33 (5)
2007-2008 モンテディオ山形 (Loan) 52 (17)
2009-2011 京都サンガ 21 (1)
2010-2011 サガン鳥栖 (Loan) 72 (36)
2012- サガン鳥栖 162 (83)
代表歴2
2008  日本 U-23 3 (1)
2013-2015 日本の旗 日本 8 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月3日現在。
2. 2015年1月23日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

豊田 陽平(とよだ ようへい、1985年4月11日 - )は、石川県小松市出身のプロサッカー選手Jリーグサガン鳥栖所属。ポジションはフォワード(CF)。元日本代表

マネジメントはエイベックス・スポーツ株式会社

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

中学時代までは積極的にサッカー選手を目指していたわけではなかったが、高校受験に失敗し、結果的に地元石川県の強豪校である星稜高校へ進学したことで、本格的にサッカー選手としての道を目指すことになる[3]。在学中のスポーツ測定記録では、母校の星稜高校の先輩である松井秀喜(元プロ野球選手)の記録を複数項目で更新した[2][4]。一学年後輩に本田圭佑橋本晃司がいる。

名古屋グランパス[編集]

2004年名古屋グランパスエイトに加入。2004年8月21日磐田戦にてJリーグ初出場。2005年7月13日鹿島戦で初得点を決めた。

モンテディオ山形[編集]

2007年、出場機会を得るため、モンテディオ山形期限付き移籍7月1日サテライトリーグ横浜FM戦で相手DFと接触して小腸破裂の大怪我。あと数センチ破裂箇所がずれていたら、命が危うかった可能性もあった[3]。9月15日、J2第40節ザスパ草津戦にて相手の藤井大輔の顔面を蹴り、全治3週間の怪我を負わせた。これが、「選手等に対する著しい暴行・脅迫(乱闘、喧嘩等を含む)」に相当すると判定され、Jリーグから6試合の公式試合出場停止処分を受けた[5]

2008年は、4月に右脚の骨折に見舞われるが、北京オリンピック(後述)から帰国後は14試合に出場し9得点を挙げ、チームのJ1昇格に貢献(五輪後、豊田が得点を決めた試合は6勝2分の無敗)。

京都サンガF.C.[編集]

シーズン終了後、名古屋へは復帰せず京都サンガF.C.へ完全移籍。2009年の開幕戦では先発フル出場を果たし、第7節の磐田戦で移籍後初ゴールを挙げる。しかし、第15節以降はスタメン起用が無く、シーズン終盤にはベンチメンバーからも外され、この年は1得点に終わった。

サガン鳥栖[編集]

2010年サガン鳥栖へレンタル移籍。鳥栖では主力選手として、リーグ戦13得点を挙げた。2011年も鳥栖へのレンタル移籍期間を延長して、23得点を挙げJ2得点王となり、鳥栖のクラブ史上初のJ1昇格に貢献した。J2得点王となったことで他クラブからも注目されるようになり、G大阪[6]清水[7]からのオファー報道があったが、2012年より鳥栖に完全移籍し残留した[8]

2012年、クラブJ1初参戦となった鳥栖ではシーズン序盤こそ得点が伸び悩んだが、後半になるにつれて持ち前の得点力を発揮し、最終的に得点ランク2位の19得点を挙げ、自身初のJリーグベストイレブンに選出されるなどチームの5位に貢献した[9]。シーズンオフには上海申花などからの高額オファーもあった[10]が残留を決めた。

2013年3月30日のJ1第4節・対磐田戦(ヤマハスタジアム)で、自身Jリーグ2度目、J1では初のハットトリックを記録。3得点が全てヘディングによる達成で、これはJリーグでは長谷川祥之高木琢也中山雅史呂比須ワグナーに次ぐ史上5人目、14年ぶりの記録となった[11]

2014年11月2日のJ1第31節・対ヴィッセル神戸戦(ベストアメニティスタジアム)で2ゴールを挙げ、このシーズン15ゴール目となり、J1で3年連続15ゴールを達成。日本人としては三浦知良武田修宏中山雅史に続く史上4人目の記録となった[12]

日本代表(五輪代表含む)[編集]

2008年、北京オリンピック日本代表に選出されグループステージ全3試合に出場。ナイジェリア戦では途中出場ながら大会を通してチーム唯一の得点を決めた。

2013年7月15日、アルベルト・ザッケローニ率いる東アジアカップ2013日本代表として初選出され[13]、7月25日のオーストラリア戦で代表戦初出場を果たした。大会期間中得点は挙げられなかったものの、最終戦の韓国戦終了間際に自ゴールに吸い込まれる寸前のボールをヘディングではじき返すなど攻守で存在感を見せた[14]

以後、キリンチャレンジカップ(国際親善試合)2試合に出場し、W杯ブラジル大会日本代表の予備登録メンバーに選出された[15]が、本大会メンバーへの繰り上げは叶わなかった。

2014年11月14日、キリンチャレンジカップのホンジュラス戦(豊田スタジアム)で、代表初得点を決めた[16]

プレースタイル[編集]

日本人離れしたフィジカルとディフェンダーにもあたり負けしない身体能力を生かしたパワフルなプレースタイルが特徴[2]。ジャーナリストの小宮良之は「とにかく横からのボールに強い。強靱でしなやかなふくらはぎと背筋を使った空中戦はアジア屈指」と評し[17]、サッカー解説者のセルジオ越後は自身のコラムで「185cmの高さばかり注目されるけど、彼は速さと強さも高いレベルで兼ね備えている。ハーフナーよりも万能なタイプ」と評している[18]平岡康裕は「トヨさんはJリーグでもトップのFW。高さも、強さもあって、それに動きの速さもあるんですから。(セットプレーはマーク役を務めたが)ヘディングで競りに行くだけでも一苦労ですよ」と語っている[19]

本人は「前線からの守備」をアピールポイントの一つに挙げている[10]

人物[編集]

負けず嫌いの性格からかピッチ内では勝負にこだわり、時に相手と一触即発の雰囲気を醸し出してチームメイトに諫められることもある。しかしピッチを離れるとマイペースではあるものの探求心や好奇心は旺盛で、礼儀正しい性格であるという[10]。 ファンサービスには定評があり、特に子供には優しい。

星稜高校在学中は、一年後輩の本田圭佑に敬語をなしにするというルールを作られタメ口で呼ばれた(本田が卒業後は先輩には敬語に戻った)。星稜高校の恩師・河崎護からは「トヨ」と呼ばれている[20]

「トヨグバ」のニックネームは日本人離れした体型とパワフルなプレースタイルから、コートジボワール代表ディディエ・ドログバをもじって山形時代のコーチが名付けたもの[1][2]

鈴木大輔柿谷曜一朗など日本代表のチームメイトからは「トヨくん」[21][22]と呼ばれている。

鳥栖移籍後は濃いピンクのマウスガードを着けてプレーしており、豊田のトレードマークともなっている。これは鳥栖の歯科医院で作ってもらった特注品である[3]。日本代表初招集にあたって日本代表バージョンの紅白のマウスガードを作成した[23]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2004 名古屋 34 J1 4 0 0 0 1 0 5 0
2005 23 20 4 1 0 1 1 22 5
2006 9 1 0 0 0 0 9 1
2007 山形 11 J2 29 6 - 1 1 30 7
2008 23 11 - 2 2 25 13
2009 京都 9 J1 21 1 6 0 2 1 29 2
2010 鳥栖 J2 34 13 - 1 3 35 16
2011 38 23 - 0 0 38 23
2012 11 J1 33 19 2 1 1 0 36 20
2013 33 20 3 1 4 3 40 24
2014 34 15 3 1 3 2 40 18
2015 29 16 3 0 3 1 35 17
2016 33 13 5 1 2 1 40 15
2017
通算 日本 J1 216 89 23 4 17 9 221 85
日本 J2 124 53 - 4 6 128 59
総通算 340 142 23 4 21 15 384 161

※太字はリーグ最多記録

記録[編集]

タイトル[編集]

個人
  • Jリーグベストイレブン:1回(2012年)
  • Jリーグフェアプレー個人賞:1回(2014年)
  • Jリーグ ディビジョン2 得点王:1回(2011年)

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 8試合1得点 (2013年 - )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2013 3 0
2014 3 1
2015 2 0
通算 8 1

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2014年11月14日 日本、愛知 ホンジュラスの旗 ホンジュラス ○6-0 キリンチャレンジカップ2014

出典[編集]

  1. ^ a b 【開幕直前!ニューカマー・レコメンド 豊田陽平(山形→京都)】「北京」の先へ。進化するトヨグバ”. J's GOAL (2009年2月23日). 2009年4月30日閲覧。
  2. ^ a b c d 志田健 (2013年8月9日). “ザック絶賛!豊田、本田と“星稜ホットライン””. サンケイスポーツ. SANSPO.COM (産業経済新聞社): p. 3. http://www.sanspo.com/soccer/news/20130809/jpn13080905070003-n3.html 2013年8月9日閲覧。 
  3. ^ a b c 【日本代表】豊田陽平「自分が代表に選ばれたら……」 - WebSportiva 2013年2月3日
  4. ^ “鳥栖・豊田 ゴジラ魂注入で絶好調!!”. 東京スポーツ (東スポweb). (2014年5月8日). http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/soccer/263592/ 2014年5月10日閲覧。 
  5. ^ J2 第40節 豊田 陽平選手(山形)の行為について Jリーグ
  6. ^ J2得点トップの鳥栖FW豊田を獲得へ…G大阪 スポーツ報知 2011年11月10日付
  7. ^ 清水 J2得点王獲り 甲府DFにもオファー スポニチ 2011年12月7日付
  8. ^ 豊田陽平選手 京都サンガF.C.より完全移籍加入のお知らせ サガン鳥栖公式サイト 2012年1月7日付
  9. ^ “豊田陽平、森島康仁…大型FWの台頭が日本サッカーにもたらすもの”. J SPORTS. (2012年11月27日). http://jsports.co.jp/press/article/N2012112713220902.html 
  10. ^ a b c 小宮良之 (2013年2月2日). “【日本代表】豊田陽平が語るJリーグとW杯への思い”. WebSportiva. 2013年7月19日閲覧。
  11. ^ “【鳥栖】豊田ハット! すべてヘッドは14年ぶり史上5人目”. スポーツ報知. (2013年3月31日). オリジナル2013年4月4日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130404130258/http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/jleague/news/20130330-OHT1T00244.htm 2013年7月19日閲覧。 
  12. ^ “サガン鳥栖 豊田 3年連続15発 日本人4人目”. 西日本新聞. (2014年11月3日). http://www.nishinippon.co.jp/nsp/sagan/article/124670 2014年11月6日閲覧。 
  13. ^ “EAFF東アジアカップ2013 決勝大会 SAMURAI BLUE(日本代表)メンバー” (プレスリリース), 日本サッカー協会, (2013年7月15日), http://samuraiblue.jp/newscenter/press_release/news_000577.html 2013年7月19日閲覧。 
  14. ^ “豊田終了間際起死回生クリア/東アジア杯”. 日刊スポーツ. (2013年7月29日). http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/f-sc-tp2-20130729-1164677.html 2013年10月14日閲覧。 
  15. ^ W杯予備登録7選手に中村憲剛、細貝、豊田、南野ら”. サッカーキング (2014年5月13日). 2014年5月13日閲覧。
  16. ^ “豊田でトヨグバ弾! 起用に感謝の一撃、代表定着「1歩前に」”. スポーツニッポン. (2014年11月15日). http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/11/15/kiji/K20141115009286700.html 2014年11月15日閲覧。 
  17. ^ 小宮良之 (2013年7月18日). “日本代表初招集、豊田陽平の覚悟。「ここで選ばれなかったら…」”. WebSportiva. 2013年7月19日閲覧。
  18. ^ セルジオ越後の一蹴両断! 第301回「今、鳥栖の豊田は日本代表に一番欲しいストライカーだ!」」、『週刊プレイボーイ』、集英社2013年4月11日2013年7月19日閲覧。
  19. ^ 小宮良之 (2015年1月6日). “豊田陽平が語る「2014年、鳥栖に何があったのか」”. WebSportiva. 2015年4月29日閲覧。
  20. ^ “本田も頭が上がらない豊田陽平という男”. 東京スポーツ. (2013年7月18日). http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/soccer/163634/ 2013年8月9日閲覧。 
  21. ^ “柿谷曜一朗「常に自分で決めようと思って」=サッカー日本代表”. スポーツナビ. (2013年7月24日). http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/headlines/article/20130724-00000013-spnavi 2013年8月9日閲覧。 
  22. ^ “星稜先輩の豊田を気持ちで封じた鈴木「『おい!』と言いました(笑)」”. ゲキサカ. (2013年8月3日). http://web.gekisaka.jp/400151_122926_fl 2013年8月9日閲覧。 
  23. ^ “豊田陽平、日本代表初選出でマウスガードを新調”. スポーツナビ. (2013年7月15日). http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/jleague/headlines/article/20130715-00000010-spnavi 2013年7月19日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]