河原和寿
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 愛称 | カワ | |||||
| カタカナ | カワハラ カズヒサ | |||||
| ラテン文字 | KAWAHARA Kazuhisa | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1987年1月29日(38歳) | |||||
| 出身地 | 埼玉県行田市 | |||||
| 身長 | 173cm | |||||
| 体重 | 67kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW / MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2002-2004 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2005-2011 |
| 41 | (2) | |||
| 2009 |
→ | 48 | (13) | |||
| 2010 |
→ | 17 | (2) | |||
| 2011 |
→ | 29 | (2) | |||
| 2012 |
| 16 | (0) | |||
| 2013-2019 |
| 213 | (44) | |||
| 通算 | 364 | (63) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 2007 |
| 3 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
河原 和寿(かわはら かずひさ、1987年1月29日 - )は、埼玉県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW・攻撃的MF。
来歴
[編集]大宮東高校時代からU-16、U-17、U-18、U-19の各世代で日本代表に選出された実績を持ち、ユース年代から将来を嘱望されていた。
高校卒業後、J1・アルビレックス新潟に入団。2006年のJ1リーグ戦第7節ヴァンフォーレ甲府戦でリーグ戦初出場及び初ゴールを記録した。2007年、FIFA U-20ワールドカップに選出され、レギュラーとして活躍。得点は挙げられなかったものの、日本代表のベスト16進出に貢献した。
2009年、新潟からJ2に新規参入したばかりの栃木SCに期限付き移籍。戦力的に厳しいチームの中でエースとして孤軍奮闘し、13得点を記録する活躍を見せ、2010年に新潟に復帰。しかし、2010シーズン開幕戦先発メンバー入りを果たしたものの、その後は出場機会を得られず、同年8月よりJ2・大分トリニータへ期限付き移籍。大分ではシーズン途中の加入ながらレギュラーの座を掴み、リーグ戦17試合に出場し2得点を記録した。
2011年、新潟から栃木SCへ期限付き移籍。2009年在籍時の活躍から、背番号を大分時代を除いて今まで付けていた20番から11番に変更した。2012年からは栃木へ完全移籍。開幕から4試合連続先発出場したが、その後怪我により欠場し、復帰後もなかなか出番がもらえず、無得点でシーズンを終了。2012年いっぱいで契約満了となった。同年には元グラビアアイドルの山本早織と結婚(その後離婚している[1])、2013年、愛媛FCに完全移籍。
2018年5月6日、第13節の栃木SC戦で、史上36人目となるJ2通算300試合出場を達成する[2]。
2020年1月、現役引退と愛媛FCアカデミーコーチ就任が発表された[3]。
2023年から2024年は愛媛FCのトップチームコーチを務めた。[4] 2025年、スカウトに就任した[5]。
人物
[編集]この節には複数の問題があります。 |
- 特徴的な坊主頭と顔立ちが俳優のえなりかずきを思わせるため、一部のサポーターから「えなり」という愛称で呼ばれているが、本人は「その愛称は嫌い。自分は自分。」とあまり気に入っていない。[要出典]
- 尊敬している選手は、元同僚の岡山哲也。そのため2007年の背番号を決めるときに、自らすすんでそれまで岡山が使用していた『20』番を希望した。[要出典]
- ヴァンフォーレ甲府とはJ初得点の相手だったのをはじめ、栃木に移籍した2009年も3戦全てで得点を挙げるなど、非常に相性がよい「甲府キラー」である。2009年のJ2第10節で右45度からのミドルシュートを決めたとき、当時の甲府の監督だった安間貴義が「なぜそれが入るのか」と驚いていた。[要出典]
所属クラブ
[編集]- ユース経歴
- 1999年 - 2001年 行田市立西中学校
- 2002年 - 2004年 埼玉県立大宮東高校
- プロ経歴
個人成績
[編集]| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005 | 新潟 | 27 | J1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 |
| 2006 | 5 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 6 | 1 | |||
| 2007 | 20 | 14 | 1 | 3 | 0 | 1 | 1 | 18 | 2 | ||
| 2008 | 18 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 23 | 0 | |||
| 2009 | 栃木 | J2 | 48 | 13 | - | 1 | 0 | 49 | 13 | ||
| 2010 | 新潟 | J1 | 4 | 0 | 0 | 0 | - | 4 | 0 | ||
| 大分 | 19 | J2 | 17 | 2 | - | 2 | 1 | 19 | 3 | ||
| 2011 | 栃木 | 11 | 29 | 2 | - | 2 | 1 | 31 | 3 | ||
| 2012 | 16 | 0 | - | 1 | 0 | 17 | 0 | ||||
| 2013 | 愛媛 | 20 | 34 | 5 | - | 0 | 0 | 34 | 5 | ||
| 2014 | 38 | 13 | - | 2 | 2 | 40 | 15 | ||||
| 2015 | 41 | 11 | - | 1 | 1 | 42 | 12 | ||||
| 2016 | 31 | 2 | - | 2 | 0 | 33 | 2 | ||||
| 2017 | 37 | 11 | - | 0 | 0 | 37 | 11 | ||||
| 2018 | 26 | 2 | - | 0 | 0 | 26 | 2 | ||||
| 2019 | 6 | 0 | - | 1 | 0 | 7 | 0 | ||||
| 通算 | 日本 | J1 | 41 | 2 | 7 | 0 | 5 | 1 | 53 | 3 | |
| 日本 | J2 | 323 | 61 | - | 12 | 5 | 335 | 66 | |||
| 総通算 | 364 | 63 | 7 | 0 | 17 | 6 | 388 | 69 | |||
その他の公式戦
- 2015年
- J1昇格プレーオフ 1試合0得点
代表歴
[編集]- U-16、U-17日本代表 (2003、2004)
- U-18, U-19, U-20日本代表 (2005, 2006, 2007)
- AFCユース選手権2006 (出場5試合・2得点)
- 2007 FIFA U-20ワールドカップ (出場3試合・0得点)
指導歴
[編集]- 2020年 - 愛媛FC
- 2020年 - 2022年 U-15 コーチ
- 2023年 - 2024年 トップチーム コーチ
- 2025年 スカウト
- 2026年 - トップチーム コーチ
脚注
[編集]- ^ “元グラドル山本早織さん ドロ沼法廷闘争を経て掴んだ幸せ”. 日刊ゲンダイDIGITAL. 2019年2月25日閲覧。
- ^ “2018明治安田生命J2リーグ 第13節 河原 和寿 選手(愛媛)J2通算300試合出場達成”. Jリーグ.jp (2018年5月6日). 2018年5月18日閲覧。
- ^ “河原 和寿 選手 現役引退 並びに愛媛FCアカデミーコーチ就任のお知らせ”. 愛媛FC (2020年1月29日). 2020年1月30日閲覧。
- ^ 『河原 和寿 氏 愛媛FCトップチームコーチ就任のお知らせ』(プレスリリース)愛媛FC、2022年12月24日。2022年12月24日閲覧。
- ^ 『2025愛媛FC トップチーム新体制のお知らせ』(プレスリリース)愛媛FC、2025年1月6日。2025年1月11日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 河原和寿 - Soccerway.com
- 河原和寿 - FootballDatabase.eu
- 河原和寿 - WorldFootball.net
- 河原和寿 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 河原和寿 - Transfermarkt.comによる指導者データ
- 河原和寿 - FIFA主催大会成績
- 河原和寿 - J.League Data Siteによる選手データ
- 河原和寿 (@kawahara_kazu) - X