青野大介

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青野 大介 Football pictogram.svg
名前
カタカナ アオノ ダイスケ
ラテン文字 AONO Daisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-09-19) 1979年9月19日(38歳)
出身地 愛媛県西条市[1]
身長 175cm
体重 71kg
選手情報
ポジション MF
利き足 左足
ユース
愛媛FCユース
関西学院大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2003 ガンバ大阪 0 (0)
2004 ヴィッセル神戸 0 (0)
2005-2006 アルビレックス新潟 16 (0)
2007-2009 愛媛FC 70 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年シーズン終了現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

青野 大介(あおの だいすけ、1979年9月19日 - )は、愛媛県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、MF

略歴[編集]

丹原西中学校卒業後、高校年代は愛媛FCユースに所属[2]。当時の愛媛FCユースはトップチームより強いとされ[2]、同期には不老伸行吉村圭司がいた。1997年度の天皇杯では、1回戦でJFL所属のアローズ北陸から勝利したが、2種(高校)年代のチームが1種チームを破ったのは大会史上初めてのことだった。同試合で青野はVゴールを含む2得点をあげた[2]

関西学院大学関西学院大学体育会サッカー部)卒業後、2002年にガンバ大阪に加入したが2年間在籍して公式戦の出場機会なし。2004年にヴィッセル神戸に移籍したが、公式戦出場はないまま戦力外となった[2]。2003年、2004年は怪我でシーズンの半分をリハビリに費やした[2]

2005年にアルビレックス新潟移籍後、プロ4年目にして開幕戦のFC東京戦に起用されJリーグデビューを果たすが、左サイドバックで起用され、本職の攻撃的MFではなかった。2005年はJ1リーグ戦16試合に出場したが、監督が反町康治から鈴木惇に代わった2006年はカップ戦のみの出場にとどまった[2]

2007年からは故郷の愛媛FCへ移籍。同年6月2日、J2第19節東京ヴェルディ1969戦にてJ初ゴールを奪うと、次の試合でも2試合連続ゴールを奪い、チームの連勝に貢献。「ゆりかご」パフォーマンスで妹の出産を祝うことができた。2008年後半から愛媛でレギュラーとして常に出場するようになる。2008年9月19日、自身の誕生日に入籍。翌2009年に長女が生まれた直後の試合でゴールを決めるなどしたが、怪我の影響もあり同年オフに現役を引退した。

2010年からは愛媛FCの普及育成部門のスタッフを務め、2015年に育成統括ダイレクターに就任[1]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
1998 関学大 13 - - -
2002 G大阪 19 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2003 0 0 0 0 0 0 0 0
2004 神戸 21 0 0 0 0 0 0 0 0
2005 新潟 25 16 0 0 0 0 0 16 0
2006 7 0 0 1 0 0 0 1 0
2007 愛媛 27 J2 24 2 - 4 0 28 2
2008 26 3 - 2 0 28 3
2009 20 1 - 1 0 21 1
通算 日本 J1 16 0 1 0 0 0 17 0
日本 J2 70 6 - 7 0 77 6
日本 - -
総通算 86 6 1 0 7 0 94 6

指導歴[編集]

  • 2010年 愛媛FC スクールコーチ
  • 2011年 - 2014年 愛媛FC ジュニアユース監督
  • 2015年[3] - 愛媛FC U-18監督

脚注[編集]

関連項目[編集]