長谷部誠

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長谷部 誠 Football pictogram.svg
Makoto Hasebe 2018.jpg
日本代表での長谷部(2018年)
名前
愛称 ハセ、マコ、カイザー
カタカナ ハセベ マコト
ラテン文字 HASEBE Makoto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-01-18) 1984年1月18日(34歳)
出身地 静岡県藤枝市
身長 180cm[1]
体重 73kg[1]
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト
ポジション MF / DF
背番号 20
利き足 右足
ユース
1999-2001 藤枝東高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2007 日本の旗 浦和レッズ 149 (12)
2008-2013 ドイツの旗 ヴォルフスブルク 135 (5)
2013-2014 ドイツの旗 ニュルンベルク 14 (0)
2014- ドイツの旗 フランクフルト 111 (2)
代表歴2
2002-2003  日本 U-19/20
2006-2018[2] 日本の旗 日本 114 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年6月1日現在。
2. 2018年7月2日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

長谷部 誠(はせべ まこと、1984年昭和59年〉1月18日 - )は、日本プロサッカー選手静岡県藤枝市出身。ポジションは、ミッドフィールダーディフェンダーブンデスリーガアイントラハト・フランクフルト所属。元日本代表。著名な親族としては佐藤ありさタレント等)がいる。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

静岡県藤枝市出身。祖父が「誠」と命名。3歳のときにサッカーアニメキャプテン翼」の主人公・大空翼に憧れてサッカーを始め、藤枝市立青島東小学校のスポーツ少年団、藤枝市立青島中学校サッカー部を経て、静岡県の名門藤枝東高校に一般入試で入学。高校の同期には岡田佑樹金澤大将などがいる。2年の終わり頃からレギュラーとしてプレーした[3]。当時のコーチや対戦相手の監督からは能力は高いがフィジカルが弱いと評されていた。高校卒業後の進路として自身は静岡県内のプロクラブへの加入を希望していた。U-18日本代表候補への選出と2001年の全国高校総体準優勝などの実績はあったが全国高校サッカー選手権には未出場だったことなどから[4][5]県内2クラブ(清水エスパルスジュビロ磐田)からのオファーは無く、県選抜でのプレーを見た浦和レッズのスカウトから勧誘を受ける[5]。浦和の他には名古屋グランパス明治大学からも勧誘を受けていた[6]

浦和レッズ[編集]

高校卒業と同時に浦和に加入。1年目はほとんど出場機会がなかったが、2年目の2003年はトップ下やボランチの選手として年間通して出場機会を得た。そして、3年目の2004年はシーズン当初こそ山瀬功治に代わってトップ下で出場していたが、シーズン中盤以降は鈴木啓太とダブルボランチを組み、浦和の2ndステージ優勝などに貢献した。この年はナビスコカップ・ニューヒーロー賞Jリーグ・ベストイレブンに選出された。

2005年から2007年の間も鈴木啓太と中盤の底でコンビを組み、レギュラーとしてJ1優勝やAFCチャンピオンズリーグ優勝をはじめとした浦和のタイトル獲得に貢献した。2005年末に初めて日本代表に選ばれたが、2006年のワールドカップの代表メンバーからは漏れてしまう。その後、イビチャ・オシムが監督を務めると日本代表に復帰したが、2007年はシーズン序盤に負傷したこともあって代表戦の出場機会はなく、同年12月に代表監督に再任した岡田武史に選ばれるまでは日本代表から遠ざかっていた。

ヴォルフスブルク[編集]

ヴォルフスブルクでの長谷部(2008年)

2008年1月1日ドイツ・ブンデスリーガVfLヴォルフスブルクに移籍。代理人は香川真司内田篤人らと同じトーマス・クロート。2月、冬季中断明け初戦のビーレフェルト戦に後半開始から出場し、海外リーグでのデビューを移籍後早々に果たした。同年4月27日のアウェーでのレバークーゼン戦でブンデスリーガ初得点を記録。

移籍2シーズン目となる2008-09シーズンは前シーズンまでのボランチに加え、右サイドハーフ、右サイドバックでもプレー。2009年3月28日に行われた南アフリカワールドカップ・アジア最終予選バーレーン戦の試合中の故障により、優勝争いも佳境に迫ったリーグ終盤戦に一時離脱するアクシデントがあったものの、クラブのドイツ国内主要大会初優勝に貢献した。このシーズン途中に移籍してきた大久保嘉人とともに、奥寺康彦以来31年ぶりにブンデスリーガ優勝を経験した日本人となった。

9月16日UEFAチャンピオンズリーグの開幕戦であるCSKAモスクワ戦に途中出場し、日本人選手として5人目のUEFAチャンピオンズリーグ出場を果たした。また、リーグ戦では9月18日の第6節シャルケ04戦でエディン・ジェコの決勝点をアシスト、9月26日の第7節ハノーファー96戦で今季初得点を決めるなどの活躍を見せ、2009-10シーズンはリーグ戦1得点6アシストを記録する。9月30日、CLグループリーグ第2節、アウェーでのマンチェスター・ユナイテッド戦ではスタメン出場し、後半11分に絶妙なクロスでジェコの先制点をアシストした。

2011年8月19日ボルシアMG戦で2シーズンぶりとなるリーグ戦での得点を決めた。9月17日、第6節ホッフェンハイム戦では右サイドバックとして出場するも、1点ビハインドでの後半35分にGKマルヴィン・ヒッツがレッドカードで退場。チームは既に交代枠を使い切っていたため、長谷部が急遽GKを務めることになった[7]。馴れないポジションでありながら、正確なロングフィードを出したり、クロスボールにも飛び出してキャッチするなど奮闘するも、後半40分に失点し、チームは1-3で敗戦した。なお、日本人が欧州5大リーグでGKを務めるのはこれが初めてであった。2011-12シーズンは23試合に出場するも本職とは違うサイドバックでの起用がほとんどであった。

2012-13シーズンに入ると開幕から8試合連続ベンチ外という苦しい状況が続いたが、成績不振により監督のフェリックス・マガトが解任された直後の第9節デュッセルドルフ戦でリーグ戦初出場を果たすと、アシストを決めるなどチームの開幕戦以来の勝利に貢献した。その後は前シーズンと同じくサイドバックでの起用が多かったがスタメンの座は守った。

ニュルンベルク[編集]

2013-14シーズン開幕後、本職であるボランチでの出場を希望し自ら移籍を志願。2013年9月2日、1.FCニュルンベルクへの移籍が発表された[8]。契約期間は3年間。ニュルンベルクはそれまで勝利がなく、長谷部にかかる期待は大きかったが以降もチーム状況は上向かず、結局ブンデスリーガ史上初の前半戦未勝利に終わった。1月の合宿で右ひざの半月板を損傷し離脱すると[9]、2月にはチーム練習に合流するも再び同箇所を痛め帰国。2月28日に再手術を行ったことがクラブより発表された。5月11日の最終節で復帰を果たしたが、チームは不振から脱せず2部降格となった。

フランクフルト[編集]

2014年6月2日アイントラハト・フランクフルトと2年契約を締結[10]。2014-15シーズンは、開幕からシーズン通してボランチを務め、出場停止の1試合を除くチーム最多、自身としてもブンデスリーガ移籍後では最多となるリーグ戦33試合に出場し、チームを支え続けた。

2015-16シーズン、開幕前にトーマス・シャーフが辞任しアルミン・フェーが新監督に就任すると右サイドバックとしてプレーする機会が増加しチームも低迷[11]2016年1月30日のブンデスリーガ・第19節アウクスブルク戦に出場し、奥寺康彦に続く日本人2人目となるブンデスリーガ通算200試合出場を達成[12]。2016年3月にフェーが解任されニコ・コバチが監督の座につくと再びボランチに固定され[11]、4月30日の第32節・ダルムシュタット戦では1091日ぶりに得点をきめるなど自身も復調を見せた。チームは16位でリーグ戦を終え、古巣ニュルンベルクとの入れ替え戦に勝利し、残留を決めた。入れ替え戦2試合にフル出場したが、古巣ニュルンベルクが相手だったため、「2年前このチームが降格したときに関わっていた一選手として、心の底から本当に喜ぶという感覚が沸いてこない」と複雑な気持ちを明かしている[13]

2016-17シーズン、2016年10月28日のブンデスリーガ第9節ボルシアMG戦では3バックの中央で先発して3試合連続の無失点に抑えて以降、リベロとしての起用が増加[14]。12月20日、フランクフルトとの契約を2018年まで延長したことを発表した[15]。2017年1月27日、第18節のシャルケ戦では今季初アシストを記録。2月5日、第19節のダルムシュタット戦で今季初得点を決めた。3月5日、第25節のフライブルク戦では奥寺康彦が保持していたブンデスリーガにおいて日本人最多出場記録を更新した[16]。3月11日に行われた第24節のバイエルン・ミュンヘン戦でクリアの際にポストに激突し、左すねを6針縫合するケガを負い、さらにその後に右ひざの負傷も発覚し、手術を行った[17]。この怪我の影響で以降の試合全てを欠場した。

2017-18シーズン、前シーズンの怪我や手術の影響もあり約5ヶ月間公式戦の出場は無かったが、2017年8月12日に行われたDFBポカール1回戦・エルンテブリュック戦で復帰を果たした[18]。2018年1月27日、第20節のボルシアMG戦でフランクフルトにおいて出場した試合数が100試合に到達した[19]。4月21日におこなわれた第31節のヘルタ・ベルリン戦において、57分に相手にPKを献上し先制を許した後、80分にダヴィー・ゼルケの顔面への肘打ちで一発退場となり[20][21]、24日にドイツサッカー連盟から「相手選手に対する悪質な反スポーツ行為」として4試合の出場停止処分(うち最後の1試合は執行猶予処分)を科された。この処分により、長谷部は3試合を残してリーグ戦全日程を終えることとなった[22]。5月19日、カップ戦決勝のバイエルン・ミュンヘン戦では先発し、3-1で勝利に貢献して優勝カップを手にした[23]。 ドイツ移籍後では、ヴォルフスブルク時代のリーグ優勝以来のタイトル獲得となった。

日本代表[編集]

日本代表でプレーする長谷部
(2009年9月9日、ガーナ戦)

2006年1月の代表合宿、2月のアメリカ遠征の際にサッカー日本代表に初選出された。2月11日、親善試合のアメリカ戦では後半途中から出場し、持ち味であるドリブル突破や試合終了間際に見せたスルーパスなど、デビュー戦ながら存在感を示した。2月22日アジアカップ予選インド戦に先発し、後半13分に代表初得点を決めたかと思われたが、審判団の協議の結果、長谷部のシュートが巻誠一郎に当たって入っており巻の得点となった。2006年のドイツワールドカップのメンバーには選ばれなかった。イビチャ・オシムが日本代表監督に就任すると、再び代表に選出されたが、2007年以降は代表から漏れることが多くなった。

2008年5月15日岡田武史の監督就任後初めて日本代表に選出。キリンチャレンジカップ第1戦(対コートジボワール)に出場し、前半、右サイドを駆け上がっての絶妙なセンタリングで、同じく代表に復帰した玉田圭司のゴールをアシスト。1-0の勝利に大きく貢献した。以後の代表戦において、遠藤保仁とのダブルボランチを形成しレギュラーに定着する。

2009年6月6日、ワールドカップ出場権獲得に王手をかけた南アフリカワールドカップ・アジア最終予選アウェーでのウズベキスタン戦にスタメン出場。この試合に1対0で勝利し、4大会連続4度目のW杯出場を決めた。

11月18日アジアカップ最終予選香港戦で代表初得点を挙げた。

2010年5月10日、南アフリカで開催された2010 FIFAワールドカップの日本代表メンバーに選出。岡田から長らくキャプテンを務めていた中澤佑二に代わるキャプテンに指名され、W杯ではグループリーグ3試合と決勝トーナメント1回戦に先発出場し、日本代表のベスト16入りに貢献した。

10月8日、国際親善試合のアルゼンチン戦では、岡崎慎司の決勝点の起点となる強烈なミドルシュートを放つなど活躍し、日本代表の歴史的勝利に貢献した[24]

南アフリカW杯後に日本代表監督に就任したアルベルト・ザッケローニからも引き続きキャプテンを任され、2011年1月にカタールで開催されたアジアカップでは、全6試合にほぼフル出場し、日本代表の2大会ぶりの優勝に貢献。グループリーグのシリア戦では先制点を挙げた。

2014年6月に開催された2014 FIFAワールドカップ前には、同年2月に手術した右膝の炎症が再発し直前の親善試合ではキプロス戦以外は全て欠場。本大会では全試合スタメンで出場したが、チームはグループリーグ敗退となった。

2016年9月1日に行われた2018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選UAE戦で、日本代表史上6人目となる通算100試合出場を達成[25]

2017年3月に負った怪我や手術の影響で代表の試合にしばらく出場出来なかったが、W杯出場の懸かった8月31日のアジア3次予選・オーストラリア戦で代表復帰。キャプテンとしてフル出場を果たし、2大会連続キャプテンとしてW杯出場に貢献した[26]

2018年6月、ロシアワールドカップのメンバーに選出され、W杯3大会連続出場を果たす。ダブルボランチの一角としてグループリーグ3試合に出場し、キャプテンとしてGL突破に貢献[27]。しかし、チームは決勝トーナメント1回戦で敗れてベスト16止まりに終わり、自身のインスタグラムにてこの大会限りでの代表引退を表明した[28]。3大会でW杯11試合出場は、川島永嗣長友佑都と並び日本人最多出場となった[29]

プレースタイル[編集]

センターハーフを本職としつつサイドでの起用にも対応する高い戦術理解力と抜群の安定感を兼ね備える[30]

浦和時代は繊細なボールタッチを持ち味とする司令塔として活躍したが、ヴォルフスブルク移籍後は中盤の攻撃的な位置や守備的な位置に加え、右サイドバックやセンターバックに入ることもできるユーティリティプレイヤーに進化[31]。持ち前のテクニックに加え、欧州仕様のフィジカルと対人プレーの強さを体得し、守備でも危険察知能力、カバーリングが成長した[32][33][34]

フランクフルト時代に長谷部を指導したニコ・コバチは「3バックの中心としても、ボランチとしても常に我々の助けとなってくれる存在だ。誠はどこで起用されても、決して不平不満を口にすることなく、常に力を出しつくす、なんでもできる、疲れ知らずの選手なんだ。ぜひ強調しておきたいのだが、彼はまさに『ソルジャー』というタイプの選手だよ」と評価している[35]

エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 浦和 32 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2003 17 28 2 9 1 1 1 38 4
2004 27 5 8 2 4 2 39 9
2005 31 2 9 2 5 2 45 6
2006 32 2 6 0 4 1 42 3
2007 31 1 2 0 1 0 34 1
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2007-08 ヴォルフスブルク 13 ブンデス1部 16 1 - 1 0 17 1
2008-09 25 0 2 0 27 0
2009-10 24 1 1 0 25 1
2010-11 23 0 1 0 24 0
2011-12 23 1 1 0 24 1
2012-13 23 2 4 0 27 2
2013-14 1 0 0 0 1 0
ニュルンベルク 15 14 0 0 0 14 0
2014-15 フランクフルト 20 33 0 2 0 35 0
2015-16 32 1 2 0 34 1
2016-17 22 1 3 0 25 1
2017-18 24 0 5 0 29 0
2018-19
通算 日本 J1 149 12 35 5 15 6 199 23
ドイツ ブンデス1部 260 7 - 22 0 282 7
総通算 409 19 35 5 37 6 481 30

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2007 浦和 17 11 2 3 0
UEFAUEFA ELUEFA CL
2008-09 ヴォルフスブルク 13 6 1 -
2009-10 2 0 6 0
通算 AFC 11 2 3 0
通算 UEFA 8 1 6 0

その他の国際公式戦


タイトル[編集]

クラブ[編集]

浦和レッズ
ヴォルフスブルク
フランクフルト

代表[編集]

日本代表

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 114試合 2得点 (2006年 - 2018年)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2006 6 0
2007 0 0
2008 10 0
2009 11 1
2010 10 0
2011 15 1
2012 11 0
2013 14 0
2014 6 0
2015 12 0
2016 9 0
2017 2 0
2018 8 0
通算 114 2

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2009年11月18日 香港 香港の旗 香港 ○4-0 AFCアジアカップ2011最終予選
2. 2011年1月13日 カタール シリアの旗 シリア ○2-1 AFCアジアカップ2011

出演[編集]

CM[編集]

  • プーマジャパン「PUMA」 - ゲームの世界に入り込む男性「LOVE FOOTBALL」篇(2009年12月26日より)[51]
  • キリンビール 企業CM - 僕たちは、ひとりじゃない。「思いは、プレーに」篇(2011年4月15日より)[51]
  • TBSテレビ世界陸上」 - ニッポンにチカラをください。長谷部 篇(2011年5月12日より)[51]
  • キリンビール 企業CM - 僕たちは、ひとりじゃない。「思いは、プレーに」篇(2011年5月25日より。グループ出演)[51]
  • キリンビール 企業CM - 僕たちは、もっと強くなる。(2011年7月16日より。グループ出演)[51]
  • プーマジャパン「POWERCAT1.12」 - パスをつなげる人々(2011年11月12日より)[51]
  • キリンビール 企業CM - 私たちは、2011年を忘れない。(2011年12月16日より)[51]
  • キリンビバレッジ「キリン 大人のキリンレモン」- 大空翼に憧れてサッカーを始めた・新「キャプテン」篇(2012年4月10日より。漫画キャプテン翼』の主人公・大空翼とのコラボレーション[52][53]
  • フォルクスワーゲン グループ ジャパン 企業CM - 「全方位の守り篇」「ボディがすべての基本篇」「矛盾を両立する走り篇」(2012年9月1日より)[54][55][51]
  • ニベア花王「8×4MEN」(2013年)
  • キリンビバレッジ「ボルヴィック」(2013年)
  • シチズン時計 「アテッサ」(2014)
  • 日本航空 (JAL) - 「挑戦を続ける人 長谷部誠篇」(2014年)

イメージキャラクター[編集]

書籍[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b PROFILE - 長谷部誠オフィシャルウェブサイト 2015年11月12日閲覧
  2. ^ a b c “長谷部 誠”. サッカー日本代表データベース. http://www.jfootball-db.com/players_ha/makoto_hasebe.html 
  3. ^ 広報ふじえだ2009年5月20日
  4. ^ W杯アジア地区最終予選 Jで成長の県勢がけん引中日新聞、2009年6月7日
  5. ^ a b 挑む県勢(5)浦和 長谷部誠(22)日本サッカーの新星静岡新聞、2006年5月1日
  6. ^ 長谷部誠の心が整っていない頃秘話「もう代表はいいです」と進路相談 - Sports Graphic Number 2018年7月28日
  7. ^ “緊急GK”長谷部!奮闘も1対1決められた - スポニチ 2011年9月17日
  8. ^ ニュルンベルクが長谷部と正式契約、自身もブログで報告 - ゲキサカ 2013年9月2日
  9. ^ 長谷部が半月板損傷、4~6週間離脱 - フットボールチャンネル 2014年1月16日
  10. ^ 日本代表主将・長谷部がフランクフルトに移籍 - AFPBB.com 2014年6月3日
  11. ^ a b 10年目を迎える長谷部、ブンデスリーガでの軌跡 - bundesliga.com 2016年6月15日
  12. ^ 長谷部、日本人2人目の200試合「奥寺さんには敵わない」 - bundesliga.com 2016年1月31日
  13. ^ 長谷部フランク残留決めるも「心の底から喜べない」 - 日刊スポーツ 2016年05月24日
  14. ^ 長谷部誠、リベロでのプレーに「とてもいい感覚」 - bundesliga.com 2016年11月25日
  15. ^ 長谷部誠、フランクフルトとの契約を2018年まで延長…幹部は「大事なピース」と期待 - Goal.com 2016年12月21日
  16. ^ 長谷部「普通のサッカー選手です」 - bundesliga.com 2017年3月5日
  17. ^ 長谷部、右ひざ手術で今季絶望「来季までには復帰できる」…6月代表戦にも影響 - サッカーキング 2017年3月24日
  18. ^ 長谷部誠、5カ月ぶりの公式戦 日本代表への復帰は… - AERA dot. 2017年8月18日
  19. ^ 長谷部誠、フランクフルト“100試合”出場を達成! 2018年無敗キープで暫定2位浮上 ゲキサカ(2018年1月27日)
  20. ^ PK献上&肘打ちで一発退場の長谷部誠…独メディアも辛辣評価「神経をすり減らした象徴」 Goal.com(2018年4月22日)
  21. ^ PK献上&肘打ち一発退場の長谷部誠に独メディアは辛口…コバチ監督も「起きてはいけない」  Goal.com(2018年4月23日)
  22. ^ ひじ打ちで退場の長谷部誠、執行猶予付き4試合出場停止…今季リーグ戦終了 サッカーキング(2018年4月24日)
  23. ^ フランクフルト、DFBポカール決勝でバイエルン撃破!! “ポリバレント“長谷部がタイトル獲得 ゲキサカ(2018年5月10日)
  24. ^ キャプテン・長谷部、V弾呼ぶ強烈ミドル サンスポ、2010年10月9日
  25. ^ “キャプテン長谷部が日本代表通算100試合出場! デビューから10年目の快挙”. SOCCER KING. (2016年9月1日). http://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20160901/487835.html?cx_top=ranking 2016年9月2日閲覧。 
  26. ^ 離脱の長谷部出国「無理してよかった」豪州戦の覚悟 日刊スポーツ、2017年9月4日
  27. ^ キャプテン長谷部がW杯で見せた覚悟・統率力 「0-1で黒星OK」に賭けた他力本願戦略の胸中東洋経済、2018年06月30日
  28. ^ 長谷部主将が代表引退「ひとつの区切りつけさせて」日刊スポーツ 2018年7月3日
  29. ^ 長谷部、長友、川島が日本人W杯最多出場記録を更新!…11試合でヒデ超えサッカーキング 2018年7月3日
  30. ^ 長谷部誠が迎えるキャリアの分岐点。「ヴォルフスブルクを去ることが最良の選択」な理由とは socer king 2012年07月16日
  31. ^ 日本人ブンデスリーガーの貢献度を測る ドイツ人記者が分析する今後の活躍指数 スポーツナビ 2013年3月6日
  32. ^ 長谷部誠 Number Web
  33. ^ 長谷部 誠 OCNスポーツ
  34. ^ 17長谷部 誠 Number Web
  35. ^ ニコ・コヴァチ監督「長谷部誠はソルジャーだ」 kicker日本語版 2018年4月7日
  36. ^ a b c 山口裕起; 富田祥広 (2010年6月15日). “岡田Jの心臓・長谷部 背中押してくれた祖父に誓う活躍”. 朝日新聞 (朝日新聞社). http://www.asahi.com/worldcup/japan/TKY201006150206.html 2010年9月3日閲覧。 
  37. ^ 杉山崇 (2018年7月9日). “長谷部誠、欧州名門クラブがフロントとして争奪戦の様相…その稀有な能力とは?”. ビジネスジャーナル. サイゾー. 2018年7月9日閲覧。
  38. ^ a b Mr.Children、GUAPOオフィシャルブログ、2010年4月23日。[リンク切れ]
  39. ^ Mr.Children名曲が長谷部×翼「大人のキリンレモン」CM曲に”. ナタリー. 株式会社ナターシャ (2012年4月3日). 2018年7月14日閲覧。
  40. ^ “藤枝市、長谷部をスポーツ栄誉顕彰…市民に感動”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2010年7月3日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/japan_2/news/20100702-OYT1T01338.htm 2010年7月3日閲覧。 
  41. ^ 北村正平(藤枝市長) (2010年7月12日). “「長谷部誠選手にスポーツ栄誉顕彰」授与しました”. 藤枝市長の部屋(公式ブログ). 2018年7月14日閲覧。
  42. ^ 長谷部 7万超え自著の印税全額を寄付へ”. スポニチ Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社 (2011年3月27日). 2011年3月27日閲覧。
  43. ^ 品田英雄 (2011年7月21日). “サッカー長谷部本が売れる理由 品田英雄のヒットのヒント”. NIKKEI STYLE (日本経済新聞社). https://style.nikkei.com/article/DGXNASFK1400W_U1A710C1000000 2018年7月14日閲覧。 
  44. ^ 長谷部誠選手:著書「心を整える」が100万部突破 スポーツ選手の著作で初”. MANTANWEB(まんたんウェブ). MANTAN (2011年9月15日). 2013年3月26日閲覧。
  45. ^ DANIEL PETERS (2013年3月24日). “Wolfsburg-Star spendet 1,8 Mio für Fukushima-Kinder” (German). Bild. http://www.bild.de/sport/fussball/makoto-hasebe/spendet-millionen-fuer-fukushima-kinder-29645522.bild.html 2013年3月26日閲覧。 
  46. ^ 茶化されて、尊敬されて… 頼もしい「愛されキャプテン」長谷部は健在”. GOAL.COM. GOAL.COM TERMS OF USE (2015年1月19日). 2018年7月14日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
中澤佑二
日本代表 キャプテン
2010年 - 2018年
次代:
吉田麻也